37 / 100
仲裁
しおりを挟む
長らくこの村で仕立て屋を営んでいるマリアンは目の前の光景に唖然とした。
なんで?
灰色の反物を見て直ぐに礼拝服と結び合わせたレイチェル様だから、信仰心がないわけじゃない。
それなのに侍女は「必要ない」と切り捨てようとしている。
お客様が迷った時は聞く事に限る。
それがマリアンの信条だ。でも、今じゃない。サラが口出しできない場所で、レイチェル様から話を聞かなければならない。
「とりあえず、礼拝服は後回しに致しませんか?夜会服とお出掛け着の生地を決めちゃいましょう。」
さあさあと返事を聞かずにレイチェル様を絹布の棚に導いた。
「さあさあ、何色に致しましょうかね。サテンにします?あっ、レイチェル様ならオーガンジーやレースを使ってフワリとさせても良いかもしれませんね。
この間のデザインですと、二色を合わせる事も出来ましてよ。
レイチェル様なら…淡い色ですかね?あっでもご結婚されるとなると少し深みや渋みも欲しいですわよね…。
私の直感ですと…この辺りのライラクック色なんてのはいかがですか?うーん、少し濃すぎますかねぇ、じゃあ若草色で?あーいい感じですね。そうだ!この胸当ての部分は同色のレースに致しましょうか。」
私が喋り倒す事でお二人の気が削がれる事を祈った。
しかしレイチェル様の気は削がれてはくれなかった。
3着分の生地を選び終えて、少し休んで頂こうとお茶を入れてソファーに座って頂いた。
もちろん少し話を聞きたい腹積りもあったけど。
「私には礼拝服は必ず必要になると思うの…。」
とレイチェル様から話を振ってきて、そうグチを零された。
「そうですよね。」
私にもサラが何故頑なに礼拝服を作るのを反対するするのか理解に苦しむ。
当のサラは今は壁際に下げられているから、会話には加われない。
悔しそうにこちらを睨みつけてはいるけれど。
「ヒュッテで礼拝に行かれるのでしたら、あった方が…。」
「そうですよね…。」
チラリとレイチェル様はサラを見遣った。
「でも礼拝用だけじゃなくて。私…きっと捨てられるんです。いつか…は。その時に必要だと思うんです。」
おそらくサラに聞こえないように囁くようなか細いお声だ。
しかし、その破壊力は半端ない。
はっ!?
突然のレイチェル様の告白に流石の私も言葉が出ない。
違うんだけど!聞いてる話と違うんだけど!!
この村で貴族相手に商売をしているのだから、口さがない陰口から些細な目撃談から、耳に入るゴシップは大衆紙よりも早く正確だ。
そもそも先日無理矢理公爵家の別荘に押しかけたのは、病気療養を理由にヒュッテにいらしたお嬢様が浴びるほどお酒を飲めるほどに回復されたとお聞きしたからで。
その時の若旦那様とレイチェル様の様子を見ていた奥様方は口を揃えて「甘い」と言っていた。
王都での王太子やシュタインの姫様とのことも聞いていたし、不本意ながら責任を取らされたのは若様だという噂も聞いていた。
しかしクラリーチェ様自らが、「息子の婚約者にドレスを新調してあげたい。」といった。
クラリーチェ様は少なくてもエルンスト様のご結婚に対して前のめりでおられる。
「捨てられる…訳がないと思いますけど?」
「…それはわからないわ。」
「若旦那様の事がお嫌いなのですか?」
嫌いなら仕方がない、でもレイチェル様は横に首をお振りになり否定される。
えっと。
それがどうして礼拝服を作るか作らないかの話になるのだろう…?
「あのね、ずっと今後の身の振り方を模索してるんだけど、どなたも相手にはして下さらなくて。」
ますます話がわからなくなった。
今後の身の振り方ぁ?若旦那様と結婚して2人は幸せに暮らしました、じゃあないの!?
「最初からお話しくださいませんか?こう見えて結構無駄に歳を取っておりますから、何かお手伝い出来る事があるかもしれませんよ。」
「マリアンは充分お若いと思いますけど。
でも、あのね…私を受け入れて下さる修道院を探しているの。」
「えっ!?修道院ってあの修道院ですか?」
返事をしながら自分でもおかしいとは思ったんだけど。
若旦那がデロ甘に溶かしにかかっているお嬢様が??修道院に!?
「若旦那様がお探しになっているんですか?」
「いいえ、私が自分のために探しているの。いつかきっとこの婚約は解消になるから。」
…ならない。なるはずがない。
クラリーチェ様も若旦那様も、なんなら王弟殿下だって、一旦身の内に入れた人を簡単には手放さないお方だ。
噂レベルでもそれはあり得ない、それは領民には深く浸透している共通認識だ。
ただ、話していて分かった事がある。
レイチェル様は不安なのだ。
もしエルンスト殿下に婚約破棄されたら…と。
噂が本当なら、レイチェル様のお心はきっと一度傷付けられている。
全く若旦那様ともあろうお方が、何故こんな滑稽な状況にしてしまわれたのかはわからないけれど。
「それは…。
レイチェル様、年寄りの戯言と思って下さっても構いませんけれど。
どうして捨てられる方が身の落ち着き先を探すんです?捨てる方が探してやるっていうのがスジじゃないですか。」
「えっ!?」
「若旦那様がレイチェル様をお捨てになるって言うのなら、じゃあ手切れ金代わりに私の住む所を用意して下さいって仰ればいいだけの話です。修道院探しは若旦那様にお任せしちゃいましょうよ。」
「…でも…それではご迷惑をお掛けしてしまうわ。」
そういって悲しそうに俯かれるレイチェル様は全力で庇護してあげたいと思わせるのに十分すぎるほど可愛らしい。
「迷惑って言うんなら、勝手に囲っておいて勝手に捨てる方が迷惑なんですよ。
あー、段々イライラしてきちゃいました。
わかりました、こうしましょう。
もし、万が一、何かの齟齬が起きて、若旦那様に捨てられるような事になったら、ウチにいらっしゃい。私がこの店で売り子として雇って差し上げますから。
レイチェル様でしたらきっとお針子にでもなれると思いますよ。裁縫は私がみっちり仕込んで差しあげますから!
でもまあ、そんな心配なんて要らないとは思いますけどね!」
これでどうですか!
なんでこんなに可愛らしい人がいつか捨てられるかも、なんて可哀想な心配をしなくてはならないのか!?
修道院、教会?冗談じゃない!!
「でも…ご迷惑に…」
「なりません!死ぬほど働いて貰いますから!!」
まだ言うか!!
捨てられてから、また聞いて差し上げます!!
と強く言い切って、この話を終わりにさせてもらう。
まだ何か言いたげなレイチェル様だったけれど、フッと優しくお笑いになり、「それもなんだか楽しそうね。」と呟かれた。
そして出来上がった礼拝服は思い込みの激しそうなレイチェル様ではなく、若旦那様に引き渡そうとマリアンはコッソリと決めた。
なんで?
灰色の反物を見て直ぐに礼拝服と結び合わせたレイチェル様だから、信仰心がないわけじゃない。
それなのに侍女は「必要ない」と切り捨てようとしている。
お客様が迷った時は聞く事に限る。
それがマリアンの信条だ。でも、今じゃない。サラが口出しできない場所で、レイチェル様から話を聞かなければならない。
「とりあえず、礼拝服は後回しに致しませんか?夜会服とお出掛け着の生地を決めちゃいましょう。」
さあさあと返事を聞かずにレイチェル様を絹布の棚に導いた。
「さあさあ、何色に致しましょうかね。サテンにします?あっ、レイチェル様ならオーガンジーやレースを使ってフワリとさせても良いかもしれませんね。
この間のデザインですと、二色を合わせる事も出来ましてよ。
レイチェル様なら…淡い色ですかね?あっでもご結婚されるとなると少し深みや渋みも欲しいですわよね…。
私の直感ですと…この辺りのライラクック色なんてのはいかがですか?うーん、少し濃すぎますかねぇ、じゃあ若草色で?あーいい感じですね。そうだ!この胸当ての部分は同色のレースに致しましょうか。」
私が喋り倒す事でお二人の気が削がれる事を祈った。
しかしレイチェル様の気は削がれてはくれなかった。
3着分の生地を選び終えて、少し休んで頂こうとお茶を入れてソファーに座って頂いた。
もちろん少し話を聞きたい腹積りもあったけど。
「私には礼拝服は必ず必要になると思うの…。」
とレイチェル様から話を振ってきて、そうグチを零された。
「そうですよね。」
私にもサラが何故頑なに礼拝服を作るのを反対するするのか理解に苦しむ。
当のサラは今は壁際に下げられているから、会話には加われない。
悔しそうにこちらを睨みつけてはいるけれど。
「ヒュッテで礼拝に行かれるのでしたら、あった方が…。」
「そうですよね…。」
チラリとレイチェル様はサラを見遣った。
「でも礼拝用だけじゃなくて。私…きっと捨てられるんです。いつか…は。その時に必要だと思うんです。」
おそらくサラに聞こえないように囁くようなか細いお声だ。
しかし、その破壊力は半端ない。
はっ!?
