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半年間の真実
繋がった心…
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翌日。
少し遅めに起きた北斗とトワは、ルームサービスでモーニングを注文して部屋で一緒に食べた。
温かい珈琲のいい香りに包まれ、フンワリしたパンで作られた卵入りサンドウィッチと美味しそうなウィンナーと新鮮な野菜サラダ。
シンプルなモーニングだが、2人で食べるととても美味しくて。
トワはこんなに穏やかな朝食を食べるのは、何年ぶりだろうか? と思った。
「やっと願いが叶ったよ」
「え? 」
北斗は珈琲を飲みながらトワを見つめニコっと微笑んだ。
「ずっと、こうしてトワと一緒に朝を迎えたいって思っていたんだ。でも、トワはいつも何かを内に秘めていたからもっとハートが向き合ってからじゃないとって思っていて。それでも、冗談で一度ホテルに誘った事覚えているか? 」
「はい、あの時は正直ドキッとしました」
「あの時、半分は本気だったんだけどな。でも、冗談みたいな誘い方したから失礼だと思ったんだ」
「そうだったのですね…」
「俺、あの初めて会った雨宿りの時。運命ってこのことかな? って思ったんだ」
「私もすごく嬉しかったです。急な雨で濡れてしまって、ちょっと寒いなって感じていた時に。すごく素敵な人が声をかけてくれて、夢を見ているようで…。でも、あの大手企業宗田ホールディングの息子様と知って。近づいてはいけないって思ったんです」
「俺は父さんがどうであっても、何も変わらないって言ったけどね。もう会えないかな? って思っていたら、偶然駅でまた会えた時はとっても嬉しかったよ」
「あの時はどうしたらいいのか、正直判らなくて…。何となく付き合う形になってしまって。でも、この事は公にしてはいけないってずっと思っていたので…。いつかこの関係は、終わらせなくてはいけないって思っていたので…」
北斗はそっとトワの隣に座った。
「言えない事も人にはあるからな。トワは怖かったんだろう? お父さんみたいに、巻き込んでしまう事が」
「はい…。それ故に、私が家族を絶対に守らなくてはいけないって思い込んでいました」
辛かったね…。
そう思って北斗はトワをギュッと抱きしめた。
「ごめんな。もっとこうして、トワと向き合っていたらあの事故の時だって、トワが逃げる事なかったんだよな」
「いえ、それは私が勝手にしたことなので…」
「そうだけど、俺は幸弥兄さんに調べてもらうまで。トワの事何も知らなかったんだって、思って…。着もchばかり膨らんで、トワが何者でもいいって俺は思っていたから。…刑事だっったのは驚いたけど、俺が心から愛した人に間違いはないってそれだけは確信できたよ」
ギュッと抱きしめた北斗から鼓動が伝わってきて、その行動を感じるとトワはとてもホッとした気持ちになれる。
事故から半年、ずっと未希を逮捕する事を考え母と姉の敵を討つ事しか見ていなかったトワは、こうしてホッとした気持ちを感じる事も悪くないと思った。
「幸弥兄さんが調べてくれたのは、トワの過去だけで、現在は、全く分からないって言われたんだ」
「…たぶん…。私が、早杉家に養女に行ったからだと思います。戸籍の閲覧にも制限をかけてもらっていたので、本当に近い身内でも知る事が出来なくなっていたから」
「そっか。じゃあ、あの人は義理のお父さんになるんだな? 」
「母の弟何です。めったに会う事がなくて、母と姉のお葬式の時に初めて顔を合わせて話せた人で。このままじゃ危ないから、家はお爺さんが代議士でSPも着いているから安全だから。養女においでと言われました…」
「それで分からなかったんだな。でも良かった、トワを護ってくれる人がいて。…守ってくれる人が居たから、俺はこうしてまたトワに会うことが出来たんだ」
優しく頭を撫でてくれる北斗…。
その手は大きくて、とても暖かい…。
まるでお父さんの手のように感じる。
「もういいから、何も心配するな。俺は、そう簡単に死んだりしない。あの事故で、記憶なくしてもバッチリ思い出せたくらいだ。いざとなれば、俺もSPくらい雇うし。もう二度と、不安にさせたりしないからな」
「…はい…」
トワは嬉しくて胸がいっぱいになり、小さく答える事しかできなかった…。
10時を回る頃にチェックアウトして、北斗の家に向かう事にした。
今日は秋斗も茜も特別な予定はなく、いつでも会いに来ていいと言ってくれた。
タワーマンションに向かう途中。
北斗はいつも利用している美容院に寄った。
腕のいい美容師に、トワの髪を切ってもらう事にした。
ショートにしているトワの髪だが、前髪が伸びすぎてボサボサになっていた。
