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第三十四話「それぞれの思惑と動向について」

海底を往く者たち

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 マリアナ諸島近海。アメリカ海軍が陣取っているその海の深く深くを、悠々と進む一つの艦影があった。全体的に丸っこい、鯨のような巨大なフォルムに、翼のような操舵翼が左右に三枚ずつ生えている。まるで大型の宇宙生物のような見た目をした、真っ白な潜水艦であった。

 その艦内でも特にだだっ広い“OFM格納庫”で、竹刀を握った少年、白鴎が、息を荒げて硬い床に転がっていた。

「どうした白鴎、そんなんじゃ例の自衛隊にリベンジなんて、遠くて遠くて話にならんぞ」

 彼にそう言うのは、セミショートの髪をした背の高い女性だった。竹刀を肩に担いで、汗一つかいていない。強者としての余裕が感じられる人物だった。

「し、師匠……容赦なさすぎ……」

「阿保ぅ、弟子を扱くのに手加減する師匠が何処にいる。さぁ、もう一本やるぞ」

 言って、竹刀をぶんっと振った師匠に、白鴎は悪態を吐きながら立ち上がり、構えた。息は上がっているが、構え自体にぶれは無く、見た目はしっかりとした物であった。しかし、

「……しっ!」

「甘ぁい!」

 そこから放った縦一閃は、師匠の一喝と共に、手元をどう動かしたのか、白鴎の竹刀は切っ先を奇妙な動きで絡め取られた。そのまま、真上へと弾き飛ばされる。
 自身の手元から得物が無くなった事に気付いた白鴎が「あっ」と声を上げている間に、打ち上がった竹刀はくるくると回転して、

「あいたぁっ?!」

 持ち主の頭頂部に直撃した。思わず頭を抑える彼に、師匠は竹刀の切っ先を突き付ける。そして容赦なく告げた。

「集中力が足りん、鍛錬も足りん、足りない事尽くしだな、白鴎。そんな様子では、いつか戦場で死ぬぞ」

「仰る通りで……」

 散々な言われようにしょげる彼に、師匠は「この程度で落ち込むな、情けない」と溜息を吐いた。

「今日の訓練はここまでだ。これが私の姉弟子だったら、怪我の一つでもしていたところだぞ」

「師匠の姉弟子さんですか……どんな人なんです?」

 どんな人、と聞かれて、師匠は少し言い澱んだ。そして、考えるようにしてから言った。

「化け物、だな。今はもう焼けて無くなってしまったが、以前居た道場では、手合わせをする度に、良く吹っ飛ばされた。五回勝負して、一回いい勝負が出来れば良い方という人だった」

「そ、そんな恐ろしい人がいるんですね……」

「ああ、敵には回したくない人で、超えたいと願ってしかたのない人だ。今はどこで何をしているのやら……さ、無駄話は終わりだ。さっさとシャワーでも浴びて来い。休憩も鍛錬の内だ」

「はい、じゃあお先に失礼します。師匠」

 そう言って、竹刀を持ち直して格納庫の出口へと向かう弟子を見送る。師匠、彼女は、どこか遠くを見るようになって呟いた。

「本当に、今頃何をしているのやら……姐さん」


 シャワールームから出て、タオルを首に下げて歩いていた白鴎は、通路で二人の少女に絡まれた。長い栗色の髪を一纏めにした、気の強そうな少女と、ショートヘアの活発そうな印象を受ける少女。白鴎と同じOFMパイロットの、アリサと真木であった。

 二人は直属の上司である川口と共に、つい最近まで東南アジアの方へと出張っていたのだが、今回、本部からの招集を受けてこの潜水艦「ジュエリーボックス」へと戻ってきたのだった。

「白鴎あんた、例の刀持った自衛隊機と会ったんでしょ?  詳しく聞かせなさいよ」

「ごめんね白鴎君、アリサ、一度言い出したら聞かないからさ。ちょっとでいいから付き合ってあげてくれない?」

 端整な顔を迫らせて凄んでくるアリサと、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる真木に、白鴎は苦笑した。

「それじゃあ、食堂で話しようぜ。通路で話してると邪魔になるし」

 そう言って、二人を連れて艦内食堂へと足を運んだ。今は昼前で人も疎らな食堂で、彼はハワイで遭遇した自衛隊について話をした。話をしたと言っても、彼が直接相手をしたのは、件の刀を持った機体ではなく、白い新型機だった。刀を持った敵機の相手をしていたのは、その時一緒に居た隊長である。そのことを告げると、アリサは「なーんだ」と拍子抜けしたような声を出した。

「その新型に例の侍女が乗ってるかもと思ったけど、聞いた限りだと違うっぽいわね。それじゃあ隊長に話を聞いた方が早いかしら」

「その方がいいと思う。けど、そんな話聞いてどうするんだよ」

「勿論、リベンジするのよ。スピネルの手足もやっと復元終わったし、真木のアイオライトと一緒に今度こそぼっこぼこにしてやるんだから……去年の借り、きっちり返してやる」

 言って「くっくっくっ」と薄ら暗い笑みを浮かべる彼女と対照的に、真木の方はあまり乗り気ではなさそうだった。

「私はもう戦いたくないかなぁ……去年出会ったあの自衛隊の機体、今でも夢に出てくることがあるくらい怖かったもん」

 その当時のことを思い出して、真木はぶるりと身を震わせた。あの時に遭遇した、肩に「〇一」とペイントされた自衛隊機は、尋常な相手ではなかった。大きな損傷をする前に、川口が助けに入ってくれたから良かったが、あのまま戦い続けていたら、自分は今、この場に居なかったかもしれない。

 東南アジアでもかなりの戦闘をこなしたが、あそこまで脅威に感じる敵には出会わなかった。神妙な顔をする彼女の背中を、アリサが叩いた。

「なぁに弱気になってるのよ真木。私たちだってこの一年で見違えるほど強くなったんだから、次こそ勝てるわよ!」

「その自信はどこから湧いてくるんだか……けど、俺も自衛隊にはでかい借りがあるからな。リベンジしたいってのは同感だ」

「それじゃあ、一緒に打倒自衛隊に向けて訓練しましょ!  紫野とか緑川も誘ってさ、久々に模擬戦とかしたいし!  ばりばり訓練して経験積めば、自衛隊なんて鎧袖一触よ!」

「お、いいな。それじゃあ後で隊長たちのとこ行って許可貰ってくるか」

 そうテンション高めに盛り上がる白鴎とアリサを尻目に、真木は浮かない顔でぼそりと呟いた。

「そう簡単に勝てる相手かなぁ……自衛隊って」
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