若松2D協奏曲

枝豆

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恋するクリスマス 

キャンドルミサ

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厳かなパイプオルガンの調べと聖歌隊のコーラスに見送られて、チャペルを後にする。
手には出口で渡された小さなガラスの器。温かいオレンジ色に揺らめく炎を大切に掌で包む。

清心音大の最後の最後のイベントはこの聖列だ。
参加者みんなでキャンドルを持って、列を作って練り歩く。

…行き先は特に決まってはいない。
本体の列はそのまま門へ向かって歩いて、敷地を出る時に容器を返却する。

だけれども。本体の列を離れて思い思いのところに進んで行ってもいい。
SNSで見る限り、人気があると思われる場所がいくつかある。
建物内に入る時に炎を消せばオッケー。

疾風くん待ってるし、寄り道はしないで門へ行こう。
外警備している了先輩にだけ挨拶して…。

そう思ったのに。

あれ?疾風くん…?

了先輩の隣に立っていたのは疾風くん。
手にはキャンドルの器を持って…。

疾風くんは人差し指を唇の前に立てて、列の私の前に入ってきた。
チラリと了先輩を見ると、ウィンクして手をヒラヒラと振ってくれた。

(メリークリスマス)
了先輩の唇が声を出さずに動いた。

…ありがとうございます。
ペコリと会釈だけして疾風くんの後に付いて行く。

疾風くんはそーっと列から離れて、敷地の奥へと歩いて行く。

「ビックリしたよ、了先輩と知り合いだった?」
「ううん、ちゃんと話したのは初めて。」
ふーん、そうなんだ。

私を迎えに来て、警備をしている先輩と会って。
私の指導先輩だった了先輩は疾風くんの顔をなんとなく覚えていらしく。

「翠携帯の電源落としたままだし、行き違いにならないようにここに居て良いって言ってくれて…。」

あっ!忘れてた。

「そしたら先輩がコレ渡してくれて。少し歩いてから帰れば?って。雰囲気良いところあるんだってさ。」
「良いところ?」
「なんかさ、どこかのサークルがイルミネーション飾ったって。池?みたいな。」

うん、知ってる。SNSで見たもの。

だけど疾風くんは途中で道を変えた。

「池、あっちだよ。」
「なんかこっちの方が良いみたい。」

2つの揺らめく炎を大切そうに抱えて、舗道を歩いて行く。
道はそのまま行き止まりになった。
ベンチがひとつ、崖の向こうを向いて座る様に置いてある。

「ほら、下見て。」

う、わあー。

池を見下ろせる高台。
イルミネーションは池の周りをハートの形に囲っていた。

「そっか、池のほとりだとハートってわからないんだ。」
「そうみたいだね。」

2人でベンチに腰掛けて、イルミネーションを見下ろした。

「…これ。」

疾風くんが取り出したのは小さな包み。
可愛らいリボンが掛かっている。

「これ…。」
「クリスマスだから。」
「ありがとう、開けていい?」

キャンドルをベンチに置いて、リボンを解く。

赤い包装紙を丁寧に剥いて、出て来たのは小さな白い箱。

そっと箱を開けた。

「わっ、可愛い。」

それはパールがついたバレッタだった。
細い銀をリボンを結んだみたいに形作って、1箇所パールが揺れる様に付いていて。

「なんか高そうなんだけど。」
「そうでもないよ。」
「ありがとう。」

「付けて見せて。」
と疾風くんが言うから…。
「付けて。」
と頼んだ。

後ろ向いて、と言われて素直に後ろを向いた。

疾風くんが下ろしていた私の髪を纏め始める。
冷たい指が首もとをくすぐる。

「ずっと外にいたんじゃ寒かったね。」
「そんな事ないよ。先輩、カイロくれたし。」

あっ、あのカイロ…かな?

バチンっと音がして頭にバレッタの重みを感じる。

露わになった首筋に冷たい風が当たる。

「首出すと寒いね。」
言わなくて良い事を言っちゃった、と思った瞬間。

暖かい何かが首を覆う。

疾風くんの腕だった。
背中からギュッと包み込まれた。

「寒くない?」
「うん、寒くない。」

「高校生らしく、ってなんだろうね。」
「ふふふ、なにそれ?」
「ましろさんに言われた。高校生らしいお付き合いを、って。」
「…やだな、お父さん。ホントになんだろうね。」

胸の辺りで交差してる疾風くんの手の甲にそっと触れた。

「やっぱり、手冷たいよ。」
「頬は?」

すりすりっと疾風くんの頬がわたしの頬にくっつけられる。
「うん、冷たい…。」

冷たいけど、おかしいな、頬が熱い気がするから、なんか不思議…。

「…翠。」

何?って少し顔を背後に向けた。

チュ、と唇が当たる音がする。

「高校生、もう限界?」
そう聞いてくるから、
「まだセーフ…と思う。」
と答えたら。

くるり、と身体ごと疾風くんに向かされて。

もう一度、チュッと今度は唇に…。

「ああ、怒られるかな。」
っていうから。

…大丈夫。内緒にしておけば、大丈夫。

と答えた。


「あのね、私からも。」
バッグから出されたのは手の平に乗るくらいのギュッと巾着袋に詰め込まれた、そのダウンの生地の…。
「…寝袋みたい。」
「…ちょっと酷い!」
「あっ、ごめっ。」

巾着の紐を解いて、中を取り出す。

ボワっ。

小さく丸め込まれていた中身は、大きく膨らんだ。

「ダウンマフラー?」
「うん。」

白いマフラーをクルリと首に巻く。
ツルツルの生地の冷たさは一瞬で無くなって、じんわりと温かくなってくる。

「ありがとう。」
「どういたしまして。」

もう一度ギュッと翠を抱きしめようとしたら、携帯が着信音を奏でる。

あー、この音は。

「はい、和津です。」
「和津くん!翠は?翠とは会えた!?翠携帯OFFのままなんだけど…。」

「お父さん?」
横で翠が聞いてくるから、うんと首を振ったら…。

翠が携帯をするりと取り上げて、
「メリークリスマス。邪魔しないで。」
というと、そのまま通話を切っちゃった!

うわ、翠!何やらかした。
「ごめんね、変なお父さんで。」
いや、そっちは良いんだけど。
俺が…まっ、いいか。
翠と合流したのは伝わってるし、後でちゃんと謝ろう。

また携帯が鳴る。
翠がそのまま通話を切って、今度はしっかりと電源をOFFに…。

「行こっ。近くでも見たい。」
「うん。」

差し出された手をしっかりと握った。





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