髪を伸ばすかどうかは決めていないトワ。
美容師に任せてカットしてもらう事にした。
1時間ほどして。
髪をカットしてもらったトワを見て、北斗は見惚れてしまった。
ショートにしていた髪は、ショートボブまで伸びていて前髪は目がハッキリ見えるように綺麗にカットしてもらった。
少しだけメイクもしてもらって、いつもかけている眼鏡を外すと、あの写真のトワよりもずっと可愛くなった。
とてもご機嫌になり美容室を出た北斗とトワは、そのままタワーマンションへ向かった。
その頃社長室では、秋斗と茜が、北斗がトワを連れてくるのを待っていた。
秋斗はなんだか落ち着かないのか、窓の外ばかり見ていた。
タワーマンションの上から見ても、地上の人は小さく良く見えない。
その為、双眼鏡を用意していた秋斗。
何度も覗いている秋斗を見て、茜は思わず笑ってしまった。
「もう、秋斗ったら何ソワソワしているの? 」
「だって早く会いたいじゃないか、北斗が選んだ人だよ」
「そんなに慌てなくても、ちゃんと来てくれるわよ」
「でも、何度も家の近くまで来て嫌がっていたのを見てたから。なんか、嫌われちゃっているのかな? って思っていたんだ」
「そうじゃないわよ。ちょっと臆病なんだけよ、なんとなく気持ち解るわ。…あの時のあの子なら。とっても純粋な子だもの」
「うん、そうだね」
秋斗と茜が話をしていると、内線が鳴った。
「はい…ああ、そのまま通して構わないよ」
内線を切って、秋斗は茜に笑いかけた。
しばらくすると。
コンコン。
ノックの音がすると、秋斗と茜はドアを開けた。
「お帰り北斗」
「ただいま、ごめん急に外泊して」
「全然構わないわ」
北斗がトワを連れて入って来た。
トワは少し戸惑い気味に会釈をした。
「初めまして…ではありませんが。早杉トワと申します」
「いらっしゃい、トワさん。よく来てくれたね」
秋斗はトワに右手を差し出した。
しかしトワは義手である右手を出すことをためらった。
「大丈夫だよ、ちゃんとトワさんの右手に触らせてね」
そう言って、秋斗はトワの右手を握った。
握られたトワの右手は、手袋をはめていても触れると義手であることが解る。
秋斗はトワの右手を握ると、目が潤んだ。
「トワさん、やっと会うことが出来たね。ずっと待っていたよ、北斗が連れてきてくれる日をね」
「え? ご存知だったのですか? 」
「ああ、知っていたよ。子供の事だよ、知っていても知らないふりをして見守る事も必要だから。北斗がトワさんを連れてきてくれる日まで、待っていようって思っていたんだ」
北斗さんと同じ…とっても余裕がある人だ。
やはり大手企業の社長だけあって、寛大な心を持っているのかな?
秋斗の優しい目を見ると、トワの目が潤んだ。
「トワさん、初めまして。北斗の母、茜です」
トワは茜を見た。
北斗に似ている顔立ちの茜を見ると、なんだかホッとする…。
トワが茜に見惚れていると、ギュッと抱きしめられた。
抱きしめてくれた茜の温もりは、北斗と同じ感じがしてホッとさせられる。
「トワさん、有難う。北斗の婚約を止めてくれて。あのまま婚約していたら、大変な事になっていたわ」
「…すみません。本当は、前日までにと思っていたのですが。…逮捕状が降りなくて、あの場になってしまったのです…」
「いいの、いいの。もう気にしないで、貴女なら大歓迎よ」
言いながら茜はトワをソファーへと招いた。
ソファーに座って、秋斗と茜、北斗とトワを囲んで他愛ない話が始まる。
「そうなんだ、トワさんお父さんは警察署長だったのか」
「はい、母は昔検事だったのですが。結婚して退職してからは、ずっと専業主婦でした」
「とっても優秀な家系なんだね」
「亡くなった姉も、母と同じ検事になりたくて検察官になりました。私は、そこまで能力もないので、やっとの思いで警察官になったのですが…」
「何言っているの。お父さんと同じ道を目指して、頑張っているんじゃないの。でも、結婚したら警察官はもう辞めるの? 」
尋ねられ、トワは北斗を見つめた。
北斗はそっと頷いた。
「…一応、今回の事件がひと段落したら退職する予定にしています。…右手が使えませんので…今でも、時々、周りの仲間に迷惑をかけていますから…」
「そうなのね。でも、できれば早く辞めた方が良いわ。もし仕事がしたいなら、私の事務所で働いてくれていいわよ。そろそろ、一人事務員を雇ってもいいかな? って思っていたところだったの」
「はい…。今の事件が終わるまでは、なんとか続けようと思っていますので。その時が来たら、お願いします」
秋斗は北斗を見た。
「北斗、この先どうしてゆくのか決めているのか? 」
「ああ、トワが落ち着いたら。来年、結婚式をあげようと思っているよ」
え? と、トワは北斗見た。
結婚の話なんてまだしていなかったけど?
