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戦争編〜第二章〜

第136話 バンドマン的な方向性の違い

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 ──幹部を1人、殺してくれりゃいいぜ


 猫畜生の条件はこうだった。


「はーー。どうするよ、リィン」
「とは言えどですよ」

 私とグレンさんは宿の屋根の上に登って街を眺める。


「実行可能と思うです?」
「無理です」

 即答だった。



 コーシカは私達に『要塞都市行きの切符を用意する』という都合のいい切符の条件に、『幹部殺害』というとんでも胃痛案件を用意してきた。

 ちなみにこれ、私達……というか私は受けざるを得ない案件だ。
 コーシカは獣人という種族である以上、私たち人間が変装したとしても鼻が利く。物理で。コーシカ自体が本気になって追いかけてくれば逃亡者である私達はひとたまりもないふたたまりも無い。
 つまり、間違いなくトリアングロ幹部から目印として狙われているだろう私を、コーシカは既に匂いで認識している。こいつだけは絶対敵対するとまずい。

 なのでコーシカのご機嫌取りも兼ねて依頼達成する他ないのだ。

 うっ、お腹が、胃が。
 そもそも瀕死のクラップの相手にして勝てるビジョンが浮かんでこなかった私に対して非常に酷な話だと思わんかね。

 どうせクラップは幹部の中でも戦闘能力は上位だろうけどー。


 で、なぜ私とグレンさんが屋根の上に登っているのかと言うと。

「──ここらの平地の大半が空軍の訓練所。訓練所は『市民入るべからず』、まぁ兵士じゃねぇのに入ったら殺されるのは当たり前だな。その周辺は貧民層の住処。んで、あっちの崖になってる土地は大体富民。兵士の宿舎だったり貴族だったり、上の方に行けば行くほど金持ってんな。ちなみにでかい家は大概幹部の家だと思っとけや」
「でかい家と言うですけど、……4つ? あるですよ?」
「観察眼が優れてんな、どれが誰の家か知らねぇが、幹部4人いるんだからそうだろ」

 土地を教えて貰っていた。

 トリアングロ王国の第二都市はそこそこ広い。クアドラード王国のファルシュ領首都メーディオや、グリーン領首都ダクアよりもずっと。

 ただ、クアドラード王国には12の領地があるのに対し、トリアングロ王国は3、もしくは4。
 国内を分割する、という意味ではかなり少ないと見える。第二都市だけが狭い可能性もあるけど。

「随分、兵士が優遇されるんだな……」
「自然と志願者が増えるだろ?」
「でも生活の基盤となる平民の数ぞ少なくなれば生産が追いつかぬですよね、この仕組み」
「知らねぇな。そこら辺考えるのは貴族の仕事だし、納税も必要。弱っちいやつらは弱っちいなりに、何とかしてっと思うぜ」
「軍も税金で成り立ってるなら、多少なりとも国や軍から保護とか援助があるだろ」

 国のための盾となり、民のための剣となれ。
 クアドラード王国で貴族になれば何度も聞く言葉だ。私達貴族は国に守られ、民に生かされている。だから貴族は政策として民を生かすし、国を護る。


 コーシカはキョトンとした顔をしてグレンさんを見た。

「お前、変わってんな」
「は……?」
「なんで、税を収められた側が動かなきゃなんねぇんだ? 税金は殺されないために払うもんだろ」

 2人して思わず息を飲んだ。
 これは、根本的に価値観が違いすぎる。

「殺されない、ため……?」
「むしろそれ以外にどうするんだ?」

 強い者が正義の世界。
 逆を言えば、弱いことは悪だ。

「幹部になると税金とか払わねぇよ。第一、その税金払えねぇくらいの弱っちい貧困民は都市の郊外で集落作ってる」
「でも、農地はどうなってるんだ。1人で生産するにも限度があるし」
「だ~か~ら、そういった政策は正規の貴族の仕事だっつってんだ。それに、無ければ奪えばいい、それが強くなるために努力した奴の特権だろうが」
「なわけないだろ!? 盗賊と何が違うんだ!?」


 路銀が無いから弱いやつボコして金を巻き上げた私にはちょっと耳が痛い話です。


「はい、そこまで」

 パンっ、と手を叩いて止める。主にグレンさんの方を。
 価値観の違いはすり合わせようとしてもそう簡単に出来ないし、今は私の目的もあるから。

「所でコーシカさん、先程正規の貴族と言うしますたけど、非正規の貴族というのが存在するのですか?」
「ガキンチョ案外耳ざといな。貴族階級には準貴族ってのがあって。1代限りの士爵ってのがあるんだ」

 士爵……。ああなるほど、騎士爵のことか。平民から部を称えるために作られた爵位継承なしの位。同じ準貴族の準男爵と違って騎士爵で終わる人が多い貴族入門みたいな。
 クアドラードは騎士、トリアングロが兵士。騎士爵と呼ぶには確かに違和感がある。だから士爵なのかな。

「──軍に入った兵士は全員士爵をもつから貴族当主だ」
「ブホァ!?」

 えっ、全員!? 全員なんで!?

