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ヒュッテの火祭り
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ブリューの街で勝手に外に出たペナルティとして、私は山の田舎の別荘にお引越しをする事になった。
サラやエッタやエルンスト殿下はまるで腫れ物に触るかのように私の機嫌を伺い出し、必ず誰か側にいるようになった以外はヒュッテの村で穏やかに時間は流れていった。
時折牛乳屋のお爺さんが、ちゃんとした理由があって私を外には出せないと言ったその理由を考えていた。
エルンスト殿下は何故私をさっさと放り出して、お城に帰らないんだろう…か?
約束は十分に果たしてくれた…のに。
もうひとりで勝手にどこかに行ったりはしないつもりなんだけど、一度失った信頼はなかなか元には戻ってはくれそうもない。
季節はもうすぐ夏の社交シーズンに突入する。
避暑地でもあるヒュッテ湖は、夏季になるとヒュッテならではの社交が行われる、とエルンスト殿下が教えてくれた。
「レーチェは大きな船と小さな舟と、どっちがいい?」
「何が違うんですか?」
「…内緒。」
小さな舟に乗るのは少し怖い気がしたので、大きな船と答えると、じゃあそれで支度をさせるね、と殿下はニッコリ笑顔になる。
エッタもヒュッテの社交は初めてらしく、サラに至っては完全にエルンスト殿下の片棒を担ぐ気持ちの様で、無表情で、
「口止めされていますので、お答え致しかねます。」
と取り付く島もない。
そして迎えたのが、「火祭り」の日だった。
その日、湖の周りには沢山の松明が掲げられた。暗闇に煌めくオレンジの炎の灯りは幻想的な空間を演出していた。
渡されたのは簡素なしかししっかりとした綿のドレス。なるべく火に強く、火の粉で焦げても構わないように出来ている。
「リボンとかフリルとかは危ないだろう?だから飾りはつけないんだ。」
同様の理由で、金属のアクセサリーの類もあまりつけない。
「代わりに、これ。」
とエルンスト殿下が私の髪の毛に挿してくれたのが、小花を集めて作った髪飾りだった。
同じ花をエルンスト殿下はシャツの胸に縫いとめている。
「じゃあ、行こうか。」
エルンスト殿下のエスコートで向かったのは桟橋だった。
あっ、大きな船。
これは釣り船といった具合だろうか。
甲板にはテントが張ってある。
「気をつけて。」
足の幅くらいの板を渡って船に乗り込む。
テントの中には大きなテーブルをベンチの椅子が囲って、ガラスの食器が並べてあった。
1、2、…12人分、随分と多い。
「他にもいるの?」
「とりあえず始めは俺たちだけ。」
とりあえず?どういうことかと尋ねてはみたけれど、後でわかる、すぐわかる、と教えてくれない。
私とエルンスト殿下の他は、エッタとゼットン、船を操る船頭と助手だけを乗せて船は出航する。
湖の上は船と舟だらけだった。その殆どの舟にランプや蝋燭の灯りが灯っている。
その合間を縫って私達の船は湖の上を進んでいく。
「まず火をつける。」
種火から先頭にある大きなランプに火を灯した。
ランプに蝋燭。あっという間に船の上は周りの舟と同じように小さく揺らめく炎が散りばめられた。
しばらくすると横に小さなボートが来た。
くるくるとランプを回して合図をしてくる紳士が見えた。
「あっ、レミー大佐だ。」
と言いながら、エルンスト殿下も同じようにランプで合図を返した。
ゼットンが船の錨を下ろし固定すると、船とボートの間に板が渡され、1組の男女が乗り込んで来た。
「ようこそ。レミー大佐。」
「お招きありがとうございます、殿下。」
エルンスト殿下はレミー大佐と親しげに挨拶を交わし、お互いの連れを紹介しあう。
レミー大佐が連れていた女性は奥様のレイラ様。
レイラ様は私が名乗ると、ずっと心配していた、良かった良かった、と涙ながらに喜んでくれた。
「…ご存じなのですか?」
「キッテンの貴族で知らない人はおりません。」