「まだ、お姉さんとお母さんの一周忌が過ぎていないから。おめでたい事は、控えたいと思うから」
「そうか。でも、結婚式は来年でも。入籍だけは、早く済ませておいた方がいいんじゃないのか? 」
「え? 」
なんで? と、北斗は秋斗を見た。
そんな北斗を見つめて、秋とはそっと微笑んだ。
入籍を先に住ませる事も悪くないか、結婚式はいつでもできるし。
俺も入籍してくれてた方が安心するしなぁ。
「とりあえず、私達は北斗とトワさんの結婚に反対しないから。後は2人で話し合って、お互いがベストなタイミングで進んでいけるようにしてね」
「わかったよ、母さん」
「トワさんの身内の方は誰もいないのかい? 」
秋斗に尋ねられると、トワはちょっと目を伏せた。
「父方の親戚は、父が殺された事で私達一家とは無縁になってしまいました。母方の親戚は、母の弟が1人います。私は今、母の弟である伯父の家に、養女として引き取られています」
「それなら、ちゃんとご挨拶しておかなくちゃならないね」
「トワさんの伯父さんは、どんな人なの? 」
「伯父は、鉄道員で新幹線の運転手です」
「運転手さん? カッコいいのね」
「でも、ちょっと変わっている人なんです」
「変わっているの? 」
「はい。大学時代ずっと、海外で育っている人で、かなりフランクな人なんです」
「それはいいじゃない。親しみやすくて、安心だわ」
コンコン。
「失礼します。お客様にお飲み物を、お持ちしました」
受付の事務員がやって来た。
事務員はコーヒーを持ってきて、テーブルに置くとそのまま去って行った。
北斗はトワのコーヒーに砂糖とミルクを入れて、混ぜてくれた。
そして左手で取りやすいように置いてくれた。
「すみません…」
「このくらい気にしないでいいよ」
その後も他愛ない話をしながら、笑い声も響いて、すっかり秋斗も茜もトワを気に入ってしまった。
お昼を過ぎた頃。
トワと北斗は港のオープンカフェにやって来た。
カフェでくつろぎながら、北斗はトワに指輪の入った箱を渡した。
「順番が前後してごめん。これ、受け取ってほしい」
箱を見て、トワは驚いた目をした。
ちょっと戸惑いながら、箱を受け取り開けてみると。
中には輝くダイヤの指輪が入っていた。
「その指輪は、事故にあう前に買ったものだよ。トワの誕生日に、渡そうと思ってたんだけど。渡しそびれて、ごめん」
「こんな素敵な指輪、もらっていいんですか? 」
「勿論だ。受け取ってくれるか? 」
トワはそっと頷いた。
頷いたトワを見てホッとした北斗は、指輪ケースから指輪を手に取った。
「指輪の内側に、ちゃんと誓いの言葉を刻んでいたんだ。これを見て、ずっと忘れていた記憶が鮮明に戻って来たよ」
指輪の内側に刻まれている文字を見ると、トワの目が潤んだ。
北斗はトワの左手の中指にはめた。
少し大きい感じがしたが、しかり指にはまった。
「トワ。改めてだけど…俺と、結婚して下さい…」
やっとここでプロポーズなの? と、トワは何となく笑えてきた。
だが、北斗の目を見ていると素直に
「はい…」
とだけ、答えた。
満面の笑みを浮かべた北斗は、そのままトワをギュッと抱きしめた。
「俺が幸せにする。もう一人じゃないからな」
「…はい…」
胸がいっぱいでトワはもう何も言えなくなってしまった。
それから数日後。
未希の妊娠結果が届いた。
血液検査の結果、未希のお腹の子供と北斗とは親子関係は認められなかった。
その結果を見て、トワはホッとしていた。
妊娠の事実はあっても、北斗の子供ではなかった事を知らされ、未希はつきものが落ちたような顔をしていた。
「妊娠検査についての結果は、以上になります」
そう伝えたのはトワだった。
未希はトワを睨みつけた。
「貴女の妊娠検査の結果がどうであっても、罪を免れるわけではありません。2人の尊い命を奪い、身勝手な言い分で人を引き殺そうとした罪はとても重いです。貴女を殺人罪として、起訴します」
フン! と、笑いを浮かべた未希。
「死刑にでもなんにでも、好きにすればいいわ。…このお腹の子が…いつか、あんた達に復讐するわよ。産んでくれた、大切な母親に酷い事をしたってね。産まれてきた子供は、施設にでも送られるのかしら? 殺人犯の子供って、生まれた時から言われるのよねぇ。…酷い話よ…」
「もし、貴女が望むなら。今なら中絶の道もあると、医師から言われています」
「はぁ? この子を殺せって言うの? 」
「そうは言いません。ですが、貴女が「酷い」と言われたのでその道もあると、教えただけです」
不貞腐れた顔をして未希は何も言わなくなった。
未希の一件は県警へ書類が回され、あとは検察の管轄になる。
とりあえず、トワの役目はここで終わりになる。
取り調べが一息ついて、トワは休憩所に来た。
自販機でパックジュースを買って一息つくトワ。
ストローを取り出そうとしているトワだが、上手く取れないで苦戦していた。
「大丈夫ですか? 」
やって来たのは羽弥斗だった。
警察官の制服を着ている羽弥斗は、北斗と似ている。
背が高くスラっとしていて、警察官というよりどこかのアイドルっぽい感じがする。
「そのストロー取りにくいですよね」
そう言って、羽弥斗はストローをとってさしてあげた。
「はい、これで飲めますよね」
そう言って笑いかけてくれる羽弥斗の笑顔は、北斗とそっくり。
「有難うございます」
