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11 ハッグ
しおりを挟む場所を一階の応接室へと変えた。
部屋には儂らと「これから世話になるから」と侍女長のリズとマリー付きのウリナがいる。
他の侍従の者には一階へ近寄らぬように厳命した。
「・・・何から話せば良いかな」
そう口を付けたティーカップから手を離し呟いた。
リズが用意したのはローズマリーのハーブティだ。
「花は付けていないが丁度良い」とリズに礼を述べた。
首を傾げる儂に花言葉を教えてくれた。
「記憶」「追憶」そして「貞節」と。
その時初めてその事に思い至った。
国に夫や子がいてもおかしくはない。
心が大きく騒ついた。
それは・・・番としてではなく。
口にはしなかったが顔に出ていたのだろう。
マリーは「大丈夫だから泣くな」そう微笑んだ。
儂は少し潤んだ目を腕で擦って頷いた。
「ハッグ殿は私の過去を知っても無条件で受け入れるだろうと話すのが遅くなった、すまない」
そう姿勢を正し頭を下げた。
儂の本能は間違いなくそうだろう。
他人の物である事は許さないだろう。
奪ってでも儂の物にすると暴れるだろう。
だが・・・そんな事はないと叫ぶ小さな儂が確かにいる。
マリーの幸せが・・・もし儂の手元に無いのなら、その小さな儂は大きくなる筈だ。
本能に勝てるかは・・・分からないが・・・
「私は・・・ラフラン帝国、ダズウェル・ドラグノフ侯爵が息女、ローズマリー・ドラグノフだ」
そう言えば始めて爵位を聞いたかも知れない。
儂も国が違えど侯爵の身分だ。
恐らく由緒ある所の令嬢なのだろうと察する。
ただウリナは何かに思い当たったのか、息を呑んだ。
「・・・帝国の恋愛小説を読んでいれば・・・意味はわかるだろう?」
思い至るのは・・・婚姻だ。
王国では貴族制はあれども番という本能がある為、相手の爵位は求めない。
貴族は領地の管理責任者という役職に過ぎない。
だが帝国、小説では・・・
「その辺りは順を追って話そうか・・・」
そう言いハーブティに口を付け息を吐いた。
「私は幼少の頃から母がいない・・・男と逃げたらしい・・・そして母に似た私は父から疎まれた」
儂と似ていると思った。
だが儂は父上に愛されたと思う。
亡くなった母上の分までしっかりと・・・
「母と男は恐らく生きてはいないだろう・・・優しかった父が物言わぬ人になり・・・人が変わった様に豹変したからな」
小さなティーカップに注がれたローズマリーから追憶を、記憶を辿る様に目を離さずそう言葉を出した。
「代々騎士の家系だったのもあったが、その日から父の目に写る私は少女ではなくなった・・・女という存在に不審と嫌悪を抱いた父には娘すら厭わしかったのだろう」
それからの日々を語るマリーの言葉には何の感情もなかった。
淡々と事実を吐き出しながら。
あの甘い蜜の様な言葉を紡いだ口と同じ口とは思えず握る拳に力が入る。
そんな儂を見て「ありがとう」と甘い蜜を齎したマリーに思わず涙ぐんでしまう。
12歳の時に騎士団へ仮入団をするも女である事で扱いは酷かったらしい。
王国では雌の兵士はいない。
番である雄がそれを許さないからだ。
「15歳でその当時の副将の側仕えになった、ある意味出世頭とも言えたな・・・私は帝国初の女将軍になりたかったんだ、笑うか?」
大きく首を振った。
コーザンやワングらと剣を交え、儂の肉球落下を受け止める程の研鑽を思うと頭が下がる思いだ。
「その副将だった男に無理やり組み敷かれて・・・私は貞操を奪われた・・・幾度も犯された・・・芋娘だと誹られながらな」
そう告げマリーが儂を見た。
真っ直ぐに儂を見た。
どの様な感情を表すのか探るように。
一瞬の動揺は悟らせなかったと思う。
安心しろマリー、儂には侮蔑も何もない。
ただその男に対して激しい憤怒を覚えるだけだ。
これには小さな儂も賛同しておる。
「18の時に漸く解放された・・・その報酬が愛玩部隊の魔法騎士団長という訳だ」
「っ!違うぞマリー!それは実力だ!儂の贔屓目無しでもそれだけの評価はある・・・ああ、そうだワングが「遊び相手がいなくなった」と遠吠えしておったぞ」
「ふふっ・・・光栄だな、ワング殿の剣の冴えは王国随一だからな」
こ、こんな時に嫉妬するな!儂の本能っ!収まれっ!
ほら見ろ、マリーが喜んでおるのだぞっ。
大丈夫だ、明日ワングを殴れば良い。
「そして父の命令で結婚が決まった・・・私は退役しない事を条件にそれを受けた・・・婚約の時に私のようだと贈られたのが・・・薔薇のような真紅のドレスだった」
そして儂から目線を逸らした。
「私は・・・元々子供が出来難い体質らしい、それと医者に言わせると腹筋を鍛え過ぎているとも言われたな」
「気にしない」そう口にしようとした儂を手で制した。
拒絶ではない手付きで。
「分かっている」そう伝わる手付きで。
「血筋なのだろうか、2年経っても私との子は出来なかった・・・出来たのは元夫と侍女との子だった」
そうか・・・それでか・・・
「私なりに愛したつもりだったのだが相手は物足りなかったようだ・・・その時の父の怒りは物凄くてな」
儂は嫌な思い出を贈ってしまったのだな・・・
「そして私をローズと呼ぶのは・・・父とあの男と元夫の3人だ・・・だから・・・」
「もう良い・・・大丈夫だ、着る必要は無い」
「すまない・・・はぁ、気持ちは嬉しいんだ、本当に」
そう言い目頭を押さえた。
・・・何か・・・何か気の利いた言葉をっ!
「ああ、問題ない・・・そうだ、マリーに作った軍服があるだろう?明日はあれで行こう、ウリナ!用意をしておいてくれ・・・ウリナ?」
返事のないウリナを見ると立ち尽くし声もなく泣き噦っていた。
そしてリズも。
マリーが鉄球を引き摺り駆け寄った。
床の木板が傷つく事も厭わず。
寧ろそれを忘れる程2人を気遣っている優しさが伺えた。
「な、泣かせる気は無かった、ただ知っておいて欲しかっただけで・・・ありがとう」
そう言い抱きしめた。
身長の差かオイオイと泣く2人が子供に見える。
・・・リズはもう50過ぎなのだが。
2人を抱きしめるマリーを見つめる。
勝手にしていた約束を誓いに変えた。
そしてもう一つ誓いを増やした。
儂がマリーを・・・必ず幸せにしてみせると。
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