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10 ハッグ
しおりを挟むあの日からマリーと少しは進展した気がする。
まず儂の呼び方が「ハッグ将軍」から「ハッグ殿」に変わった。
野性味溢れる所を見せたのが良かったのだろう。
犠牲になったコーザンには礼を言わねばならん。
歯型が残っていた場合は許さん。
執務の合間に一緒の部屋で小説を読んだりした。
だが儂はあまり読む事が出来ない。
マリーの真剣に読む横顔に見惚れてしまうからだ。
髪を凛々しく括ったマリーも良いが、解けた髪をかきあげる仕草に目が食い入ってしまう。
視線を移し小さい・・・マリーは儂のがデカイと言うがティーカップに添える指先、触れた唇、全てが愛らしい。
最初「ハッグ殿はどの様な恋愛小説を読んでるんだ?」と聞かれた時はドキッとした。
従者の中でも一部の者しか知らぬ、数少ない儂の趣味だからだ。
何故バレたのかは未だに分からんが、番を探し求める内にいつの間にか恋愛小説が心の聖書になっていた。
書斎に案内して大きな棚一面の恋愛小説を見た時は少し引かれた気がしたが「昔一度だけ読んだ事がある」という小説を見つけた時は、少女の様に微笑む横顔に全儂がトキめいた。
その横の棚にあった兵法書を見てマリーが目を輝かせたが、何冊か目を通した後に呆れた顔を向けられた。
購入しただけで目を通していないのが丸わかりらしい。
儂を見る目が怖かったので「しっかり読む」と伝えると「中途半端に学ぶくらいなら読まない方が良い」と更に呆れられてしまった。
翌日ヒードルに泣きつくと「生兵法は大怪我の元」という格言を教えられた。
「ハッグ将軍の場合は下手に学ばない方が良いです」と言われたが、マリーが先生ならしっかりと学べる筈だ。
機を見て頼んでみるのもいいかも知れん。
何せあの[帝国の女狐]だ。
ワングやコーザン、他の隊長格が儂に頭を下げる時は大抵女狐が原因だった。
美しさだけではなく知や武も兼ね備えておる。
「痛みも殆どなくなった」と言うマリーが「身体を動かしたい」と願い出た。
儂が素振りなどを行う屋敷の裏手の芝生を引いた場所に案内した。
片手で軽々と鉄球を持ち上げ付いて来る様に驚きを隠せなかった。
まさか鉄球が似合う雌がいるとは誰も思わんだろう?
儂は眠る前に恋愛小説を読んで、その思いに心震わせてから眠りにつく。
以前までは憧憬の念を抱いていたが、マリーと出会ってから登場人物に儂らを重ねている。
だが気がつけばいつも儂が雌役をやっておる。
あの時のマリーが原因の様な気がする。
思い返して小説からの流用だと気がついた。
所謂物語の王子様に見えたのだ。
ラグオス王など比べ物にならん程に。
語る言葉は最上質な蜂蜜を思わせた。
儂の瞳を捉えた目は獲物を見つけた狩人を思わせた。
儂はこれまで恋や愛という感情と番の感情は同じ物だと思っておった。
あの時のマリーを思い返すと、それとはまた別の感情に心が心地よく揺蕩う。
番の感情が独占欲ならこの感情は庇護欲とでも呼べば良いのだろうか?
だから耐えられるのだ。
マリーを抱きしめたいと、儂の、儂だけの匂いを染み着かせたい、純潔を奪いたいと思う反面、嘘をつけないマリーが儂に「愛している」と口にするその日まで待つと決めた事を。
く、唇くらいは良いよな?
考えてみると儂はマリーにして貰ってばかりだ。
だから明日が待ち遠しい。
こっそりと仕立てたドレスが出来上がるのだ。
普段着はマリーの要望でショースとシャツを用意した。
全て儂の服を仕立て直した物だ。
・・・そのくらいの欲は許して欲しい。
ドレスを見たマリーは喜んでくれるだろうか?