「いいえ、困っているときはお互い様ですから」
と、珈琲を買おうとして、羽弥斗がお金を入れようとしたとき。
「あ、待って」
トワは自販機にお金を入れた。
「助けてくれたお礼です。どうぞ」
「律儀なんですね、有難うございます」
羽弥斗は遠慮なくトワのお金で珈琲を買った。
選ぶ珈琲の種類も北斗と同じだった。
「僕、生活安全課の宗田羽弥斗って言います」
「宗田って、あの宗田ホールディングの? 」
「はい、僕の父が社長です」
「そうですか。私は、早杉トワです。刑事課にいます」
「早杉トワさん…? 」
羽弥斗はトワをじっと見つめた。
あまりにも見つめられて、トワは視線を落とした。
「綺麗な人ですね。・・・」
「なに言っているんですか? 」
「あ、すみません」
「助けて頂いて、有難うございました」
トワはその場から去って行った。
「あの人がトワさんか。兄貴が好きになるのも解るなぁ・・・」
去り行くトワを、羽弥斗はじっと見ていた。
その頃。
タワーマンション1階受付。
自動扉が開いて、黒い服に身と包んだ女性がつばの広い黒い帽子をかぶって入ってきた。
受付まで来ると。
サッと、刃渡り15センチはありそうなナイフを突きつけた。
「キャーッ! 」
悲鳴上げる受付嬢に、ナイフを振りかざす女性。
受付嬢は防犯ベルを鳴らした。
ベルが鳴り響くと周りにいた人たちが騒然となった。
女性はナイフを周囲に突き付けた。
怖がっている周囲にナイフを突きつけ、女性は帽子をとった。
女性の素顔は未希の母親の博美だった。
「社長をだしな! 社長を呼んで来い! 」
狂ったように叫んでいる博美。
警備員が駆け寄ってきて博美を押さえた。
「離せ! 社長呼んで来い! 娘の事めちゃめちゃにして、警察に売った社長呼んで来い!」
博美は叫び続けた。
騒ぎを聞いて、秋斗が社長室から降りてきた。
警備員に取り押さえられている博美は、秋斗を見ると睨みつけた。
「このひとでなし! 娘を警察に売って、私の人生もメチャメチャにしやがって! 」
とり押さえられながら、博美は秋斗に食って掛かろうとしている。
「あんたのせいで、私ら一家は借金地獄だよ! 娘を嫁にもらうって言いながら、簡単に捨てちまうなんて、どうかしているよ! 」
「園田さん。何を勘違いしているのですか? 」
秋斗が冷静な声で言った。
「騙していたのは、園田さんの方ではありませんか」
「はぁ? 何言ってんの? 」
「北斗を騙して、嘘をついていたのは園田さんの娘様ですよ。そして、北斗を車で引いたのも娘様じゃないですか。これは、ちゃんと報道もされています。こんな騒ぎを起こして、どうなさるのですか? よけいに立場が悪くなるだけですよ」
博美は何も言えなくなりギュッと口元を引き締めた。
遠くからサイレンの音が鳴り響いてきた。
「…なんてことなの? …私は…娘が結婚したら…あの人は私だけを見てくれると…思っただけなのに…」
愕然と肩を落とした博美の手から、ナイフが床に落ちた。
バタバタと走ってくる音がして、数名の警察官が入って来た。
警備員に捕らえられている博美を警察官が捕まえて、連れて行った。
秋斗はとりあえずホッとした。
警察が博美を連れて行って、騒ぎが収まり静けさを取り戻したのは日が沈む頃だった。
秋斗は社長室から夕陽を見ていた。
博美が警察に連れて行かれた後、秋斗宛に速達が届いた。
それは祐樹からだった。
文面には園田家の隠された事実が書かれていた。
(宗田社長。・・・娘の件で多大なご迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げます。お詫びをしても足らないくらいですが。我が家は非常に複雑で、娘も歪んでしまったのだと思われます。・・・娘は妻の連れ子です。再婚したのは10年前でした。妻は男癖が悪く私との結婚も5回目でした。娘はずっと妻の再婚につき合わされ、お父さんが5人もいると言っていました。しかし・・・再婚した時、娘は思春期で恋に目覚めていました。色々な男性と関係を持っていた娘ですが。恥ずかしながら、娘の本当に好きな相手は私でした。娘が二十歳を過ぎた頃から、親子以上の関係を持つようになってしまい。その関係は妻も気づいていました。なんとか断ち切らせようと、お見合いをさせていたのもありましたが。妻の憎悪が娘に向けられるようになり、それから逃げたくて、娘は北斗さんを追いかけたのだと思われます。・・・娘の逮捕後、妻は私にとても優しく甘えてきます。ですが、多額の借金を背負い私も限界を感じております。・・・お許しを頂けるとは思っていません。ただこれだけは言えます。娘も私も妻も幸せになりたかっただけだと。北斗さんの事故から半年あまり、娘は今まで見せたことがないくらい穏やかな顔をしておりました。きっと、北斗さんの優しさを受けて喜んでいたのだと思っています。・・・最後に、今回の事で大切なご子息様に大怪我をさせてしまった事と深い心の傷を負わせてしまった事を深くお詫びいたします。・・・園田祐樹・・・)
祐樹からの詫び状だった。
詫び状の内容から、園田家の歪んた親子関係が見えてきて秋斗はやるせない気持ちでいっぱいだった。
その後。
博美が逮捕され数日後。
祐樹が自宅で倒れているのが発見された。
睡眠薬を多量に飲んだらしく、発見が遅くそのまま死亡していた。
博美はその事実を聞いて何も言わなかった。
