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桜木舞奈
28話 17歳って、素晴らしいね!
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黒木希から桜木舞奈への担当の変更は、俺にとって大きな変化をもたらした。
「麻衣さ~ん、聞いて下さいよ!今日のダンスレッスンはですね、3期のみんなで集まってたんですけど……」
「え~、もう……どうしたの?」
仕方なく話を聞く体勢を取ったフリをしたが、何かにつけて麻衣さん、麻衣さん、と寄ってくる彼女のことが可愛くないわけがなかった。
あまりすぐに舞奈に心を開きすぎるのも、前任の希に対して後ろめたいような気がして少し躊躇っていたが……そんなことお構いなしに舞奈はこちらの心をこじ開けてきた。
希はWISHのエースであり国民的アイドルとも言える存在だったが、とてもフラットに接してくれた。それが初めてのマネージャー業である俺ををどれだけ楽にさせてくれたか分からない。本当に助けられた。
だが彼女は23歳でありアイドル歴7年を経た大人の女性でもあった。フランクに見えても常識的な部分を弁えていたし、距離感を詰めるのにも少し時間はかかった。
それに対して舞奈は違う。
とても無邪気で素直だ。こちらがしっかりしなければ……という意識にさせられる。17歳と23歳とがこんなにも違うのか、とびっくりさせられた。
いや、もちろん年齢の違いだけではないのかもしれない。
希はWISHの1期生であった。
WISHは滝本篤プロデュースのアイドルとしてそれなりの注目を集めてはいたが、最初は全然人気が出なかった。
楽曲の売り上げも伸び悩んだし、小さなライブハウスやショッピングモールでの無料ライブ、通行人にビラを配ってのプロモーション活動など……言葉は悪いが、ドサ回りと言って差し支えないような地道な活動をしていた時期も長かった。
対して舞奈は3期生である。
加入してまだ1年に満たない。WISHが国民的アイドルとなってからの加入であり、3期生は全員WISHの活躍を目にしてから加入してきたファンばかりなのだ。
もちろんだから3期生が楽な立場かと言うと……それは難しい部分だろうが、1期生に比べ、確かに苦労していない部分もあるのは間違いないだろう。
……というのを俺はマネージャーに就任する前、単なる一オタクの時期からネットや様々なコンテンツを通して知っていた。熱心なオタクの中ではある程度周知の事実とも言える。
今やアイドルも裏側のすべてを晒される時代である。
特にWISHは長期間密着した様子が映画化までもされているのだ。
ステージ上のキラキラした部分だけでなく、裏側の彼女たちの葛藤や苦しむ姿までもがエンターテインメント化されてしまう時代である。これは本人たちにとってみれば中々大変な時代だと思う。
しかし、普段接していると桜木舞奈にあまりそうした悲壮感は感じなかった。
「麻衣さ~ん、聞いて下さいよ!」
「何?どうしたのそんなに慌てて走ってきて?」
「実は……さっき希さんと香織さんが、楽屋で手をつないでいるのを見ちゃったんですよ!『のぞかお』ですよ!まさか本当に見られるなんて……眼福でした!」
「眼福なんて言葉、よく知ってるね……」
何か重大なことが起こったのかと身構えてしまったが、舞奈が告げたのはそんな無邪気なことだった。
香織……『井上香織』というのは黒木希と共に1期生の人気を支えてきた、いわばもう一人のエースである。彼女の方が希よりもさらに1歳年上で、女性誌のモデルでもある大人メンバーである。WISHの『清楚でキレイなお姉さんグループ』としてのイメージを作り上げることに大きく貢献した一人だ。希一人ではグループ全体がそうしたイメージになることはなかっただろう。
似た立ち位置の希とはライバル的な関係になってもおかしくないが、昔から2人は仲が良かった。そんなわけでファンの間では2人が絡んでいる場面では『のぞかお』と称してその尊さを表現するのが常になっていた。
「……舞奈は本当にWISHのファンなんだね」
俺が思わず呟いた言葉は、受け取り方によっては少し嫌味っぽく聞こえたかもしれない一言だったが、舞奈は目をキラキラと輝かせ大きく頷いた。
「はい!私元々大ファンだったんです。中学生の時にたまたま見たMVに一気に心奪われたんです!……もう一気にギューってなってパアって花開いた感じなんです!」
