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オマケ
街の声
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キッテンの城下町の片隅にある小さな喫茶店で大衆紙を広げていた老人はあるひとつの記事に目を止めた。
「プロポーズの失敗に学ぶ」
そんな見出しの記事は、様々な求婚の失敗例をいくつかあげた後、このところの流行りに変化がある事を報じていた。
キッテンにおける文化のひとつとして定着する「拝剣の誓いによるプロポーズ」があることは皆が知っているだろう。読者にも奮えながら剣を捧げたり、それを受け取ったりした甘い思い出があるのではないだろうか。長くキッテンの乙女たちの憧れであった拝剣の誓いだが、最近貴族のご令嬢を中心にこの誓いを割愛する傾向が出始めている。
そもそもは数ヶ月前に遡る。
ステファン王太子殿下が行ったという剣の誓い。しかしシュタイン風を好まれるブリトーニャ王太子妃はこの剣を受け取らなかったらしい。
上手くいかなかったかと思いきや、お2人はきちんと手続きを踏んでご結婚されている。そして、エルンスト殿下とレイチェル妃殿下はこの儀式を割愛したそうだ。
拝剣の誓いの成果や有無に関わらず、この2組のご夫婦の関係はすこぶるよい。
特にエルンスト殿下のレイチェル妃殿下への溺愛ぶりは、重ねて文字に起こすまでもなく、読者にもよく知られていることだろう。
この2組の夫婦にあやかり、今貴族たちの間で拝剣の誓いを割愛することが流行しているという。
一方で未だに拝剣の誓いに夢と憧れを抱き続ける乙女も多い。
もしあなたが永遠の愛を誓いたい相手がいるのであれば、決して間違えてはいけない。
愛する人がどちらを望んでいるか…しっかり見極めないと、取り返しがつかない失敗として人生に暗い影を落とし続ける事になるかもしれない。
記事を読んだ老人は若かりし頃のある日を思い出していた。
今よりはひと回り、いや2回りは細かったあの娘のはにかんだ笑顔。
かつてないほどの緊張感を持ってその場に臨み、受け入れてもらった時の安堵感。
…受け入れては貰えなかった時のステファン殿下の絶望感は、キッテンの男なら誰しもが想像するに余りある。
本当にお気の毒な…。なんて酷い事をブリトーニャ様はなさったのだろうか。
「…ったくいつまでシュタインの姫のつもりでいらっしゃるんだ?」
つい漏らした言葉は隣に座り合わせただけの男にも伝わったらしい。
「ああ、まったくな。王太子殿下の気持ちを思うと居た堪れないよ。ひでぇ事なされるよな、彼の国の人は。」
「いやいや、知らなきゃ重たいだけさぁ。いつでも殺してくれて構わないなんてさぁ。」
とさらに隣の男が反応した。
「あら?私はやって欲しいわ。小さい頃からの憧れだもの。」
「えー、私は別にやらなくてもいいわ。
だってレイチェル様はやらなかったんでしょう?」
背中側のテーブル席に座っていた娘たちが今時の若者らしい気持ちを吐露し始める。
「うちのが寄越した剣は…どこいっちまったんかね。今目の前にあったら迷いなく抜いてやるっていうのに。」
カウンターの中にいた女将はそう言い出して、そっと主人は厨房の中に消えていった。
「うちはこれみよがしに神棚に置いてやったんだ。大切にしすぎたのか…アイツ調子乗りすぎ!」
と向こうに座っていたご婦人が言い出し始める。
新聞記事にある通り、どうやら国を二分する議論の種になり得そうだ。
「こないださぁ、ちょっと見かけたもんで抜いてみたんだよ。そしたらさぁ、錆びていやがんの。俺の愛を錆びさせるって、ウチの奴らしいから、笑っちまったよ。」
記事に対する街の人々の反応は様々だった。
かつてステファン殿下にお妃様とは別の剣を捧げたほどの想い人がいたことは皆の話題になることは無かった。
「お待たせ。」
奥に消えていた主人が紙包みを持ってやってきた。頼んでいた鶏が焼き上がったのだ。
「熱いから気をつけてな。」
「おお、サンキュー。これ妻が大好きなんだ。」
大衆紙を折り畳み、老人は立ち上がる。
「娘と孫が夕飯を食べに来るんだ、急いで帰らないと。」
「あー、隣町に嫁に行っちまったっていう娘さんか。」
「ああ、明日のエルンスト殿下のお披露目パレードが見たいんだと。」
あー、と周りの者たちが納得の声をあげる。
「さて、そろそろ俺もアイツが待ってる…。」
「そうね、私、旦那に夕飯作ってやらないと。」
潮が引いたように皆が帰っていくのを女将は笑顔で見送り、クローズの看板を掛けて戻ってくる。
外はひえると言いながら暖炉の炎に手を翳した妻に、
「明日は忙しくなるな。」
ポツリと呟いた。
明日、エルンスト殿下とレイチェル様を祝福するために集まった人達が街に溢れかえるだろう。
「お前…本当に見つけたら抜くのか?」
何の話かと思った女将はしばしの間を置いて
「ふふふ、どうでしょうね。」
と笑った。
「さあ、バカなことばっかり言ってないで、さっさと片付けしちゃいますよ。
明日は忙しくなるんだから!!」
妻は暖炉から離れると、テーブルに残されたカップやポットを纏めて掴み上げ、さっさと厨房へと去ってしまう。
