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1章 いわれもない罪
5話 いわれもない罪
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父上からどういった報告があるのか?
貴族達がビクビクしているのは明らかだった。
そっぽを向き父上を見向きもしない者、腕を組んで苛立ちを隠しきれない者、足をガタガタ震わせ落ち着きがない者、といかにも悪行を働いてきた貴族らしい行動だ。
隠し事があるからこそ、動揺や苛立ちを隠せない、と私は思う。
だって私自身がそうだから。
私が何か隠し事をしてると、ネムにはすぐに分かってしまうらしい。
癖がなんだとか……言ってたっけ?
だったら「その癖を直したいから教えて」とネムにお願いしたが、「意識して直してしまうからダメです」と断られた。その理由はさておき、人間とは不思議なもので隠し事をしていると嫌でも何かしら表に出てくるものだ。
顔の表情、仕草、周りのご子息やご息女のように。
「では先程セレスから聞いだばかりで少しばかり驚いた。その報告とは余の娘――リーゼ・ラルフハルトの許しがたき所業の件となる」
どういうこと? 許しがたき所業? 本当に何を言っているの? まったくもって理解ができない。
セレスはそこまでして私を……。
「他国の王太子殿下との縁談を無断で破棄し、それに加えて国への損害を与えるとは言語道断。期待しておった娘ではあったが、まさかここまで使えぬ奴だとは……よってリーゼ・ラルフハルトは王位継承権の剥奪、および即刻王家からの追放を命ずる」
そんな国王の命に誰しもが驚き声を出せずにいた。
謁見の間は静寂に包まれ、何一つ物音がすることはなかった。
王位継承権の剥奪に加えて、実質王家からの追放、いや国自体からの追放を意味する。
こんな事例は過去に遡ったとしても前代未聞。
「で、ですが父上! 私は縁談の話も国への損害も与えたつもりは!」
「痴れ者が!! お主はもう王家の人間ではない。減らず口を叩くようなら、即刻処刑とする」
「父上聞いてください。ですから――」
「口を閉じよと言っている!!」
「父上!!」
「くどい、くどいくどいくどい!! 衛兵、すぐさまその者を捕らえ、地下牢に投獄せよ!!」
「はっ!」
王を守護していた近衛兵達が一斉に動き出した。
まさか……こんなことになるなんて。
「姫様、どうか抵抗なさらないでください」
私は近衛兵に腕を掴まれながらも、精一杯の力を出し抵抗した。
しかし必死な抵抗も虚しく、私の力じゃ普段から鍛練している近衛兵達にはまるで歯が立たない。
「ちょ、ちょっと待って! 放して! 私は何も!! 父上えええぇぇええ!!」
「ええい! 黙らぬか! リーゼ・ラルフハルト!」
いくら抵抗しても無意味、そんなこと自分でも分かってる。
だけど、この後どうなるかの不安や恐怖から抵抗してしまう。
「衛兵早く対処せぬか!」
「で、ですが……姫が抵抗を!」
「その者はもう姫でも娘でもない、国に害を与えた者。多少手荒でも構わん、早く連れ出さんか!」
「はっ! 姫様申し訳ありません」
近衛兵は長槍の柄の先端で私の溝内を殴りつけた。
「助けてネム……」
気絶する瞬間に口から漏れ出る小さな声。
その声と共に私の意識は飛んだ。
***********
あれから一週間。
私は抵抗するも虚しく、父上の命によって城の地下牢へと幽閉されてしまった。
牢の中にはわらで編んで造られたベッドに用を足すための酷い臭いが漂う壺。
そして与えられる食事は一日一度きり。
温かい食べ物は与えられず、黒く焦げ付いた固いパンだけ。
栄養価もまともに摂れない食事をしていれば、そりゃ思考だって鈍り、身体も思うように動かせないのは必然。
かなり衰弱している証拠だ。
父上はこんな場所で私を餓死させる気なのだろうか?
いえ、きっとセレスが言ったことは間違いだと父上ならいつか気づいてくれるはず。
それよりも喉が渇いた。
頭が痛い……。
目眩がする……。
いったいどうしたら良いの? ネム、ユーシス教えて……。
「お元気ですか?」
ネム、ネムが来てくれた。助けに来てくれた。
それともユーシス?
