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第四十三話「迫る終末について」

捨てられない迷い

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『本拠地攻撃作戦への参加、ですか。それはまた、大仕事ですね。参加要請は、予想通りでしたが』

 沖縄、第三師団駐屯地の執務室。部隊長が耳元にやっていた受話器から、部下である少年の声が漏れていた。

 その口調は、この間少し相談に乗ったときと違っていた。そのときのような、どこか沈んだ様子はない。だが、どこか、吹っ切れてしまっているような、そんな印象を覚えた。「予想通り」と言う辺り、自分が呼び出されることも想定していたように思える。だからだろうか?

 だが、任務の説明を打ち切ってまで「どうした」とその理由を聞くことはしない。

「……そうだ。作戦決行は二週間後、お前と志度、心視は横須賀港に来る予定の輸送艦に乗って、連合軍に合流。奴らの本拠地と思われる島を攻略する作戦に参加するという流れになる」

『参加するのは僕ら三人だけですか?』

「いや、こっちから安久と宇佐美を向かわせる。上から、政治的な理由で最小限の戦力のみを送るしかないと言われてな。二人と第一師団、第二師団の精鋭を出すという案もあったんだが、俺がねじ込んだ」

『……? 何故です、そっちの方が精鋭としては確実じゃないですか』

「確かにどっちの師団のトップも腕は確かだ。だが、Tk-11を使えるのはお前たちしかいない。これまでの敵の機体の傾向を考えれば、あの機体は必ず必要になる。安久に宇佐美、お前と心視、そこまで来たら志度を加えて、第三師団第一小隊でまとめるのが、合理的だろう」

 あっさりと合理的だからと言ってのけたが、部隊長自身はかなり、この編成に迷った。というよりも、今、比乃に対して一つ。嘘をついていた。

 比乃を作戦にねじ込んできたのは上の意向だ。部隊長ではない。本当であれば、こんな危険極まりない、今度こそ生きて帰れないかもしれない作戦に、精神が不安定に見える部下を送り出すなど、絶対にしたくないのだ。

 だが、上層部の「Tk-11が作戦遂行に必要不可欠」という話も、正当性がある。今回の作戦には、用意できる限りの全力を注ぎ込まなければならない。これまで散々、貸し借りをしてきた相手に、その正当性を突っぱねてまで拒否する力は、流石になかった。
 部隊長は思わず握り締めていた手を、意思を込めて開いて、受話器の向こうに心中を悟られないように務めた。

『事情は了解しました。こちらの出発は、今夜ここを出立すれば良いでしょうか』

「そうだな。学校の方には俺からもう話を通してある。出席日数は気にするな」

 ここであえて、部隊長は学校の話を出した。話をしていて何故だか、息子に、お前には帰る場所があるんだぞということを、伝えておきたかったのだ。
 しかし、電話向こうの息子は、口から息を漏らした音を出してから、即答した。

『僕は帰ってこれるかわかりませんから、そこまでしていただかなくても大丈夫かもしれませんよ』

 その言葉の意味を探って数秒、部隊長はある結論に辿り着いた。それが先日の相談と結びついて確信に変わった。思わず、拳を机に叩き付けそうになった。

(くそったれめ……!)

 自分の息子がどこか吹っ切れている様子なのは、自身の生存を考えていないからだ。そのことを確信してしまった。まるで、死に場所を求めているようだ。そして、今回の決戦は、確かにそれに相応しい舞台だろう。テロリストの本拠地を潰すために、世界に平和をもたらす一人の兵として戦い、散って行く。

 あるいは、作戦を成功させた後に、自ら命を絶つつもりなのかもしれない。本人はそれが、後腐れのない最良の結果だと考えているようだが、それでは先日部隊長が否定した、悲劇のヒーローそのままである。

 その理由も、簡単に想像できた。自分自身の過小評価、それに加わった重圧から、それしかないと判断してしまったのだろう。よく考えれば、それはあまりに馬鹿げたことだとわかりそうなものだが、比乃はまだ十八である。若者特有の、視野狭窄になっていることは間違いなかった。

