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「場所を変えましょう。」
そう言ってエルンスト殿下は私を抱き上げたまま歩き出した。
もう抵抗する気力は残ってなかった。
着いたのは大公殿下の居住区の、ひとつの客室だった。
「殿下、流石にそれは…。」
エルンスト殿下の側近らしき人が嗜める。
「いいんだ。構わない。」
「しかし…。」
「クドイ!」
良識がある側近なら、確かに今の状況はマズイと思う。当たり前だ。
「降ろして下さい。」
とお願いした。
「じゃあ、座って。」
と向かい合ったソファーに座るように促される。
「すまない、力を入れ過ぎたようだ。赤くなってしまった。」
見ると掴まれた手首にはくっきりとエルンスト殿下に掴まれた痕がくっきりと残っていた。
「仕方がありません。」
元々死のうとした私に非がある。エルンスト殿下はそれを止めようとしてくれただけの事。不可抗力だった。
「殿下、その手首の痣は?」
「…俺が付けた。」
「待って!違います!これは…。」
…確かに痣をつけたのはエルンスト殿下だ。
だけどそれにはちゃんとした理由があって…。
泳いだ目はエルンスト殿下の視線とぶつかって止まった。
「確認するけど、レイチェル様はステファンのところに戻りたくはないんだよね?」
と聞かれて頷いた。
「良かった。やっとお気持ちが聴けた。」
と殿下は優しく頷き返してくれる。
「ゼットン、悪いけどもう引き返さない。」
エルンスト殿下は側近の…おそらくゼットンにそう告げる。
「…畏まりました。」
「レイチェルの侍女にだけ伝えて。
レイチェルはここにいる、と。」
「…畏まりました。しかし…。」
「大丈夫、わかってる。ただし半刻後に、だ。
それから湯とタオルとレイチェル様に着替えを。」
「畏まりました。」
ゼットンが部屋を静かに出て行った。
「…どうなさるのです。私の侍女に私の居場所を告げたら直ぐにステファン殿下の耳に入ります。」
きっと今頃ステファン殿下の従僕と私の侍女が必死で私を探している筈だ。
「わかってます。
しかし、本来ならステファンとの結婚を認めないのならば、レイチェル様は婚約者から外されて、城から出されるべきだ。
そうすれば、レイチェル様は他の貴族の家に嫁ぐことも、どこかでのんびりと暮らすことも選べた。
しかし現実はそうはなってない。
この状況は色々な場面で今後差し障りが出るだろう。
…ステファンはまだ現実が受け止め切れていない。
ブリトーニャが納得しなければ、容赦なくシュタインはあのダリアン島の所有権を再び主張し始めるだろう。
このままだと何の意味も成さない。」
「…だから、私は、私は!」
涙が溢れた。
出られるなら今すぐにだってこの城から出て行きたい!!
それがキッテン国にとってステファン殿下にとって、何より私にとって、最善策なのだと思っているから!
「…泣かないで。だから、俺がレイチェルをこの城から出してあげる。
…俺を信じてくれるかい?」
信じたい、だけど信じられない。
だってあっさりと私を捨て駒にしたのは王族だから。
でも国王陛下や王妃殿下、ステファン殿下に抗えるのは、王弟殿下やステファン殿下しかいないのもまた現実…。
「…迷うのは、ステファンから離れたくないから?」
ううん、それは違います、と首を振った。
迷うのは、でもどうやって?と思うからだ。
エルンスト殿下は夜逃げの手伝いでもしてくれるとでもいうのだろうか。
そんな事をしたら、私だけじゃなく,父や弟も罪に問われるかもしれない。
逃げられるならとっくに逃げていた。出来なかったのは家族にも迷惑を掛けられないからだ。
「レイチェル様、約束する。
フィリア伯爵家もあなたも絶対に護ってみせる。たとえどんな事があっても、俺はあなたを裏切らない。」
「…なぜ、そこまでしてくれるのですか?なんの利益があって、そんな危険を犯すような真似をするのですか?」
もう少し、あとひと筋の光が、エルンスト殿下を信じられる何かが欲しかった。
「臣下や国民が王族を支えてくれるのは、それに値する行動をするからです。
我々王族は常に皆の手本とあらねばなりません。
…このままではステファンだけじゃなく、王族そのものが臣下達の尊敬を集める事は出来ません。
私は、私の王族としての誇りのために、あなたをステファンから自由にしなくてはなりません。」
王族としての誇り、その一言に縋って良いのだろうか。
「…本当に?」
「ええ、離して差し上げましょう。
もう二度とあの部屋に戻らなくて済むように致しましょう。」
「…どうやって?」
「どんなことがあっても、私が貴女の味方だと信じてくれますか?」
そう聞かれた。
信じられるかと聞かれたら心許ない。しかし他に道はない。
私があの部屋に囲われることは、国王陛下も王妃殿下も、父様だって了承しているのだから。
私は差し出された手を取った。
「お願いしてもよろしいのですか?何かあっても私に出来る事は限られていますよ。
あなたの立場が悪くなっても、どうなっても知りませんよ。」
我ながら,助けてあげると言ってくれている人に対して随分な言い草だとは思う。
だけどこれが現実…。
私にはなんの力もない。
それでもエルンスト殿下は嬉しそうに笑ってくれた。
「大丈夫、私に任せて。では交渉成立です。」
「…よろしくお願いします。」
後から思えば、こんな上手い話にそうそう簡単に乗ってはいけなかった。
だけど気付いた時にはもう遅かった。
