「愛さない」と告げるあなたへ。ほか【異世界恋愛短編集】

みこと。

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婚約破棄された令嬢が、「仕返しに元婚約者の彼女を寝取る」と言っておりますが、いやどうやって?

3.あなたが恩人!

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 会場は大混乱になっていた。
 逃げ惑う人々。
 高い天井の下、シャンデリアを揺らしながら、羽音さかんに複数の魔物が暴れ回っている。

「"黒蜂"!」 
「一体どこから入ってきたんだ!」

 預けていた剣は、すでに受け取り抜いてある。

「あ、あのご令嬢が召喚した!」

 客のひとりが指差す先にいたのは、若い貴婦人。端麗な顔を、怒りに歪めて叫んでいる。

「婚約破棄したら私と一緒になってくれると言ってたのに、その女は何──!!」

 魔法陣を足下に、ドレスをなびかせ女性が指差し睨むのは、ジュリオ・ガルディ。と、彼の横のヴァンナ嬢。


(っえええ、まさか)

 痴情のもつれというやつか?!

 あの最低男ジュリオ、カロリーナという婚約者がありながら、ヴァンナ嬢の他にも別の女性をその気にさせていたのだろうか。

 結果、浮気相手は魔術を用い、"黒蜂"を。昆虫型の魔物を召喚した、と。

(問題しかない男だな)

 頭痛くなりそう。

「結界は作用しなかったのか」

 こういうことが起こらないよう、魔防の結界を施すのが貴族家の習わしのはず。
 僕の独り言に、あっけらかんと声が答えた。

「あっ、私が担当してたけど、婚約破棄された時に解けたんだわ」

 驚いて隣を見ると、カロリーナが肩を竦める。

「だってそういう術式だったんだもの。"婚約者の家に結界を張る"って組み立てた呪文だったから、婚約が切れた途端、立ち消えたみたいね」

 大気中の魔術痕跡を確認しながら、カロリーナが頷く。

「きみがこの、伯爵邸の結界を?」

 結界維持には常に魔力を搾り取られる。伯爵邸は広い。通常なら分担して、複数人が受け持つ規模だ。その結界を一手に担うのは、決して軽い負担じゃなかったはず。

 嫁ぐ前から労働搾取とか、なかなか非道な婚家じゃないか。

「襲撃なんてそうそう起こらないから、無意味な結界だったのだけど。──起こったわね?」
「自ら招いた、という感じだけどな。他の客が気の毒だ。とりあえず"黒蜂"を潰そう」
「そうね」

 僕が床を蹴り、カロリーナが魔術を放つ。
 カロリーナの尖氷が鋭く"蜂"を貫く。手近な蜂を切り伏せながら、僕は氷柱を足場に跳び、中空の蜂を叩き落とした。
 

 僕やカロリーナの故郷は、国境に近い。
 魔物は隣り合わせの危機として、幼い頃から身近にいた。

 "蜂"というのは飛行系魔物の隠語で、"黒蜂"は巨大な上位種。
 子どもの頃、僕はてんで弱くて、魔術の天才と呼ばれるカロリーナに助けられることが多かった。
 鍛えたおかげで、今はそんな情けない姿を見せずに済む。

 伯爵家の警備兵が駆けつけたこともあり、しばらくして"黒蜂"は一掃された。
 ぐちゃぐちゃになったパーティー会場の傍らで、先の令嬢が兵に連れて行かれている。

 腰が抜けて座り込んでいるジュリオ殿に、僕とカロリーナ……。
 それとなぜか胸の前で手を組んで、キラキラした表情をしているヴァンナ嬢。彼女の視線の先は──、カロリーナ? なぜ?

 それを目にとめ、慌てたようにジュリオ殿が立ち上がった。

「カロリーナ、貴様っ! 怠慢だぞ! 魔防の結界が機能してないじゃないかっ。こんなに被害を出して、損害を請求させて貰うからな!!」

「はあ? 何をおっしゃるかと思えば。貴方様が私との婚約を破ったから、結界が消えたのです。原因はジュリオ様。私の過失ではありませんわ」

「何ィッ?!」

 対するカロリーナの声は、氷のように冷たい。
 それはそうだ。酷い思いをした会場に取って返し、魔物を討伐したにもかかわらず、感謝どころか開口一番に怒声とは。

「結界を張る時にきちんと説明しましたよね? この屋敷を守る呪文は、婚約を条件に発動すると。それに、嫁入りが反故なら、労働は有償と約定にあります。なので、今までの結界の対価もお支払いくださいますよう。あと、一方的な婚約破棄の慰謝料もいただきますので、よろしくお願いします」

「貴様、なんて金に汚いんだ。それが本性か!」

「あなたが"請求"云々とおっしゃるので、申し上げたのです」

「やはり婚約を破棄して正解だった。ヴァンナ、これが今まで俺を縛り付けていた女だ。俺にはお前しかいな──い?」

 抱き着こうとするジュリオ殿を、ヴァンナ嬢がスッとかわした。
 目を丸くする相手を無視し、彼女は興奮気味にカロリーナに呼びかける。

「カロリーナ・ファサンテ伯爵令嬢! あの日私を助けてくださったのは貴方あなた様だったのですね!」
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