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ファーストダンス
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マヌエラ様と会場へと戻る道すがら、マヌエラ様が私に教えてくれた。
「レイモンド伯爵だけじゃないのよ、たくさんの人があなたに手を差し伸べようとしていたわ。
でもあの時は決められなかった。ステファンが納得するまでは、カトリーナ様でも選べなかった。
あなたを手に入れた人にステファンが何をしてしまうかがわからなかったから。」
そうですね、と答えるしかなかった。
頭ではわかる。それだけの権力をステファン殿下は持っていた。
「ならなぜ今になって?」
「今ならもう誰もおかしな事しないわ。それにレイチェル様も迷わないでしょう?与えられた選択肢の中で無理をして選ぶなんて愚かな真似はしないでしょう?」
マヌエラ様はそういうけれど。
たったひとつ、それ以外の道には進めないような選択肢しか与えられなかったじゃない。
…でも。
そうこれで良かった、これが良かった。
そうエルンスト殿下が思わせてくれたから。
だから…
「そうですね、これで良かったんですよね。」
と笑って言える。
会場ではリンクス侯爵夫妻が温かく私達を待っていてくれた。
「マヌエラ、お疲れ様。」
その言葉で、ラウール様の事をみんなが知っていたことに気付かされた。
「レイチェル様、今後何かあれば直ぐにクラリーチェ様に報告なさい。クラリーチェ様に言えない事はどうか私達どもに。」
「ありがとうございます。今後もどうかよろしくお願い致します。」
ワラワラと集まってきた貴族たちはチェスター殿下と奥様が軽くいなしてくれていた。
その陰で私とマヌエラ様は束の間のお喋りを楽しんでいた。
「…上の空ね、気になる?」
「そんな事は…ええ、やっぱり。」
「大丈夫よ、変な事にはならないわ。」
そうだとは思うけど。それでもやっぱり少し心配なんだから…仕方ないじゃない。
程なくしてラウール様が戻ってきて、すぐにマヌエラ様が駆け寄って行かれた。
一瞬だけ私を見た視線は、目の前のマヌエラ様に移っていく。
エル…は?
あっ、来た!
精悍な顔付きだけど、少し甘さのある瞳がすぐに私のことを見つけてくれた。
「エル!」
はしたないと言われようと構わなかった。
走ってエルのところに行く。
エルの首に両手を回して、固い胸に頬をくっつけて。
…愛してる、そう言いたかったのに。
「レーチェ…」
「きゃあー!」
抱きしめ返してくれるかと思っていたのに、エルは私の脇と膝の裏にそれぞれ腕を入れると、一気に私を持ち上げた。
「レーチェ…。」
どこか泣き出してしまいそうな瞳で、不安そうに私の名前を読んだ。
「お話しは、終わったの?」
「うん…多分。」
「そう、お疲れ様。…ありがとう。」
そっと右手をエルの頬に伸ばした。
「愛してるわ、エル。あのね、私は自分で決めたの。
もうそれしかない一本道だからずっと側にいさせてくれる?」
「…レーチェ。もちろん俺もずっと側にいさせてくれる?」
「もちろん。」
「ごめん…俺は…。」
「何も謝る事なんかないわ。
きっと違う道はたくさんあった、私だけじゃなくて、エルにも。でもそれ以外きっと見たくなかったから見ないフリしてただけ。
私は選んで今、ここにいるから。」
不安そうな表情がパッと緩んだ温かいものに変わって…。
「ねえ、もう一曲踊ってくれる?」
「もちろん。」
そう答えると、エルは私を抱き上げたまま広間の中央に歩いて行った。
曲が流れる。
「ねえ、降ろしてくれないと踊れないんだけど。」
「たまにはこのままだって良いじゃないか。」
…いや、良くないと思うけど?