「ええ、私は元気よ」
「そうですか……良かったです」
「でしたらこちらをどうぞ。まともな食事をされていないとお聞きしましたので」
私の前に置かれたのは、いつも食べている黒く焦げ付いたパンではなく普通の茶色いパンに白い器に盛られた温かいスープだった。
スープの中には肉や野菜などの具がたくさん入っている。
私はお礼を言おうと、重くて動かない頭を必死に動かそうとした。けど、動かなかった。
お礼を言いたいだけなのに、相手の顔を見ることはおろか顔を上げることすらできないなんて。
でも、言葉だけでも……。
「あり、がとう」
「あなたのそんな姿は見たくありませんでした。もっと良い方法がないのかと模索もしました。ですがどうしてもこの方法しかなくて……他に思いつかなかったのです。もし元気なられたらあなたは必ず恨むでしょう。その時は……」
「だい、じょうぶよ……」
私は意識がもうろうとしている中、そう呟いた。
誰か分からないけど、悲しんでくれていることは分かった。
私にはもう未来も希望もない。
このままずっと幽閉され、ただ朽ちていくだけの屍に過ぎない。せめて、持ってきてくれた食べ物だけは……口に運ばないと。
私は残りの力を振り絞って、お皿の上のパンを掴み口へと運んだ。
「おいし、い」
「ぐすっ!」
「あなた、私のために泣いて、くれるの?」
「ええ、もちろんです。ですがそろそろお別れです。これからあなたのお仲間がこの地下牢から救い出してくれるでしょう。お元気で」
マントの隙間から一瞬だけ顔が見えた。
もしかして、あなたは…………。
「姫様! どちらに!」
また声が聞こえて来る。
次は誰だろう。
今の私には返答する力もないのに……。
「姫様! 姫様!」
「おいネム! 急げって! そろそろ追手が来るぞ!」
この声はユーシス? おまけにネムって言ってた気が……。
これで合図になるかな?
私はスープ専用のスプーンを牢の外へと放り投げた。
ある意味幸いだったのは、この地下牢が鉄格子だったこと。
「おいネム、今何か音しなかったか?」
「ええ、しましたね」
「おい、こっちだ。マジか……」
「ユーシス何が……」
ネムとユーシスは私を前にして口を噤んだ。
ああ、よっぽど私の状態が酷いのだろう。
「姫様どうしてこんな……」
「覚悟はしとけってマントの奴からは聞いてたけど、これはあんまりだ」
「……ネム……来てくれたのね」
「当然です。姫様との約束一度も忘れたことはありません。ですが時間がありません。ここは強行突破で」
ネムは腰に提げた剣を前に構えた。
残像が見えるほどの素早い斬撃は、鉄格子を一瞬で横真っ二つに斬り裂いた。
「ユーシスは警戒を。我は姫様を担いで移動する」
「了解、姫殿下もう少しの辛抱ですから」
私は軽く頷いた後、安心したのかネムの背中で眠りについた。
貴族達がビクビクしているのは明らかだった。
そっぽを向き父上を見向きもしない者、腕を組んで苛立ちを隠しきれない者、足をガタガタ震わせ落ち着きがない者、といかにも悪行を働いてきた貴族らしい行動だ。
隠し事があるからこそ、動揺や苛立ちを隠せない、と私は思う。
だって私自身がそうだから。
私が何か隠し事をしてると、ネムにはすぐに分かってしまうらしい。
癖がなんだとか……言ってたっけ?
だったら「その癖を直したいから教えて」とネムにお願いしたが、「意識して直してしまうからダメです」と断られた。その理由はさておき、人間とは不思議なもので隠し事をしていると嫌でも何かしら表に出てくるものだ。
顔の表情、仕草、周りのご子息やご息女のように。
「では先程セレスから聞いだばかりで少しばかり驚いた。その報告とは余の娘――リーゼ・ラルフハルトの許しがたき所業の件となる」
どういうこと? 許しがたき所業? 本当に何を言っているの? まったくもって理解ができない。
セレスはそこまでして私を……。
「他国の王太子殿下との縁談を無断で破棄し、それに加えて国への損害を与えるとは言語道断。期待しておった娘ではあったが、まさかここまで使えぬ奴だとは……よってリーゼ・ラルフハルトは王位継承権の剥奪、および即刻王家からの追放を命ずる」
そんな国王の命に誰しもが驚き声を出せずにいた。
謁見の間は静寂に包まれ、何一つ物音がすることはなかった。
王位継承権の剥奪に加えて、実質王家からの追放、いや国自体からの追放を意味する。
こんな事例は過去に遡ったとしても前代未聞。
「で、ですが父上! 私は縁談の話も国への損害も与えたつもりは!」
「痴れ者が!! お主はもう王家の人間ではない。減らず口を叩くようなら、即刻処刑とする」
「父上聞いてください。ですから――」
「口を閉じよと言っている!!」
「父上!!」
「くどい、くどいくどいくどい!! 衛兵、すぐさまその者を捕らえ、地下牢に投獄せよ!!」
「はっ!」
