赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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最終章

最終章-30 神の武器、おかえり

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泊まり込みの家令も既に就寝していた。
出迎えてくれたのは当主であるオーウェンだ。

「どうされたのです?こんな時間に」

「いや、少しな・・・用があって王都から走って帰って来た」

また無茶な事を、と一瞬考えたが、そこはオリハなので仕方ないと諦める。
魔物にやられるような方ではない。
万が一、などと言う心配すら余計な世話なのは知っている。
それでも、その身を大事にしてもらいたい。
分かっていても苦言を呈したくなる。
そんな代わりの効かない大切な存在なのだから。

「ハルちゃんの件で何か王から御要望が?」

孤児院にではなくこちらに来た。
それが王都からの帰り、という事でそう予想を立てる。

「いや・・・そうではない、のだが・・・」

「?・・・ああ、立ち話もなんですね、どうぞお入り下さい」

らしくないな、とオーウェンは首を捻った。
何か言い難い事なのだろうか。
手を貸せる話であれば良い。
愚痴を聞くだけでも役に立てるだろうか。
そんな事を考えていた。

客間に案内して、オーウェン自ら酒を用意する。
その程度で執事を呼ぶ事はしない。
寧ろ折角の二人きりの語らいの場。
子供達が多いオリハの周辺では滅多にある機会ではない。

「あ、ああ、すまない・・・」

ぎこちない笑みでそう返すオリハ。
何から切り出せば良いのか。
エインと対するよりも、心持ちがここまで異なるものなのか。
注がれ揺れるグラスの中を見ながら気持ちを落ち着かせる。

「聞いて欲しい事がある」

ふぅ、と一息つき、オーウェンを真っ直ぐに見つめる。
過去の神の武器の所有者の記憶をを思い出す。
同じヒトであった筈だ。
オリハルコンを通して慮外の力を発揮したに過ぎない。
それでも投げつけられた「この化け物め」という言葉。

その力をこの身に宿している。
ヒトの形であってヒトではない。
だからオリハはその言葉を怖く思う。
信用している筈だ。
心からの信頼を寄せている筈だ。
それでも怖いと感じる、心の中にその源泉がある。

「はい」

ただ一言そう答えた。
その内容がらしからぬ答えなのであれば。
オーウェンはグラスを置き、オリハに向かい合う。
オリハも未だ口をつけていない。
ならば酒精を絡めたくはない事柄なのだろう。
そう思ったからだ。

「・・・我の書いた絵本や手伝った歴史書などは目を通したか?」

この期に及んで小狡賢い。
必死に頭の中で話を組み立てている己に気が付く。
それは嫌われないように。
それは忌避感を抱かれないように。

「ええ、一通りは」

エインには頭から本題に入った。

(・・・これでは己すら知らぬ想いを悟られて然るべきだな)

返せない借りに頭を抱えたくなる。
ならば怖いなど言ってはいられない。
心を押し殺しながら後押ししてくれたのだから。

「なら話は早い、神の武器は実在する」

決して早くはない。
本題からすれば遠回しなのも良いところだ。

「全ては誇張ではない、神の武器は意志を持ち、あの物語のように世を憂いていた」

口に出すのは思えば始めての事だった。

「手にした者の不幸を嘆いた、悲劇を防げぬと物言わぬ己が身を呪った」

物語として語った。
だがそれはあくまでも物語に過ぎない。

「悔しかった!悲しかった!・・・何度も何度も所有者達に「逃げろ」「信じるな」そう願った!」

これは愚痴だ。
知って欲しいという欲だ。
そして願わくば・・・我を受け入れて欲しい、そういう醜い欲だった。

「だが一度足りとも・・・その願いが通じる事はなかった」

己は決して高潔な存在ではなかった。
神々の使徒などではない。
魂を得て自我を得て、辿り着いた先にあったのは浅ましいまでの欲求。

「・・・何故こんな話をしたか分かるか?」

オーウェンは黙って首を横に降る。
あるのは荒唐無稽な結論だった。

「我が・・・その、神の武器、だからだ」

漂う感情に嫌悪感が無い事を確認しながら、にじり寄るように言葉を紡ぐ。
ここまで来てまだ逃げる事を考えている。
悍ましい。
そして痛ましい程に弱い。

「つまり、わ、我は・・・ヒト、では、ない・・・」

ただのヒトに過ぎなかった。

「・・・ヒトですよ」

そしてそれが分かるのはただのヒトだから。

「貴女は・・・ええ、確かに権力には屈しない、王の命令さえも聞かない、人が危ないと忠告しても聞き入れない、そうと決めたら梃子でも動かない、かと言って方法は丸投げする」

