修道院に行きたいんです

枝豆

文字の大きさ
31 / 100

ヒュッテの火祭り2

しおりを挟む
ゴク。
ゴクン、ゴクン。
クピっ。

飲まなきゃやってやらないわ。

いつのまにか知らない人達に囲まれて、お酒を注ぎあって飲ませ合って。賑やかに話して笑って。
エルンスト殿下の本当の婚約者のフリをし続けなくてはならなくて。

途中で開き直った。
幻想的な炎の揺らめきを眺めているだけで、なんだか楽しいから。
お酒も美味しいし、肴も美味しい。
会話も楽しい…と思わないとやってられない。

夏とはいえ夜はそれなりに涼しく、湖の上は少し肌寒いくらいだけれど、船の上でたくさん焚かれた炎がそれを和らげて、お酒や料理への食指を促している。

エルンスト殿下は沢山のお酒を船に積み込んでいて、だけどそれに負けないくらいに船に乗り込んで来た客人たちはお酒を持ち込んでやってくる。
キッテンの、シュテインの、レスボートの。葡萄酒、果実酒、蒸留酒…。見たこともないお酒、慣れ親しんだお酒、酒、酒、酒。
薦められるまま飲んで、欲するまま飲んで。飲んで、飲んで、飲んで…。
船酔いなのか、酒酔いなのか、もうわからなくなっていた。

あはは、あはは。
もうなんだか楽しくて楽しくてひたすら笑い続けている。
エルンスト殿下が眉をひそめて私を叱る姿すらなんだか面白くなってくる。

スッとグラスが手から抜かれて、代わりに水が渡される。

「イヤっ!これ、いんない!」
「少し休む?」
「っや!」
せめて何か食べて、とチーズやら肉やらを口に突っ込まれる。

モグモグ…。あっこれ、おいしっ。

「もっと。」
と言うと、良いよ、とすかさず口の中に食べ物が入ってくる。

モグモグ…。モグモグ…。

「可愛らしい酔われ方ね。」
と誰かが言い出して。
「本当に。お幸せそうだ。」
と誰かが頷いている。

どうやら上手く演技は出来ている。

「よって…ませんよぉ…。」
「はいはい、酔ってないよ。」
頭の上でエルンスト殿下の声が聞こえた。
「ほんとーぉに、よって…ましぇん。」
「うんうん、酔ってないよ。」
今度は耳の横で声がした。

うん?あれ?

確か船の中にあった椅子は固い木の椅子で…背もたれもなくて。
でも私はソファーに座っていて…?
随分と固いけど、ほのかに温かくて。
あっ、あったかいのは周りで沢山火が燃えているからか。
ふわふわしてるのはここが船の上だからだ。

ふふふ、楽しい。とにかく楽しい。




酔い過ぎたのか、疲れ過ぎたのか、笑いすぎたのか。
知らないうちに眠ってしまっていたらしい。私が目が覚めた時、私は毛布にくるまって、クッションを頭に敷いて船の床の上で横になっていた。
船の灯りは殆ど消されていて、残っているのはテーブルの上のキャンドルがひとつだけになっていた。
あれほどいたお客様達はひとりもいなくなっていて、エルンスト殿下がひとりで座って、物憂げに湖面を見つめながらグラスを傾けていた。
エルンスト殿下越しに見える湖はまだ灯りの点された船がいっぱい浮かんでいるのに、この船は灯を消して暗闇に紛れ込んでいる。

ぼーっとエルンスト殿下の横顔を見つめる。
横顔はやっぱり従兄弟だからか鼻筋あたりはステファン殿下によく似ている。

でも。
どこか冷たく見える切れ長の瞳を持つステファン殿下とは違い、少し垂れた大きな瞳は無表情の時でもどこか温かみを感じるし、文官よりのステファン殿下とは違い、武官寄りのエルンスト殿下の身体は大きくて厚い。
ステファン殿下とは違う男の人…。

つーっと涙が流れた。
何故かはわからない。
ただ、泣きたくなった。

みんなが浮かれて騒ぐ祭りの喧騒の中で、ひとりで静かに過ごしているエルンスト殿下が酷く寂しそうに見えた。
ひとりで固い床の上で寝ていた事がひどく寂しいと思ってしまった。

漏れ出てしまったすすり声が聞こえてしまったのか、エルンスト殿下が弾かれたように私の方を振り向いた。

「大丈夫?気分は?…疲れちゃった?」
エルンスト殿下の手が私に伸びてきて、大きなゴツゴツした指が涙を拭う。
ステファン殿下の指は長くて細くて。それとは違う、太くて硬くて、そして温かくて。

「…ごめんなさい。」
「なんで謝るの?」
傾げられた顔が真っ直ぐに私を見つめている。

「…わかんにゃーい。」
ひとりにして…なんて言えなくて。ひとりにしないで…なんて言いたくなくて、酔いが覚めていないフリで誤魔化した。

「そう。夢でも見たのかな?」
エルンスト殿下が私を優しく抱き起こしてくれて、そのままエルンスト殿下の膝に乗せられた。

…あっ。
さっき座っていたソファーはソファーじゃなくてエルンスト殿下の膝の上だったらしい。
馴染んだ温かさが身体に染みて…。エルンスト殿下の腕の中は暖かくて心地が良くて。
ステファン殿下の腕の中も同じくだった。でもいつの間にか辛くなって、心が冷え冷えとしてくるようになって…。

エルンスト殿下の膝の上、腕の中は温かい。
そしてエルンスト殿下をひとりにしなくて済んで、ひとりで寝ていなくてよくなって。
…温かい気持ちになれる。

「私、随分酔ってたんですね。」
「そうかな?でも可愛かったよ。」
「みなさんは…。」
「違う船に移ったり、2人でシケこんだり…まあ色々。」
「すみません。お見送りのご挨拶も出来なくて。」
「謝らなくていい。みんな楽しそうに帰っていったから大丈夫。
今夜は楽しかったかい?」
「はい、とっても。」
久しぶりに人と楽しく過ごした。この気持ちには嘘はない。

エルンスト殿下は私が泣いていた事には触れなかった。
ステファン殿下なら「どうした?何があった?」と問いただされていただろう。

…私、イヤな女だ。
ステファン殿下とエルンスト殿下の違いを探して比べていて…。

感傷的になるのはお酒をたくさん飲んだから。
久しぶりに沢山の人と喋って楽しかったから。
祭りのあとの静けさが静かにだけれども強く私の心を揺さぶるから。

きっと…そう。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...