57 / 100
池のほとりの東屋で
しおりを挟む
朝の散歩をエルンスト殿下と終えて、エルンスト殿下はステファン殿下の執務室へと向かった。
今日、クラリーチェ様は公務で出掛けられてしまったから、私はすべきことがほとんど無い。
お休みを貰ったら、どうしても行きたいところがあった。
池のほとりの東屋にもう一度行こうと思っていた。
記憶を上書きしたかった。
あの池とあの東屋は私が死のうとした場所ではなくて、私とエルンスト殿下が出会った場所にしたかった。
そこに向かって歩いていると、背後から
「レーチェ?」
と声が掛かった。
振り向いた先にはステファン殿下が立っていた。
「ステファン殿下、どうなさいましたの?エルは?」
「エルとはまだ会っていない。すれ違ったみたいだな。
少し話したくて抜け出してきた。」
「…話、ですか?私と?」
「ああ。エルには後で俺から話す。」
歩きながら、とステファン殿下に誘われて、並んで歩いた。
あんなに暑かった夏はその勢いを弱めて、空は突き抜けるように高い秋のそれに居場所を譲っていた。
木々の隙間から溢れる日差しがどこか心地が良い。
「レーチェは…」
「あ、あの。出来ればその呼び方は。」
「嫌か?」
「いえ、私は構わないのですが、エルが。」
そう言うとステファン殿下はハハハと笑う。
「少しぐらい嫉妬させてやれ。」
「…でも。」
「名前くらい好きに呼ばせてくれ。…それに急に変えたら周りが気を使う。」
そういうものなのだろうか。
悩んでしまえばきっと答えは出ない。
…後はエルがどうにかするだろう。元々おふたりはなんでも話す気やすい関係なのだから。
私が気にするのはやめる事にした。
「それで、私に話とは。」
「頼みがある。」
ステファン殿下が私に頼み?
「なんでしょう。」
わざわざこんなところまで追いかけてきてされるような頼み事は何も思いつかないのだけれど。
「レーチェから折れてやっては貰えないだろうか。」
そう言われて、ステファン殿下が私をワザワザ追いかけてきた理由に思い当たる。
「私からですか?ブリトーニャ様との事ですよね。
私は構いませんけど、カトリーナ様からは止められています。そこまで甘やかす必要は無い、と。」
そうか、とステファン殿下は呟いて、秋空を見上げた。
「まだアイツに対して思うことはあるか?」
「私がですか?ただ申し訳なかったな、と。」
「うん?怒ってはいないのか?」
意外だったと言いたげな様子でステファン殿下は私の方を見つめてくる。
意外に思うのは私の方だ。
「私が?ブリトーニャ様に?どうして?
ブリトーニャ様は何も悪いことはしてないですよね。」
申し訳ないと思うのは、真っ新な気持ちで婚約から結婚までの期間を過ごさせて差し上げられなかったからだ。
あの時の私の存在はブリトーニャ様にとっては決して認められるものでは無かった。
怒りをぶつけられるのも、嘲りを投げられるのも、誹りを受けるのも当たり前だ。
しかもだ、私はエルと城から逃げ出して、とっくに過去だと振り切ったけれどブリトーニャ様だけはいつまでも苦しんでおられる。
「私から聞いても宜しいですか?おふたりはまだ引き摺っているんですか?」
「…ああ、少しな。
俺は、レーチェが完全に幸せになるまでは、俺はアイツとは夫婦にはならないと決めた。」
はっ!?
「私、もう幸せですけど?」
というか、あなた達はもう夫婦だろうに。
「言ったろう?完全に、と。」
ステファン殿下は私をブリトーニャ様が相談役として認めるまではブリトーニャ様とは真の夫婦にはならないと言う。
イヤイヤ、それは違うから!!
あなた、そんなにバカなの?
「ステファン殿下、失礼なことを言いますけど、許して下さいね。
あの!!自分が幸せになったから私を受け入れられるんじゃないんですか!?」
ステファン殿下の目が大きく開かれる。
えっ?何?何でそんなに驚くの?
