修道院に行きたいんです

枝豆

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マリアン

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火祭りから数日後の事、エルンスト殿下から私に来客が来る事を告げられた。
私に来客?またアデリーナ様が来てくれたのだろうか?
いやいや、そんなわけはない。

「…どのようなお方なんですか?」
と素直に聞いた。もしかしたら火祭りの夜、船の中で何か粗相を致してしまった方かも。
あの夜飲み過ぎて寝落ちするという失態をしでかした。

「クロック夫人という、近くの村で仕立て屋をしているご婦人だ。
レイチェルのためにいくつか服を作らせて欲しいと。」

クロック夫人、知らない人ですよ…ね?それより…それ必要ですか?
誰にも会わず、どこへも行かない私に新しい服は必要ですか…?
訝しく思ったのがエルンスト殿下に伝わったらしい。
エルンスト殿下は申し訳なさそうに謝ってきた。

「母が頼んでいたらしい…。すまん、断れそうもないんだ。まあ、会えばわかる。」
「あっ、そうじゃなくて…。」

違うんだけどなぁ。クロック夫人って人に会うのは嫌じゃない。ただ新しい服を作る事に必要性を感じられず、無駄足にしてしまいそうな気がしたからなんだけど。
でも、何故だかサラも勧めてくるから、一枚くらいは新調しても良いのかもと思い直した。

程なくしてやってきたのは、見た目は母くらいの、真っ赤な口紅が塗られた大きな口で立板に水を流すような勢いで喋り倒すご婦人だった。

「お初にお目に掛かります、村で仕立て屋を営んでおりますマリアン・クロックと申します。どうぞマリアンとお呼び下さいませ。本日は奥様より若奥様のための服をいくつか新調する様に頼まれておりましたのに、なかなかお目に掛かれる機会がなくて。
全く若公爵様は全く村の者に若奥様をお見せにならないものですから、よっぽどお身体の調子がお悪いのかと心配しておりましたのに、ただの心配性だったらしいと、火祭りでお会いした方々から伺いまして。
ずっとお会い出来る日を待っておりましたのに、あんまりですわよね。
もう、だったら遠慮することなんかないわ、と本日図々しくお伺いさせて頂こうかと。
こんなちっぽけな村の仕立て屋なんかとお思いになっているかもわかりませんけども、こう見えてヒュッテには毎年沢山の貴族の奥様やお嬢様がおいでになりますから、それなりの腕はあると自負しておりますの。」

…息継ぎはいつしてますか?若奥様って私のことですか?と聞きたいことはたくさんあるけれど、マリアンの口は開いたら止まりそうもなく言葉を挟む隙間は見当たらない。

「あ、あの…。」
「えっと…。」
「あっ、それば…。えッ?えっと…って…」

何回かマリアンを止めようとして、諦めた。

とりあえずクラリーチェ様が私のために服を新調する様にと手配してくださったらしいことだけはわかった。
うん、断れないやつ。

「早速始めましょう。」
と、マリアンはメジャーを取り出し、私の体の寸法を手早くチャキチャキと測っていく。
それからザザッと広げられたのは何十枚ものデザイン画だった。
クラリーチェ様からの依頼があってから私に会える時までに、と書き溜めておいてあったものを全部見せられた。
依頼っていつくらい前にあったの?
疑問はもちろん口に出せるだけの間はなくて。

「今の流行りはこうデコルテを大きく開くものなんですけれど、若奥様は少しお痩せになられ過ぎていらっしゃいますので…あまり大きく開けると屈んだ時に…。もう少しふっくらされても宜しいですのに。」
胸の開きはこれくらいにしましょうね、とマリアンはデザイン画を修正していく。

…ハッキリと言えばいい、胸が小さいから大きく開けないって。
っていう言葉が出せる隙間はやっぱり無くて。

胸を出さない代わりに肩を出しましょう、その鎖骨は絶対に露出させましょう!
私の服なのに私がどうしたいかではなく、マリアンがどうさせたいか?でデザインが決まっていく。
こうしましょう、という言葉とセットのように最後にマリアンは付け足す。
「その方が若旦那様は絶対喜ばれます。」
「若旦那様はこちらの方がお好きですよ。」
「若旦那様を惚れ直させてやりましょう。」

惚れ直させる前に惚れられた覚えもないんだけど。
エルンスト殿下の好みを盾にされると嫌とはなかなか言いにくく…。
迷う間にマリアンの話はどんどんと加速していった。もちろんマリアンのペースで。
一枚だけ…と思っていた私だったけれど、最後には何故か3着の服を作って貰う事になっていた。

「明日、布選びにお越しくださいませ。」
最後にマリアンはそう言う。
「エルンスト殿下の許可がないと…。」
あー、無理なやつ。
エルンスト殿下は私を外には出したがらない。理由はまだよくわからないけれど。

けれどマリアンは、
「そうですね、午前中にしましよう。大体ですね、公爵夫人になられる方が領地の事を何も知らないなんてあり得ないんです!若旦那様の過保護っぷりにも程があります。行き過ぎはいつもよくない結果を招くと言うのが世の習いなのに、全く最近の若旦那様は…」
とお喋りが止まりそうもない。

「マリアン様、このサラにお任せください。必ずレイチェル様をお店の方へお連れいたしますから。どうぞご安心なさって。ほらほら、早速型紙作りに取り掛かって頂かないと!あまり時間はないんですからね、さあさあ。」

サラはマリアンに負けてなかった。
私ではちっとも見いだせなかったマリアンのお喋りの隙間にササっと割り込んで、明日の約束を交わし、マリアンを帰してしまったのだった。
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