そう言ってエルンスト殿下は私を抱き上げたまま歩き出した。
もう抵抗する気力は残ってなかった。
着いたのは大公殿下の居住区の、ひとつの客室だった。
「殿下、流石にそれは…。」
エルンスト殿下の側近らしき人が嗜める。
「いいんだ。構わない。」
「しかし…。」
「クドイ!」
良識がある側近なら、確かに今の状況はマズイと思う。当たり前だ。
「降ろして下さい。」
とお願いした。
「じゃあ、座って。」
と向かい合ったソファーに座るように促される。
「すまない、力を入れ過ぎたようだ。赤くなってしまった。」
見ると掴まれた手首にはくっきりとエルンスト殿下に掴まれた痕がくっきりと残っていた。
「仕方がありません。」
元々死のうとした私に非がある。エルンスト殿下はそれを止めようとしてくれただけの事。不可抗力だった。
「殿下、その手首の痣は?」
「…俺が付けた。」
「待って!違います!これは…。」
…確かに痣をつけたのはエルンスト殿下だ。
だけどそれにはちゃんとした理由があって…。
泳いだ目はエルンスト殿下の視線とぶつかって止まった。
「確認するけど、レイチェル様はステファンのところに戻りたくはないんだよね?」
と聞かれて頷いた。
「良かった。やっとお気持ちが聴けた。」
と殿下は優しく頷き返してくれる。
「ゼットン、悪いけどもう引き返さない。」
エルンスト殿下は側近の…おそらくゼットンにそう告げる。
「…畏まりました。」
「レイチェルの侍女にだけ伝えて。
レイチェルはここにいる、と。」
「…畏まりました。しかし…。」
「大丈夫、わかってる。ただし半刻後に、だ。
それから湯とタオルとレイチェル様に着替えを。」
「畏まりました。」
ゼットンが部屋を静かに出て行った。
「…どうなさるのです。私の侍女に私の居場所を告げたら直ぐにステファン殿下の耳に入ります。」
きっと今頃ステファン殿下の従僕と私の侍女が必死で私を探している筈だ。
「わかってます。
しかし、本来ならステファンとの結婚を認めないのならば、レイチェル様は婚約者から外されて、城から出されるべきだ。
そうすれば、レイチェル様は他の貴族の家に嫁ぐことも、どこかでのんびりと暮らすことも選べた。
しかし現実はそうはなってない。
この状況は色々な場面で今後差し障りが出るだろう。
…ステファンはまだ現実が受け止め切れていない。
ブリトーニャが納得しなければ、容赦なくシュタインはあのダリアン島の所有権を再び主張し始めるだろう。
このままだと何の意味も成さない。」
「…だから、私は、私は!」
涙が溢れた。
出られるなら今すぐにだってこの城から出て行きたい!!
それがキッテン国にとってステファン殿下にとって、何より私にとって、最善策なのだと思っているから!
「…泣かないで。だから、俺がレイチェルをこの城から出してあげる。
…俺を信じてくれるかい?」
信じたい、だけど信じられない。
だってあっさりと私を捨て駒にしたのは王族だから。
でも国王陛下や王妃殿下、ステファン殿下に抗えるのは、王弟殿下やステファン殿下しかいないのもまた現実…。
「…迷うのは、ステファンから離れたくないから?」
ううん、それは違います、と首を振った。
迷うのは、でもどうやって?と思うからだ。
エルンスト殿下は夜逃げの手伝いでもしてくれるとでもいうのだろうか。
そんな事をしたら、私だけじゃなく,父や弟も罪に問われるかもしれない。
逃げられるならとっくに逃げていた。出来なかったのは家族にも迷惑を掛けられないからだ。
「レイチェル様、約束する。
フィリア伯爵家もあなたも絶対に護ってみせる。たとえどんな事があっても、俺はあなたを裏切らない。」
「…なぜ、そこまでしてくれるのですか?なんの利益があって、そんな危険を犯すような真似をするのですか?」
もう少し、あとひと筋の光が、エルンスト殿下を信じられる何かが欲しかった。
「臣下や国民が王族を支えてくれるのは、それに値する行動をするからです。
我々王族は常に皆の手本とあらねばなりません。
…このままではステファンだけじゃなく、王族そのものが臣下達の尊敬を集める事は出来ません。
私は、私の王族としての誇りのために、あなたをステファンから自由にしなくてはなりません。」
王族としての誇り、その一言に縋って良いのだろうか。
「…本当に?」
「ええ、離して差し上げましょう。
もう二度とあの部屋に戻らなくて済むように致しましょう。」
「…どうやって?」
「どんなことがあっても、私が貴女の味方だと信じてくれますか?」
そう聞かれた。
信じられるかと聞かれたら心許ない。しかし他に道はない。
私があの部屋に囲われることは、国王陛下も王妃殿下も、父様だって了承しているのだから。
私は差し出された手を取った。
「お願いしてもよろしいのですか?何かあっても私に出来る事は限られていますよ。
あなたの立場が悪くなっても、どうなっても知りませんよ。」
我ながら,助けてあげると言ってくれている人に対して随分な言い草だとは思う。
だけどこれが現実…。
私にはなんの力もない。
それでもエルンスト殿下は嬉しそうに笑ってくれた。
「大丈夫、私に任せて。では交渉成立です。」
「…よろしくお願いします。」
後から思えば、こんな上手い話にそうそう簡単に乗ってはいけなかった。
だけど気付いた時にはもう遅かった。
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