未希はあれから起訴されることが決まり、これから裁判が始まる。
お腹の子供は産むことを決めた。
その理由として…。
「この子は産みます。私がきっと、心から好きになった人の子供だからです」
と、未希は男性検察官に言った。
「その子の父親は誰ですか? 」
尋ねられると未希は今まで見せたことがない、優しい笑みを浮かべた。
「私が…高校生の時からずっと好きな人…。悲しいけど…好きな人でも結婚はできない人。…全くの他人だけど…戸籍上は、父親だから・・・」
そう答えた未希は初めて涙を流した。
「私に優しくしてくれた、初めての人だった…。でも、母の好きな人で夫。…嫌でも父親になってしまった人。でも、最後に私を受け入れてくれた。…だからこの子を授かったの。…ごめんね…犯罪者の子供になってしまって…」
涙を流した未希はどこか改心しているように見えた。
愛した人は父親だった。
戸籍上はそうでも未希からは他人の男。
気持ちは抑えられなかったようだ。
それ故にお金に走り、お金だけを見るようになったのかもしれない。
未希の起訴が決まった事で、トワは刑事を退職する事になった。
博美が襲撃して来た日。
北斗はトワに
「頼むから今すぐに刑事を辞めてくれ。トワに何かあったら、俺は生きていられない」
と言って頭を下げてお願いした。
トワは数日考えさせてほしいと言っていたが。
結局、退職する事を決めた。
少し遅めに起きた北斗とトワは、ルームサービスでモーニングを注文して部屋で一緒に食べた。
温かい珈琲のいい香りに包まれ、フンワリしたパンで作られた卵入りサンドウィッチと美味しそうなウィンナーと新鮮な野菜サラダ。
シンプルなモーニングだが、2人で食べるととても美味しくて。
トワはこんなに穏やかな朝食を食べるのは、何年ぶりだろうか? と思った。
「やっと願いが叶ったよ」
「え? 」
北斗は珈琲を飲みながらトワを見つめニコっと微笑んだ。
「ずっと、こうしてトワと一緒に朝を迎えたいって思っていたんだ。でも、トワはいつも何かを内に秘めていたからもっとハートが向き合ってからじゃないとって思っていて。それでも、冗談で一度ホテルに誘った事覚えているか? 」
「はい、あの時は正直ドキッとしました」
「あの時、半分は本気だったんだけどな。でも、冗談みたいな誘い方したから失礼だと思ったんだ」
「そうだったのですね…」
「俺、あの初めて会った雨宿りの時。運命ってこのことかな? って思ったんだ」
「私もすごく嬉しかったです。急な雨で濡れてしまって、ちょっと寒いなって感じていた時に。すごく素敵な人が声をかけてくれて、夢を見ているようで…。でも、あの大手企業宗田ホールディングの息子様と知って。近づいてはいけないって思ったんです」
「俺は父さんがどうであっても、何も変わらないって言ったけどね。もう会えないかな? って思っていたら、偶然駅でまた会えた時はとっても嬉しかったよ」
「あの時はどうしたらいいのか、正直判らなくて…。何となく付き合う形になってしまって。でも、この事は公にしてはいけないってずっと思っていたので…。いつかこの関係は、終わらせなくてはいけないって思っていたので…」
北斗はそっとトワの隣に座った。
「言えない事も人にはあるからな。トワは怖かったんだろう? お父さんみたいに、巻き込んでしまう事が」
「はい…。それ故に、私が家族を絶対に守らなくてはいけないって思い込んでいました」
辛かったね…。
そう思って北斗はトワをギュッと抱きしめた。
「ごめんな。もっとこうして、トワと向き合っていたらあの事故の時だって、トワが逃げる事なかったんだよな」
「いえ、それは私が勝手にしたことなので…」
「そうだけど、俺は幸弥兄さんに調べてもらうまで。トワの事何も知らなかったんだって、思って…。着もchばかり膨らんで、トワが何者でもいいって俺は思っていたから。…刑事だっったのは驚いたけど、俺が心から愛した人に間違いはないってそれだけは確信できたよ」
ギュッと抱きしめた北斗から鼓動が伝わってきて、その行動を感じるとトワはとてもホッとした気持ちになれる。
事故から半年、ずっと未希を逮捕する事を考え母と姉の敵を討つ事しか見ていなかったトワは、こうしてホッとした気持ちを感じる事も悪くないと思った。
「幸弥兄さんが調べてくれたのは、トワの過去だけで、現在は、全く分からないって言われたんだ」
「…たぶん…。私が、早杉家に養女に行ったからだと思います。戸籍の閲覧にも制限をかけてもらっていたので、本当に近い身内でも知る事が出来なくなっていたから」
「そっか。じゃあ、あの人は義理のお父さんになるんだな? 」
「母の弟何です。めったに会う事がなくて、母と姉のお葬式の時に初めて顔を合わせて話せた人で。このままじゃ危ないから、家はお爺さんが代議士でSPも着いているから安全だから。養女においでと言われました…」
「それで分からなかったんだな。でも良かった、トワを護ってくれる人がいて。…守ってくれる人が居たから、俺はこうしてまたトワに会うことが出来たんだ」
優しく頭を撫でてくれる北斗…。
その手は大きくて、とても暖かい…。
まるでお父さんの手のように感じる。
「もういいから、何も心配するな。俺は、そう簡単に死んだりしない。あの事故で、記憶なくしてもバッチリ思い出せたくらいだ。いざとなれば、俺もSPくらい雇うし。もう二度と、不安にさせたりしないからな」