残された夫は客の残した大衆紙を手に取ると、黙って暖炉の炎の中に突っ込んだのだった。
「プロポーズの失敗に学ぶ」
そんな見出しの記事は、様々な求婚の失敗例をいくつかあげた後、このところの流行りに変化がある事を報じていた。
キッテンにおける文化のひとつとして定着する「拝剣の誓いによるプロポーズ」があることは皆が知っているだろう。読者にも奮えながら剣を捧げたり、それを受け取ったりした甘い思い出があるのではないだろうか。長くキッテンの乙女たちの憧れであった拝剣の誓いだが、最近貴族のご令嬢を中心にこの誓いを割愛する傾向が出始めている。
そもそもは数ヶ月前に遡る。
ステファン王太子殿下が行ったという剣の誓い。しかしシュタイン風を好まれるブリトーニャ王太子妃はこの剣を受け取らなかったらしい。
上手くいかなかったかと思いきや、お2人はきちんと手続きを踏んでご結婚されている。そして、エルンスト殿下とレイチェル妃殿下はこの儀式を割愛したそうだ。
拝剣の誓いの成果や有無に関わらず、この2組のご夫婦の関係はすこぶるよい。
特にエルンスト殿下のレイチェル妃殿下への溺愛ぶりは、重ねて文字に起こすまでもなく、読者にもよく知られていることだろう。
この2組の夫婦にあやかり、今貴族たちの間で拝剣の誓いを割愛することが流行しているという。
一方で未だに拝剣の誓いに夢と憧れを抱き続ける乙女も多い。
もしあなたが永遠の愛を誓いたい相手がいるのであれば、決して間違えてはいけない。
愛する人がどちらを望んでいるか…しっかり見極めないと、取り返しがつかない失敗として人生に暗い影を落とし続ける事になるかもしれない。
記事を読んだ老人は若かりし頃のある日を思い出していた。
今よりはひと回り、いや2回りは細かったあの娘のはにかんだ笑顔。
かつてないほどの緊張感を持ってその場に臨み、受け入れてもらった時の安堵感。
…受け入れては貰えなかった時のステファン殿下の絶望感は、キッテンの男なら誰しもが想像するに余りある。
本当にお気の毒な…。なんて酷い事をブリトーニャ様はなさったのだろうか。
「…ったくいつまでシュタインの姫のつもりでいらっしゃるんだ?」
つい漏らした言葉は隣に座り合わせただけの男にも伝わったらしい。
「ああ、まったくな。王太子殿下の気持ちを思うと居た堪れないよ。ひでぇ事なされるよな、彼の国の人は。」
「いやいや、知らなきゃ重たいだけさぁ。いつでも殺してくれて構わないなんてさぁ。」
とさらに隣の男が反応した。
「あら?私はやって欲しいわ。小さい頃からの憧れだもの。」
「えー、私は別にやらなくてもいいわ。
だってレイチェル様はやらなかったんでしょう?」
背中側のテーブル席に座っていた娘たちが今時の若者らしい気持ちを吐露し始める。
「うちのが寄越した剣は…どこいっちまったんかね。今目の前にあったら迷いなく抜いてやるっていうのに。」
カウンターの中にいた女将はそう言い出して、そっと主人は厨房の中に消えていった。
「うちはこれみよがしに神棚に置いてやったんだ。大切にしすぎたのか…アイツ調子乗りすぎ!」
と向こうに座っていたご婦人が言い出し始める。
新聞記事にある通り、どうやら国を二分する議論の種になり得そうだ。
「こないださぁ、ちょっと見かけたもんで抜いてみたんだよ。そしたらさぁ、錆びていやがんの。俺の愛を錆びさせるって、ウチの奴らしいから、笑っちまったよ。」
記事に対する街の人々の反応は様々だった。
かつてステファン殿下にお妃様とは別の剣を捧げたほどの想い人がいたことは皆の話題になることは無かった。
「お待たせ。」
奥に消えていた主人が紙包みを持ってやってきた。頼んでいた鶏が焼き上がったのだ。
「熱いから気をつけてな。」
「おお、サンキュー。これ妻が大好きなんだ。」
大衆紙を折り畳み、老人は立ち上がる。
「娘と孫が夕飯を食べに来るんだ、急いで帰らないと。」
「あー、隣町に嫁に行っちまったっていう娘さんか。」
「ああ、明日のエルンスト殿下のお披露目パレードが見たいんだと。」
あー、と周りの者たちが納得の声をあげる。
「さて、そろそろ俺もアイツが待ってる…。」
「そうね、私、旦那に夕飯作ってやらないと。」
潮が引いたように皆が帰っていくのを女将は笑顔で見送り、クローズの看板を掛けて戻ってくる。
外はひえると言いながら暖炉の炎に手を翳した妻に、
「明日は忙しくなるな。」
ポツリと呟いた。
明日、エルンスト殿下とレイチェル様を祝福するために集まった人達が街に溢れかえるだろう。
「お前…本当に見つけたら抜くのか?」
何の話かと思った女将はしばしの間を置いて
「ふふふ、どうでしょうね。」
と笑った。
「さあ、バカなことばっかり言ってないで、さっさと片付けしちゃいますよ。
明日は忙しくなるんだから!!」
妻は暖炉から離れると、テーブルに残されたカップやポットを纏めて掴み上げ、さっさと厨房へと去ってしまう。
残された夫は客の残した大衆紙を手に取ると、黙って暖炉の炎の中に突っ込んだのだった。
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