それでもエルはしばらく私を抱いたままクルクルと周り続ける。
「やっぱり降ろして。ちゃんとダンスがしたいわ。」
「ちゃんと?」
「そう、きちんとあなたを見て、あなたの手を取って、自分で立って踊りたいわ。…エルと。」
ようやく降ろしてもらえた。
これを私達のファーストダンスにしよう。
温かくて優しいリード、厚い胸板に銀のブローチ。
見上げた先には、少し甘めの大きな瞳を持った、精悍な顔つきの。
バカで間抜けで、ちょっぴり嘘つきだけど…。
そんなところも慈しめる、最愛の人。
「レイモンド伯爵だけじゃないのよ、たくさんの人があなたに手を差し伸べようとしていたわ。
でもあの時は決められなかった。ステファンが納得するまでは、カトリーナ様でも選べなかった。
あなたを手に入れた人にステファンが何をしてしまうかがわからなかったから。」
そうですね、と答えるしかなかった。
頭ではわかる。それだけの権力をステファン殿下は持っていた。
「ならなぜ今になって?」
「今ならもう誰もおかしな事しないわ。それにレイチェル様も迷わないでしょう?与えられた選択肢の中で無理をして選ぶなんて愚かな真似はしないでしょう?」
マヌエラ様はそういうけれど。
たったひとつ、それ以外の道には進めないような選択肢しか与えられなかったじゃない。
…でも。
そうこれで良かった、これが良かった。
そうエルンスト殿下が思わせてくれたから。
だから…
「そうですね、これで良かったんですよね。」
と笑って言える。
会場ではリンクス侯爵夫妻が温かく私達を待っていてくれた。
「マヌエラ、お疲れ様。」
その言葉で、ラウール様の事をみんなが知っていたことに気付かされた。
「レイチェル様、今後何かあれば直ぐにクラリーチェ様に報告なさい。クラリーチェ様に言えない事はどうか私達どもに。」
「ありがとうございます。今後もどうかよろしくお願い致します。」
ワラワラと集まってきた貴族たちはチェスター殿下と奥様が軽くいなしてくれていた。
その陰で私とマヌエラ様は束の間のお喋りを楽しんでいた。
「…上の空ね、気になる?」
「そんな事は…ええ、やっぱり。」
「大丈夫よ、変な事にはならないわ。」
そうだとは思うけど。それでもやっぱり少し心配なんだから…仕方ないじゃない。
程なくしてラウール様が戻ってきて、すぐにマヌエラ様が駆け寄って行かれた。
一瞬だけ私を見た視線は、目の前のマヌエラ様に移っていく。
エル…は?
あっ、来た!
精悍な顔付きだけど、少し甘さのある瞳がすぐに私のことを見つけてくれた。
「エル!」
はしたないと言われようと構わなかった。
走ってエルのところに行く。
エルの首に両手を回して、固い胸に頬をくっつけて。
…愛してる、そう言いたかったのに。
「レーチェ…」
「きゃあー!」
抱きしめ返してくれるかと思っていたのに、エルは私の脇と膝の裏にそれぞれ腕を入れると、一気に私を持ち上げた。
「レーチェ…。」
どこか泣き出してしまいそうな瞳で、不安そうに私の名前を読んだ。
「お話しは、終わったの?」
「うん…多分。」
「そう、お疲れ様。…ありがとう。」
そっと右手をエルの頬に伸ばした。
「愛してるわ、エル。あのね、私は自分で決めたの。
もうそれしかない一本道だからずっと側にいさせてくれる?」
「…レーチェ。もちろん俺もずっと側にいさせてくれる?」
「もちろん。」
「ごめん…俺は…。」
「何も謝る事なんかないわ。
きっと違う道はたくさんあった、私だけじゃなくて、エルにも。でもそれ以外きっと見たくなかったから見ないフリしてただけ。
私は選んで今、ここにいるから。」
不安そうな表情がパッと緩んだ温かいものに変わって…。
「ねえ、もう一曲踊ってくれる?」
「もちろん。」
そう答えると、エルは私を抱き上げたまま広間の中央に歩いて行った。
曲が流れる。
「ねえ、降ろしてくれないと踊れないんだけど。」
「たまにはこのままだって良いじゃないか。」
…いや、良くないと思うけど?
それでもエルはしばらく私を抱いたままクルクルと周り続ける。
「やっぱり降ろして。ちゃんとダンスがしたいわ。」
「ちゃんと?」
「そう、きちんとあなたを見て、あなたの手を取って、自分で立って踊りたいわ。…エルと。」
ようやく降ろしてもらえた。
これを私達のファーストダンスにしよう。
温かくて優しいリード、厚い胸板に銀のブローチ。
見上げた先には、少し甘めの大きな瞳を持った、精悍な顔つきの。
バカで間抜けで、ちょっぴり嘘つきだけど…。
そんなところも慈しめる、最愛の人。
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