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第三十三話「文化祭の大騒ぎについて」

悪巧みと制裁

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 サクラを使って店が盛り上がってるように見せる作戦であったが、効果の程は今一つであった。理由は言うまでも無く、白服と黒服の厳つい男たちのせいであった(一部、志度と心視が呼んだ、はんなり荘の愉快な住人たちの影響もあったが)。

「ううむ……このままでは僅かに売り上げが足りなくなってしまうぞ……いったい何が駄目だったんだ?」

「貴方が呼んだ黒服さんたちのせいではないでしょうか?  うちの近衛隊はきちんと大人しくしてますし、ジャックには本場英国の紅茶を入れさせてますから、そちらと違って役に立ってますよ」

 自慢げに言う彼女の視線の先では、礼服を来たジャックが、客一人一人にティーポットから紅茶を振舞っていた。教室の表にある看板にも『本格、英国紅茶!』と、チョークで新たに記されており、それによって客の入りは多少マシになった。と思われたが、

「悪いがメアリ、そっちの白服さんが方も十分に客避けになってる」

「あら……」

 晃が言った通り、ジャックの努力虚しく、状況は大して変わっていなかった。看板を見て教室に入ってみれば、そこには殺伐とした雰囲気を出している、白黒の集団がいるのである。喫茶店にあるべき和やかな雰囲気など、感じようがない。

「というか、どうしてどっちの護衛さんもこんな殺気立ってるんだよ?  文化祭で何をそんなに警戒してるんだ?」

 晃が問うと、メアリと紫蘭は揃って「だからこそだろう」「だからこそでしょう」と返した。

「学校に部外者が大量に立ち入る文化祭だからこそ、我らの護衛もしっかりこなさなければなるまいと躍起になっているのだ」

「仕事熱心なのが、我が近衛の美点の一つですから」

「……それって、サクラとしてはかなり不適切な部類に入るってことだよな……」

「しかし、私が今呼べる人材などこれくらいしかなかったのだ、しかたないだろう」

「右に同じという物ですね」

「だからってなぁ」

「……なら、いい考えが、ある」

 そこに、接客の仕事がなくて暇そうにしていた心視が割り込んで来た。彼女の言うその「いい考え」とやらを聞いた晃は、眉を八の字にして、

「いや、いいのかそれ……」

 表情で難色を示したが、紫蘭とメアリはノリノリで「それは名案!」と口を揃えた。どうやら、心視の言う作戦とやらが気に入ったらしく、紫蘭は彼女の背中をバシバシ叩き、メアリは感心したように頻りに頷いていた。

「しかし流石はスナイパー、嫌がらせに関してはプロだな」

「ええ、私たちでも思い付かないことを平然と提案して見せる。正に嫌がらせのプロフェッショナルです」

「……それ、褒めてる?」

「「勿論」」

 画して、心視の提案した作戦は、早速実行に移された。指示を受けた黒服と白服が席を立ち、のしのしと教室を後にしていく。それを見送りながら、晃は「本当に良いのかなぁ」と渋面を作っていた。



 PTA的に色々とぎりぎりな水着を使って接客をするという、かなり危ない事をしていた二年C組の喫茶店は、異様な空気に包まされていた。先程までは、普通に男性客で賑わっていたのだが、ある集団が来店してから、空気が一変した。

 今客席の大半に付いているのは、一般客や高校生ではなかった。というか、日本人でもなかった。彼らはお揃いの白いスーツを着た西洋人で、一様に目付きが鋭く、誰もが硝煙の漂う屈強な体付きをしていた。それだけならまだしも、何故か、妙に殺気立っている。しかも、その視線を店にやって来た一般客に向けては、何か観察するようにじっと見つめるのだ。

 水着の噂を聞きつけてやってきた客は、皆、その眼光に圧されて入り口で回れ右をしてしまっていた。客の入りが悪くなったC組の生徒たちは、なんとか喫茶店から出て行くようにこの集団に言おうとしたのだが、

「あ、あの……他のお客様の迷惑になりますので……」

 ウェイトレス女子生徒の一人が、勇気を振り絞って声を掛ける。すると、白服たちが一斉に彼女の方を向いて、

「What?」

「I'm at work, sorry」

「Do not disturb……」

 口々に英語で(ただし高校生にも分かり易い単語を選んで)、何事か言うのだ。鋭い目付きで、相手を威圧するように、端的に言って、かなり怖い。近寄り難いオーラ全開である。

