修道院に行きたいんです

枝豆

文字の大きさ
30 / 100

ヒュッテの火祭り

しおりを挟む
ブリューの街で勝手に外に出たペナルティとして、私は山の田舎の別荘にお引越しをする事になった。
サラやエッタやエルンスト殿下はまるで腫れ物に触るかのように私の機嫌を伺い出し、必ず誰か側にいるようになった以外はヒュッテの村で穏やかに時間は流れていった。

時折牛乳屋のお爺さんが、ちゃんとした理由があって私を外には出せないと言ったその理由を考えていた。
エルンスト殿下は何故私をさっさと放り出して、お城に帰らないんだろう…か?
約束は十分に果たしてくれた…のに。

もうひとりで勝手にどこかに行ったりはしないつもりなんだけど、一度失った信頼はなかなか元には戻ってはくれそうもない。

季節はもうすぐ夏の社交シーズンに突入する。
避暑地でもあるヒュッテ湖は、夏季になるとヒュッテならではの社交が行われる、とエルンスト殿下が教えてくれた。

「レーチェは大きな船と小さな舟と、どっちがいい?」
「何が違うんですか?」
「…内緒。」

小さな舟に乗るのは少し怖い気がしたので、大きな船と答えると、じゃあそれで支度をさせるね、と殿下はニッコリ笑顔になる。

エッタもヒュッテの社交は初めてらしく、サラに至っては完全にエルンスト殿下の片棒を担ぐ気持ちの様で、無表情で、
「口止めされていますので、お答え致しかねます。」
と取り付く島もない。

そして迎えたのが、「火祭り」の日だった。
その日、湖の周りには沢山の松明が掲げられた。暗闇に煌めくオレンジの炎の灯りは幻想的な空間を演出していた。

渡されたのは簡素なしかししっかりとした綿のドレス。なるべく火に強く、火の粉で焦げても構わないように出来ている。

「リボンとかフリルとかは危ないだろう?だから飾りはつけないんだ。」
同様の理由で、金属のアクセサリーの類もあまりつけない。

「代わりに、これ。」
とエルンスト殿下が私の髪の毛に挿してくれたのが、小花を集めて作った髪飾りだった。
同じ花をエルンスト殿下はシャツの胸に縫いとめている。

「じゃあ、行こうか。」
エルンスト殿下のエスコートで向かったのは桟橋だった。

あっ、大きな船。
これは釣り船といった具合だろうか。
甲板にはテントが張ってある。

「気をつけて。」
足の幅くらいの板を渡って船に乗り込む。
テントの中には大きなテーブルをベンチの椅子が囲って、ガラスの食器が並べてあった。
1、2、…12人分、随分と多い。

「他にもいるの?」
「とりあえず始めは俺たちだけ。」

とりあえず?どういうことかと尋ねてはみたけれど、後でわかる、すぐわかる、と教えてくれない。
私とエルンスト殿下の他は、エッタとゼットン、船を操る船頭と助手だけを乗せて船は出航する。
湖の上は船と舟だらけだった。その殆どの舟にランプや蝋燭の灯りが灯っている。
その合間を縫って私達の船は湖の上を進んでいく。

「まず火をつける。」
種火から先頭にある大きなランプに火を灯した。
ランプに蝋燭。あっという間に船の上は周りの舟と同じように小さく揺らめく炎が散りばめられた。

しばらくすると横に小さなボートが来た。
くるくるとランプを回して合図をしてくる紳士が見えた。

「あっ、レミー大佐だ。」
と言いながら、エルンスト殿下も同じようにランプで合図を返した。

ゼットンが船の錨を下ろし固定すると、船とボートの間に板が渡され、1組の男女が乗り込んで来た。

「ようこそ。レミー大佐。」
「お招きありがとうございます、殿下。」
エルンスト殿下はレミー大佐と親しげに挨拶を交わし、お互いの連れを紹介しあう。
レミー大佐が連れていた女性は奥様のレイラ様。

レイラ様は私が名乗ると、ずっと心配していた、良かった良かった、と涙ながらに喜んでくれた。
「…ご存じなのですか?」
「キッテンの貴族で知らない人はおりません。」

レイラ様の話によると、私とステファン殿下の婚約が半決まりの段階で急転直下ブリトーニャ様との縁談が浮上した。
シュタインとの更なる強い縁は絶対不可欠だと、意見は対立と混迷を深めた。
ステファン殿下と私は話し合い、私が身を引く事を決め、ブリトーニャ様が婚約者となることになった。
今までの献身に報いたいと、王族は私をエルンスト殿下の婚約者に横滑りすることに決めた…。
王都ではこんな筋書きがまことしやに囁かれ、ステファン殿下は泣きながら私に謝ったとか、逆に縋り付く私を邪険にしろから追い出したとか、ブリトーニャ様は私に膝をついて許しを請い、私はそれを涙ながらに受け止めた、イヤ怒りの形相で蹴飛ばした、とか。
さまざまな憶測や噂が流れ、どれが本当なのかわからないほどになっていると…。

「ステファン殿下のために頑張っていらしたのに、急に相手が変わるなんて…。あんまりだと思っていたんですよ。」
とやはり我が事のように泣いてくれる。

…違うけど。色々なところが微妙に違うけど。全く違うところもあるけど…。
ひとつひとつ訂正することもできず、曖昧に微笑んで誤魔化すしかない。

「お辛かったでしょう?」
と聞かれたら、
「ええ…まあ…。それなりに?」
と答えるしかなかった。

ニヤニヤとした顔で、真横でエルンスト殿下は私達の話に聞き耳を立てていたらしく、
「ステファンの分も俺がレーチェを幸せにするから。レミー大佐もレイラもレーチェを助けてやってくれ。」
とサラッと言ってのける。

うんっ?修道院に行く話は…?土壇場で婚約破棄される話…は?

…うーん、おかしい。

悩みながらもヒュッテの社交は続いていく。
小舟がどんどんと付けられて、沢山の人が乗り込んで来て、とうとう席は満席になった。
そうなると誰かが来ると誰かが降りていく。そうやってヒュッテの社交は繰り返されていく。

来てくれた人ひとりひとりにご挨拶をして、紹介されて…。
ほとんどの人が私のことを知っていて、同情のお気持ちを寄せて下さって…。
「これからレーチェを頼むよ。」
とエルンスト殿下の頼みを快く引き受けて下さって…。

あれ?あれあれ?

なんか演技しなければならない人がどんどん増えていっていませんか?
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...