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ヒュッテの火祭り2
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ゴク。
ゴクン、ゴクン。
クピっ。
飲まなきゃやってやらないわ。
いつのまにか知らない人達に囲まれて、お酒を注ぎあって飲ませ合って。賑やかに話して笑って。
エルンスト殿下の本当の婚約者のフリをし続けなくてはならなくて。
途中で開き直った。
幻想的な炎の揺らめきを眺めているだけで、なんだか楽しいから。
お酒も美味しいし、肴も美味しい。
会話も楽しい…と思わないとやってられない。
夏とはいえ夜はそれなりに涼しく、湖の上は少し肌寒いくらいだけれど、船の上でたくさん焚かれた炎がそれを和らげて、お酒や料理への食指を促している。
エルンスト殿下は沢山のお酒を船に積み込んでいて、だけどそれに負けないくらいに船に乗り込んで来た客人たちはお酒を持ち込んでやってくる。
キッテンの、シュテインの、レスボートの。葡萄酒、果実酒、蒸留酒…。見たこともないお酒、慣れ親しんだお酒、酒、酒、酒。
薦められるまま飲んで、欲するまま飲んで。飲んで、飲んで、飲んで…。
船酔いなのか、酒酔いなのか、もうわからなくなっていた。
あはは、あはは。
もうなんだか楽しくて楽しくてひたすら笑い続けている。
エルンスト殿下が眉をひそめて私を叱る姿すらなんだか面白くなってくる。
スッとグラスが手から抜かれて、代わりに水が渡される。
「イヤっ!これ、いんない!」
「少し休む?」
「っや!」
せめて何か食べて、とチーズやら肉やらを口に突っ込まれる。
モグモグ…。あっこれ、おいしっ。
「もっと。」
と言うと、良いよ、とすかさず口の中に食べ物が入ってくる。
モグモグ…。モグモグ…。
「可愛らしい酔われ方ね。」
と誰かが言い出して。
「本当に。お幸せそうだ。」
と誰かが頷いている。
どうやら上手く演技は出来ている。
「よって…ませんよぉ…。」
「はいはい、酔ってないよ。」
頭の上でエルンスト殿下の声が聞こえた。
「ほんとーぉに、よって…ましぇん。」
「うんうん、酔ってないよ。」
今度は耳の横で声がした。
うん?あれ?
確か船の中にあった椅子は固い木の椅子で…背もたれもなくて。
でも私はソファーに座っていて…?
随分と固いけど、ほのかに温かくて。
あっ、あったかいのは周りで沢山火が燃えているからか。
ふわふわしてるのはここが船の上だからだ。
ふふふ、楽しい。とにかく楽しい。
酔い過ぎたのか、疲れ過ぎたのか、笑いすぎたのか。
知らないうちに眠ってしまっていたらしい。私が目が覚めた時、私は毛布にくるまって、クッションを頭に敷いて船の床の上で横になっていた。
船の灯りは殆ど消されていて、残っているのはテーブルの上のキャンドルがひとつだけになっていた。
あれほどいたお客様達はひとりもいなくなっていて、エルンスト殿下がひとりで座って、物憂げに湖面を見つめながらグラスを傾けていた。
エルンスト殿下越しに見える湖はまだ灯りの点された船がいっぱい浮かんでいるのに、この船は灯を消して暗闇に紛れ込んでいる。
ぼーっとエルンスト殿下の横顔を見つめる。
横顔はやっぱり従兄弟だからか鼻筋あたりはステファン殿下によく似ている。
でも。
どこか冷たく見える切れ長の瞳を持つステファン殿下とは違い、少し垂れた大きな瞳は無表情の時でもどこか温かみを感じるし、文官よりのステファン殿下とは違い、武官寄りのエルンスト殿下の身体は大きくて厚い。
ステファン殿下とは違う男の人…。
つーっと涙が流れた。
何故かはわからない。
ただ、泣きたくなった。
みんなが浮かれて騒ぐ祭りの喧騒の中で、ひとりで静かに過ごしているエルンスト殿下が酷く寂しそうに見えた。
ひとりで固い床の上で寝ていた事がひどく寂しいと思ってしまった。
漏れ出てしまったすすり声が聞こえてしまったのか、エルンスト殿下が弾かれたように私の方を振り向いた。
