修道院に行きたいんです

枝豆

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シュタインの姫

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「なにそれー?酷くなぁーい?」
エルンストの膝の上で甘えて見せるかつての妾がなぜか私に同情している。

誰なんだ?この目の前の女は。
姿形は間違うことなく、あのレイチェルだ。
しかし、私が知っているレイチェルではなかった。

執務の報告を済ませ、いつも通りにステファンの部屋を出ようとした時にステファンから「少し酒に付き合え。」
と、城に来て始めて酒飲みに誘われた。
もちろん夕食を共にしたことも、酒膳に付き合ったこともあるけれど、それは2人ではなく、もてなさなければならない客人がいる場合や陛下やカトリーナ様に誘われた場合に限ってだった。

「はい。」
そう答えると、笑顔になったステファンは外に出ると言い出した。
寒くなるから外套を着ろとまで。
もうすぐ日が暮れるのに、どこに行くと言うのだろう…。

連れて行かれたのは小さなボートハウス。その存在は知ってはいたけれど、雑草が生い茂り土埃にまみれ、誰も使っている様子は見えない場所だった。
何かいわくがあるのは薄々感じてはいた。カトリーナ様はこの道を決してお通りにはならない。

しかし今日は見違えるように丁寧に磨き上げられて、松明が幾本も入れられている。
白い小さなボートがこちらに向かって進んでくるの見え、その向こうには湖の中に筏が組まれ、やはりたくさんの明かりが灯っている。
ここ数日、技師たちが池の中で何かやっているのは知ってはいたが、その目的は聞けず終い。
この為なのか。
…綺麗。
夕闇の中オレンジの炎があちこちに灯されて揺らめいている。

「あそこに行くのですか?」
ステファンを見やるが、松明の炎の影になっていて表情まではよくわからない。
「ああ。」
と答える声音は至って穏やかだった。

「お前のために用意した。」
「ステファンが?」
「違う。行けばわかる。」

ステファンに手を取られて、小さなボートに乗り込んだ。
…怖い、舟が揺れるのが怖い。

「大丈夫、ここはそんなに深くはない。転覆しても立てる。
ブリトーニャ、どうしても嫌なら歩いて岸に戻れる。」
「どうしても…嫌なら?」
「ああ、どうしても嫌ならな。俺は戻る為に手を貸さない。ただ、前へ行くためにならいくらでも手を貸してやる。」
捕まれたままの手が熱い。

…なんの謎かけ?
怖い…。この先に何があるんだろう、私はどうなるんだろう。
…怖い。

筏に近付くとそこに立つ人のシルエットがハッキリとその者が誰かを理解した。
エルンストとレイチェル…。
この宴を用意したのは、ステファンじゃない…あの2人だ。

戻りたい、戻らなきゃ!
けれど、先ほどのステファンの言葉が思い出された。
「俺は戻る為には手を貸さない。」
「どうしても嫌なら歩いて岸に戻れる。」

…怖い。
このまま行くのも、揺れるボートから飛び降りるのも…。池の中を歩いて帰る…そうしなければならない。
おそらくそれをしたらもう2度と取り返せない。ステファンの慈悲も、レイチェルとの関係の修復も。

「ひとりじゃない。大丈夫、俺がいる。」
変わらず穏やかにステファンが言葉を掛け、繋いだ手に力を込めてくれた。

…でも…。…だけど…。
どうするか決めきれないままボートは筏に付けられ、ステファンはさっさと降りてしまう。
「ほら。おいで。」
繋がれたままの、男にしては華奢な掌、これに縋ってもいいのだろうか。
迷ったまま立ち上がり、迷ったままボートから降りた。
振り返ると舟はさっさと筏から離れていった。

エルンストがにこやかに話しかけてくる。
「来てくれてありがとう。諦めてもてなされてくれ。椅子も足りないけれど、それもまた許してくれ。
今夜はヒュッテ式でやらせて頂くよ。
酒だけは十分にあるようだ。飲んで舟を待つのも悪くはない。」

諦めて…か。
歩いて戻るつもりはなくなった。
あとはなるようにしかならない。
最悪ここで数時間ただ座っているだけなのだろう。

…諦めよう。そうだ、諦めて…しまえば…。

が、最悪はまだあった。
私はステファンの膝の上に座れという。
なんの拷問?と思ったら、レイチェルは当たり前のようにエルンストの膝の上に子猫のように納まった。
ヒュッテ式?ヒュッテって何?そんな言葉私は知らない。
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