レイラ様の話によると、私とステファン殿下の婚約が半決まりの段階で急転直下ブリトーニャ様との縁談が浮上した。
シュタインとの更なる強い縁は絶対不可欠だと、意見は対立と混迷を深めた。
ステファン殿下と私は話し合い、私が身を引く事を決め、ブリトーニャ様が婚約者となることになった。
今までの献身に報いたいと、王族は私をエルンスト殿下の婚約者に横滑りすることに決めた…。
王都ではこんな筋書きがまことしやに囁かれ、ステファン殿下は泣きながら私に謝ったとか、逆に縋り付く私を邪険にしろから追い出したとか、ブリトーニャ様は私に膝をついて許しを請い、私はそれを涙ながらに受け止めた、イヤ怒りの形相で蹴飛ばした、とか。
さまざまな憶測や噂が流れ、どれが本当なのかわからないほどになっていると…。
「ステファン殿下のために頑張っていらしたのに、急に相手が変わるなんて…。あんまりだと思っていたんですよ。」
とやはり我が事のように泣いてくれる。
…違うけど。色々なところが微妙に違うけど。全く違うところもあるけど…。
ひとつひとつ訂正することもできず、曖昧に微笑んで誤魔化すしかない。
「お辛かったでしょう?」
と聞かれたら、
「ええ…まあ…。それなりに?」
と答えるしかなかった。
ニヤニヤとした顔で、真横でエルンスト殿下は私達の話に聞き耳を立てていたらしく、
「ステファンの分も俺がレーチェを幸せにするから。レミー大佐もレイラもレーチェを助けてやってくれ。」
とサラッと言ってのける。
うんっ?修道院に行く話は…?土壇場で婚約破棄される話…は?
…うーん、おかしい。
悩みながらもヒュッテの社交は続いていく。
小舟がどんどんと付けられて、沢山の人が乗り込んで来て、とうとう席は満席になった。
そうなると誰かが来ると誰かが降りていく。そうやってヒュッテの社交は繰り返されていく。
来てくれた人ひとりひとりにご挨拶をして、紹介されて…。
ほとんどの人が私のことを知っていて、同情のお気持ちを寄せて下さって…。
「これからレーチェを頼むよ。」
とエルンスト殿下の頼みを快く引き受けて下さって…。
あれ?あれあれ?
なんか演技しなければならない人がどんどん増えていっていませんか?
サラやエッタやエルンスト殿下はまるで腫れ物に触るかのように私の機嫌を伺い出し、必ず誰か側にいるようになった以外はヒュッテの村で穏やかに時間は流れていった。
時折牛乳屋のお爺さんが、ちゃんとした理由があって私を外には出せないと言ったその理由を考えていた。
エルンスト殿下は何故私をさっさと放り出して、お城に帰らないんだろう…か?
約束は十分に果たしてくれた…のに。
もうひとりで勝手にどこかに行ったりはしないつもりなんだけど、一度失った信頼はなかなか元には戻ってはくれそうもない。
季節はもうすぐ夏の社交シーズンに突入する。
避暑地でもあるヒュッテ湖は、夏季になるとヒュッテならではの社交が行われる、とエルンスト殿下が教えてくれた。
「レーチェは大きな船と小さな舟と、どっちがいい?」
「何が違うんですか?」
「…内緒。」
小さな舟に乗るのは少し怖い気がしたので、大きな船と答えると、じゃあそれで支度をさせるね、と殿下はニッコリ笑顔になる。
エッタもヒュッテの社交は初めてらしく、サラに至っては完全にエルンスト殿下の片棒を担ぐ気持ちの様で、無表情で、
「口止めされていますので、お答え致しかねます。」
と取り付く島もない。
そして迎えたのが、「火祭り」の日だった。
その日、湖の周りには沢山の松明が掲げられた。暗闇に煌めくオレンジの炎の灯りは幻想的な空間を演出していた。
渡されたのは簡素なしかししっかりとした綿のドレス。なるべく火に強く、火の粉で焦げても構わないように出来ている。
「リボンとかフリルとかは危ないだろう?だから飾りはつけないんだ。」
同様の理由で、金属のアクセサリーの類もあまりつけない。
「代わりに、これ。」
とエルンスト殿下が私の髪の毛に挿してくれたのが、小花を集めて作った髪飾りだった。
同じ花をエルンスト殿下はシャツの胸に縫いとめている。
「じゃあ、行こうか。」