「…はい…」
トワは嬉しくて胸がいっぱいになり、小さく答える事しかできなかった…。
10時を回る頃にチェックアウトして、北斗の家に向かう事にした。
今日は秋斗も茜も特別な予定はなく、いつでも会いに来ていいと言ってくれた。
タワーマンションに向かう途中。
北斗はいつも利用している美容院に寄った。
腕のいい美容師に、トワの髪を切ってもらう事にした。
ショートにしているトワの髪だが、前髪が伸びすぎてボサボサになっていた。
髪を伸ばすかどうかは決めていないトワ。
美容師に任せてカットしてもらう事にした。
1時間ほどして。
髪をカットしてもらったトワを見て、北斗は見惚れてしまった。
ショートにしていた髪は、ショートボブまで伸びていて前髪は目がハッキリ見えるように綺麗にカットしてもらった。
少しだけメイクもしてもらって、いつもかけている眼鏡を外すと、あの写真のトワよりもずっと可愛くなった。
とてもご機嫌になり美容室を出た北斗とトワは、そのままタワーマンションへ向かった。
その頃社長室では、秋斗と茜が、北斗がトワを連れてくるのを待っていた。
秋斗はなんだか落ち着かないのか、窓の外ばかり見ていた。
タワーマンションの上から見ても、地上の人は小さく良く見えない。
その為、双眼鏡を用意していた秋斗。
何度も覗いている秋斗を見て、茜は思わず笑ってしまった。
「もう、秋斗ったら何ソワソワしているの? 」
「だって早く会いたいじゃないか、北斗が選んだ人だよ」
「そんなに慌てなくても、ちゃんと来てくれるわよ」
「でも、何度も家の近くまで来て嫌がっていたのを見てたから。なんか、嫌われちゃっているのかな? って思っていたんだ」
「そうじゃないわよ。ちょっと臆病なんだけよ、なんとなく気持ち解るわ。…あの時のあの子なら。とっても純粋な子だもの」
「うん、そうだね」
秋斗と茜が話をしていると、内線が鳴った。
「はい…ああ、そのまま通して構わないよ」
内線を切って、秋斗は茜に笑いかけた。
しばらくすると。
コンコン。
ノックの音がすると、秋斗と茜はドアを開けた。
「お帰り北斗」
「ただいま、ごめん急に外泊して」
「全然構わないわ」
北斗がトワを連れて入って来た。
トワは少し戸惑い気味に会釈をした。
「初めまして…ではありませんが。早杉トワと申します」
「いらっしゃい、トワさん。よく来てくれたね」
秋斗はトワに右手を差し出した。
しかしトワは義手である右手を出すことをためらった。
「大丈夫だよ、ちゃんとトワさんの右手に触らせてね」
そう言って、秋斗はトワの右手を握った。
握られたトワの右手は、手袋をはめていても触れると義手であることが解る。
秋斗はトワの右手を握ると、目が潤んだ。
「トワさん、やっと会うことが出来たね。ずっと待っていたよ、北斗が連れてきてくれる日をね」
「え? ご存知だったのですか? 」
「ああ、知っていたよ。子供の事だよ、知っていても知らないふりをして見守る事も必要だから。北斗がトワさんを連れてきてくれる日まで、待っていようって思っていたんだ」
北斗さんと同じ…とっても余裕がある人だ。
やはり大手企業の社長だけあって、寛大な心を持っているのかな?
秋斗の優しい目を見ると、トワの目が潤んだ。
「トワさん、初めまして。北斗の母、茜です」
トワは茜を見た。
北斗に似ている顔立ちの茜を見ると、なんだかホッとする…。
トワが茜に見惚れていると、ギュッと抱きしめられた。
抱きしめてくれた茜の温もりは、北斗と同じ感じがしてホッとさせられる。
「トワさん、有難う。北斗の婚約を止めてくれて。あのまま婚約していたら、大変な事になっていたわ」
「…すみません。本当は、前日までにと思っていたのですが。…逮捕状が降りなくて、あの場になってしまったのです…」
「いいの、いいの。もう気にしないで、貴女なら大歓迎よ」
言いながら茜はトワをソファーへと招いた。
ソファーに座って、秋斗と茜、北斗とトワを囲んで他愛ない話が始まる。
「そうなんだ、トワさんお父さんは警察署長だったのか」
「はい、母は昔検事だったのですが。結婚して退職してからは、ずっと専業主婦でした」
「とっても優秀な家系なんだね」
「亡くなった姉も、母と同じ検事になりたくて検察官になりました。私は、そこまで能力もないので、やっとの思いで警察官になったのですが…」
「何言っているの。お父さんと同じ道を目指して、頑張っているんじゃないの。でも、結婚したら警察官はもう辞めるの? 」
尋ねられ、トワは北斗を見つめた。
北斗はそっと頷いた。
「…一応、今回の事件がひと段落したら退職する予定にしています。…右手が使えませんので…今でも、時々、周りの仲間に迷惑をかけていますから…」
「そうなのね。でも、できれば早く辞めた方が良いわ。もし仕事がしたいなら、私の事務所で働いてくれていいわよ。そろそろ、一人事務員を雇ってもいいかな? って思っていたところだったの」
「はい…。今の事件が終わるまでは、なんとか続けようと思っていますので。その時が来たら、お願いします」
秋斗は北斗を見た。
「北斗、この先どうしてゆくのか決めているのか? 」
「ああ、トワが落ち着いたら。来年、結婚式をあげようと思っているよ」
え? と、トワは北斗見た。
結婚の話なんてまだしていなかったけど?
