若松2D協奏曲

枝豆

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trick or treat 花音

買う人は買う

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ハロウィンのイベントの最中とあって、ワークショップに参加した人はかなり多かった。
だけど…。
やっぱり本体を買ってくれる人は少ない。

初日、最初のワークショップで売れたのはわずかに1台。金型は全てクリスマスのもの。

それでも店長の大和さんは
「良かった、0かと思ってた。」
とご機嫌だ。
「もっと売れた方がいいんじゃないですか?」
と聞いても、そんなことないよ、と。


本体だけじゃなくて、金型、クラフトペーパー、マスキングテープ
…。関連する自社の商品は山のようにあるから。
きっかけのひとつになってくれたら良いんですよ。
横で話を聞いていたメーカーから来た講師さんがそう教えてくれた。

「本社に連絡入れてくる。」
と大和さんが事務所に向かうと、講師さんとカット台に2人きりになった。
正野さんは向こうのほうでお客様に聞かれたマーメイド紙の在庫を調べている。

「伊佐さんお疲れさま、ねぇ、休憩行きませんか?奢りますよー。」
「えっ!?それは悪いですよー。それにまだ休憩時間じゃないし。」
「えっ!?今日伊佐さん僕の助手ですよね。打ち合わせも兼ねてますし。店長さんにも好きにして良いと言われてますし。
何より休憩室、使えないんですよね?」

あっ!

どうしよう…。

ひとりでお店に入ってご飯を食べるくらいなら、食べなくってもいっかぁ、今日は天気もいいし、コンビニでお弁当でも買って公園とかで食べたらいっか、くらいにしか考えていなかった。

「僕、こう見えて、東美大なんです。何か聞きたいことがあれば、お答えしますよ。」

えっ?東京美術大学は私立美大のAランク。
そりゃ、藝大みたいな国公立がいいけれど、私大ならソコ…くらいには狙っている。
若松からの推薦の枠はひとつしかない。
同級生を押し退けてそこに通える保証はなく、一般での受験も当然視野に入ってはいる。

「大和さんもひとつ仕事を片付けたら合流することになってます。だから大丈夫ですよ、先に行って待ってましょう。」

さあさあ、とスルスルとエプロンを外されて、行こう行こう、と腕を取られたまま階段を駆け下りられてしまった。

あっ!スマホ。お財布も。
何にも持ってない事を、もうお店から随分離れてしまってから思い出した。

…大和さん気付いて持ってきてくれないかな?
最悪お金は大和さんに立て替えてもらって、お店に帰ったら払えばいいか。

連れて行かれたのは個室の居酒屋さん。
ランチも出しているだけで、店の作りは飲み屋さん。

こういうところは初めて。
講師さんは手慣れた様子で、私が脱いだ靴を手早く鍵付きのロッカーに入れてくれた。
鉄の板を抜き差しするだけの簡単な鍵だ。

「あっ、すみません。鍵を…。」
出した手はやんわりと下げられた。
「どうせ一緒に戻るんです。僕が一緒に持ってますよ。
短時間で無くしたりどこに入れたかわからなくなっちゃう人結構多いんです。ここに入れておきますから。」

講師さんは2つの鍵の板をスーツの胸ポケットにサッと仕舞ってしまう。

通された部屋は掘りごたつになっていて、私は奥の席をどうぞと勧められて座らされた。

「何、食べますか?」
広げられたランチメニューは5種類の定食。
居酒屋さんらしく、刺身、焼き魚、唐揚げ、焼肉、麺。

「好きなの選んでください、僕払いますんで。経費ですよ、経費。だから気にしないで、ささっ、どうぞ。」

さすがにここまで来たら諦める。せっかくだから楽しもう。

「じゃあ…、唐揚げ定食を。」

講師さんはテーブル脇のタッチパネルで注文を済ませると、

「じゃあ、伊佐さん。少しお喋りしましょうか。」
と、私の隣に移動して来た。
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