修道院に行きたいんです

枝豆

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従兄弟の会話

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ステファンの説得を命じられたエルンストは通い慣れた従兄弟の私室を訪れた。

ノックはするけれど、返事を待たずにズカズカと中に入っていく。
王太子の部屋に許可なく入っていけるのは、仲の良い従兄弟ならではの常で、侍従達ももはや止める気さえない。
扉を開けて部屋の様子をひと目見て俺は目を見開いた。

「こりゃひでーなぁ。」
内装はズダズタだった。カーテンも天蓋もビリビリに引き裂かれて、陶器の類は粉々に砕け散っていた。
グチャグチャの部屋の床に座り込んでいる酔っぱらいがこの国の王太子だと思うと、良心は少しだけ悲鳴をあげそうになる。

「ステファン、いくらなんでも飲み過ぎだよ。」
蒸留酒をデキャンタのまま飲んでいたステファンの手からそれを奪い取った。

「お前,よく俺の前に!!」
ステファンは、俯いていた顔をグッと上げて、勢いよく立ち上がり、エルンストの胸ぐらを掴みにかかった。
しかし酔って真っ直ぐに立てないステファンはそのままグラリと体を揺らし、まるでエルンストに抱き付くように倒れ込んでしまった。

俺は黙ってステファンを支え、ゆっくりとソファーへと導いた。

「くそっ!なんであんなことをした?レーチェは簡単にエルに抱かれるような事はしない。無理矢理したんだろう?」
「…違うよ。」
「レーチェは、レーチェは…。」
グズグズと涙を流し、鼻を啜り上げながらただ泣き続けるステファンにエルンストは冷静さを失わない事だけを心掛けようと決め、静かに言い聞かせた。

「レイチェルは、死のうとしていた。見ただろう?手首の痣を。
ごめん、止める時につい力強く掴んでしまった。
…そうじゃなきゃ止められないくらい、レイチェルは本気で死のうとしていた。」
そう言って池から拾わせたレイチェルの短剣をステファンに手渡した。

「…これ…で?」
「そうだよ。お前が渡した物だろう?
お前を刺すよりも自分を刺す事を選んだ。
それがレイチェルの答えだよ。」

「レイチェルが…自害…?俺じゃなくて…。
嘘だ…。レイチェルが俺を残して…あり得ない。」
「嘘じゃない。
レイチェルは言ってたよ、捨ててくれと頼んだ、殺してくれと頼んだ、って。
ステファン、お前はちゃんと愛されてたよ。
お前を憎んでしまう前に、ブリトーニャと王妃殿下に壊されてしまう前に終わりにしたかったんだ。
だからステファン、レイチェルを愛してるなら捨ててやるべきだったな。」

「…そんなの無理だ。出来るはずがない。」

「だからだよ。お前がそんなんだから、レイチェルが決断するしか無くなってしまうんだよ。
なあ、ステファン。レイチェルに薬が盛られていたこと知ってるか?」
「…薬?なにそれ。」

呆けた表情で俺を見つめるステファン。全くそれを知らなかった事を疑う余地もないことをありありと俺に物語っていた。
あーあ、本当おめでたいヤツだな。

まあそこがステファンの良いところでもあり、愚かなところでもあるのだけれど。

「レイチェルが言っていたんだ。
「避妊薬を盛られているから身籠もったりする事はあり得ない。」って。

それは本当に避妊薬なのか、命に関わる薬じゃない保証はないだろう?
簡単に薬を盛る事ができるなら、いつ命に関わる物に変えられるかわからないだろ?

