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オマケ
お披露目1
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キッテンの新年は冬至を大晦日とし、その翌日から5日間を新年の祝いの期間と定めている。
だけど今年はそれが7日間に延ばされた。
例年通りに新年祝賀のイベントを粛々と済ませた後、大公子息であり公爵でもあるエルンスト殿下の結婚のお披露目会が行われる事になったからだ。
新年新月の6日、雪にも関わらず、早朝から街は賑やかだった。
エルンスト殿下の結婚に纏わる様々な儀典は、王太子の婚約から結婚の儀典と重なり、またレイチェル妃殿下の体調も考慮され、全てが非公開とされてきたため、2人に直接お祝いを申し上げられる唯一の場で、その晴れ姿を一目見ようと国民達が国中から集まっていた。
昼前に城で王族と準王族によって儀が行われた後、エルンスト殿下とレイチェル妃殿下が揃ってバルコニーにお姿を現す。馬車に乗って街をパレードしつつ、大聖堂にて新しく王族となったレイチェル妃殿下に国教会から使徒の位が授けられる予定だ。
残念なことに、当のレイチェルはその殆どが直前か事後の報告ばかりで、中にはいつやったのか知らないし、どれがそれに当たっていたのかもよくわからないものもある始末。
人生の大きな節目だというのに、残すはお披露目のみとなっていた。
唯一、国民の前にエルンストの晴れ姿を立たせてあげられるのは、その日だけ。
その日に向けてレイチェルは万全の準備をしていた…はずだった。
「ふー、ふー、うっ!」
床に甕を抱えて蹲り、全く動けなくなっているのは今日の主役の1人であるレイチェルだ。
その側には侍女のエッタ、そしてもう1人の主役のエルンストがいるが、レイチェルには2人を慮る余裕なんてどこにもなかった。
もう吐き出せるものは胃袋の中には一滴も残ってはいないはずなのに、この甕が手放せない。
「お口濯がれますか?」
「…無理。」
「お背中摩りますか?」
「うっ!…ごめ…やめて…。」
「レイチェル様、失礼しますね。」
エッタがドレスの合わせの紐を緩めていく。
「やっぱりこのドレスは…お止めになられた方が。」
「…だって…。」
エッタの言い分はわかっているの、頭ではね。
けれど、このドレスはクラリーチェ様が着た花嫁衣装をレイチェルのサイズに合わせてエッタが徹夜で直してくれたもの、あの突貫結婚式でも着た思い出のドレスなの!
「…悔しい。なんでこんな時に…。」
ポロリと一筋の涙が溢れる。
そして、
「うっ!やっぱり…無理。」
込み上げる吐き気に抗えず、レイチェルは今日はもう幾度目か、数えるのも面倒な程、胃の中のものを吐き出し続けている。
もう既に予定の時刻はとっくに過ぎている。
それなのにレイチェルは今だに自室から外に出られずにいた。
「やっと、やっとこの日が来たのに…なんで。」
あまりの悔しさに涙が溢れる。
レイチェルはステファンとの婚約の発表を国王陛下のスケジュールで僅か数日ずらした。その結果ステファンとは婚約が白紙になり、立場は二転三転コロコロと転がり続け苦しい日々を耐え忍ぶ事になった。
でもそれはいい、もう過ぎた事だ。
ようやくエルンスト殿下とすったもんだの挙げ句に今の暮らしに落ち着いた。
しかし婚約の披露目はしてないし、結婚式でさえも限られた家族のみの前。
陛下がエルンスト殿下の結婚の報せを国民に向けて出した時、自分達は領地から王都に戻る馬車に揺られていた。
エルンストはその身分ならステファン王太子にも負けないほど大々的な祝典の儀式を行なって貰えるはずなのに。
私なんかを救済しようとしたばっかりに、引かされたのはまさに貧乏クジとしか言えず…。
婚約や結婚に際して唯一行われるはずのお披露目のパレードだった。
しっかりとお努めを果たして、エルンストの凛々しい姿を国民の前に立たせてあげなきゃならないのに。
妊娠、そして悪阻…。
しかもこの数日は特に酷い。
「レーチエ、やっぱり今日は止めよう?
顔色も悪いし、手も冷たい。
こんな日に外に出て幌無し馬車に乗るなんて無理だ。」
「嫌ぁ。大丈夫…です。もう何も吐けないから。」
「…それだから無理なんだって!」
このやり取りも今日はもう何回目かしら?