「大丈夫?気分は?…疲れちゃった?」
エルンスト殿下の手が私に伸びてきて、大きなゴツゴツした指が涙を拭う。
ステファン殿下の指は長くて細くて。それとは違う、太くて硬くて、そして温かくて。
「…ごめんなさい。」
「なんで謝るの?」
傾げられた顔が真っ直ぐに私を見つめている。
「…わかんにゃーい。」
ひとりにして…なんて言えなくて。ひとりにしないで…なんて言いたくなくて、酔いが覚めていないフリで誤魔化した。
「そう。夢でも見たのかな?」
エルンスト殿下が私を優しく抱き起こしてくれて、そのままエルンスト殿下の膝に乗せられた。
…あっ。
さっき座っていたソファーはソファーじゃなくてエルンスト殿下の膝の上だったらしい。
馴染んだ温かさが身体に染みて…。エルンスト殿下の腕の中は暖かくて心地が良くて。
ステファン殿下の腕の中も同じくだった。でもいつの間にか辛くなって、心が冷え冷えとしてくるようになって…。
エルンスト殿下の膝の上、腕の中は温かい。
そしてエルンスト殿下をひとりにしなくて済んで、ひとりで寝ていなくてよくなって。
…温かい気持ちになれる。
「私、随分酔ってたんですね。」
「そうかな?でも可愛かったよ。」
「みなさんは…。」
「違う船に移ったり、2人でシケこんだり…まあ色々。」
「すみません。お見送りのご挨拶も出来なくて。」
「謝らなくていい。みんな楽しそうに帰っていったから大丈夫。
今夜は楽しかったかい?」
「はい、とっても。」
久しぶりに人と楽しく過ごした。この気持ちには嘘はない。
エルンスト殿下は私が泣いていた事には触れなかった。
ステファン殿下なら「どうした?何があった?」と問いただされていただろう。
…私、イヤな女だ。
ステファン殿下とエルンスト殿下の違いを探して比べていて…。
感傷的になるのはお酒をたくさん飲んだから。
久しぶりに沢山の人と喋って楽しかったから。
祭りのあとの静けさが静かにだけれども強く私の心を揺さぶるから。
きっと…そう。
ゴクン、ゴクン。
クピっ。
飲まなきゃやってやらないわ。
いつのまにか知らない人達に囲まれて、お酒を注ぎあって飲ませ合って。賑やかに話して笑って。
エルンスト殿下の本当の婚約者のフリをし続けなくてはならなくて。
途中で開き直った。
幻想的な炎の揺らめきを眺めているだけで、なんだか楽しいから。
お酒も美味しいし、肴も美味しい。
会話も楽しい…と思わないとやってられない。
夏とはいえ夜はそれなりに涼しく、湖の上は少し肌寒いくらいだけれど、船の上でたくさん焚かれた炎がそれを和らげて、お酒や料理への食指を促している。
エルンスト殿下は沢山のお酒を船に積み込んでいて、だけどそれに負けないくらいに船に乗り込んで来た客人たちはお酒を持ち込んでやってくる。
キッテンの、シュテインの、レスボートの。葡萄酒、果実酒、蒸留酒…。見たこともないお酒、慣れ親しんだお酒、酒、酒、酒。
薦められるまま飲んで、欲するまま飲んで。飲んで、飲んで、飲んで…。
船酔いなのか、酒酔いなのか、もうわからなくなっていた。
あはは、あはは。
もうなんだか楽しくて楽しくてひたすら笑い続けている。
エルンスト殿下が眉をひそめて私を叱る姿すらなんだか面白くなってくる。
スッとグラスが手から抜かれて、代わりに水が渡される。
「イヤっ!これ、いんない!」
「少し休む?」
「っや!」
せめて何か食べて、とチーズやら肉やらを口に突っ込まれる。
モグモグ…。あっこれ、おいしっ。
「もっと。」
と言うと、良いよ、とすかさず口の中に食べ物が入ってくる。
モグモグ…。モグモグ…。
「可愛らしい酔われ方ね。」
と誰かが言い出して。
「本当に。お幸せそうだ。」
と誰かが頷いている。
どうやら上手く演技は出来ている。
「よって…ませんよぉ…。」
「はいはい、酔ってないよ。」
頭の上でエルンスト殿下の声が聞こえた。
「ほんとーぉに、よって…ましぇん。」
「うんうん、酔ってないよ。」
今度は耳の横で声がした。
うん?あれ?
