赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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最終章

最終章-29 神の武器、愛する故に

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主人の心が弱ったと思ったら。
「侍女の心得」には温かい飲み物を出すとある。
だからだろうか、マリアは何も聞かずに温かい紅茶を淹れた。
ほんの少しブランデーを足して。

「オリハ様は如何致しますか?」

「・・・もらおう」

心寒く感じるのはオリハとて変わらない。
目の前のエインの感情を痛いと思える程に浴びている。
幸せなのだと思う。
ヒトではない。
そう告げても何も変わらない。

紅茶に一口つける。

香り付け程度のブランデー。

最後の刻を酔っ払った状態で迎える気はない。

「・・・申し訳御座いません、みっともない姿をお見せしました」

「いや、嬉しかった、ありがとう」

鼻を啜るエインにそう答えた。
この地を去るオリハを悲しんでくれた。
それだけで報われた気がする。
言われたエインはまた瞳に涙を溜める。
口を横一文字に結びながら堪えようとする様に笑みを返す。

ああ、泣いている場合ではない。
時間はさしてない筈だ。
ならば「オリハ様の子豚」として出来うる限りの働きをしなくてはならない。

「・・・これからどうなさるのでしょうか?」

だから伺わなくてはならない。
望みがあるのならば叶えなくてはならない。
子供達の事もあった。
それも理由の1つだとは分かっている。

来てくれた。
愛を告げてくれた。
自惚れと言われても構わない。
最後の刻を過ごす相手として選ばれたのなら、それは名誉である。
エインは喜んで貞操を差し出す所存だ。

「・・・どうするかな」

子供達の目の前で消えたくはない。
困ったように微笑むオリハ。
もしエインがそれを望むのであれば。
少しでも返せるものがあるのであれば。
燻る気持ちに偽りはないつもりだ。

「オーウェン様には・・・もう会われたのでしょうか?」

そう口にしたエインを背後でマリアが睨みつける。
こんな時に他の男の名前を出すとかこれだから童貞は、と表情に浮かべ眉を釣り上げる。

エインもそれくらいは心得ている。
これが神の武器である、という告白の前であれば口にはしなかった。
過去、肉体を得た経験などなかった筈だ。
ヒトの体を成す機会がまたあるとは思えない。
であれば、オリハが真に望むべき相手を選んで欲しい。
エインはそう思った。
最後まで下僕根性を忘れない。
ネトラレ属性がある訳では決してない、筈だ。

「・・・いや、会うつもりは・・・ない」

そう言って視線を横に逸らす。
エインだから正直に話せた。
エインだから神の武器なのだと伝えられた。

オーウェンにそれを告げて・・・もしも拒絶されたら。

それに先に気が付いたのはエインだった。
ただオリハの幸せを望んでいたから、それに気が付いたのかも知れない。

「はあ・・・参りました・・・私めは信頼を喜ぶべきなのでしょうか?それとも男として悲しむべきなのでしょうか?」

「・・・全く理解出来ません、ただのバカです」

眼鏡を指で押し上げながらマリアが答える。
腹黒い癖に馬鹿で一途な主人に向かってそう答えた。

「これは手厳しい」

少しベクトルが違うだけだ。
エインに向けられている愛も、間違いなく愛なのだから。
欲望の赴くままに頂けば良いのだ。
自分の幸せを、喜びを第一に考えるだけで良かったのだ。