「あの、えっと……ごめんなさいっ」

 すっかり怯えたウェイトレスが、涙目になって店の奥へと引き返して行った。その様子を見ていたクラス委員たちは、青ざめてヒソヒソと口論をしていた。一刻も早く、この客人たちを退室させないと一般客が来ない。

「どうすんだよ委員長、どうにかしないと不味いってこれ……普通のお客さんが寄り付かなくなってるぞ」

「どうするったって、どうすればいいんだよ」

「というかこの外人さんたち、どっかで見たことあるぞ……」

「奇遇だな、俺もだ」

 委員長たちは顔を見合わせて、その思い当たる節を思い浮かべて、そして答えに辿り着いた。

「「「A組!  あいつらの差し金かぁ!」」」

 二年のアンタッチャブル集団。A組の、確かメアリという金持ちの護衛だか付き人だかが、このような白いスーツを着た西洋人であったはず。まさか、護衛を使って嫌がらせをしてくるとは何たる事か、悪逆非道、卑怯極まりない。
 憤慨したC組のクラス委員たちは、とある場所へのホットラインを使って、然るべき場所に報告を入れた。

 ちょうどその頃、B組の教室にも、同じような雰囲気を纏った黒服の集団が押し掛けて営業妨害を行なっていて、同じような結論に至った彼らも、同じ場所に苦情を入れていた。その場所とは――



 十数分後、A組の教室は白服と黒服が捌け、さらに“他の店に行きようがなかった客”を取り込む事で、盛況を取り戻していた。
 ウェイトレス役の生徒たちが忙しそうに動き回り、教室奥の厨房からは比乃の「うおお、手が、手が足りない!」という悲鳴が聞こえる。客席はほぼ満席。

 満足気にそれを見ているのは、休憩に入った紫蘭とメアリであった。パイロットスーツを脱いで、いつもの制服姿となった彼女たちは、片や腕組みをして不敵な笑みを浮かべ、片や口元に手をやって微笑んでいる。

「まさかここまで上手く行くとはな、心視の作戦も大した物だ」

「本当に、良い作戦でした」

 件の首謀者は、休憩も取らずに接客を行なっていた。忙しなく働く彼女の姿に、二人は更に上機嫌になる。

「さて、心視や志度たちには悪いが、私たちは休憩がてら他の店の偵察と行くか」

「晃さんが一緒でないのがとても残念ですが、そうしましょうか」

 そう言って二人が教室から出て行こうとした。その時、

「あ゛あ゛ー、邪魔するぜぇ」

 その行く手を、パンチパーマにグラサン、腰にチェーンをじゃらじゃら鳴らした男子生徒、番長こと生徒会長が遮った。

「メアリ・アレキサンダと森羅 紫蘭、いるかぁ」

「うむ、私たちがそうだが、どうかしたのか生徒会長」

「何か私たちに御用でしょうか?」

 目の前に現れた生徒会長に、怖気もせずに堂々と名乗りを上げた二人に、彼はグラサンの奥の目を鋭く光らせた。

「ああ、お前たちが画策した“営業妨害”について、ちぃっとばかし“お話”があってよぉ」

「「あっ……」」

 その一言で、大体の事情を察した二人は、首謀者たる少女を贄代わりに差し出さんと視線を巡らせたが、彼女の姿は無かった。ちょうど今、厨房の奥に料理を取りに行っているのである。

「その格好から察するに、お前ら休憩時間だろ、ちょうどいい、ちょっと生徒会室まで来て貰おうか」

 そう言って、二人の肩をがっちり掴む番長。その力と有無を言わさぬ迫力に気圧された彼女たちは、項垂れてずるずると連行されて行く。

「言わんこっちゃない……」

 一部始終を見届けた晃は、そう言わずにはいられなかった。それから、白服と黒服に撤収指示を出して、生徒会室へと連れていかれた二人は、生徒会長から散々説教をされ、解放されたのは休憩時間の終わり側であった。

 教室に戻ってきた二人は、ぐったりした様子で呟いた。

「商売は真面目にやるのが一番だな……」

「同感です……」

 なお、売り上げ自体はなんとか紫蘭の予想金額に届き、自腹を切っての打ち上げにはならなかった。そこそこ高級な料理店を貸し切って行われたコンパは、盛大に盛り上がり、初めての文化祭となった自衛隊組三人も大いに楽しんだのであった。
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