修道院に行きたいんです

枝豆

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オマケ

ピアノ1

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伯爵家で生まれ育った私がお城に持ち込んだ物はそんなに多くはない。けれどもひとつだけどうしてもとお願いして持ち込んだのがピアノだった。

このピアノが運ばれてきた時、あまりの古さにカトリーナ様やクラリーチェ様は眉を顰められた。
ブリトーニャに至っては、
「はっ?趣味が悪い。」
と言い捨てた。

確かに古いピアノだ。貴族の女性が持つピアノは表面に塗りや細工を施し、美しい家具の一つとして周りの調度品に揃える事が多い。

少し無骨な焦げ茶色に塗り潰されたこのピアノはところどころ塗装は剥げ落ちてしまっているが、奏でる音はとても素晴らしい。
そして私にとっては見た目以上の価値がこのピアノにはある。

「これ、随分年季が入っているよね。手直しするかい?それともいっそ新しいのに買い替える?」
ピアノを見たエルはそっと蓋を開けて黄ばんだ白鍵をポンっとひとつ叩いた。

「できればそのままで。それは借り物なんです。」
「だったらメンテナンスは誰かに任せて、レーチェのは別に買おうか。」
「でも…。いいえ、出来れば手元に置いていたいんです。」

王城にはそぐわない見苦しいものなのは承知している。けれど私室に置いて音を出してあげたい。使わなくなったピアノはあっという間に音が狂いだす。
たった1年離れていただけでも、その兆候は顕著に見て取れた。

歯切れの悪い私の表情からエルは何かを察したようだ。

「大切にしたいんだね、それか言いにくい謂れがあるのかな。ごめん、無神経だった、今のことは忘れて。」
そう優しい言葉を掛けたエルはまたポンっとひとつ鍵盤を叩いてから静かに蓋を閉じた。

言いにくい謂れなんかじゃ無い。ただ世の人全てに受け入れてはもらえないんじゃないか?と思う話だった。
大切にしたいとは思う。いつか返せるその日までは。
ただその日が来るとはもはや思えない。
だったらせめていつか朽ち果てるその日までは約束を守りたい。

けれど、ふと思った。
エルは?エルならきっとわかってくれるんじゃないかな?って。
そう思ったら黙っていられなくなってしまった。

「そのピアノ、私の師匠のものなんです。」
「師匠?ピアノの?」
「ええ。」

私が6歳でピアノを習い始めた時、父が私の先生と決めたのは、小さな家でひとりでひっそりと暮らしているご婦人だった。

カメリアという私の師匠は元は王都の歌劇場でピアノを弾いて歌を歌っていたらしい。
歳をとり引退してからは街の子供達にピアノを教えて暮らしていた。
父が市井に暮らす女性を私の師匠にしたのは、その婦人の身を案じていたからだと思う。

かつてはとても美しかったと思われるご婦人は年数を重ねてしまったけれど、ピアノの腕は絶品で、教え方も優しかった。少し弾けただけでまるで私が天才であるかのように褒めてくれた。
私はその師匠の褒め言葉に上手く乗せられて、ピアノのレッスンにのめり込み、師匠と過ごす時間に幸福を感じていた。

しかしある日突然レッスンは打ち切られた。
その時はただ家を引き払うからとしか言われなかった。そして、
「レーチェ、このピアノ預かってくれない?」
と頼まれたのだ。

えっ!?と思った。
突然の別れにも驚いたけれど、師匠がピアノを手放すという事にただ驚いた。

「次に行くところにはピアノは持っては行けないの、だから…。このままここに残していっても捨てられるか壊されるか…。
大切にしたいの、これが私の全てだから。」

優しい師匠の頼み、もちろん私はそれを引き受けた。
ピアノを移動させる時、いつか必ず取りに来て欲しい、それまで大切に持っているから。
そうお願いして、私達はそれきりになった。

それから私は師匠を思い出すために毎日ピアノに向かった。
師匠ならこう言うだろう、師匠ならこう弾かせるだろうと、想像してピアノに向かう。
弾き続ける時間に比例して私のピアノの技術は向上していったのだ。
面と向かって指導されなくても、変わらず私の師匠はカメリアただひとりだった。
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