 部隊長は、怒鳴りそうになったのを懸命に堪えた。今ここで、そのことを責め立てても、この少年はとぼけるか肯定するかして、己の考えを曲げようとはしないだろう。

「……そういう冗談は笑えないからやめろ、お前は同期二人と一緒に、生きて帰って学校に通うんだ。それに、お前の義足の借金返済。まだ終わってないぞ」

『そういえばそうでした。そっちのことも考えないといけませんね。変なことを言ってしまい、申し訳ありません』

 比乃の口ぶりは、まるで自分が死んでも、他の手段でなんとかするとでも言いたげで、部隊長が期待していたような返事ではなかった。
 それについて言及する前に『それでは、準備に取り掛かります』と言って、通話が切られてしまった。

「…………くそっ」

 受話器を叩き付けるように通信機に戻し、しばし考えた部隊長は、別の連絡先の番号を入力し始めた。それは、少し前に新しく覚えた、息子の友人の番号だった。

 ***

「……よし、これでいいかな」

 自室で、着替えや携行するものをまとめた雑嚢を用意し終えた比乃は、隣で同じく準備を終えた志度と心視に、今、思い出したかのように、

「二人とも、アパートの人たちに一応挨拶してきたら? 今回も長く部屋を開けるし。第八師団の皆には……まぁメールでも出しておけばいいか」

「……比乃は?」

「僕はいいよ、二人が行ってる間に夕飯の支度でもしておくよ」

「じゃあ俺もいいや、今回は土産も持って帰れなさそうだし」

「……私も」

 二人は椅子に腰かけた。今度の任務に対する不安など感じていないようだった。そんな同僚たちの様子を見て、比乃は小さく笑った。

「そっか、まぁ、これが一生の別れじゃないんだしね」

 そう言って、比乃は「じゃあすぐ作るから、二人はテレビでも見て待っててよ」と言って、台所に向かう。その背中を見て、同期二人は、胸騒ぎを覚えていた。
 敵の幹部がやってきたという日から、不機嫌の原因が解消されたかのように、比乃は元に戻った。むしろ、いつもより明るくなったようにすら思えた。
 それは喜ばしいだったが、しかし、同時に不安も覚えた。その様子がまるで、最後くらいは楽しく生きようとする、末期患者のように思えたからだ。

「……比乃こそ、いいの?」

「ん、何が?」

 台所でまな板と包丁、野菜を取り出した比乃に、心視が言った。

「晃とか……森羅とか、メアリとアイヴィーに、話さなくても」

 それを聞いた比乃の動きが、一瞬、止まった。だが、本当に一瞬だけだった。すぐに野菜をまな板の上に置いて、包丁を動かし始めた。こちらに背を向けているので、表情は窺えない。

「ちょっと心視、民間人に自分がどういう任務につくとか、そういう話をする自衛官がどこにいるのさ。機密漏洩はいけないことなんだよ?」

 至極真っ当なことを話す比乃に、それでも心視は反論する。

「だけど……今度の作戦、もしかしたら……帰れないかもしれない」

 その言葉を聞いた直後、比乃はまな板に思い切り包丁を叩き付けた。大きい音が、比乃の心情を表しているかのように思えて、心視と志度はびくりとした。

「……大丈夫だよ、二人は帰れるように僕が頑張るからさ、守り抜いて見せるさ」

 そう言った声は、どこか淡々としていて、感情が篭もっていないように思えた。

「でもよ、Tk-11は二人乗りなんだから、帰るならどうあがいても俺ら三人揃ってだぜ? なんで二人だけを、そんなに強調するんだよ」

「ああ、それなら今回は僕一人で乗るから大丈夫だよ。仕様を確認したら、単独操縦もできるみたいだし、心視にはTk-7改に乗ってもらうよ。第八師団に手配すれば、機体は用意できるだろうし」

「えっ……」

「いや、なんでだよ。あれは二人が乗ってこその機体だろ?」

「今回の作戦規模的に、数が多い方が良いはずだよ。それに、その方が都合が良いんだ」

 そう話す比乃の手は、包丁を握ったまま完全に止まっていた。それは、次の言葉を、言い訳の言葉を探すことに、思考を総動員しているように見えた。

「……比乃、お前ひょっとして」

 志度が核心的な一言を口に出しそうになったそのとき、玄関の扉が勢いよく開け放たれた。
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