エルンスト殿下のエスコートで向かったのは桟橋だった。
あっ、大きな船。
これは釣り船といった具合だろうか。
甲板にはテントが張ってある。
「気をつけて。」
足の幅くらいの板を渡って船に乗り込む。
テントの中には大きなテーブルをベンチの椅子が囲って、ガラスの食器が並べてあった。
1、2、…12人分、随分と多い。
「他にもいるの?」
「とりあえず始めは俺たちだけ。」
とりあえず?どういうことかと尋ねてはみたけれど、後でわかる、すぐわかる、と教えてくれない。
私とエルンスト殿下の他は、エッタとゼットン、船を操る船頭と助手だけを乗せて船は出航する。
湖の上は船と舟だらけだった。その殆どの舟にランプや蝋燭の灯りが灯っている。
その合間を縫って私達の船は湖の上を進んでいく。
「まず火をつける。」
種火から先頭にある大きなランプに火を灯した。
ランプに蝋燭。あっという間に船の上は周りの舟と同じように小さく揺らめく炎が散りばめられた。
しばらくすると横に小さなボートが来た。
くるくるとランプを回して合図をしてくる紳士が見えた。
「あっ、レミー大佐だ。」
と言いながら、エルンスト殿下も同じようにランプで合図を返した。
ゼットンが船の錨を下ろし固定すると、船とボートの間に板が渡され、1組の男女が乗り込んで来た。
「ようこそ。レミー大佐。」
「お招きありがとうございます、殿下。」
エルンスト殿下はレミー大佐と親しげに挨拶を交わし、お互いの連れを紹介しあう。
レミー大佐が連れていた女性は奥様のレイラ様。
レイラ様は私が名乗ると、ずっと心配していた、良かった良かった、と涙ながらに喜んでくれた。
「…ご存じなのですか?」
「キッテンの貴族で知らない人はおりません。」
レイラ様の話によると、私とステファン殿下の婚約が半決まりの段階で急転直下ブリトーニャ様との縁談が浮上した。
シュタインとの更なる強い縁は絶対不可欠だと、意見は対立と混迷を深めた。
ステファン殿下と私は話し合い、私が身を引く事を決め、ブリトーニャ様が婚約者となることになった。
今までの献身に報いたいと、王族は私をエルンスト殿下の婚約者に横滑りすることに決めた…。
王都ではこんな筋書きがまことしやに囁かれ、ステファン殿下は泣きながら私に謝ったとか、逆に縋り付く私を邪険にしろから追い出したとか、ブリトーニャ様は私に膝をついて許しを請い、私はそれを涙ながらに受け止めた、イヤ怒りの形相で蹴飛ばした、とか。
さまざまな憶測や噂が流れ、どれが本当なのかわからないほどになっていると…。
「ステファン殿下のために頑張っていらしたのに、急に相手が変わるなんて…。あんまりだと思っていたんですよ。」
とやはり我が事のように泣いてくれる。
…違うけど。色々なところが微妙に違うけど。全く違うところもあるけど…。
ひとつひとつ訂正することもできず、曖昧に微笑んで誤魔化すしかない。
「お辛かったでしょう?」
と聞かれたら、
「ええ…まあ…。それなりに?」
と答えるしかなかった。
ニヤニヤとした顔で、真横でエルンスト殿下は私達の話に聞き耳を立てていたらしく、
「ステファンの分も俺がレーチェを幸せにするから。レミー大佐もレイラもレーチェを助けてやってくれ。」
とサラッと言ってのける。
うんっ?修道院に行く話は…?土壇場で婚約破棄される話…は?
…うーん、おかしい。
悩みながらもヒュッテの社交は続いていく。
小舟がどんどんと付けられて、沢山の人が乗り込んで来て、とうとう席は満席になった。
そうなると誰かが来ると誰かが降りていく。そうやってヒュッテの社交は繰り返されていく。
来てくれた人ひとりひとりにご挨拶をして、紹介されて…。
ほとんどの人が私のことを知っていて、同情のお気持ちを寄せて下さって…。
「これからレーチェを頼むよ。」
とエルンスト殿下の頼みを快く引き受けて下さって…。
あれ?あれあれ?
なんか演技しなければならない人がどんどん増えていっていませんか?
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