突然のレイチェル様の告白に流石の私も言葉が出ない。
違うんだけど!聞いてる話と違うんだけど!!
この村で貴族相手に商売をしているのだから、口さがない陰口から些細な目撃談から、耳に入るゴシップは大衆紙よりも早く正確だ。
そもそも先日無理矢理公爵家の別荘に押しかけたのは、病気療養を理由にヒュッテにいらしたお嬢様が浴びるほどお酒を飲めるほどに回復されたとお聞きしたからで。
その時の若旦那様とレイチェル様の様子を見ていた奥様方は口を揃えて「甘い」と言っていた。
王都での王太子やシュタインの姫様とのことも聞いていたし、不本意ながら責任を取らされたのは若様だという噂も聞いていた。
しかしクラリーチェ様自らが、「息子の婚約者にドレスを新調してあげたい。」といった。
クラリーチェ様は少なくてもエルンスト様のご結婚に対して前のめりでおられる。
「捨てられる…訳がないと思いますけど?」
「…それはわからないわ。」
「若旦那様の事がお嫌いなのですか?」
嫌いなら仕方がない、でもレイチェル様は横に首をお振りになり否定される。
えっと。
それがどうして礼拝服を作るか作らないかの話になるのだろう…?
「あのね、ずっと今後の身の振り方を模索してるんだけど、どなたも相手にはして下さらなくて。」
ますます話がわからなくなった。
今後の身の振り方ぁ?若旦那様と結婚して2人は幸せに暮らしました、じゃあないの!?
「最初からお話しくださいませんか?こう見えて結構無駄に歳を取っておりますから、何かお手伝い出来る事があるかもしれませんよ。」
「マリアンは充分お若いと思いますけど。
でも、あのね…私を受け入れて下さる修道院を探しているの。」
「えっ!?修道院ってあの修道院ですか?」
返事をしながら自分でもおかしいとは思ったんだけど。
若旦那がデロ甘に溶かしにかかっているお嬢様が??修道院に!?
「若旦那様がお探しになっているんですか?」
「いいえ、私が自分のために探しているの。いつかきっとこの婚約は解消になるから。」
…ならない。なるはずがない。
クラリーチェ様も若旦那様も、なんなら王弟殿下だって、一旦身の内に入れた人を簡単には手放さないお方だ。
噂レベルでもそれはあり得ない、それは領民には深く浸透している共通認識だ。
ただ、話していて分かった事がある。
レイチェル様は不安なのだ。
もしエルンスト殿下に婚約破棄されたら…と。
噂が本当なら、レイチェル様のお心はきっと一度傷付けられている。
全く若旦那様ともあろうお方が、何故こんな滑稽な状況にしてしまわれたのかはわからないけれど。
「それは…。
レイチェル様、年寄りの戯言と思って下さっても構いませんけれど。
どうして捨てられる方が身の落ち着き先を探すんです?捨てる方が探してやるっていうのがスジじゃないですか。」
「えっ!?」
「若旦那様がレイチェル様をお捨てになるって言うのなら、じゃあ手切れ金代わりに私の住む所を用意して下さいって仰ればいいだけの話です。修道院探しは若旦那様にお任せしちゃいましょうよ。」
「…でも…それではご迷惑をお掛けしてしまうわ。」
そういって悲しそうに俯かれるレイチェル様は全力で庇護してあげたいと思わせるのに十分すぎるほど可愛らしい。
「迷惑って言うんなら、勝手に囲っておいて勝手に捨てる方が迷惑なんですよ。
あー、段々イライラしてきちゃいました。
わかりました、こうしましょう。
もし、万が一、何かの齟齬が起きて、若旦那様に捨てられるような事になったら、ウチにいらっしゃい。私がこの店で売り子として雇って差し上げますから。
レイチェル様でしたらきっとお針子にでもなれると思いますよ。裁縫は私がみっちり仕込んで差しあげますから!
でもまあ、そんな心配なんて要らないとは思いますけどね!」
これでどうですか!
なんでこんなに可愛らしい人がいつか捨てられるかも、なんて可哀想な心配をしなくてはならないのか!?
修道院、教会?冗談じゃない!!
「でも…ご迷惑に…」
「なりません!死ぬほど働いて貰いますから!!」
まだ言うか!!
捨てられてから、また聞いて差し上げます!!
と強く言い切って、この話を終わりにさせてもらう。
まだ何か言いたげなレイチェル様だったけれど、フッと優しくお笑いになり、「それもなんだか楽しそうね。」と呟かれた。
そして出来上がった礼拝服は思い込みの激しそうなレイチェル様ではなく、若旦那様に引き渡そうとマリアンはコッソリと決めた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる