修道院に行きたいんです

枝豆

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ブリちゃん

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会話は主にステファンとエルンストが交わしていき、時折私やレイチェルにも話が振られる。

閉じ込められていたであろうそれぞれの記憶や想いが、飽和して溢れ、浴びせ掛けられていった。
知っていた事も知らなかった事も。
聞いたとおりだった事も違った事も。
想像していた事も、想像すらはるかに及ばなかった事も。

そして求められるままに気付けば私の昔語りも語ってしまっていた。

その中で、レイチェルはカトリーナ様から職務を与えられていたのではなく、クラリーチェ様が請け負った仕事の中でレイチェルにも出来そうなものがあれば回されていただけだった、カトリーナ様との直接のやりとりは戻ってからはなかった、目通りさえも許されてはいないと知った。

…義母が甥の嫁の方を重用したのではないとホッとした。
そんな事を自覚なく引き出されてしまった。

「早くちゃんとしてくれないとぉ、私はいつまでも暇なままだしぃ、ステファン殿下もエルもぉ、忙しすぎてぇ、いつか倒れちゃってもぉ、知りましぇーんよ。」

エルンストに与えられるまま酒を飲み干していたレイチェルは早々に酔いが回ったようだ。
というか、その語尾はやめろ。虫唾が走る。
…酔って男に媚びていた兄嫁を思い出させた女…。
いや、そう思ってしまっていた女…。

「もぉー飲まなきゃやってられないとぉ、おもいませんかぁ?」
「まあ、確かに…。」
素面シラフではとてもこの場にいるのは居た堪れない。

「みんなぁ、すきかってにぃわたしたちのことぉ言ってますけどぉ、すきでこぉなったんじゃないって、さけびたくなりませんかぁ。」
「なるわね、それは。」 

レイチェルのいう通りだ。
「あれ?俺の事好きでこうなってくれたんじゃないの?」
とエルンストが混ぜ返す。
「わたしぃのことはいいんですぅ、すきでこぉなったんだからぁ。
でもぉ、ブリちゃんはちがうんですよねぇ。」

ブリちゃん!?
かつて誰も呼んだことのない愛称で私を呼び、私に同情している様子さえ見せる、この女は何なんだ!?

元々未熟な果実のようだったが、ライナス領から帰ってきたレイチェルはベッタベッタのジャムのようになっていた。

ジャムにしたのはエルンストだろう。
羨ましいほどにレイチェルはエルンストの愛を注ぎ込まれていた。
今だって、エルンストはレイチェルを膝に乗せ、甘い視線と甘い言葉でレイチェルに砂糖を与え続けて…いや、酒漬けか。

ステファンは…どう見ているのだろう。
かつて愛した、もしかしたら今でも愛している女が、目の前で他の男にベッタベッタに煮溶かされる様子を見せられている。

今のステファンの表情は私からは見えない。
何故なら、私も今まさにステファンの膝の上に乗っており、酒に漬けられようとしているらしい、どんどんと私のグラスに酒を注いでいく。

「で、私にどうしろと。」
「めーれぃして、くださいよぉ。私をたすけろぉってぇ。おまえがぁ、やれぇって、そぉいえばぁ、いいんですよぉ~。」

「…でも、私は謝らないとならない。」
「だからぁ、なんでぇ、ぶりとぉーにゃぁさまがぁ、あやまらないとぉ、だめなのぉ?
だってぇ、おかしいぃでしょうぉ。」

おかしいのはレイチェルの方だ。
こんな話、大切な話、国政に関わる重要な話を、夫の膝に乗せられながら、ベロベロに酒に溺れてするような話じゃない。

「ほら、ブリトーニャ、もう少し飲みなよ。」
なのに、ステファンはどんどんと私の杯に酒を入れていく。

「…酔うわけには…。」
「いいんだ、酔って。言われただろう、ヒュッテ式だ、と。」

ヒュッテ式?
だから、そんな言葉は私は知らないんだってば!

「ブリちゃんはやめてくださる?」
「じゃあ、レーチェとよんでぇ。」
「無理だ!」
「じゃあ、ブリちゃん!」

背中越しにステファンが笑いを噛み殺しているのがわかる。
「もう諦めたら?」
耳元で囁かれ、腰に回っていた手に力が篭るのがわかる。

「レイチェル…」
「レーチェ!レーチェよ、ブリちゃん。」
「その呼び方はやめて。」
際限なく続くやり取りと際限なく注がれる酒。

謝らなくていい、ただ命令すれば良い。
その言葉を信用して良いのだろうか。
誰も信用できないこのキッテンの城の中で、誰よりも目障りだったはずのこの女を?

「ブリちゃんはやめて。国ではトーニャと。」
「トーニャン!」
「ンは付けないで!トーニャよ!」

トーニャ、トーニャ、とレイチェルは歌を歌うように繰り返した。

「で、私は?」
「…レーチェ。」

渋々だから、ブリちゃんと呼ばれるよりはマシだからよ。

満面の笑みで私を見つめ、レイチェル改め、レーチェは、
「命令してくださるのをお待ちしておりますね、トーニャ。」
としっかりした口調で、しっかりと私を見つめて、そう言った。
さっきまでベロベロに酔っていた筈のレイチェルはやっぱりあざとい女だった。
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