修道院に行きたいんです

枝豆

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秋の夜会

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「じゃあ、あとはよろしく。」
「お気をつけて。アデリーナ様に宜しくお伝え下さい。」

ブルーノ殿下とクラリーチェ様が颯爽と馬車に乗り込むと直ぐに馬車は出発した。その後を護衛の馬車や騎馬隊が追いかけて進むのを、エルと2人でしばらく見送った。

既に国王陛下と王太子がそれぞれ妃を伴ってシュタインへ向かっていて、今日ブルーノ殿下とクラリーチェ様がレスボートに向かって出発された。

秋も深くなって、木々の葉は紅や黄色に変わり落ち始めていた。
これから約半月、秋の社交をエルンスト殿下と2人で乗り越えなくてはならない。
執務室に向かって2人で並んで歩き出した。

「俺、留守番をひとりでやるのは初めてかもしれない。」
というエルンスト殿下を軽く睨みつけた。
「ひとり?」
「あっ、2人で。」

まあ、言いたいことはわかりますけどね。
今、キッテンの為政権の全てをエルンスト殿下が握らされている。
王位継承権第3位のエルンスト殿下のみになる事は滅多に無いに違いない。
国王陛下は妃と王太子夫妻を伴ってシュタインに、王弟殿下はレスボート王太子の結婚式に赴いた。
もしこの間に何かあれば、その対応も責任もエルンスト殿下がひとりで背負い込む事になる。
その重圧は重いに違いない。
だから、少しでも私にも分けて欲しいのに。

「レーチェ、君の方は?」
「大丈夫…よ。多分だけど。」

今日、新成人のデビューの夜会がある。城の中の集まりは王妃殿下の采配なのだそうだ。

カトリーナ様とクラリーチェ様が細々と手配をして下さり、私はその身を会場に立たせればいいだけにはなっている…。
なってはいるんだけど、参加者は例年よりも多いから、何が起きるかはわからない。
儀典部の官僚達を信じるしか無いのだけれど、一応何かあれば形だけではあっても、私の采配を伺わなければならない…らしい。

「うーん、なんだか緊張してきちゃった。」
私がライナス公爵夫人として参加する初めての夜会でもあるから、失敗は出来ない。

夕刻になりそろそろ人々が集まり始めた。
私達の出番は新成人が出揃ってからになるからまだまだなんだけど。
落ち着かなくて少し早めに控え室に入った。

エルンスト殿下は慣れた様子で、一足早くワインを飲み始めた。
私は…とてもそれどころじゃない。

「ねえ、少し座っていなよ。」
「座ったら…飲みたくなるもの。」
「飲めば良いじゃないか。」

飲んだら…止まらなくなりそうなんだもの。
いらない、と首を振った。

「じゃあ気を紛らわせる為に少し話そうよ。
…そうだな、自分のデビューの日のこと覚えてる?」
「私の…?」
記憶の糸をそっと手繰り寄せてみる。

キラキラした装飾と揺らめく蝋燭の灯。
初めて身を包んだ夜会服。
私のエスコートは兄ではなく父だった。

今夜の夜会を経て私はキッテンの貴族の一員となり、国王陛下と国のために生きていく事になる…なんて、そんな小難しい事よりも、王族の誰かとダンスが踊れることの方が私の意識のど真ん中にあった。その日その時まで王族のどなたがお相手を務めてくださるかはわからないから、お友達とその事について語らいあった。

「誰だと思う?」
「私は…ブルーノ様がいいわ。あの渋さは…お父様には無いもの。」
「あら、やっぱり一番はステファン殿下じゃなくて?ねえどうする、もし見染められでもしたら。」
私だけじゃなく周りのお友達も、初めてみる顔も、皆がキャッキャと浮かれていた。

広間に入って…。出迎えてくれた王族の立ち姿を見た。
「まあ見て!ステファン殿下とエルンスト殿下よ。」
「どちらが踊ってくださるのかしら。」
「クラリーチェ様のドレスはやっぱり素敵よね…。」
みんなでワイワイと、お喋りをして。

デビューの夜会のダンスの相手は…。まず父とは踊った。それは覚えてる。
正直王族とのダンスは高い踵の靴に慣れていなかったからかステップを間違えないようにと、ガチガチに緊張し過ぎててよく覚えてない。
後から、ステファン殿下からその時に見染めたと言われたから…。

「ダンスはステファン殿下だったのよ。」
とエルンスト殿下にそう言った。
その瞬間、エルンスト殿下顔から表情が消えた。
「違う、俺だよ。」
「えっ!?」
「あの時は2人で出たから、手分けをした。公爵と侯爵の家の令嬢はステフと、伯爵以下は俺とだ。
…レーチェ、覚えてくれていないの?」

「覚えて…ないかも。」
だって…緊張し過ぎてまともに顔を上げられなくて。
失礼がないかステップを間違えたら…と思ったら。
しっかりと覚えてるのは黒いジャケットにつけられた銀のピン…だけ。
刺草模様の中にエメラルドかひとつ。

イヤイヤ、違う。きっと揶揄われている。
だって、エルンスト殿下にとっては毎年のことで、それも日に何人もの人とダンスをするのだから。
それより何より、ステファン殿下が「デビューの時に踊った」って言ってたもん!

「もう!騙されませんからね。」
「…騙してないよ!」
「ホント、調子いい事ばっかり!」

その時、エルンスト殿下の胸元に刺さったピンが目に入った。
銀の刺草模様が絡み合った中に大きな一粒のエメラルド…。

「ねえ、このピンは?」
「これ?国王陛下から成人のデビューの時に頂いたものだよ。ちなみにステファンは金にルビー、俺はコレ。」
…そうか。あの時のダンスのお相手はエルンスト殿下だったのか。
あの時の相手の顔は思い出せないけれど、優しく包み込まれるようなステキなリードをされたのは覚えている。

…そっか。エルだったんだ。

「どうしたの?」
「うん?何が?」
「顔が…溶けそうなくらい赤い。」
「思い出したの。あの時の気持ち。」
「気持ちだけ?」

おそらく記憶はもうステファン殿下にすり替わっちゃってる。
思い出して見上げても、エルの顔はきっと浮かんでは来ない。

だから。
身体中が心臓になったみたいなドキドキ感と、あの包まれるような温かさと一粒エメラルドのピンと。

それがきっと私のデビューの思い出。
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