「う~ん、よく分かんないけど……まあ分かる気もするかな」
舞奈の言葉は日本語としてはおかしなものだったが、気持ちは伝わってきた。
それだけ最初の出会いは衝撃的なものだったということなのだろう。
「え、じゃあ舞奈ちゃんは希さん推しなの?」
舞奈自身のことを俺はもう少し探りたかった。
それにWISHのオタクとしての部分ならば、俺も話を合わせやすいだろう。
「え~、いやぁ、そんな……推しなんて決められないですよ~!もちろん希さんのことは加入前から大好きですし尊敬もしてますけど、他にも魅力的なメンバーがいっぱいいるっていうのがWISHっていうグループの強みじゃないですか?例えばですね…………………」
10くらいの答えが返ってこれば……と思って振った話題に彼女は100の答えを返してきた。
(……アイドルって、こうやって受け継がれていくのかもね)
彼女のWISHの魅力を語る言葉は依然として続いていた。
その姿にとても微笑ましさを覚えるとともに、俺は少しセンチメンタルな気持ちも覚えていた。
アイドルというのは賞味期限のある職業だ。
WISHがやや大人のアイドル像を広げたといっても、流石に30歳を超えてアイドル活動を続けられるメンバーはいないだろう。希をはじめとする1期生のメンバーが、どれほど人気があろうともいずれは卒業の時が来る。
WISHというグループが果たしてあと何年続くかは5年後の未来から来た俺にも分からない。WISHというグループが続いてゆくためには、後輩メンバーたちがその看板と歴史を受け継いでゆかなければならないのだ。
その中核を担う後輩メンバーたちが、元々の1期生たちの姿を見てファンであった……というのは、それだけ月日が経つことの重さを感じたし、先輩メンバーたちの努力の賜物でもあるし、受け継がれてゆくことの貴重さを改めて感じたのだ。
そしてまた、そうした存在である舞奈の側にいて、その成長を見守ることが出来るというのは堪らなく幸せなことなのかもしれない、という気持ちが強くなっていった。
希のような最初からトップに立っている人間よりも、これからアイドルとして成長して人気を確立してゆく……そんな舞奈の姿を間近で見られるという以上の幸せはないのかもしれない。
そんなこれからの幸せの予感に鳥肌が立ち、そのためならば全力でこの子を支えようと俺は決意を固めた。
「麻衣さ~ん、聞いて下さいよ!今日のダンスレッスンはですね、3期のみんなで集まってたんですけど……」
「え~、もう……どうしたの?」
仕方なく話を聞く体勢を取ったフリをしたが、何かにつけて麻衣さん、麻衣さん、と寄ってくる彼女のことが可愛くないわけがなかった。
あまりすぐに舞奈に心を開きすぎるのも、前任の希に対して後ろめたいような気がして少し躊躇っていたが……そんなことお構いなしに舞奈はこちらの心をこじ開けてきた。
希はWISHのエースであり国民的アイドルとも言える存在だったが、とてもフラットに接してくれた。それが初めてのマネージャー業である俺ををどれだけ楽にさせてくれたか分からない。本当に助けられた。
だが彼女は23歳でありアイドル歴7年を経た大人の女性でもあった。フランクに見えても常識的な部分を弁えていたし、距離感を詰めるのにも少し時間はかかった。
それに対して舞奈は違う。
とても無邪気で素直だ。こちらがしっかりしなければ……という意識にさせられる。17歳と23歳とがこんなにも違うのか、とびっくりさせられた。
いや、もちろん年齢の違いだけではないのかもしれない。
希はWISHの1期生であった。
WISHは滝本篤プロデュースのアイドルとしてそれなりの注目を集めてはいたが、最初は全然人気が出なかった。
楽曲の売り上げも伸び悩んだし、小さなライブハウスやショッピングモールでの無料ライブ、通行人にビラを配ってのプロモーション活動など……言葉は悪いが、ドサ回りと言って差し支えないような地道な活動をしていた時期も長かった。
対して舞奈は3期生である。
加入してまだ1年に満たない。WISHが国民的アイドルとなってからの加入であり、3期生は全員WISHの活躍を目にしてから加入してきたファンばかりなのだ。
もちろんだから3期生が楽な立場かと言うと……それは難しい部分だろうが、1期生に比べ、確かに苦労していない部分もあるのは間違いないだろう。
……というのを俺はマネージャーに就任する前、単なる一オタクの時期からネットや様々なコンテンツを通して知っていた。熱心なオタクの中ではある程度周知の事実とも言える。
