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■第3章 レイル・フェンダー、世界を釣る(海に来ました)

第3-1話 海都レンディルとお嬢様(前編)

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「ふわあああああ~! 海ですわっ!」

 街道の終点近く、曲がり角の向こうに海が見えた瞬間、ててっとフィルが嬉しそうに駆け出す。

 オレもここまで来たのは久しぶりだ。
 思わず嬉しくなり、フィルと一緒に海に駆け寄る。

 街道から直接砂浜まで降りられるになっており……左右どこまでも続く白浜と、涼やかな音を立てる波しぶき……はるか遠くまで青く澄んだ海と、最高のロケーションである。

「ああもう、ガマンできませんっ!」

 フィルは砂浜に突入すると、ローファーを脱ぎ捨て、裸足のまま波打ち際まで走り、波と戯れだす。

「うふふ、冷たい~っ!」
「ねえ、レイル! あなたも来てくださいっ!」

「まったく……まだ春先だから水が冷たいっての」

 そう言いながらも、水しぶきを上げながら波打ち際で笑顔で舞い踊るフィルに魅了されたオレは、波打ち際に突進する。


 ざばっ!


「きゃっ!? もう、レイルったら冷たいじゃないですか!」

 しばらくの間、波打ち際にオレたちの歓声がこだました。

「ふぅ……堪能しましたわ……わたくしが住んでいるレティシア王国は、大陸の中央部にあって海まで遠いので……思わずはしゃいでしまいました」

「あ~、分かる……ラクウェルも海まで歩いて5日はかかるからな……なんていうか、大海原を見たらテンション上がるよな!」

「ですわねっ!」

 そう言ってオレたちは笑い合う……冒険者になろうとがむしゃらに努力していたものの、結果につながらなかった日々を思い出す。

 こんなにのんびりしたのはいつ以来だろうか……飽きることなく海を見つめ、その赤い瞳をキラキラさせているフィルの横顔を見ながら、オレはなにか温かいものが胸にあふれてくるのを感じていた。

「さて……暗くなる前に街に入ろうぜ」
「宿も決めたいしな……久しぶりにホテルのベッドで寝れるぞっ!」

「ふふ……わたくしとしてはコテージのシュラフも悪くなかったですけどね」

 このまま海を眺めていたいけれど、レンディルにはある程度の期間滞在するつもりなので、いくらでも機会はあるだろう。オレは尻に付いた砂を払いながら立ち上がる。

「あっ……少し待ってくださいね」

 フィルはそういうと、足の裏に付いた砂を拭き、ローファーを履く。
 その時、足元に何かを見つけたのか、指でつまんで拾い上げると、それを前髪に差し込む。

「ふふ、いかがですか?」

 サラサラの銀髪に映える、きらりと七色に輝く貝殻。
 穏やかな笑みを浮かべる彼女の褐色の肌とのコントラストが美しい。

 キレイだ……思わず漏れたその言葉に、フィルは顔を真っ赤にするのだった。


 ***  ***

「はうっ!? お部屋が……満杯ですって?」

 海都レンディルに到着し……街の入り口に店を構える海鮮レストランから漂う魅惑の匂いに誘われ……絶品と噂のレンディル・ロブスターのフルコースを思わずたらふく堪能してしまったオレたちは、宿を探すためにホテル街に来たのだが……。

「申し訳ありません、お客様……ちょうど団体のお客様が来られておりまして、あさって以降なら空きがあるのですが……」

 ホテルのフロントに立つ真面目そうな青年が、申し訳なさそうに残酷な事実を告げてくる。
 これで10軒目……なにやら大きなイベントがあるらしく、ほとんどのホテルが満室になっていた。

「ヤバい……旅の鉄則、”飯より宿”を忘れていた……仕方ない、数日は街の郊外でコテージ泊かぁ?」

「リゾートホテル、楽しみにしてましたのに……」

 トボトボとホテル街を後にするオレたち。

「…………」

 その様子を陰から観察する一人の男。
 黒髪に黒いシャツ……夕暮れにまぎれるように潜むその男に、オレたちは気づくことは無かった。


 ***  ***

「しゃーない、市場で食材を買って、適当な野営場所を探しますか……悔しいから飯だけは豪華に行こう!」

「ですわねっ!」

 夕闇迫る海都レンディル、オレとフィルは晩飯の食材探しに市場がある港の方に向かうのだが……。

「ひゃあああああああっ~!?」
「ジョン、待ってください~!」

 わんわんっ!