みんなわかっていたんだ。レイチェルでさえも理解している。理解していてそれを飲んでいた。
だからってこのまま黙ってレイチェルが蝕まれていくのをただ黙って見ていることなんか俺には出来ないよ。

俺がレイチェルを部屋に運んでいる時も誰もそれを咎めなかった。見てみないフリをしてくれた。

エッタが教えてくれた。ブリトーニャは死者を弔うと言ってレイチェルに黒いお菓子を贈ったそうだ。

…みんなわかってたんだ。
レイチェルがいつ殺されてもおかしくないって。」

「これからは俺が守る!!」
「…出来てなかっただろう?薬を盛られていたことにも、死ぬほど思い詰めていたことも、これからブリトーニャが何をしようとしていたかも、お前は気付いてやれていなかった。」

そう言ってやるとステファンの瞳からまた涙が溢れてくる。
唇を噛み締めて、嗚咽を我慢してて。

「お前がレイチェルを愛していたことも知ってる。守りたいと思う気持ちに嘘はないことも信じてる。
それはレイチェルにもちゃんと伝わっている。
そしてお前には義務がある事もちゃんと理解している。

だけど、いいや、だから、レイチェルを俺に預けてくれないか?
お前の代わりに、俺が絶対守るから、絶対に幸せにしてみせるから。」

「…預ける…?いつか返してくれるのか?」
「悪いけど,返せない。」
「…いつから?最近じゃなかっただろう。」

気付いていたのか?だからなのか?
「社交デビューの時から。」
「同じ、だったよな。」
「…ああ、そうだな。」

あの日、レイチェルの初めての夜会の夜。
慣例で、初めての夜会の時には王族か準王族とダンスを踊る。
レイチェルの相手は父達だったかもしれないし、もっと格下の、大叔父やまた従兄弟達だったかもしれない。
ただ、あの時はステファンとエルンストが務めた。

「可愛かったよな,あの時のレイチェルは。」
「ああ、可愛かった…。」

綺麗に結い上げられた髪のせいで、華奢な首筋が見えて…。透けるような肌、優雅な仕草。
何よりも初めての夜会に瞳をキラキラと輝かせて…。真っ直ぐに見つめられると、あの瞳の中に俺がいるような気がした。
綺麗というよりは可愛い。美しいというよりは可憐。
俺の瞳の中にレイチェルは閉じ込められているだろうか。もう他を見る余裕なんてなくて…。

レイチェルと踊るお前を見て、すぐにわかった。
今、俺とステファンはきっと同じ気持ちを芽生えさせたんだ、と。

どうしたって身分の差はある。
どうしたってステファンの意向が最優先されるだろう。
覚悟はしていた。
そしてその通りにレイチェルはステファンの婚約者候補になった。
篩い落とされるまで俺には手が出せなくなった。

だけど…。他国の姫ブリトーニャもいる、公爵令嬢も侯爵令嬢も…。
伯爵令嬢の順位は相当低い…低いんだから、大丈夫だと必死に言い聞かせて、ただじっと待っていた。
待つしかなかった。

しかし、ステファンはレイチェルの手を離そうとはしなかった。
着々と足場は固められて、とうとうあの日を迎えてしまった。

…仕方がないことだ、それでもいい。レイチェルがそれを望むなら…。レイチェルがそれで幸せになれるのならば。

諦めなければいけなかった想いに蓋をした。だけど池に足を浸して短剣を胸に向けたレイチェルを見た時に抑えきれなくなった。

それなら。レイチェル、死ぬくらいなら!
一度だけでいい、俺にチャンスをくれないだろうか?
君の瞳にもう一度囚われるチャンスを、愚かな男に与えてはくれないだろうか…。

「もう一度言う。レイチェルを本気で愛してるなら本気で離れてやってくれ。
でないとレイチェルは誰かに殺されるか、自分で死を選ぶか…。とにかく今のままじゃ幸せにはなれない。」

「…無理だよ。」
出来るよ、ステファンなら。
なってくれないと困る。
誰よりもレイチェルが。
「立派な王太子になって欲しい。」と願っている。
皆に尊敬されて、皆に愛される、そんな王であってほしいと願っている。
だから、身を引く覚悟に至ったんだから。

「ステファン、立派な王太子になってくれないと、レイチェルの想いが報われない。」

それだけ言って俯くステファンを残して部屋を後にした。
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