「流石に貴族カウントするのはなぁ?」
「じゃあコーシカさんも貴族……?」
「まっ、そういうことだな」

 これ、下手したら幹部って伯爵以上の地位を持つ人いるんじゃ……?
 いや、どうやら貴族と兵士では役割が大きく違うから騎士ほど爵位を上げようとしないのかも。んー、わからん。

「それではさらに質問ぞ重ねるですけど、この都市ぞ拠点にする4人の幹部って、誰です?」
「空軍」
「くうぐん」

 個人情報がくそほど出ない!
 苦々しい顔をしてグレンさんが助けを求めるように私を見た。

「……確か、鷲、烏、鶴、梟ですたね」
「あぁ。あ、待てよ。今そういや誰かいるのか……?」

 コーシカは首を傾げる。

「作戦なんざ自分の以外聞いてないからな。空軍は外に出ることが多いし、もしかするといねぇかも。まっ、その場合は運が悪かったってことで、素直に追っ手を待つんだな」
「……運ぞいいような、悪きような」
「間違いなく悪いだろ」
「でーすぞねー……」

「「はぁ……」」

 胃がキリキリしている。そもそもコーシカが追っ手でなければどうにかなったと言うのに。

「クラップ相手は絶対嫌ですし、幹部の力も未知数。……精々、鶴、くらいですかね」
「なんで?」
「引き継ぎは若いはずです。元鶴の弟か妹か、のはずです故に。……多分」
「クラップから聞いたのか」
「………………いや、元鶴本人に」
「ほんにん…………?」

 どこで会ったんだ、といいたげに首を傾げられた。信ぴょう性、あるような無いような微妙な所なんですよ。あの空気野郎。

「ふわぁ、寝み。確かに鶴野郎ならなよなよしてたし楽かもな」
「アレに振り回すされた人間でしょうし狙いはそこですね。いるかいないかはさておき」
「アレって何? ねぇ、アレってなんだよリィン」

 コーシカが大欠伸をしてシッポを屋根にビタンと叩きつけた。
 彼はそのまま立ち上がると、私達を向いて言う。

「じゃ、またな、ガキンチョ」
「あ、待つして待つして。もう一つだけ」

 疑問に思っていたことがある。

「幹部を殺す、って。コーシカさんはトリアングロに私怨があるですか!?」

 この質問に肯定で返されれば、コーシカを味方に引き込めることが出来るだろう。

 コーシカは私の姿を鼻で笑った。

「無いに決まってんだろ。──この国は下剋上の国、願いたくば、それ相応の武を示せ。国のルールは一つ、幹部を殺せば幹部になれる」

 両手を広げて歯を見せながら笑っている。

「郷に入っては郷に従え、部外者だろうが関係ない。俺が決めた。幹部に成り上がれる実力があるんなら、俺が手を貸す理由になる。ふっ、はっはっ、期待してるぜ、小動物共」

 機嫌良さそうにそう告げると、ポカンとした私達を取り残してコーシカは跳躍した。屋根をつたい、遂には消えていく。


──ドサッ

 私とグレンさんが同時に屋根に崩れ落ちた。

「っ、はー! こっわ、こっっっっわ!」
「過激な敵じゃなくて良かった、過激な敵じゃなくて良かった!」

 威圧に固まっていた私達が心の叫びを零す。
 下剋上の国。──理解していたけど、実感はしてなかった。

 遅れて震えがやってきた。思わず屋根に倒れるように寝転ぶ。

「あいつとやりあえ、って言われても絶対無理」
「そもそも私達魔法が使えぬ魔法職ですぞ? 獣人と死ぬほど相性ぞ悪い」
「それな」

 魔法がせめて使えれば心に余裕が生まれるというのに。
 グレンさんの式神のおかげで多少は余裕あるけどさ、やっぱり有限なわけで。


 
「あの3人がちゃんと動いてくれればいいけど」
「ちょっと……ううん……」

 独自で動けばろくなことにならないと思うのでやっぱり私とグレンさんが手綱を握る他ないと思うんです。

「…………なぁリィン」
「ん、何です?」
「俺、この国のやり方、大っっ嫌いだ。弱者を食い物にするこのやり方が」

 私は、案外そこまで嫌悪感がない。
 頑張れば頑張るほど報われて。自分のことしか考えない自分本位のこの国は。
 ただ、クアドラードの貴族である以上、言えないけれど。



