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序章 時雨前

レインアクション

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「起きてくださーい!おーい!」
 枕元に置いてある携帯から煩い声が聞こえる。それを無視してベットで寝返りを打つ。
「おーきーろー!!主サマ起きないと―――…」
 途端、大音量で耳障りなモスキートーンを流される。急いで跳ね起き、怒鳴りつける。
「だぁぁぁああ!!うるっせぇ!!起きたからさっさと止めろ!」
 近所迷惑でまた苦情が来るだろうが!画面に映っている長さの違うツインテール少女の姿をしたゲスを睨みつける。相手はニヤニヤと笑うだけでそれが余計癪に障った。
「おはようございます主サマ~」
「最悪な目覚めをどうもありがとう。思いっ切りその画面をかち割りたいぜ…」
 大して誇れるような握力を持っていないながらも粉砕しようとする様に握る。
「このわたくし、リファの目覚めは効果抜群なのですから当たり前ですよ!」
 ドヤ顔で決める電子で構成されているであろう存在。怒りが一周して虚しさに変わり、怒鳴ることを諦めて携帯をそのままにしてPCへと向かう。起動させると同時にひょっこりとリファがPC画面に映る。溜息をついて日課のネットサーフィンをしようとサイトを開く。
 『リファ』。長さの違う白髪ツインテールで赤と青の線が入った特殊な目を持ち、白のダボダボパーカーを身に纏った容姿をしている。数年前突如現れた謎の電子で構成された存在。最初は何かのウイルス感染でもしたかと焦ったが特にそういうのでは無かった。しかしウイルス以上に厄介な存在ではある。好き勝手に行動する故、俺のプライバシーというものは無いに等しい。完全消去した筈のデータや秘蔵画像を引っ張り出しては俺をいじり倒すゲスだ。
 一方そんな本人はさぞ楽しげにやっているのがもっと苛つくし恐怖でもある。過去に何度か消そうと頑張ったがどこからとも無くまた現れる。一体どんな構成をしたらこんな事が出来るのかいまいち分からない。
(最近は近くでテロが多発しているのか…)
 ぼんやりとネットニュースを眺めながらつらつら考える。世の中も物騒になったものだ。昔は自然や国民の心のゆとりが誇りだとかほざいていたのにな。まぁ、テロなんて全然外出しない俺には関係のない事だ。近場に置いてた飲み物片手につまらない顔でサイトを漁る。
「あっるじー!随分暇そうですねぇ、外出しては如何ですかー?」
 …現在外の気温は初夏頃の暑さ。ひ弱な俺の体でそんな所に行くなんて自殺行為だ。絶対に行かないぞ、誰がなんと言おうが絶対に…。

 数時間前のあの決意は虚しくも打ち砕かなければいけなくなった。人質として俺に秘蔵データたちが出された時点で俺の敗北は決まったも同然だったのだ。無念…。そして今俺がいるのは都市一のデパートだ。何故こんな所に男一人で行かなければいけなかったのか。
 事は遡る事数分前―――
「…ん?なんか焦げ臭くないか?」
「わたくしに聞かれましても知りませんよ。どこか燃えているのでは?」
 俺の部屋にそんな火の気のあるものなんて。そう思いながら部屋を見回すと…
「あ゛ー!!コンセントがショートしてる!?」
 少し暑いからと言ってつけていた古い扇風機のコンセントから細い煙が立ち上がっているのが見えた。急いで消火しなければ俺の部屋が燃えてしまう!手に取った飲み物で考え無しに消火。一息ついたのも束の間、今度は扇風機本体から火の粉が見える。動かしたまま水をかけたせいでまたショートしそうだ。半ばパニックになる俺にリファは的確なアドバイスをくれたお陰で何とか火事にはならずに済んだ。
 しかし、だ。頼りにしていた扇風機が壊れてしまった俺の部屋はとても暑い。冷房はまだ点検中で使えないとか言われた。それに冷房付けるほどの暑さでもない。そんな中途半端な暑さに悩まされていた時、悪魔リファはこう言った。
「そんなに暑いのであれば買いに行けばいいじゃないですかー」
 そうだ、無いのなら買いに行けばいい。その選択肢に目が行き過ぎて部屋を探し回って扇風機を探すとか、そんな選択肢を見逃していたのだ。そして今に至る。
「どうしてこうなった…」
「そんなの、コンセントをちゃんと刺さず、埃を掃除しなかった主サマが悪いんじゃないですかー」
 ごもっともな回答をありがとう。おかげで俺の心はズタボロさ。久々の人混みの多さに少し気後れしつつも目的の売り場へと目指す。
(久しぶりにこんな人の多いとこ行ったな…。ここ数年は基本引き籠もって、精々出ても人の少ない所だったしな)
 趣味の都合上、そうならざるを得なかったっていうのもあるがやはり人混み酔いがキツイ。既に胃が妙に浮くような感覚がする。行きの時点で大分精神を削られながらも何とかデパートに着く。幸いながら今は平日の昼頃で人は少ない。
(よし、これなら余裕で買えるだろう…)
 デパートの中に入り、目的の階へと移動する。売り場を探し出し、物色。こういうのは慎重に選んだ方がいいからな。
「そんなの適当に選べばいいじゃないですかー」
 片方だけ嵌めたイヤホンからつまらなさそうな声が流れる。お前はPCから携帯に移るだけという簡単な移動で済んでいいな…。という言葉を心の中に留めておく。ここでそんなこと言ったら大きな独り言を言っている不審者扱いされるからな。
 しばらく似たような大量の扇風機と睨み合い、ようやく決めて会計を済ます。小型なら俺でも運べるさ、もといコンパクトサイズなら安いし場所を取らないからお財布にも痛くない。現代の科学は素晴らしいものだな。感謝感激。
「あるじぃー、せっかく外に出たんですし他にもどこか行きませんかー?」
 いや、行かねぇよ。携帯のキーボードでその意志を伝えるとリファはバタバタと地団駄を踏みながら行きたいコールを飛ばす。お前その身体だと行っても何も出来ねぇだろ、と返事を打つとキッと睨まれた。
「『楽しい事は見ているだけでも楽しい』んです!主はこんな事も分からないのですか!!」
 ………大きな溜息を吐き、どこへ行きたいんだと打つ。その文字にリファは顔を輝かせて楽しげに思案している。周りの歩行者の邪魔にならない所に移動して答えを待つ。聞こえてくる単語の中には遊園地やらゲームセンター等とやたら人の多そうな場所を言っている。お、おい…俺の身にもなってくれよこの悪魔め…。
「じゃあ、水族館へ行きましょう!いろんな魚を見てみたいんです!」
 魚なんて画像でも見られるんじゃないのか、と打つと「動きがないですし、どの様に群れを作り、泳いでいるのかが分からないです」と冷静に返された。ま、まぁ平日だしいっか…どうせ人は少ない。近場にあるかどうかだが検索してみると電車で3駅先にありそうだ。
「さっ!行きましょう!!」
 目を輝かせて画面一杯に顔を映す。少女の様なあどけなさを表した笑みにドキリとするがそれを悟られぬように携帯をポケットに突っ込む。水族館か、幼少に1回行っただけだな…。昔の記憶を懐かしみながら駅へと向かった。
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