確か船の中にあった椅子は固い木の椅子で…背もたれもなくて。
でも私はソファーに座っていて…?
随分と固いけど、ほのかに温かくて。
あっ、あったかいのは周りで沢山火が燃えているからか。
ふわふわしてるのはここが船の上だからだ。
ふふふ、楽しい。とにかく楽しい。
酔い過ぎたのか、疲れ過ぎたのか、笑いすぎたのか。
知らないうちに眠ってしまっていたらしい。私が目が覚めた時、私は毛布にくるまって、クッションを頭に敷いて船の床の上で横になっていた。
船の灯りは殆ど消されていて、残っているのはテーブルの上のキャンドルがひとつだけになっていた。
あれほどいたお客様達はひとりもいなくなっていて、エルンスト殿下がひとりで座って、物憂げに湖面を見つめながらグラスを傾けていた。
エルンスト殿下越しに見える湖はまだ灯りの点された船がいっぱい浮かんでいるのに、この船は灯を消して暗闇に紛れ込んでいる。
ぼーっとエルンスト殿下の横顔を見つめる。
横顔はやっぱり従兄弟だからか鼻筋あたりはステファン殿下によく似ている。
でも。
どこか冷たく見える切れ長の瞳を持つステファン殿下とは違い、少し垂れた大きな瞳は無表情の時でもどこか温かみを感じるし、文官よりのステファン殿下とは違い、武官寄りのエルンスト殿下の身体は大きくて厚い。
ステファン殿下とは違う男の人…。
つーっと涙が流れた。
何故かはわからない。
ただ、泣きたくなった。
みんなが浮かれて騒ぐ祭りの喧騒の中で、ひとりで静かに過ごしているエルンスト殿下が酷く寂しそうに見えた。
ひとりで固い床の上で寝ていた事がひどく寂しいと思ってしまった。
漏れ出てしまったすすり声が聞こえてしまったのか、エルンスト殿下が弾かれたように私の方を振り向いた。
「大丈夫?気分は?…疲れちゃった?」
エルンスト殿下の手が私に伸びてきて、大きなゴツゴツした指が涙を拭う。
ステファン殿下の指は長くて細くて。それとは違う、太くて硬くて、そして温かくて。
「…ごめんなさい。」
「なんで謝るの?」
傾げられた顔が真っ直ぐに私を見つめている。
「…わかんにゃーい。」
ひとりにして…なんて言えなくて。ひとりにしないで…なんて言いたくなくて、酔いが覚めていないフリで誤魔化した。
「そう。夢でも見たのかな?」
エルンスト殿下が私を優しく抱き起こしてくれて、そのままエルンスト殿下の膝に乗せられた。
…あっ。
さっき座っていたソファーはソファーじゃなくてエルンスト殿下の膝の上だったらしい。
馴染んだ温かさが身体に染みて…。エルンスト殿下の腕の中は暖かくて心地が良くて。
ステファン殿下の腕の中も同じくだった。でもいつの間にか辛くなって、心が冷え冷えとしてくるようになって…。
エルンスト殿下の膝の上、腕の中は温かい。
そしてエルンスト殿下をひとりにしなくて済んで、ひとりで寝ていなくてよくなって。
…温かい気持ちになれる。
「私、随分酔ってたんですね。」
「そうかな?でも可愛かったよ。」
「みなさんは…。」
「違う船に移ったり、2人でシケこんだり…まあ色々。」
「すみません。お見送りのご挨拶も出来なくて。」
「謝らなくていい。みんな楽しそうに帰っていったから大丈夫。
今夜は楽しかったかい?」
「はい、とっても。」
久しぶりに人と楽しく過ごした。この気持ちには嘘はない。
エルンスト殿下は私が泣いていた事には触れなかった。
ステファン殿下なら「どうした?何があった?」と問いただされていただろう。
…私、イヤな女だ。
ステファン殿下とエルンスト殿下の違いを探して比べていて…。
感傷的になるのはお酒をたくさん飲んだから。
久しぶりに沢山の人と喋って楽しかったから。
祭りのあとの静けさが静かにだけれども強く私の心を揺さぶるから。
きっと…そう。
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