「オ、オーウェン?」

「何よりも子供達を大事にして、何事よりも優先する、私の気持ちを分かっているくせに知らない振りを続ける」

「ぐうっ」

「困っている人を見捨てられない、何だかんだと面倒見が良い、そして・・・私に嫌われるのを恐れている、そんな優しくて弱い・・・ただのヒトです」

その告白に驚いてはいない。
それは嘘だ。

「貴女が何であれ・・・目の前にいるのは、私の知っているそんなオリハさんですよ」

ただそれが本音であった。
驚いてはいる。
それでも今更なのだ。
目の前で、そして横で行なわれてきた非常識な行動の数々を思えば、寧ろ肯定し納得する判断材料に過ぎない。

「・・・それは喜んで良いのか?褒められているのか?」

「ご自由に」

そんなオリハを可愛らしいと思ってしまう辺り、自分はもう深みにハマっているのだろう。
オーウェンはそう思った。

これが普通の反応なのかは分からない。
深く感謝すると共に、オリハは心苦しさを覚える。
それがなのだ。
そもそも辿り着く方がおかしい。
これからエインには省いた説明をしなければならない。

かの亡き奥方のように、己はこの世を去らねばならないのだと。
貴方を置いて消えてしまうのだと。

オリハは肉体を得た経緯から説明をする。
記憶は宙を舞っているところから始まる。
僅かな疑問が浮かぶが、今は些事だと一旦横に置き、ハルとの出会いを語った。

続きを話しながらも、頭の片隅でその疑問が消えない。
何故、宙を舞っているところからしかのだろう。
いつもの様に、所定の場所で、保管されていたのではないのか?
柱の御手に収まった記憶はない。
天より放たれた記憶がない。

・・・考えても仕方がない。

そう結論付け、気持ちをオーウェンに向けて話を続ける。
まだ酒の注がれたグラスは手に取らない。
ここはアルコールの力を借りるところではない。
それはオーウェンも同じだった。
話し振りから懸念はオリハが何であるのか、それだけではない事に気が付いたからだ。
そして続けられる話にようやく口を挟む。

「・・・っ!?・・・だから貴女は・・・」

口にしてからまた押し黙った。
これまで誰も選ぼうとしなかった理由が分かった。
妻を喪った自分を慮ってくれていた。
嬉しさと同時に悲しさが押し寄せてくる。

その話を、何故、今しているのか?

それを察したからだ。

それを聞くのが恐ろしかった。

それを思うのが悲しかった。

その気持ちが痛みのような匂いを伴いオリハに伝わる。
だからオリハはグラスを手に取り、温くなった酒を一気に飲み干す。
知ってはいるが経験はない。
この程度の酒量で酔う事はない。
借りたのは勢いだった。

「・・・オーウェン」

簡単だと言われた。
お手本も見せてくれた。
悲しみに暮れる男と女の一夜。
あるのはただそれだけだ。

「頼みがある」

この期に及んで着飾るオリハルコンの矜持など必要ない。

「・・・何でしょう」

「我を・・・抱いてくれないか?」

裸で身に付ける武具などありはしないのだから。




・・・瞼を開ける。
オリハの目に飛び込んで来たのは、ただ、ただ白い世界。
記憶にある懐かしい世界。

(そうか・・・座に還ったのか・・・)

先程まで感じていた物質マテリアルの感覚は消えていた。
だから余韻を思い出す。
これまで指先で触れたひとつひとつを、懐かしく思いながら。

小さなハルの手を、ティダの髪を、シャルの、アキの・・・

(・・・役目を終えたのだ・・・)

精神世界には距離の概念はない。
時間の概念すら不確かで覚束ない。

願いはもう叶わない。
夢の如き時間は終わったのだ。
その確認の間を授けられたのか、再び顔を上げると、目の前に白いテーブルがあった。
白い椅子に白き衣を纏ったヒトが腰掛けている。

声をかけた事はない。
かけられた記憶はない。
それでも良く見知った面々であった。
十二の柱、その中の最古の柱である創造主が和かにオリハに声をかける。

「おかえり・・・と言うべきかな?」

優男には似合わない長い顎髭を生やして。


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