「まだ、お姉さんとお母さんの一周忌が過ぎていないから。おめでたい事は、控えたいと思うから」
「そうか。でも、結婚式は来年でも。入籍だけは、早く済ませておいた方がいいんじゃないのか? 」
「え? 」
なんで? と、北斗は秋斗を見た。
そんな北斗を見つめて、秋とはそっと微笑んだ。
入籍を先に住ませる事も悪くないか、結婚式はいつでもできるし。
俺も入籍してくれてた方が安心するしなぁ。
「とりあえず、私達は北斗とトワさんの結婚に反対しないから。後は2人で話し合って、お互いがベストなタイミングで進んでいけるようにしてね」
「わかったよ、母さん」
「トワさんの身内の方は誰もいないのかい? 」
秋斗に尋ねられると、トワはちょっと目を伏せた。
「父方の親戚は、父が殺された事で私達一家とは無縁になってしまいました。母方の親戚は、母の弟が1人います。私は今、母の弟である伯父の家に、養女として引き取られています」
「それなら、ちゃんとご挨拶しておかなくちゃならないね」
「トワさんの伯父さんは、どんな人なの? 」
「伯父は、鉄道員で新幹線の運転手です」
「運転手さん? カッコいいのね」
「でも、ちょっと変わっている人なんです」
「変わっているの? 」
「はい。大学時代ずっと、海外で育っている人で、かなりフランクな人なんです」
「それはいいじゃない。親しみやすくて、安心だわ」
コンコン。
「失礼します。お客様にお飲み物を、お持ちしました」
受付の事務員がやって来た。
事務員はコーヒーを持ってきて、テーブルに置くとそのまま去って行った。
北斗はトワのコーヒーに砂糖とミルクを入れて、混ぜてくれた。
そして左手で取りやすいように置いてくれた。
「すみません…」
「このくらい気にしないでいいよ」
その後も他愛ない話をしながら、笑い声も響いて、すっかり秋斗も茜もトワを気に入ってしまった。
お昼を過ぎた頃。
トワと北斗は港のオープンカフェにやって来た。
カフェでくつろぎながら、北斗はトワに指輪の入った箱を渡した。
「順番が前後してごめん。これ、受け取ってほしい」
箱を見て、トワは驚いた目をした。
ちょっと戸惑いながら、箱を受け取り開けてみると。
中には輝くダイヤの指輪が入っていた。
「その指輪は、事故にあう前に買ったものだよ。トワの誕生日に、渡そうと思ってたんだけど。渡しそびれて、ごめん」
「こんな素敵な指輪、もらっていいんですか? 」
「勿論だ。受け取ってくれるか? 」
トワはそっと頷いた。
頷いたトワを見てホッとした北斗は、指輪ケースから指輪を手に取った。
「指輪の内側に、ちゃんと誓いの言葉を刻んでいたんだ。これを見て、ずっと忘れていた記憶が鮮明に戻って来たよ」
指輪の内側に刻まれている文字を見ると、トワの目が潤んだ。
北斗はトワの左手の中指にはめた。
少し大きい感じがしたが、しかり指にはまった。
「トワ。改めてだけど…俺と、結婚して下さい…」
やっとここでプロポーズなの? と、トワは何となく笑えてきた。
だが、北斗の目を見ていると素直に
「はい…」
とだけ、答えた。
満面の笑みを浮かべた北斗は、そのままトワをギュッと抱きしめた。
「俺が幸せにする。もう一人じゃないからな」
「…はい…」
胸がいっぱいでトワはもう何も言えなくなってしまった。
それから数日後。
未希の妊娠結果が届いた。
血液検査の結果、未希のお腹の子供と北斗とは親子関係は認められなかった。
その結果を見て、トワはホッとしていた。
妊娠の事実はあっても、北斗の子供ではなかった事を知らされ、未希はつきものが落ちたような顔をしていた。
「妊娠検査についての結果は、以上になります」
そう伝えたのはトワだった。
未希はトワを睨みつけた。
「貴女の妊娠検査の結果がどうであっても、罪を免れるわけではありません。2人の尊い命を奪い、身勝手な言い分で人を引き殺そうとした罪はとても重いです。貴女を殺人罪として、起訴します」
フン! と、笑いを浮かべた未希。
「死刑にでもなんにでも、好きにすればいいわ。…このお腹の子が…いつか、あんた達に復讐するわよ。産んでくれた、大切な母親に酷い事をしたってね。産まれてきた子供は、施設にでも送られるのかしら? 殺人犯の子供って、生まれた時から言われるのよねぇ。…酷い話よ…」
「もし、貴女が望むなら。今なら中絶の道もあると、医師から言われています」
「はぁ? この子を殺せって言うの? 」
「そうは言いません。ですが、貴女が「酷い」と言われたのでその道もあると、教えただけです」
不貞腐れた顔をして未希は何も言わなくなった。
未希の一件は県警へ書類が回され、あとは検察の管轄になる。
とりあえず、トワの役目はここで終わりになる。
取り調べが一息ついて、トワは休憩所に来た。
自販機でパックジュースを買って一息つくトワ。
ストローを取り出そうとしているトワだが、上手く取れないで苦戦していた。
「大丈夫ですか? 」
やって来たのは羽弥斗だった。
警察官の制服を着ている羽弥斗は、北斗と似ている。
背が高くスラっとしていて、警察官というよりどこかのアイドルっぽい感じがする。
「そのストロー取りにくいですよね」
そう言って、羽弥斗はストローをとってさしてあげた。
「はい、これで飲めますよね」
そう言って笑いかけてくれる羽弥斗の笑顔は、北斗とそっくり。
「有難うございます」
「いいえ、困っているときはお互い様ですから」
と、珈琲を買おうとして、羽弥斗がお金を入れようとしたとき。
「あ、待って」
トワは自販機にお金を入れた。
「助けてくれたお礼です。どうぞ」
「律儀なんですね、有難うございます」
羽弥斗は遠慮なくトワのお金で珈琲を買った。
選ぶ珈琲の種類も北斗と同じだった。
「僕、生活安全課の宗田羽弥斗って言います」
「宗田って、あの宗田ホールディングの? 」
「はい、僕の父が社長です」
「そうですか。私は、早杉トワです。刑事課にいます」
「早杉トワさん…? 」
羽弥斗はトワをじっと見つめた。
あまりにも見つめられて、トワは視線を落とした。
「綺麗な人ですね。・・・」
「なに言っているんですか? 」
「あ、すみません」
