修道院に行きたいんです

枝豆

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クラリーチェ

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とりあえず服を着て、母の待つ応接間に入った。

誤算だ…。母が乱入してくるとは想定外だった。
なんとか母をこちら側に引き入れないと。
三つ巴の戦いになるのはなるべくなら避けたい。

母は執務机に座り、その斜め前に侍女がひとり立たされている。
可哀想に、母の怒りを見せつけられて真っ青になって震えているのは、レイチェル付きの侍女、確か名は…。

「エッタ、サラとレイチェルの身支度をお願い。ここに来させて。」
そうそう、エッタだ、サラは母の侍女。
母の侍女にレイチェルの身体を確認させるつもりなのだろう。

…不味いぞ、まだエッタは事情を知らない…。

「エルンスト、一体どういうことなの?あの子がどんな子が知らなかった訳ではないでしょう?」

母が口撃の口火を切った。
母は手強い。だけど母を陣に入れ込めたら、この策略は必ず成功出来る。ここが要だ。
間違えてはいけない、気をつけないと足を掬われる。

「ええ、知ってますよ。フィリア伯爵令嬢のレイチェル。ステファンの婚約者候補。」
そう、婚約者じゃない、候補のひとりだった。最後の…だけど。
ブリトーニャが戻ってきたから、もう婚約者じゃなくなった。
…公式には。
ステファンの中では違ったみたいだけど、そんなの知るか!

「で?」
「ステファンに捨てられて泣いていたので、お慰めして差し上げようかと。」

「で?」
すげーな母。で?の一言で全てを吐かせようとしてる。
「全く、参りましたよ。まさか手付かずだったなんて。」

「ふーん、そうなの。」
やっと、で?以外の言葉が出た、と思ったのに。

「で?」

…そう来ますか。ですよねー。
「仕方ないから、責任を取ろうと思います。」
「責任…ね。どう取るつもりなの?」
「…俺の妻にしようかなぁ、と。」

ははは、と笑ってみせたけれど、母の表情は怖いくらい動かない。

「本気なのね?」
冷えびえとした母の視線と声音だった。
「はい、本気です。」
「そんな事がまかり通ると思っているの?」
「通ります。」
俺の決意を表明したくて、この先どんな状況になっても、このウソを通す、と言った。

言ったのに。

言葉は正しく!通します、と言いなさい、と母に訂正された。
やっぱり母にはバレたようだ。
何もかも全て。

「…って。元々はこんな筋書きのはずじゃなかったわよね?」
「…成り行きと勢いで。予定は未定という事ですよ。
なかなか計画通りにはいきませんでしたね。」
そうやって作った苦笑いを見せると、母もまた諦めたように微笑んだ。

ようやく表情が動いたこと、しかもそれが決して幸先が悪い事を示す表情ではなかったことに一安心だ。
…ったく仕方のない子ねぇ、と説教を諦めた時の母の顔だ。

この顔を見て確信した、母は味方になってくれる、心強いことこの上無い最強の味方になる。

ノックの音がしてまずサラが入ってきた。
「失礼致します…。」と母の耳元で何やら囁く。
真剣に話を聞いていた母はフッと笑った。
悪戯をした俺を許してくれる時の、母の笑顔に見えた。

「わかったわ、レイチェルを入れてちょうだい。」
サラは下がり、しばらくしてレイチェルがエッタと共に入って来た。

「お座りなさい。」
一瞬迷ったレイチェルは母に促されて、俺の隣に隙間を少し開けて座る。

「あなた達離れ過ぎです。ピタッと身体をつけるように!」
母の指南に俺の背筋が伸びる。
訳もわからないままレイチェルは開いていた2人の隙間を埋めるように座り直した。

「レイチェル、エルンストの話は本当なのね?エルンストはあなたの純潔を奪った,そうなの?」
「…お応えしたくはありません。私の…名誉の問題なので。」
「…名誉、そう,そうね。」

「エッタ!」
「…ふぁい!」
エッタの声が裏返る。

「あなた、レイチェル付きだったわね。ステファンとの閨番についた事は?」
「…あります。」
「ステファンとレイチェルの関係はどこまで?」

レイチェルが唇を噛み締めて俯いた。
大丈夫だと安心させたくて、震える手を握って…。
それからそっと肩に手を掛けて俺の方へ寄りかからせた。

うん、交わった関係ならこの方が自然だ。

「ステファン殿下は…レイチェル様と夜伽を最後まで致した事は…私は確認してはおりません。」
「…本当に?半年よ、半年。レイチェルがステファンの寝室に侍るようになって半年も立っているのよ?
…そんなの信じられないわ!」

ああ、俺だって信じられる訳がない。
しかしエッタはそう言っている、
レイチェルが何か言い含めたのか?と思ったけれど、レイチェルも驚いてる目をまん丸く開いてしまっている。
レイチェルも解ってなさそう…。

ミラクルが起きた!

「私は…この目では確認してはおりません。
その…ステファン殿下が清拭をなされておりましたので。」

うまいぞ、エッタ。
そう、「視覚」で確認する事は閨番にもない。音と声と気配…。行為後の寝具に残されている物から、「察する」だけ。
嘘はついていない。
行為後のレイチェルを手ずから清めていた為に、侍女が「視覚」で確認する事はない。

上手くいくかもしれない。

「エルンストとは?」
「…申し訳ございません。私は見てはおりません。
レイチェル様がお部屋を出られてからはずっと屋敷中を探しておりました。
まさか…こんなことになっているとは…。
申し訳ございません。」
エッタは床に膝を付き、額まで擦り付けた。

「…やめなさい。そんな事をしてもムダよ。…あなたには…いいえ、目の前で起きていてもあなたには止められなかったわね。
でもウソだったら許さないわ!ウソの責任は取って貰いますからね。」

もうエッタは重ねては答えなかった。しかし母にはそれはどうでも良さそうだ。

「レイチェル,あなたの望みは?」
「ここから…城から出たいです。どこか遠い地で,ひっそりと。」
「修道院にでも行くつもりかしら?」
「はい、お許し下されば…それが一番良いかと思っています。」

それは困る、とレイチェルの発言を否定しようとしたけれど、
「よーくわかりました。」
と言って母クラリーチェは立ち上がる。

「母上,待って下さい!俺は!!」
「お黙りなさい!全くあなた達はなんて事をしでかしたのか,わかってますか!!
これから王妃殿下に話して来なければなりません。話し合いが終わるまであなた達はこの部屋から出てはなりません。誰にも会ってはいけません。わかりましたね。」

「「はい!!」」
俺たちの返事に満足したのか、母はニヤリと笑ってから真顔になった。

「…後はこの母に任せなさいな。」

頼もしい母の味方宣言だった。
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