今やアイドルも裏側のすべてを晒される時代である。
特にWISHは長期間密着した様子が映画化までもされているのだ。
ステージ上のキラキラした部分だけでなく、裏側の彼女たちの葛藤や苦しむ姿までもがエンターテインメント化されてしまう時代である。これは本人たちにとってみれば中々大変な時代だと思う。
しかし、普段接していると桜木舞奈にあまりそうした悲壮感は感じなかった。
「麻衣さ~ん、聞いて下さいよ!」
「何?どうしたのそんなに慌てて走ってきて?」
「実は……さっき希さんと香織さんが、楽屋で手をつないでいるのを見ちゃったんですよ!『のぞかお』ですよ!まさか本当に見られるなんて……眼福でした!」
「眼福なんて言葉、よく知ってるね……」
何か重大なことが起こったのかと身構えてしまったが、舞奈が告げたのはそんな無邪気なことだった。
香織……『井上香織』というのは黒木希と共に1期生の人気を支えてきた、いわばもう一人のエースである。彼女の方が希よりもさらに1歳年上で、女性誌のモデルでもある大人メンバーである。WISHの『清楚でキレイなお姉さんグループ』としてのイメージを作り上げることに大きく貢献した一人だ。希一人ではグループ全体がそうしたイメージになることはなかっただろう。
似た立ち位置の希とはライバル的な関係になってもおかしくないが、昔から2人は仲が良かった。そんなわけでファンの間では2人が絡んでいる場面では『のぞかお』と称してその尊さを表現するのが常になっていた。
「……舞奈は本当にWISHのファンなんだね」
俺が思わず呟いた言葉は、受け取り方によっては少し嫌味っぽく聞こえたかもしれない一言だったが、舞奈は目をキラキラと輝かせ大きく頷いた。
「はい!私元々大ファンだったんです。中学生の時にたまたま見たMVに一気に心奪われたんです!……もう一気にギューってなってパアって花開いた感じなんです!」
「う~ん、よく分かんないけど……まあ分かる気もするかな」
舞奈の言葉は日本語としてはおかしなものだったが、気持ちは伝わってきた。
それだけ最初の出会いは衝撃的なものだったということなのだろう。
「え、じゃあ舞奈ちゃんは希さん推しなの?」
舞奈自身のことを俺はもう少し探りたかった。
それにWISHのオタクとしての部分ならば、俺も話を合わせやすいだろう。
「え~、いやぁ、そんな……推しなんて決められないですよ~!もちろん希さんのことは加入前から大好きですし尊敬もしてますけど、他にも魅力的なメンバーがいっぱいいるっていうのがWISHっていうグループの強みじゃないですか?例えばですね…………………」
10くらいの答えが返ってこれば……と思って振った話題に彼女は100の答えを返してきた。
(……アイドルって、こうやって受け継がれていくのかもね)
彼女のWISHの魅力を語る言葉は依然として続いていた。
その姿にとても微笑ましさを覚えるとともに、俺は少しセンチメンタルな気持ちも覚えていた。
アイドルというのは賞味期限のある職業だ。
WISHがやや大人のアイドル像を広げたといっても、流石に30歳を超えてアイドル活動を続けられるメンバーはいないだろう。希をはじめとする1期生のメンバーが、どれほど人気があろうともいずれは卒業の時が来る。
WISHというグループが果たしてあと何年続くかは5年後の未来から来た俺にも分からない。WISHというグループが続いてゆくためには、後輩メンバーたちがその看板と歴史を受け継いでゆかなければならないのだ。
その中核を担う後輩メンバーたちが、元々の1期生たちの姿を見てファンであった……というのは、それだけ月日が経つことの重さを感じたし、先輩メンバーたちの努力の賜物でもあるし、受け継がれてゆくことの貴重さを改めて感じたのだ。
そしてまた、そうした存在である舞奈の側にいて、その成長を見守ることが出来るというのは堪らなく幸せなことなのかもしれない、という気持ちが強くなっていった。
希のような最初からトップに立っている人間よりも、これからアイドルとして成長して人気を確立してゆく……そんな舞奈の姿を間近で見られるという以上の幸せはないのかもしれない。
そんなこれからの幸せの予感に鳥肌が立ち、そのためならば全力でこの子を支えようと俺は決意を固めた。
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