固有スキル〈大食い〉のエドワールは、理不尽に攻略パーティーから追放されるも、モンスターの肉を喰らって最強の勇者に成り上がります。

トウジマ カズキ

文字の大きさ
26 / 31

第26話 変貌は恐怖の味

しおりを挟む
「おはようございます。目を覚ましましたか、エドワールさん」
 
 川のような、清らかで淀みのない女性の声が、エドワールの意識を表層へ引きずり上げた。
 
 目を開くと、エドワールは、布団の上で寝かされていた。
 体は……依然として言うことを聞いてくれない。
 
 だが、あの息苦しさからは、開放されたらしかった。おかげで、喉がよく通っている。
 
 眼球を横に向ける。
 ドレス姿で正座をした村長ガーネットが、こちらをじっと見つめていた。
 
 い草の爽やかな匂い。ここは、宴を楽しんだ、例の畳の間だ。
 
 どうやら、気を失った後、村長の家に運ばれたらしい。

「クレナは? クレナは大丈夫なのか?」

「彼女は今、横の部屋で寝ています。村の者がつきっきりで看病しているので、心配はいりません」

「よかった」

「急に激しく動いて、疲労が溜まったのでしょう。すこし休めば、良くなるはずです」

 そう言うと、村長ガーネットは、襖をぴしゃりと閉め、畳の間を後にした。

 しばらくすると、小さなお椀のようなものを持って、エドワールのもとへ戻ってきた。

「これを飲んでください。治りが早くなるはずです」

 エドワールの口元に、お椀が差し出される。そこに入っていたものは……。

「血、ですか」

 テラテラと赤く光る水面。鉄のようなツンとする刺激臭。
 間違いなく、本物の血液だった。

「ええ。スッポンの性器から採取した血です。栄養満点、滋養強壮っ。さ、遠慮なさらず、飲んで飲んで」

「スッポンの性器……」

 ガーネットの勢いに気圧され、エドワールは、眼前に差し出されたお椀の血を、そっと啜った。

「……ん……ん」

 スッポンの血は、思わず変な声が漏れてしまうほど、どぎつい味がした。

 すると、横に座るガーネットが、突然、布団で横になるエドワールの上に、馬乗りになった。

 なんだ。目の前の美女は一体、なにをたくらんでいるというのだ。

 期待と困惑によって、エドワールの息遣いが、徐々に荒くなってゆく。

 ……笑っている。ああ、ガーネットは、顔中を皺にして、世にも恐ろしいニタニタ笑いを浮かべているではないか。
 嫉妬、憎悪、怒り、欺瞞……、人間によって星の数ほど産み出される負の感情が、ガーネットのニタニタ笑いには縫い合わされていた。

「飲んだね。今、たしかに血を飲んだね」
 
 地獄の底から響くかのような重低音が、エドワールの鼓膜を否応なく震わせる。

「フフ。これで、あたしとあんたは、正式に契約が結ばれた。あんたは、あたしの思うがまま。身も心もボロボロに朽ち果てるまで酷使される、操り人形よ。フフフ」

 ああ、豹変、豹変ッ!

 今や、村長ガーネットには、気品の高さや可憐さなどは、微塵も残されていなかった。
 あるのは、蠱惑的な妖艶さと、底知れぬ恐ろしさ。

 妖怪。もはや、そう形容するのが適切なのではないかと思わせるほどに、村長ガーネットは、一瞬のうちに様変わりしてしまった。
 
 なにを言っている? 世にも美しい、ピセナ農村の村長ガーネットは、先から一体なにを言っているのだ?

 多重人格? 
 ……いや、解離性同一性障害者の人格交代には、程度の差はあれ、多少の時間を要するものである。
 見ていた限り、ガーネットに人格交代らしき素振りはなかったように思える。
 
 では、この急激な人格の豹変ぶりは、一体……。

「まったく身動きがとれないでしょう。畑の作物から採れた神経毒を、宴の酒に混ぜておいたの。ガバガバ飲むものだから、致死量を超えないか、そばで見ていて冷や冷やしたわ」

 冗談だと言ってくれ。
 まさか自分は、美貌の裏に隠された、恐ろしい本性を見抜けず、目の前の女に、一杯毒を食わされたのか……。

「ねえ、どうしてこの村には、若い女、それも、とびきりの美女しかいないと思う? おかしいと思わない? 男が一人でもいなければ、この村はたった一代で滅んでしまう。そうでしょ?」

 ガーネットは、例のニタニタ笑いを浮かべながら、赤子を弄ぶかのような調子で、エドワールに向かって語り掛けるのだ。

「し……知らない」

 指の先一本も動かせないエドワールは、そう弱々しく答えるので、精一杯だった。

「フフフ。強いあなたに、特別に教えてあげる。村の女は全員、あたしが作り出したの」

「……」

「あたしの分身、といった方が分かりやすいかもね。あ、もちろん一人づつ顔のパーツや位置は、絶妙に変えてあるわ。でなけりゃ気色が悪いでしょう? 同じ顔面の人間が、ゾロゾロ村中を歩き回るなんて。想像するだけで鳥肌が立つわ」

 どこからともなく、肉の腐ったような匂いが漂ってきた。

 ガーネットの吐息。青紫色に染まったガーネットの吐息が、遠慮なくエドワールの顔に吹きかけられる。

 鼻の曲がるような腐臭。馬小屋で嗅いだものと同じ。

 馬小屋の匂いの正体は、カッパたちではなく、ガーネットの残り香だったのだ。

 ……ああ、信じられない。いや、信じたくないのかもしれない。

「さっき飲んだ血、あれはねえ、スッポンの血なんかではない。あたしの手首を切って、絞り出したものなの。飲んだ者は、一生あたしの指示に従い、行動しなければならない。違反した者は、どうなるか。フフフ、知りたい?」

 自分の分身を作り出す。ああ、そんなこと、人間ができるはずないじゃないか。

 村長ガーネットは、人間ではなかった。であるとすれば、答えは一つ。

 信じたくはないが、残る真実は、これ以外にあり得ないのだ。

 エドワールは、ただならぬ美貌と妖気を放つガーネットを凝視した。


モンスター名:妖魔
種族:?
レベル:90
体力:920
攻撃力:470
防御力:470
素早さ:470

【特殊スキル】

〈血の契約〉

効果
術者の血を飲んだ者に、呪いを与える。呪われた者は、術者の指示に必ず従わなければならない。違反した場合、任意の罰を与えることができる。

〈分身生成〉

効果
自分と同じ身長・年齢・性別・体型のモンスターを作り出すことができる。作り出されたモンスターのレベルは30とし、既に術者と〈血の契約〉を結んだものと見なす。何体でも生成することが可能である。


 ああ、目を疑うほどのステータスが、エドワールの脳裏に浮かび上がった。
 『任意の罰』と言う文字が、視界の裏で踊り狂った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

処理中です...