王を守護していた近衛兵達が一斉に動き出した。
まさか……こんなことになるなんて。
「姫様、どうか抵抗なさらないでください」
私は近衛兵に腕を掴まれながらも、精一杯の力を出し抵抗した。
しかし必死な抵抗も虚しく、私の力じゃ普段から鍛練している近衛兵達にはまるで歯が立たない。
「ちょ、ちょっと待って! 放して! 私は何も!! 父上えええぇぇええ!!」
「ええい! 黙らぬか! リーゼ・ラルフハルト!」
いくら抵抗しても無意味、そんなこと自分でも分かってる。
だけど、この後どうなるかの不安や恐怖から抵抗してしまう。
「衛兵早く対処せぬか!」
「で、ですが……姫が抵抗を!」
「その者はもう姫でも娘でもない、国に害を与えた者。多少手荒でも構わん、早く連れ出さんか!」
「はっ! 姫様申し訳ありません」
近衛兵は長槍の柄の先端で私の溝内を殴りつけた。
「助けてネム……」
気絶する瞬間に口から漏れ出る小さな声。
その声と共に私の意識は飛んだ。
***********
あれから一週間。
私は抵抗するも虚しく、父上の命によって城の地下牢へと幽閉されてしまった。
牢の中にはわらで編んで造られたベッドに用を足すための酷い臭いが漂う壺。
そして与えられる食事は一日一度きり。
温かい食べ物は与えられず、黒く焦げ付いた固いパンだけ。
栄養価もまともに摂れない食事をしていれば、そりゃ思考だって鈍り、身体も思うように動かせないのは必然。
かなり衰弱している証拠だ。
父上はこんな場所で私を餓死させる気なのだろうか?
いえ、きっとセレスが言ったことは間違いだと父上ならいつか気づいてくれるはず。
それよりも喉が渇いた。
頭が痛い……。
目眩がする……。
いったいどうしたら良いの? ネム、ユーシス教えて……。
「お元気ですか?」
ネム、ネムが来てくれた。助けに来てくれた。
それともユーシス?
「ええ、私は元気よ」
「そうですか……良かったです」
「でしたらこちらをどうぞ。まともな食事をされていないとお聞きしましたので」
私の前に置かれたのは、いつも食べている黒く焦げ付いたパンではなく普通の茶色いパンに白い器に盛られた温かいスープだった。
スープの中には肉や野菜などの具がたくさん入っている。
私はお礼を言おうと、重くて動かない頭を必死に動かそうとした。けど、動かなかった。
お礼を言いたいだけなのに、相手の顔を見ることはおろか顔を上げることすらできないなんて。
でも、言葉だけでも……。
「あり、がとう」
「あなたのそんな姿は見たくありませんでした。もっと良い方法がないのかと模索もしました。ですがどうしてもこの方法しかなくて……他に思いつかなかったのです。もし元気なられたらあなたは必ず恨むでしょう。その時は……」
「だい、じょうぶよ……」
私は意識がもうろうとしている中、そう呟いた。
誰か分からないけど、悲しんでくれていることは分かった。
私にはもう未来も希望もない。
このままずっと幽閉され、ただ朽ちていくだけの屍に過ぎない。せめて、持ってきてくれた食べ物だけは……口に運ばないと。
私は残りの力を振り絞って、お皿の上のパンを掴み口へと運んだ。
「おいし、い」
「ぐすっ!」
「あなた、私のために泣いて、くれるの?」
「ええ、もちろんです。ですがそろそろお別れです。これからあなたのお仲間がこの地下牢から救い出してくれるでしょう。お元気で」
マントの隙間から一瞬だけ顔が見えた。
もしかして、あなたは…………。
「姫様! どちらに!」
また声が聞こえて来る。
次は誰だろう。
今の私には返答する力もないのに……。
「姫様! 姫様!」
「おいネム! 急げって! そろそろ追手が来るぞ!」
この声はユーシス? おまけにネムって言ってた気が……。
これで合図になるかな?
私はスープ専用のスプーンを牢の外へと放り投げた。
ある意味幸いだったのは、この地下牢が鉄格子だったこと。
「おいネム、今何か音しなかったか?」
「ええ、しましたね」
「おい、こっちだ。マジか……」
「ユーシス何が……」
ネムとユーシスは私を前にして口を噤んだ。
ああ、よっぽど私の状態が酷いのだろう。
「姫様どうしてこんな……」
「覚悟はしとけってマントの奴からは聞いてたけど、これはあんまりだ」
「……ネム……来てくれたのね」
「当然です。姫様との約束一度も忘れたことはありません。ですが時間がありません。ここは強行突破で」
ネムは腰に提げた剣を前に構えた。
残像が見えるほどの素早い斬撃は、鉄格子を一瞬で横真っ二つに斬り裂いた。
「ユーシスは警戒を。我は姫様を担いで移動する」
「了解、姫殿下もう少しの辛抱ですから」
私は軽く頷いた後、安心したのかネムの背中で眠りについた。
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