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第二十一話「短期的出張と特殊部隊について」

不穏な影

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 夜。伏木富山港から流れる二本の川に掛けられている多くの橋のその内の一つ。何の変哲も無い、黒塗りの乗用車が一台、暗闇に溶け込むように、その橋の中央に止まっていた。ハザードランプが付いていなければ、追突事故を起こしていたかもしれない。

 それ以外に橋を行き交う車はほとんどない。時折、車載ライトの光を眩かせながら、民間の乗用車が通るが、誰もその車を気にかけたりしない。思ったとしても、少し鬱陶しい路駐車だと思うだけだろう。

 辺りを支配しているのは、じわりとしたこの季節特有の冷たい湿気った空気と静寂だった。

 その車の脇に、二人の男がいた。どちらもロシア人で、二人とも自身の国籍を隠すように、帽子を深く被ってサングラスを着けていた。服装はラフな私服姿で、帽子とサングラスがなければただの観光客にしか見えないだろう。

「あちらと違って、こちらは夜も暖かいですね。もう慣れましたが」

 片方の男が言って、手にしている缶コーヒーをぐいっと仰いだ。もう一人の男は無言で、手にした煙草を一息吸って、ふっと煙を吐いた。

「例のチンピラ連中ですが、どうします。居場所は割れていますが」

 言って、コーヒー缶を欄干の上に置いた男は、懐からメモを取り出して、煙草を吸っている男の方へ差し出す。しかし、男は口から煙草を離すと、その紙を一瞥もせず、どうでも良さそうな口調で、

「……放っておけ、生きていようが死んでいようが無価値な人間など、手にかける価値もない」

「了解です」

 言われた男は肩を竦めて、住所がいくつか書かれたメモをポケットに乱雑に突っ込んだ。煙草を吸っていた男は「そんなことよりもだ」と視線を真っ暗な川に向けたまま切り出した。

「目標地点近くに運び込まれたコンテナの中身、あれの詳細は判ったのか」

「はい、陸自の特殊仕様AMWが三機、恐らくは例の……」

 言いながら、缶コーヒーの男は今度はポケットから一枚の写真を取り出し、煙草を吹かしていた男に手渡した。

 写真には、コンテナに積み込まれる三機のTkー7の後ろ姿が薄っすらと写っていた。望遠で撮った物を画像処理した物らしいが、それらが通常型のTkー7と差異があることは、その写真でも充分に解った。写真を受け取った男は、サングラスの奥の青い瞳を興味深さそうに細めた。

「彼らの機体か……どう思う」

 写真を返しながら片方の男が問う。

「そう見て間違い無いかと……しかし、現時点でこの舞台に上がった自衛隊で一番強い方が当たりを引くとは、出来過ぎな気がしますがね」

 そう答えた男は、返された写真をポケットにしまうと、缶をゆらゆらと揺らしながら、面白い本を読んだように笑う。逆に、先程から表情を変えないもう一人の男は、煙草の灰を無造作に落として、

「富山基地の頭が勘付いたのか、それともただの偶然か、どちらにせよ……」

「我々としては、都合が良いのか、悪いのか、複雑な所ですね。共闘するにはかなり心強い味方ですが、処理するとなったら、これほど嫌な相手はいない」

 男は特に困ったような素振りも見せず「通常仕様ならともかく、特殊仕様の相手は我々の機体でも手に余ります」そう言いながら、缶を持った手をひらひらさせて、芝居臭い動作で大仰に嘆くように天を仰いだ。

 それを横目でちらりと見た男は、相変わらず無表情のまま「貴様のその性格、どうにかならんのか」とぼやいた。しかし、男の方は聞こえなかったらしかった。

「それで、どうします。いっその事、AMWに乗る前に消してしまいますか?  少佐殿」

 笑顔を浮かべながら、とんでも無いことを言ってのけた。だが、その口調とサングラスの奥の目は一切笑っていない。提案された方、少佐と呼ばれた男は、煙草を一本吸い切ると、しばらく無言のまま川を眺めていた。そして「いや」とかぶりを振った。

「あれは、生身で制圧する方が苦労する手合いだ。特に金髪と白髪の、あれは白兵戦を仕掛けるには少々危険な獣だ」

「しかし、相手は子供ですよ。何人か送り込めば今夜中にでも処理可能です」

 尚も食い下がる男に、少佐は鋭い目線を向けて、諌めるような口調になって言った。

「見た目に騙されると痛い目を見る。そんな間抜けを部下にした覚えはないぞ、中尉」

 宥められた中尉と呼ばれた缶コーヒーの男は、少し不満そうにしながらも「了解です、少佐殿」と渋々返事をした。

「それでは、基本的には共闘する流れで……上にはそのように報告してよろしいので?」

「ああ、もう数日後、事の直前に両方に情報をリークしてやる。今回の件、コントロールを握っているのは我々だ」

 言ってから、少佐は自身の発言を自嘲するように、ふっと笑う──そう、何もかも、自分たちの掌の上だ。中尉も釣られて笑みを浮かべ、また缶コーヒーを一口飲んで口を潤すと「ですが」と笑みを消した。

「我々の作戦行動が明るみに出た時、日本政府は何か言ってくるかもしれませんね。最近のこの国は、随分と強気だ。それどころか、上を通じて作戦に干渉してくる可能性も……」

 少佐の方は新しく取り出した煙草に火をつけると、部下の懸念を鼻で笑った。

「国の本質がほんの数年で変わるものか、日本政府の気概など張子の虎に過ぎん。上が少し圧をかければ、何も言えなくなる」

 上官の確信めいた言葉に、部下は肩を竦めた。

「やれやれ、我が国の事ながら、恐ろしい事だ……そろそろ戻りましょう。お子さん方が心配しますよ」

 運転席の方へと歩き出した部下に続いて、少佐は喫いかけの煙草を指から川へ弾き落とすと、車の助手席に乗り込んだ。
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