その遣り取りの意図にオリハだけが気が付かない。
笑うエイン、呆れるマリアを交互に見る。

「オリハ様」

「なんだ」

「見損ないました」

「どういう事だ?」

「怖いのでしょう?・・・オーウェン様に嫌われるのが」

図星だった。
エインは受け入れてくれる気がした。
レオンパルドは気にしないだろうと思った。
オーウェンには怖かった。
それがオリハの出した結論だった。

「何故に怖いと感じられたのでしょうか?」

「そ、それは・・・我はヒトではない、から・・・」

「光栄な話ではありますが・・・私めが、などとは思われませんでしたか?」

「・・・エインなら・・・大丈夫だと思った」

「本当に御座いますか?告げた後で安心されませんでしたか?」

そう言われて言葉に詰まる。
薄まる罪悪感を思い出す。
何も変わらない二人に安堵した己が確かにいた。

「だ、だがっ!・・・それは・・・っ」

ムキになっている。
一体己は何を否定したいのだろうか。

「それとも、オーウェン様は信用するに値しませんでしたか?」

「な、ない・・・そんな事は・・・ない・・・」

何を焦っているのだろうか。

「何も難しい事ではありませんよ、オリハ様・・・私めがお手本をお見せしましょう」

「な、何を・・・」

そう言ってエインは椅子から立ち上がる。

「マリア」

「はい」

「私めの童貞を貰って頂けませんか?」

「なっ!」

「・・・種まで腐ってそうなチェリー童貞ですが仕方ありませんね、頂いて差し上げます」

「にっ?!」

「ぐふぅ」

反撃でエインは床に膝を突く。
その顔はニヤけておりとても嬉しそうであった。

「か、簡単に御座いましょう?」

自分でも馬鹿だと思う。
心の底から惚れた女性を譲ろうとしている。
告げられた愛は確かに嬉しかった。
例えそれが家族をを慕うような愛だったとしても関係はない。
愛に貴賤はない筈だ。

だからこそ、愛する女王様オリハには掴み取ってもらいたい。
もう分かっている筈だ。
何故、オーウェンにだけ恐怖を感じたのか。
どうして嫌われたくなかったのか。

「・・・馬車でお送り致しましょうか?」

悲しげな、そして苦しげな顔でエインが言う。
自分のモノにしたい。
引き留め抱きしめたい。
その気持ちを押し殺してオリハにそう言う。

ここまでされなければ気が付かないのか。
そんな己に嫌気がさす。

「大丈夫だ、走った方が速い」

最後に、また借りを作ってしまった気がした。

「分かりました、せめてお見送りを・・・」

「うむ、すまない」

後悔しないで済むようにエインはオリハを振ってくれた。
色恋知らぬ妹を諭す兄のように振舞ってくれた。

「オリハ様」

「ん?」

「愛しておりました」

「・・・ありがとう」

厄介だと思った。
相手の感情が分かってしまうのが。
こうなった今でも思慕の念が伝わってくる。

気付かせぬままに抱いてしまえば良かったのに。
オリハでさえそう思えた。

だがそんなエインだからこそ、変態なのに好きになったのだろう。
そう思った。

振り返るつもりはない。
ただオリハは全力で走った。
感情の匂いを振り切るように。


「はぁ・・・本当にバカですね」

「・・・否定出来ません」

後悔しかない。
他に言いようもあった。
気付かせて、その上で選択を迫っても良かった。

「いつまでも拗らせてるからですよ、本当に腐ってるんじゃないですか?」

「く、腐ってませんっ!・・・多分」

全く仕方のない。
こうなると自分の主人は当分使い物にならない。
溜息混じりにマリアはエインの腕を掴んで引っ張る。

「ほら、とっとと行きますよ」

「ど、どちらに?」

「ベッドです」

「・・・はっ?」

「頂けるんでしょう?腐ったチェリーを」

「あ、い、いや、あれは言葉の弾みと申しましょうか、な、何と申しましょうか・・・」

「あら、私では御不満ですか?」

「そ、そんな事はありません!で、ですが・・・」

「ならいいじゃないですか、ついでです、拗らせて捻れて腐り切った性根も叩き治して差し上げますわ」

「ま、待って下さい、本気で・・・え、いや・・・イヤアァァァァ・・・ッ!」


その夜、何があったかは定かではない。
色々とあったのは間違いない。
だがエインリッヒ・フォン・ドゥエムル公爵は生涯独身であったと記録にはある。
公爵家の後を継いだのは記録上の実子、アキ・フォン・ドゥエムルとされている。

彼の人生は波乱に始まり終始万丈であった。
王位継承権第一位の王族でありながら、自ら降爵し公爵となる。
残した偉業は数知れず。
その発想と行動力は誰一人として追従を許さなかった。

故に孤独であったとされている。

その終生まで付き従えた侍従は、生涯ただ一人だけであったのだから。


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