初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第1話

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「相川せんぱーい。あの……これどうやってまとめればいいですかあ?」

 今日のタスクを確認していると、背後から間延びした声がかかる。

 ため息を呑み込みながら振り返ると、案の定、同じ営業アシスタントの吉野春香が立っていた。
 彼女はこちらが返事をする前に、さっと手にしていた紙の束を差し出す。受け取ることはせず、ちらりと目線をやった。販売データのようだ。

「何をまとめろって指示だったの?」
「えっとー、佐藤さんからお客さんに見せたいって言われて……」

 吉野の要領を得ない説明から、なんとか佐藤さんの指示の意図を汲み取る。
 が、そもそも彼女の言葉が正しいという保証もないので、ある程度あたりをつけてから、吉野と一緒に佐藤さんのデスクへ向かった。

 吉野は昨年入社した社員だった。指導係は私ではなかったが、入社して一年経ってもこんな状態で、とても誰かひとりでは手に負えず、アシスタント全員でフォローにまわっているのだ。

 愛想良く接したつもりもないのに、彼女はこうして平然と声をかけてくる。
 歳はだいぶ離れているけれど、出身大学が同じだからかもしれない。一方的に、微妙な親近感を持たれているような気がしていた。ブリザードに遠慮しないなんて、なかなか大物なのかもしれない。

 もっとも、仕事が増えるだけで、彼女に頼られて嬉しいことなんて何もない。ただ営業アシスタントの後輩である以上、「他に聞いて」と突っぱねることもできない。

 佐藤さんは三十過ぎの営業部員だ。
 ずいぶん気を遣って、吉野に仕事をまわしてくれたことがわかる。そもそも紙ベースでこれだけまとまったものを渡してくれるなんて、他のアシスタントと比べて破格の扱いだ。

 メモをとりながら佐藤さんの話を聞いていると、仕事の腰を折ってしまったにも関わらず、同情のこもった眼差しを向けられた。曖昧に笑みを返して、吉野のデスクに戻る。

「さすが相川先輩ですねえ。佐藤さんがあんなに丁寧に説明してくれるなんて」
「丁寧っていうなら、吉野さんがもらったその資料も相当丁寧だよ」
「えーそうですか? 言葉で教えてもらった方がわかりやすいですけど」

 教えてもらうのではなく、説明を自分で理解するように努めて仕事に取り掛かろうね、と喉まで出かかったけれど、なんとか飲み込む。本当は頭を引っ叩いてやりたいけれど、このご時世、少し注意しただけでパワハラとか行き過ぎた指導とか言われる可能性もある。

「佐藤さんが言っていた通り、まず年度別に仕分けして――」
 
 コピーを取った資料にラインを引いて、説明していく。すると吉野はデスクチェアをくるりと回転させた。

「相川先輩って、クールな美女で、仕事もできて本当にすごい。憧れです」
「……ありがとう」

 突然の賛辞に戸惑いながらも、それを見せないように目を伏せる。こういうことを言い出すときは、何か無茶な要望を言い出すときだ。

「今日、飲み会あるじゃないですかあ。営業部と企画部の」
「そうなんだ」

 あいにく、飲み会には興味がないので基本不参加だ。開催予定は大体メールで送られてくるけれど、最後まで読んだこともなかった。

「先輩、一緒に行きません?」

 きょとんと首を傾けて上目遣いで見上げてくる吉野は、可愛い。彼女の職場での振る舞いを知らない男だったらころりとやられてしまうくらい。

「申し訳ないけど……」

 不特定多数の他人と接しなければならない飲み会なんで、私にとっては苦行でしかない。これまで誘われてもほぼ全て断ってきた。
 どうしても断れない歓送迎会以外は。

「えー!? 相川先輩が来てくれたみんな喜ぶのにい」

 吉野はぷくっと頬を膨らませてから、さらに、アシスタントで参加予定だった社員がひとり行けなくなってしまったから席が空いているのだ、と続けた。参加予定だった先輩のお子さんが熱を出してしまって、帰らなければならなくなったそうだ。

「まあ……そういう理由なら……」

 全然行きたくないけれど、先輩は参加費だけ払って帰るのだと言っていると聞かされると、断りづらい。

「やった!ありがとうございますう。相川さんが飲み会来てくれるなんて嬉しい!!」

 オフィス内に響きそうな大声をあげる吉野に、「しっ」と声を抑えるように言う。しかし吉野は全く悪びれず、
「えー、先輩。そしたら絶対遅刻できないんで、これ、ちょっと手伝ってもらえませんかあ」
 いっそう甲高い声で、デスクの資料を指差した。

 まわりの視線が一斉に注がれている。内心、深くため息を吐く。

「手伝うだけだからね」

 そう言って、デスクの上に積まれた資料に手を伸ばす。紙の束の上にはキラキララメが光るグロスが置かれていたから、それをさりげなくデスクの端に避ける。もう指導、なんてする気にもならなかった。

 吉野が作った資料が間違っていたら、どうせここまで関わった私がフォローすることになるのだからそれなら最初からある程度手を入れておいた方がきっと早いに違いない、と言い聞かせて。


 吉野のフォローをしながら、別の計算書類を作っていると、「相川!」と部長に呼ばれた。はい、と返事をして席を立つ。

 部長席に向かう途中で、部長の目の前に糸川が立っているのが見えて、一瞬、足が止まった。無意識に、右手の薬指に嵌めたリングを触っていた。冷たい感触に、心が少しだけ凪いでいく。


「お待たせしました」

 部長の前にたどり着くと、糸川が少し横にずれて場所を譲ってくれる。その行動にもまた嫌な予感が増す。

「糸川が取ってきたA社の件だが、スケジュールがタイトだから、アシスタントは専任で相川に任せたい。今進めている作業と並行でかまわないが、A社の案件に支障が出そうだったら、他社は他に振ってくれ」
「承知しました」
「糸川、現状の進捗の説明はお前からしておけよ。望み通り、相川を専任にするんだから。期待してるぞ」

 ん?と部長の言葉に違和感を覚えたのは一瞬のこと。

「ありがとうございます。もちろん、成果出しますよ」

 横からへらりとした糸川の声が響いて、意識を戻される。

「よし、頼んだぞ。営業部自慢のコンビで突破口を開いてくれ」

 糸川の自信に満ちた言葉に満足したのか、部長は満面の笑みを浮かべる部長に、私はひとり平坦な返事を返したのだった。
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