どの様な顔をするだろうか。
そして王子様のマリーを思い出しベッドの上でゴロゴロとしてしまい眠れぬ夜を過ごした。
身体が動く様になってからは、詰所に向かう日は見送ってくれるし出迎えてくれる。
寂しいが嬉しい瞬間だ。
いっそ将軍職を退いて領地経営だけに専念するのも良いかも知れん。
そうすればマリーとずっと一緒におれる。
・・・だが人の身には厳しいだろうか?
試しに連れて行ってやりたいものだ。
儂の育った土地に、産まれた地に。
マリーに見送られ詰所に向かった。
今日は定例会議だ。
ワングも哨戒を終え此方に戻っておる。
今の所、帝国に動きはない様だ。
大体半年周期でのこのことやって来る。
早くても3ヶ月といった所だ。
今後の予定も話し合い、他に議論はないか進行役のヒードルが確認をする。
「・・・マリーの事だが」
そう挙手をする。
何故かコーザンがビクッとした。
安心しろ、歯型がなければ何もせん。
ワングも噂で聞いたのか、もうマリーと戦えない事に残念がっておった。
「・・・帝国の女狐ではなく帝国の女熊と呼ぶべきだ」
全員呆れておったがおかしいだろうか?
儂の番が狐では変だろう。
「あー・・・ハッグ将軍?明日ドラグノフが国王に謁見するんすよね?」
「ああ、その為にドレスも用意した」
「王国へ隷属化するんすから[帝国の~]から必要ないんじゃないすか?」
「・・・天才か?!」
「いや、まあ・・・ありがとうございます?」
優秀な部下のお陰で会議も恙無く済んだ。
今は執務を行いながら訓練の様子を眺める。
だがソワソワとしておる。
屋敷にドレスが届く頃だろう。
・・・マリーゴールドの様に微笑んでくれるだろうか?
サイズはウリナが見繕ったドレスを参考にした。
当然尻尾の穴も無い物だ。
だから誰も知らん、所謂サプライズだ。
ワクワクしながら屋敷に戻った。
ドアを上げれば満面の笑みを浮かべるマリーが・・・いない?
どうしたのだろうか?
具合でも悪いのだろうか?
「お帰りなさいませ、旦那様・・・」
ウリナが出迎えてくれた。
軍服の上着を脱ぎ渡す時に苦言を呈された。
「・・・何故私に相談頂けなかったのですか?」
な、何だ?ドレスの事か?
サイズがおかしかったのか?
最近マリーと仲が良いからバレぬよう内緒にしていたのだが・・・
そう挙動不審な儂にマリーの居場所を告げる。
「部屋でお待ちになられてます」
締め付けるタイを外し部屋に向かう。
締め付ける心が足取りが重くする。
ノックをするとか細い声で入室を促された。
真紅の薔薇の様なドレスを前に椅子に腰掛け両手で頭を抱えるマリーがいる。
入室した儂にマリーが響く低い声を出した。
「最初に言っておく・・・悪いのは私だ」
な、何がだ?
そんなにおかしなドレスだったか?
眉を顰めるマリーも格好良い。
いや違う、心配になる。
「いや、愚痴愚痴と悩んで決めかねていた私が悪いんだ」
そう言うと深く息を吐いた。
「私は・・・この色が嫌いだ・・・薔薇もだ、申し訳ない」
我儘ではないと判るほど憔悴していた。
だから儂はプレゼントを拒絶された事よりも・・・
その事でマリーを苦しめた事に胸を痛めた。
「き、気にしないでくれ、儂が勝手に用意したんだ、相談しなかった儂が悪いんだ、だ、だからその様な顔は・・・」
「ハッグ殿・・・そんなに私には真紅の薔薇が似合うか?」
儚げで悲しげにそう問われた。
肯定すればその衝撃で壊れそうなほどに。
喜ばせる言葉が、慰める言葉が思い浮かばん。
・・・くそっ!無骨者の自分に嫌気がさす。
「すまない他意はない・・・この色のドレスを贈ってもらったのは・・・2度目なんだ」
言葉の真意が理解出来ん。
つまり・・・儂以外にマリーを思わせるドレスを贈った者がいる、という事か?
「少し・・・いや、しっかりと私の話をしよう・・・聞いてくれるか?」
儂は頷く事しか出来なかった・・・
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