「…そうなのか?」
「そうですよ。
夫が全てを忘れたから、過去を許せるんじゃないでしょうか。そこ、私のせいにしないで欲しいんですけど!!」
「別にレーチェのせいにするつもりは…。」
「してます!」
私が過去を乗り越えたのは、エルンスト殿下がずっとそばにいてくれたからだ。
私の過去ごと丸ごと受け止めてくれたからだ。
だからステファン殿下にも過去を丸ごと飲み込んで欲しい。
「私を言い訳になんかしないで、さっさと先に進んで下さい!」
「そのことなんだけど…。だから折れてやってくれと頼んでる。
アイツはキッカケが掴めないままなんだ。」
「だから、それはカトリーナ様に止められてる、と。私から何かしてはダメだ、と。」
「折れてくれる気はあるのか?」
「ありますよ!というか早くいい関係を作りたいんですよ、私は。」
だったら、とステファン殿下は
「母を言い訳にしないで、自分はどうしたいか?で決めてくれないか。」
と言う。
その瞳にあるのは懇願らしい。
「うっ!」
投げた言葉がクルクルっと回ってブーメランになった。
私とステファン殿下は歩きながら話し続け、あの東家の前にたどり着いた。
今日、クラリーチェ様は公務で出掛けられてしまったから、私はすべきことがほとんど無い。
お休みを貰ったら、どうしても行きたいところがあった。
池のほとりの東屋にもう一度行こうと思っていた。
記憶を上書きしたかった。
あの池とあの東屋は私が死のうとした場所ではなくて、私とエルンスト殿下が出会った場所にしたかった。
そこに向かって歩いていると、背後から
「レーチェ?」
と声が掛かった。
振り向いた先にはステファン殿下が立っていた。
「ステファン殿下、どうなさいましたの?エルは?」
「エルとはまだ会っていない。すれ違ったみたいだな。
少し話したくて抜け出してきた。」
「…話、ですか?私と?」
「ああ。エルには後で俺から話す。」
歩きながら、とステファン殿下に誘われて、並んで歩いた。
あんなに暑かった夏はその勢いを弱めて、空は突き抜けるように高い秋のそれに居場所を譲っていた。
木々の隙間から溢れる日差しがどこか心地が良い。
「レーチェは…」
「あ、あの。出来ればその呼び方は。」
「嫌か?」
「いえ、私は構わないのですが、エルが。」
そう言うとステファン殿下はハハハと笑う。
「少しぐらい嫉妬させてやれ。」
「…でも。」
「名前くらい好きに呼ばせてくれ。…それに急に変えたら周りが気を使う。」
そういうものなのだろうか。
悩んでしまえばきっと答えは出ない。
…後はエルがどうにかするだろう。元々おふたりはなんでも話す気やすい関係なのだから。
私が気にするのはやめる事にした。
「それで、私に話とは。」
「頼みがある。」
ステファン殿下が私に頼み?
「なんでしょう。」
わざわざこんなところまで追いかけてきてされるような頼み事は何も思いつかないのだけれど。
「レーチェから折れてやっては貰えないだろうか。」
そう言われて、ステファン殿下が私をワザワザ追いかけてきた理由に思い当たる。
「私からですか?ブリトーニャ様との事ですよね。
私は構いませんけど、カトリーナ様からは止められています。そこまで甘やかす必要は無い、と。」
そうか、とステファン殿下は呟いて、秋空を見上げた。
「まだアイツに対して思うことはあるか?」
「私がですか?ただ申し訳なかったな、と。」
「うん?怒ってはいないのか?」
意外だったと言いたげな様子でステファン殿下は私の方を見つめてくる。
意外に思うのは私の方だ。
「私が?ブリトーニャ様に?どうして?
ブリトーニャ様は何も悪いことはしてないですよね。」
申し訳ないと思うのは、真っ新な気持ちで婚約から結婚までの期間を過ごさせて差し上げられなかったからだ。
あの時の私の存在はブリトーニャ様にとっては決して認められるものでは無かった。
怒りをぶつけられるのも、嘲りを投げられるのも、誹りを受けるのも当たり前だ。
しかもだ、私はエルと城から逃げ出して、とっくに過去だと振り切ったけれどブリトーニャ様だけはいつまでも苦しんでおられる。
「私から聞いても宜しいですか?おふたりはまだ引き摺っているんですか?」
「…ああ、少しな。
俺は、レーチェが完全に幸せになるまでは、俺はアイツとは夫婦にはならないと決めた。」
はっ!?
「私、もう幸せですけど?」
というか、あなた達はもう夫婦だろうに。
「言ったろう?完全に、と。」
ステファン殿下は私をブリトーニャ様が相談役として認めるまではブリトーニャ様とは真の夫婦にはならないと言う。
イヤイヤ、それは違うから!!
あなた、そんなにバカなの?
「ステファン殿下、失礼なことを言いますけど、許して下さいね。
あの!!自分が幸せになったから私を受け入れられるんじゃないんですか!?」
ステファン殿下の目が大きく開かれる。
えっ?何?何でそんなに驚くの?
「…そうなのか?」
「そうですよ。
夫が全てを忘れたから、過去を許せるんじゃないでしょうか。そこ、私のせいにしないで欲しいんですけど!!」
「別にレーチェのせいにするつもりは…。」
「してます!」
私が過去を乗り越えたのは、エルンスト殿下がずっとそばにいてくれたからだ。
私の過去ごと丸ごと受け止めてくれたからだ。
だからステファン殿下にも過去を丸ごと飲み込んで欲しい。
「私を言い訳になんかしないで、さっさと先に進んで下さい!」
「そのことなんだけど…。だから折れてやってくれと頼んでる。
アイツはキッカケが掴めないままなんだ。」
「だから、それはカトリーナ様に止められてる、と。私から何かしてはダメだ、と。」
「折れてくれる気はあるのか?」
「ありますよ!というか早くいい関係を作りたいんですよ、私は。」
だったら、とステファン殿下は
「母を言い訳にしないで、自分はどうしたいか?で決めてくれないか。」
と言う。
その瞳にあるのは懇願らしい。
「うっ!」
投げた言葉がクルクルっと回ってブーメランになった。
私とステファン殿下は歩きながら話し続け、あの東家の前にたどり着いた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる