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第二十話「志度とはんなり荘の住人達について」

侍女

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 はんなり荘には魔物が住……んではいないが、変人なら沢山住んでいる。侍女、筋肉老人、超人兄妹。さらに含めるなら、英国の王族。

 今回は、そんな変人達と自衛官との交流についての話である。

 ***

「たっだいまー!」

 放課後、学校を終えて帰って来た志度は、誰もいないリビングに向けて叫んだ。今日のローテーションは、比乃と心視が駐屯地で訓練をして、志度がメアリの護衛、つまり真っ直ぐに帰宅する日なのである。

「さーてなにするかなー」

 そういう訳で、一人で帰宅した志度は学校鞄をさっさと片付けて椅子に座ると、暇そうに脚をぷらぷらさせた。実を言えば、志度は一人で帰宅すると、いつも暇で暇でしょうがないのである。比乃には「読書でもすれば」などと言われたが、生憎、志度は読書が余り好きではなかった。

 これは三人の間で議論されている「テレビゲーム購入案」を推し進める他ないな、と志度は思った。なお、その議論は心視と志度が賛成、比乃が反対を示している。

 比乃曰く「二人とも凄いのめり込みそうだからダメ」とのことらしい。多数決ならば、賛成派の方が有利であるが、この家の実権と財布を握っているのは比乃なので、ゲーム機を購入するには、どうにかして、あの真面目っ子を口説き落とさなければならない。

 さて、どうやってあの難攻不落の男を攻め落とそうか、などと志度が考えていると、ピンポーンと、ドアの呼び鈴が軽快な音を立てた。来客らしい。

「はーい」

 志度は無警戒にドアを開ける。すると、そこには長身に長い黒髪のポニーテールが目立つ、和装美人が立っていた。

 このはんなり荘の住人の一人である刀根 久美子トネ クミコだった。職業不明、年齢はおそらく二十代半ば、すらっとしたスタイルのお姉さんである。また、この部屋に住む三人が自衛官であることを知っている人物でもあった。と言っても、このはんなり荘に住む住人のほとんどは、どこで知ったのか、そのことを知っている。

 この女性、一見すると普通のお姉さんなのだが、自室に大量の日本刀(実物)を所持しているのを、挨拶回りで確認している。それらの所有許可などはどうなっているのかは、比乃にも志度にも解らない。はんなり荘七不思議の一つである。

「おや、白間少年だけかい?  日比野少年に用事があったのだが……」

 志度の後ろを覗き込むようにして彼女は言った。志度は頷いた。

「おう、比乃はちょっと野暮用で出掛けてるよ刀根のねーちゃん」

 志度が年上相手でもいつもの口調でそう答えると、刀根は「そうか……」と少し残念そうにした。何か用事があったらしく、志度がそれを訪ねると、はきはきと答えた。

「いやな、彼は投げナイフの達人だと言う話をそこな部屋のイギリス人に聞いてな。是非とも、その指導を受けたいと思っていたのだが……」

「イギリス人って、ジャックか?」

「うむ、あの金髪ハンサムだ」

 ジャックって意外と口が軽いんだな、と志度は内心で思いながら、この件をどうするか考える。
 比乃は他人にそういうのを教えたがる方ではない。あまり、人に技術を見せびらかすタイプではないのだ。だが、目の前で困ってる人がいたら出来るだけは助けてやりなさい、とは、その比乃の言葉である。

 志度はうんと頷くと、どんと自身の胸を叩いた。

「わかった、じゃあ比乃に刀根のねーさんがそう言ってたのを伝えといてやるよ。ついでに教えてくれるように俺からも頼んで見る」

「本当か?  それは非常に助かるが、良いのか?」

「良いってことよ。比乃だって潔く受けてくれるはずだしな!」

 そう言って、にっと笑みを浮かべてサムズアップ。刀根は嬉しそうに「いや、本当に助かる、ありがとう白間少年」と頭を下げた。

「それはそうと、どうして投げナイフなんだ?」

 ふと疑問に思って志度が聞くと、刀根は「いやな」とその訳を話し始めた。

「最近、鍛治師をしている知人からクナイを数本もらい受けたのだが、どうにも上手く的に当たらなくてな。どうしたものかと、この荘の住人らに相談して回っていた所を、先ほどの話を耳にしたんだ。ジャック氏曰く、日比野少年は小刀に関しては己をも凌ぐ腕前とまで聞いた。それで、居ても立っても居られず、こうして尋ねた所存だ」

「なるほどなぁ……確かに、比乃はナイフ捌きは部隊内でもトップクラスだったしなぁ、素手なら勝てるけど、ナイフ使ったら絶対勝てないもん、俺」

「話が本当であれば、いつか手合わせ願いたいものだ。今から楽しみで腕が疼くな……」

「ああ、きっと潔くその挑戦も受けてくれるぜ!」

 比乃本人がいたら「いやいやいや」と全力で拒否しそうなことを勝手に話す志度と刀根。

「彼ならば、私の夢である道場再建に役立ってくれるかもしれんな……」

「刀根のねーちゃん道場に通ってたのか?」

「ああ、今はもう燃えて無くなってしまったがな……懐かしい物だ」

 刀根はどこか遠くを見るような目になって語り始めた。

「あれはまだ、私が白間少年らと同じくらいの歳だったことだ。いつも学校が終わり次第、すぐさま道場に行っては、同門生を張り飛ばしたり、逆に姉弟子に張り飛ばされたり、今にしてみれば良い思い出だ」

「へー、いいなそういうの。俺、そういう思い出全然ないしなぁ」

 実際、五年以上昔の記憶がほとんどない志度からしてみれば、そういう思い出があるというのは良い事だと思うし、同時に羨ましくもあった。

「白間少年は見た目の割に随分寂しい学生生活を送っていたようだな……」

 そんな事情までは流石に知らない刀根は、志度に対して別の意味で同情するように言った。言われた方はきょとんとした顔で、

「いや?  今の学校生活はすっげぇ楽しいぜ。毎日刺激の連続だしな」

「うむ、昔よりも大事なのは今だ。今が楽しければ、それで良いのだ」

「そういうもんか」

「そういうものだ」

 どこか噛み合っていない会話をしている二人。そこで、ふと刀根が腕時計を見て「むっ、しまった」と脂汗を滲ませた。

「どうしたんだ?」

「いやな、この後、古い友人と会う予定があってな、そろそろここを出ねばならん。話の途中で申し訳ないが」

「いやいや、約束は何よりも優先すべきだって比乃も言ってたし、気にすんなって」

「そうか、ではすまないがこれでお暇する。日比野少年と浅野女子にもよろしくな」

「ああ、またなー」

 少し慌てた様子で身を翻して、手摺を乗り越えて消えた刀根を手を振って見送った志度は、着地音を聞きながら扉を閉めて「さて、どうするかな」とまた暇つぶしについて考え始めた。ちなみに、ここは二階である。
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