 中央通りから案内看板にしたがって路地に入った瞬間、慌てるような女の子の声と、元気な犬の鳴き声が聞こえる。

 そちらを見やると、リードを離してしまったのか、コーギーの子犬が嬉しそうに全力ダッシュをしているのが見える。

 その先には大通りがあって……まずい、ちょうど3頭立ての大型荷馬車が通りかかるところ……あのままでは轢かれてしまうだろう。

「フィル、荷物を頼む!」

 助けてやらなきゃ……オレはとっさに荷物をフィルに預けると、全力ダッシュを開始する。

「って、レイル!?」

 驚くフィルの声が遠ざかる。

 間に合うか?

 オレはスライディングの要領で子犬の前に滑り込むと、その身体を優しく抱き上げる。
 だが、スピードが出ている荷馬車が目前に迫って……。

「フィルっ!」

 オレは、フィルの方を見て叫ぶ……アイツの持っているスキルを使えばっ!

「っ……「お手軽転移・並」!」

 ぱしゅん!

 オレの意図を正確に汲んでくれたフィルは、転移魔術を発動させる。

 一瞬目の前が暗くなった……そう思った時には、オレはフィルの足元に転移していた。

「もう、無茶するんですから……」

 安堵した彼女の声に上を向くと、優しい笑顔を浮かべるフィル。
 ……うむ、夕日に輝く美脚がとても良い。

 わうっ!

 思わぬローアングル視点で役得気分になっているオレの邪念に反応したのか、腕の中の子犬がかわいく鳴いた。

「はあっ、はあっ……お兄さま、お姉さま、ジョンを助けて頂いてありがとうございます……大変ご迷惑をおかけしました」

 オレたちが子犬を助けたところが見えたのだろう。

 子犬を追いかけて走ってきた女の子が、乱れた息を整えながら礼儀正しくお辞儀をする。

「申し遅れました……私はエレンと申します」

 年の頃は11~2歳だろうか?

 キラキラと輝くボリュームのある金髪は、もみあげの部分がロールしている。
 すらりとした体躯を覆うのは、空色のワンピース。

 足元は大きな宝石のついたヒールのあるサンダルと、まさに良家のお嬢様という感じがする。

 その立ち振る舞いは気品に溢れており、どこかの庶民風お嬢様とは大違いである。

 ちらりとフィルの方に目線をやると、オレの視線に気づいたのか、ぷくりと頬を膨らませる。
 フィルは対抗するように、必要以上に優雅に前髪をかき上げると、少女……エレンに話しかける。

「ふふ……この子が無事でよかったです」
「わたくしはフィアナルティーゼ、こちらはレイルです」

「よろしくお願いいたしますね、エレン嬢」

「…………」

 今この瞬間だけは完ぺきなフィルの作法を見て、目を見開いているエレン。
 ……どうかしたのだろうか?

「こ、これは……なんと隙が無く優雅な動き……」
「私はいま、生涯の師を見つけたかもしれません……お姉さまっ!」

 たたたたっ……だきっ!

 フィルの姿を見て、感激の声を上げたエレンは、フィルに走り寄るとひしっと抱きつく。

「素晴らしいですお姉さま! 私の……エレンの師匠になってください!」


 きゅぴ~ん!


「これは……お嬢様リンクっ!?」
「ええ、よろしいですわエレン……ともにまいりましょう、お嬢様の地平へ!」

「お姉さまっ!」

「……なにこれ?」

 唐突に出現したお嬢様時空に困惑したオレの声は、潮風に流れて消えた。


 ***  ***

「なるほど……現在レンディルで大規模な見本市が開かれておりますので……ホテルが満室なのは致し方ありません」

 エレンの口から語られる、ホテルが満室の理由。
 確かに商人の姿が目に付くと思っていた。

 そこで彼女は、ちらりと明後日の方に視線をやると……下あごに人差し指をあて、にっこりと微笑み、オレたちにとっての福音を申し出てくれた。

「そうですね……お姉さま、お兄さま、ジョンを救って頂いた恩義もありますし、私の家で良ければ泊っていかれませんか?」
「いささか狭いのですが……お姉さまとお嬢様リンクについて語り合いたいですし」

 渡りに船の提案にオレたちは頷くと、エレンの後について彼女の家に向かうのだった。
 僅か10分後、俺たちは想定外の事態に驚愕することになるのだが。
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