またエッタにドレスの紐を締めてもらって、崩れた化粧を直して、乱れた髪を結い直して。
少し歩いて王様に挨拶して馬車に乗り込んでしまえば済むのに。
そのあと少しが出来ない…。
レイチェルは自身の情けなさに涙が出てくる。
エルの晴れ姿なのに…私が足を引っ張ってる。
それがなんとも悲しいし、悔しい。
だけど今年はそれが7日間に延ばされた。
例年通りに新年祝賀のイベントを粛々と済ませた後、大公子息であり公爵でもあるエルンスト殿下の結婚のお披露目会が行われる事になったからだ。
新年新月の6日、雪にも関わらず、早朝から街は賑やかだった。
エルンスト殿下の結婚に纏わる様々な儀典は、王太子の婚約から結婚の儀典と重なり、またレイチェル妃殿下の体調も考慮され、全てが非公開とされてきたため、2人に直接お祝いを申し上げられる唯一の場で、その晴れ姿を一目見ようと国民達が国中から集まっていた。
昼前に城で王族と準王族によって儀が行われた後、エルンスト殿下とレイチェル妃殿下が揃ってバルコニーにお姿を現す。馬車に乗って街をパレードしつつ、大聖堂にて新しく王族となったレイチェル妃殿下に国教会から使徒の位が授けられる予定だ。
残念なことに、当のレイチェルはその殆どが直前か事後の報告ばかりで、中にはいつやったのか知らないし、どれがそれに当たっていたのかもよくわからないものもある始末。
人生の大きな節目だというのに、残すはお披露目のみとなっていた。
唯一、国民の前にエルンストの晴れ姿を立たせてあげられるのは、その日だけ。
その日に向けてレイチェルは万全の準備をしていた…はずだった。
「ふー、ふー、うっ!」
床に甕を抱えて蹲り、全く動けなくなっているのは今日の主役の1人であるレイチェルだ。
その側には侍女のエッタ、そしてもう1人の主役のエルンストがいるが、レイチェルには2人を慮る余裕なんてどこにもなかった。
もう吐き出せるものは胃袋の中には一滴も残ってはいないはずなのに、この甕が手放せない。
「お口濯がれますか?」
「…無理。」
「お背中摩りますか?」
「うっ!…ごめ…やめて…。」
「レイチェル様、失礼しますね。」
エッタがドレスの合わせの紐を緩めていく。
「やっぱりこのドレスは…お止めになられた方が。」
「…だって…。」
エッタの言い分はわかっているの、頭ではね。
けれど、このドレスはクラリーチェ様が着た花嫁衣装をレイチェルのサイズに合わせてエッタが徹夜で直してくれたもの、あの突貫結婚式でも着た思い出のドレスなの!
「…悔しい。なんでこんな時に…。」
ポロリと一筋の涙が溢れる。
そして、
「うっ!やっぱり…無理。」
込み上げる吐き気に抗えず、レイチェルは今日はもう幾度目か、数えるのも面倒な程、胃の中のものを吐き出し続けている。
もう既に予定の時刻はとっくに過ぎている。
それなのにレイチェルは今だに自室から外に出られずにいた。
「やっと、やっとこの日が来たのに…なんで。」
あまりの悔しさに涙が溢れる。
レイチェルはステファンとの婚約の発表を国王陛下のスケジュールで僅か数日ずらした。その結果ステファンとは婚約が白紙になり、立場は二転三転コロコロと転がり続け苦しい日々を耐え忍ぶ事になった。
でもそれはいい、もう過ぎた事だ。
ようやくエルンスト殿下とすったもんだの挙げ句に今の暮らしに落ち着いた。
しかし婚約の披露目はしてないし、結婚式でさえも限られた家族のみの前。
陛下がエルンスト殿下の結婚の報せを国民に向けて出した時、自分達は領地から王都に戻る馬車に揺られていた。
エルンストはその身分ならステファン王太子にも負けないほど大々的な祝典の儀式を行なって貰えるはずなのに。
私なんかを救済しようとしたばっかりに、引かされたのはまさに貧乏クジとしか言えず…。
婚約や結婚に際して唯一行われるはずのお披露目のパレードだった。
しっかりとお努めを果たして、エルンストの凛々しい姿を国民の前に立たせてあげなきゃならないのに。
妊娠、そして悪阻…。
しかもこの数日は特に酷い。
「レーチエ、やっぱり今日は止めよう?
顔色も悪いし、手も冷たい。
こんな日に外に出て幌無し馬車に乗るなんて無理だ。」
「嫌ぁ。大丈夫…です。もう何も吐けないから。」
「…それだから無理なんだって!」
このやり取りも今日はもう何回目かしら?
またエッタにドレスの紐を締めてもらって、崩れた化粧を直して、乱れた髪を結い直して。
少し歩いて王様に挨拶して馬車に乗り込んでしまえば済むのに。
そのあと少しが出来ない…。
レイチェルは自身の情けなさに涙が出てくる。
エルの晴れ姿なのに…私が足を引っ張ってる。
それがなんとも悲しいし、悔しい。
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