 税金の捉え方や価値観がクアドラード王国と違うというのはある。

 クアドラードは極端な表現をすると、税金を払うから騎士は民を守る。

 殺されないために払う。異常に見えて、国の仕組みを考えると納得考え方だ。幹部成り上がりの手段が『殺人』ならば、人の命の扱いは軽いだろう。逆に、自分の命を金で買っているのだ。

 別にクアドラード王国も命のために税金を払っていると言っても過言じゃないよ。騎士団は税金で出来ているし、貴族も税金でできている。
 ……国のあり方って難しいな。

 クアドラードは魔物という外敵がいる。だから騎士は税金で民を守る。
 トリアングロは人間という内敵がいる。だから市民は税金で命を守る。

 向けられる刃がお金を払う張本人であるか、ないか、というだけだ。


「どうすればいいと思う。俺は別に、そんなに強いわけじゃない。でもやっぱりさ、腹立つから」
「簡単ですぞ。それに、丁度いいタイミングです」
「そんなに簡単なのか?」

 私は起き上がってグレンさんに言った。

「この戦争──勝ちに行けば良いのです」

 とっても簡単で、死ぬほど難しい単純なやり方を。



 ==========



「俺たち、リィンと我が友に迷惑かけてると思う」
「それは確かに」
「『そうなの?』」

 幹部殺害なんて厄介な仕事を受けた2人に置いていかれた3人は顔を向き合わせた。

「迷惑かけないように、それでいて手柄をゲットするんだ!」
「おー!」
「『おー!』」
「……でも俺は馬鹿だから何も浮かびません! というわけで共に知恵を貸してくれ!」

 リック、カナエ、エリィが顔を見合わせる。

「残念ながら、あたしも自称他称共に馬鹿です! お馬鹿ちゃんです!」
「『人間の事、詳しくないから分からないですわ』」

「……だぁよなぁ」

 リックはガクッと肩を落とした。
 ちなみにエリィはまだエルフ語で喋っているし、リックはエルフ語が分からないのだが。伝わるのはあれだ。シンパシーだ。
 そもそもエリィ自身が表情豊かであるので、感情を汲み取りやすい。あと純粋に馬鹿なのは分かっている。


「そういえばエリィちゃんってなんで魔法使えないの? エルフなんでしょ?」
「『精霊が、言うこと聞きませんの! 居ないってわけじゃないのにわがままばっかり!』」
「具体的には?」
「『ルのエルフじゃなきゃやだ! だ、そうよ』」
「ルのエルフ?」
「『分かりませんわ』」

 エリィの言葉を聞きながらカナエも考えるが、カナエは異世界人故にこの世界に疎い。
 エリィは純粋にお子様なので考えるのが苦手である。

 よって、この国の精霊がエリィに力を貸さない理由。──『エリィがル族エルフでは無いから』という理由に辿り着けないのであった。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、烏合の衆は所詮カラスの浅知恵でしか無いのだった。

「とにかく、最初にリィンが言ってた路銀稼ぎ? ってのなら俺達も出来るよな!」
「うん! そうだよね! 冒険者ギルドが想像よりもしょぼかったけど、困ってる人って絶対いるよね!」
「素材があるなら採取して買取してもらえばいいし!」
「うんうん!」

 金貨9枚をすぐに奪ったかせいだリィンを知らない3人は一生懸命考える。浅知恵を。

「……ピーン、俺思いついた」

 リックが顔を上げて2人に言った。

「鎮魂の鐘、ってところでバイトとか、すればいいんじゃないかな?」

 リィンは言っていた。鎮魂の鐘と冒険者ギルドが中立組織であると。
 流石に余計なことをして迷惑を掛けるのは困る。だから中立組織の選択肢だった。

「ナイスアイディア!」
「『それですわ!』」

 こうして、お馬鹿3人による『初めての遠足』が幕を上げた。
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