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第十二話「自衛官毎の日常について」

教官役

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 清水一尉、訓練生の一部から「きよっちゃん」と呼ばれている、眼鏡をかけた細身の自衛官の「整列!」の一言を受けて、それまでだらりとしていた訓練生たちは一応、形だけは綺麗に整列した。

 彼女らの目線は、清水一尉の横に並ぶ三人の子供、身長は自分たちより低いし、どう見てもそこら辺の中学校から来た見学者にしか見えない比乃たちの方を向いていた。
 オリーブグリーンの制服を来て休めの姿勢で立っているが、何だか学生が真似事をしているようで可愛らしいく感じる。

 真似事にしては、自分たちが普段している姿勢よりも、余程綺麗な姿勢だったのだが、それには気付かない。菊池は後ろを振り向いて、一応小声で鈴木に話しかけた。

「ねぇねぇ、あの子達基地見学に来たのかな?  可愛くない?」

「後ろ向くんじゃね、前見ろ前。また腕立てさせられるだろ」

「でも有紀ちゃん」

「ちゃんはやめろ」

「可愛いでしょ?」

 ただでさえ目立っていたのに口論まで始めた二人を、清水が「菊池二士、鈴木二士」と名指しで呼んだ。

「そこの二人。罰則は後でやりますから、今は話を聞いてください。あまり私に恥をかかせないように」

 表面上は穏やかに、しかし強い口調で言われ、菊池は「はーい」と間の抜けた返事をした。後ろで、鈴木が聞こえるか聞こえないかの小声で「本気でしばくぞこいつ」と、罰則に巻き込まれた事に舌打ちをしながら毒吐いた。少し離れた所でそれを見ていた斎藤が、溜息を吐いた。

「皆さんにお伝えしていた通り、本日より新任の係付陸曹、つまり指導員が着任します。彼らは第三師団から来た精鋭ですので、学ぶべきことは非常に多いはずです。彼らからよく学び、いち早く一人前の機士になれるよう努めてください……では日比野三曹、お願いします」

 その説明で、何人かが先日の話を思い出したらしく「えー指導員?」「どこどこ?」「彼ってことはおっさん? やだー!」などと訓練生が騒つく中、名前を出された比乃が一歩前に出た。

 中学生か高校生だと思っていた少年が前に出てきて、訓練生たちが「?!」という空気に包まれる。比乃はそれを無視して、静かに、ただし大きい声で挨拶。

「皆さんこんにちは、只今、一尉より紹介されました日比野三等陸曹です。後ろの二人は、同じく指導員の白間三曹と浅野三曹。これから二週間という短い間ですが、皆さんのAMW関連の訓練を担当することになりました。よろしくお願いします」

 マイクが無くともよく通る言葉に、グラウンドの片隅が静まり返る。比乃が「よしっ噛まなかった」と内心でガッツポーズを決めた、次の瞬間。女子と女性が「きゃー!」と黄色い歓声を挙げた。

「あれが新しい教官? 可愛いー!」
「ちっちゃーい! え、何歳?」
「ショタ教官とロリ教官だぁ!」

 などと騒ぎ始める。比乃は想像していなかった反応に思わずたじろいだ。

 その姿にまた歓声が上がる。まるで動物園のパンダにでもなった気分になった比乃は、少なくとも、上官である自分に対するその態度の酷さを前に、歓天喜地高校での自己紹介をした時の、これに比べればずっと理性的なクラスメイトと、ついでに余り軍人らしくはないが一戦士ではあったリア伍長を思い出した。それらと目の前の彼女らを比較して、内心、かなり憤った。

 まるで規律がなっていない。余裕というよりもこれは怠慢だろう。清水一尉は訓練成績は悪くないと言っていたが、データで見れば、自分からすればどれもこれも本当にひよっこレベル。
 ちょっとやそっとの訓練だけでは、とても実戦には出せないその技量で、余裕も何もあったものではない。パイロットを巨大な玩具を使ったお遊びか何かと思っているのではないだろうか?

 そして何より……自分たち自衛官を、軍をなんだと思っているのかというその態度が一番、比乃の癪に触った。

 そんな比乃の心情も知らず、なおもきゃいきゃい騒いでいる訓練生たちを黙らせようと口を開けかけた清水を、比乃が「大丈夫です」と手で制し、再度向き直る。

「……えー、すいません。もう少しお話をしても良いでしょうか」

 比乃が和かな笑顔でそう言うと、騒いでいた女性陣が「どうぞー!」と、本当に子供を相手にしているような態度で言う。それに比乃が「ありがとうございます」と礼をする。

 訓練生達は全く気付いていないが、比乃は先ほどの清水一尉と同様に、表面上はニコニコしているだけで、その目が笑っていない。

 その背中を見つめていた志度と心視が「怒ってる、珍しい」と二人同じことを思っていると、比乃がもう一度口を開いた。今度はゆっくりと、そして怒気が孕んだ声で

「何か勘違いされているようなので訂正しておきます。今回、我々は皆さんを全力でしばき倒すために呼ばれました。それなりの覚悟をしてから訓練に参加してください。それでも生き残ることが出来たならば、貴方達のその半人前以下の心構えも少しは変わる物と期待しています……それと、これは個人的な言葉ですが」

 そこまで表情を変えずに、最後の方は若干早口になって辛辣な言葉をぶつけた比乃は、フリーズする訓練生達を見渡し、表情を一変させて睨みつけるようにして

「機士を舐めるな――以上です」

 そう最後に付け加えると、さっさと清水の後ろに戻って、むっつりとした顔に無言で休めの姿勢に戻った。

 一方的に告げられた半分死刑勧告のような内容の挨拶に、訓練生達は「え?」「な、なんで怒ってるの?」と、自分達が何をしたか全く自覚がないようにまた騒つく。本当に落ち着きがない、人事部は何をやってたんだ。比乃は声には出さずに心内でぼやく。

 比乃は余りにも自衛隊としてなってない彼女らと、彼女らを入隊させた人事に対する憤りと、これまで余程大変だっただろう清水一尉の苦労の実感を胸に、不機嫌な顔を浮かべる。

  両隣の二人が久し振りに見る幼馴染の表情に若干戸惑いながら声をかける。

「比乃……その……どんまい?」

「いや、比乃は失敗してないだろ、むしろよく言った」

 二人が慰めるように言われ、比乃の苛つきは若干薄らいだ。

「……どう思う、二人とも」

 清水がこれからの指導方針、二週間はこの三人が中心になってAMW関連の訓練を重点的に行うという旨を、まだ呆然としている訓練生達に話している間に、比乃は顔を前に向けたまま問う。聞かれた二人も、前を見たまま率直に答えた。

「本気でいいと思う」

「……やっちゃおう」

 満場一致の可決であった。三人揃って、ポケットから取り出した訓練予定メモを破り捨てる。
 それは、この舐め腐った教育生に対する宣戦布告であり、同時に、西部第三師団機士科、通称狂ってる師団仕込みの猛訓練が行われることが決定した瞬間だった。
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