「助けて頂いて、有難うございました」
トワはその場から去って行った。
「あの人がトワさんか。兄貴が好きになるのも解るなぁ・・・」
去り行くトワを、羽弥斗はじっと見ていた。
その頃。
タワーマンション1階受付。
自動扉が開いて、黒い服に身と包んだ女性がつばの広い黒い帽子をかぶって入ってきた。
受付まで来ると。
サッと、刃渡り15センチはありそうなナイフを突きつけた。
「キャーッ! 」
悲鳴上げる受付嬢に、ナイフを振りかざす女性。
受付嬢は防犯ベルを鳴らした。
ベルが鳴り響くと周りにいた人たちが騒然となった。
女性はナイフを周囲に突き付けた。
怖がっている周囲にナイフを突きつけ、女性は帽子をとった。
女性の素顔は未希の母親の博美だった。
「社長をだしな! 社長を呼んで来い! 」
狂ったように叫んでいる博美。
警備員が駆け寄ってきて博美を押さえた。
「離せ! 社長呼んで来い! 娘の事めちゃめちゃにして、警察に売った社長呼んで来い!」
博美は叫び続けた。
騒ぎを聞いて、秋斗が社長室から降りてきた。
警備員に取り押さえられている博美は、秋斗を見ると睨みつけた。
「このひとでなし! 娘を警察に売って、私の人生もメチャメチャにしやがって! 」
とり押さえられながら、博美は秋斗に食って掛かろうとしている。
「あんたのせいで、私ら一家は借金地獄だよ! 娘を嫁にもらうって言いながら、簡単に捨てちまうなんて、どうかしているよ! 」
「園田さん。何を勘違いしているのですか? 」
秋斗が冷静な声で言った。
「騙していたのは、園田さんの方ではありませんか」
「はぁ? 何言ってんの? 」
「北斗を騙して、嘘をついていたのは園田さんの娘様ですよ。そして、北斗を車で引いたのも娘様じゃないですか。これは、ちゃんと報道もされています。こんな騒ぎを起こして、どうなさるのですか? よけいに立場が悪くなるだけですよ」
博美は何も言えなくなりギュッと口元を引き締めた。
遠くからサイレンの音が鳴り響いてきた。
「…なんてことなの? …私は…娘が結婚したら…あの人は私だけを見てくれると…思っただけなのに…」
愕然と肩を落とした博美の手から、ナイフが床に落ちた。
バタバタと走ってくる音がして、数名の警察官が入って来た。
警備員に捕らえられている博美を警察官が捕まえて、連れて行った。
秋斗はとりあえずホッとした。
警察が博美を連れて行って、騒ぎが収まり静けさを取り戻したのは日が沈む頃だった。
秋斗は社長室から夕陽を見ていた。
博美が警察に連れて行かれた後、秋斗宛に速達が届いた。
それは祐樹からだった。
文面には園田家の隠された事実が書かれていた。
(宗田社長。・・・娘の件で多大なご迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げます。お詫びをしても足らないくらいですが。我が家は非常に複雑で、娘も歪んでしまったのだと思われます。・・・娘は妻の連れ子です。再婚したのは10年前でした。妻は男癖が悪く私との結婚も5回目でした。娘はずっと妻の再婚につき合わされ、お父さんが5人もいると言っていました。しかし・・・再婚した時、娘は思春期で恋に目覚めていました。色々な男性と関係を持っていた娘ですが。恥ずかしながら、娘の本当に好きな相手は私でした。娘が二十歳を過ぎた頃から、親子以上の関係を持つようになってしまい。その関係は妻も気づいていました。なんとか断ち切らせようと、お見合いをさせていたのもありましたが。妻の憎悪が娘に向けられるようになり、それから逃げたくて、娘は北斗さんを追いかけたのだと思われます。・・・娘の逮捕後、妻は私にとても優しく甘えてきます。ですが、多額の借金を背負い私も限界を感じております。・・・お許しを頂けるとは思っていません。ただこれだけは言えます。娘も私も妻も幸せになりたかっただけだと。北斗さんの事故から半年あまり、娘は今まで見せたことがないくらい穏やかな顔をしておりました。きっと、北斗さんの優しさを受けて喜んでいたのだと思っています。・・・最後に、今回の事で大切なご子息様に大怪我をさせてしまった事と深い心の傷を負わせてしまった事を深くお詫びいたします。・・・園田祐樹・・・)
祐樹からの詫び状だった。
詫び状の内容から、園田家の歪んた親子関係が見えてきて秋斗はやるせない気持ちでいっぱいだった。
その後。
博美が逮捕され数日後。
祐樹が自宅で倒れているのが発見された。
睡眠薬を多量に飲んだらしく、発見が遅くそのまま死亡していた。
博美はその事実を聞いて何も言わなかった。
未希はあれから起訴されることが決まり、これから裁判が始まる。
お腹の子供は産むことを決めた。
その理由として…。
「この子は産みます。私がきっと、心から好きになった人の子供だからです」
と、未希は男性検察官に言った。
「その子の父親は誰ですか? 」
尋ねられると未希は今まで見せたことがない、優しい笑みを浮かべた。
「私が…高校生の時からずっと好きな人…。悲しいけど…好きな人でも結婚はできない人。…全くの他人だけど…戸籍上は、父親だから・・・」
そう答えた未希は初めて涙を流した。
「私に優しくしてくれた、初めての人だった…。でも、母の好きな人で夫。…嫌でも父親になってしまった人。でも、最後に私を受け入れてくれた。…だからこの子を授かったの。…ごめんね…犯罪者の子供になってしまって…」
涙を流した未希はどこか改心しているように見えた。
愛した人は父親だった。
戸籍上はそうでも未希からは他人の男。
気持ちは抑えられなかったようだ。
それ故にお金に走り、お金だけを見るようになったのかもしれない。
未希の起訴が決まった事で、トワは刑事を退職する事になった。
博美が襲撃して来た日。
北斗はトワに
「頼むから今すぐに刑事を辞めてくれ。トワに何かあったら、俺は生きていられない」
と言って頭を下げてお願いした。
トワは数日考えさせてほしいと言っていたが。
結局、退職する事を決めた。
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