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戦争編〜第三章〜

第155話 思考を止めてボケに回りたい

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 近くの集落に来ました。

「結局行くんだ」

 カナエさんのツッコミに私は頷いて一行を見た。
 全員ノッテ商会の服装を装着している。ちなみに一番似合うのはカナエさんで一番似合わないのはエリアさんでした。

「正直、集落の様子ぞ見たきという欲はあるです。この国のこと、ほぼほぼ知らぬので」

 1ヶ月以上この国にいるけど、やはり常識という点に関しては不足している。地元のパン屋さんがどこにあるのか、とか、出身校はどこなのか、とか。その街で暮らしていたら身につく話題が振られた場合答えきれないので。

「──それよりリィンって黒髪も似合うんだな!」

 リックさんの空元気に私は視界に入る髪の毛を見た。

「でしょう?」
「なん……。なんでしょうね、そこはかとなくすごく嫌ぁな感じなのが、こう、吐きそうになってしまいます」

 私の笑顔と対照的にエリアさんは何故か嫌そうな顔をしていた。


 今の格好の説明をさせてもらおう。
 まず、国境基地で金髪の意味を知った私がわざわざクラップに追われ目をつけられるリスクを背負いながら第二都市でも金髪の髪を晒し続けた理由はひとつ、ノッテさんの様なクアドラード側の人間を見つけるためだ。
 現状ノッテさんと協力きょうはくしている以上金髪を見せびらかす必要が無くなったわけだ。

 そこで私がとった策は……カツラ。
 ノッテ商会はスパイらしく潜入道具も持ち合わせている。超本人のノッテさんも実際していたし。だから私はちょっと強奪おかりして、少年風になっている。……まぁ、流石にカラコンなんて物はないから瞳はペインの色のままなんだけど。


「(うっっっわ、似てるし血筋を感じる。絶対ヴォルペール様と……って言うか王族に近いでしょこの顔……)ちょっと靴にキスを送りたい」
「なんて????」

 そんな引いた顔しながら言う発言じゃないしよくそんな器用なこと出来るな。
 クロロスが結構心の声漏れちゃう系の奴だったから兄も欲望漏れ出るタイプなんだろうか。嫌だな。というかエルドラード家に身分バレたくない。

「それにしたって……」

 グレンさんがキョロリと辺りを見回す。その横で悲しそうな顔をしたのがカナエさん。
 ちなみにカナエさんの手をぎゅっと握っているのは最年長さいねんしょうのエリィだ。

「……この集落」

 グレンさんは必死に言葉を探したみたいだけど探しきれなかった様子。

 それもそうだろう。
 この集落はスラムよりも酷い様子だった。衣服はかなりボロボロ、恐らく軽く引っ張っただけで使い古した雑巾のように裂けてしまうだろう。藁を編んだ草履は擦り切れており、髪の毛は当然、荒れ果てている。畑で作物を作っており、近くに森もある為植物に恵まれてはいるが水の気配はない。地面は乾燥しており、樽に汚れた水が入っているのが見える。
 そして集落の人間。彼らはとてもやせ細っていた。骨のうえにゴムを被せただけのような身体。皮膚は乾燥で白く粉吹いており皮膚剥離も見られた。栄養がとれてない証拠だ。

 でも、表情はとても穏やかだった。
 明らかに不幸の最中にいる環境下なのに、集落の人間は困ったように笑いあっていた。

「……なんだろう、あたし、涙が止まんなくなっちゃった」

 現代社会出身で、異世界に来ても屋敷に監禁されていたカナエさんが涙をポロポロと地面に落としていた。

「可哀想とは、言い難いんだよな……。なんでだろうか。悲壮感が無いというか」
「これが彼らの幸せの形だったのでしょうね」

 グレンさんが未だに言葉を探している中、祈るように拳を握りしめるエリィが言葉を零した。

「突っ立つ暇ぞ無きですよ。棒立ちですと商会の人間では無きなのバレるですぞ」
「そこの冒険者達。何をしているんですか、早く荷物を下ろした倉庫に向かいましょう」

 二台の荷馬車でやってきた私達だったが、一台壊れてしまったため無事な荷物を集落の倉庫に置かせてもらい、職員の半数が馬車の修理、半数がもうひとつの馬車で積荷を補充しに向かった。
 私達は集落で荷物を見張っておく仕事が与えられることとなったわけだ。
 ノッテ商会の職員は1人も居ないから心配だけど、もしもを考えるとイレギュラーの私達が固まっておく方がトカゲの尻尾切り出来るしね。

「……冷静だな」
「あのクリア様も流石貴族だよな~じょーきょー判断とか切り替えが早いんだよ」
「エリア様ね。いや、でも、うん、2人は冷静って言うかちょっと冷たいって感じるかな……」
「リィンさんってこういう場面で表情崩さないのかしら」

 先行する私とエリアさんの後ろで4人が着いてくる。


「……………………。」
「…………。」

 隣で歯を噛み締める音に気付かないフリをした。



「──と、言うことで交代制で睡眠ぞとるすて荷物を盗まれぬか、襲撃ぞ無きか、などの見張りするです。まぁまずは男女2人組で交代すましょう」

 1日3交代8時間制でしばらく様子を見る。
 ノッテさん曰く、一週間位は時間がかかるらしいから。

「まずはエリアさんと私が組むです。あとは……リックさんカナエさん、グレンさんエリィのコンビでお願いするです」

 流石に庶民初っ端貴族はキツイだろう。
 それぞれが相方と目配せしながら挨拶している中、私は隣で従者のように立っているエリアさんを横目で確認する。

 ……この人、貴族当主だけど完全に主人がいるよなぁ。

「肝心の夜の見張りだけど」
「時間帯はそれぞれの希望制……と言いたきところですけど、カナエさんは避けるしましょう。夜目ぞ効かぬでしょうし」
「反論も出来ない……」

 男共はまず問題ないとして、エリィは魔法が使えなくてもそこらに精霊がいるから情報を集める位は出来るだろう。私はまぁ、夜は寝たいけどそうも言ってられないし夜中の襲撃とかは(双子で)慣れっこだし。

「では私と金色の姫が」
「リィン」
「………リィンさんが」

 こういう所まで似なくてもいいと思う。

「はい、ということで初夜は私達担当で」
「はーい」
「いやちょっと待て言い方ぁ!」

 ありゃ、まずかったかな。
 カナエさんは問題なく認識しているけどグレンさんがツッコミを入れてきた。
 ふむ、受け取り方に違いがあるということはカナエさんの自動翻訳って翻訳された側ではなく翻訳する側の意味を読み取っているのか。興味深いけど、言葉遊びとかは苦手っぽそう。詐欺に会いやすいような。勘違いを起こさせやすいというか。

「……ではなんと? 新枕?」
「なんでそうなる?? 普通に初日とか夜番初日でいいだろ」
「おー、わったーし、言葉、よーくわかるませーん」
「嘘ついてないのが腹立つんだよな」

 既に脳内言語完成させた状態で新しい言葉を辞書もなくここまで育てた私、褒められはすれど馬鹿にされる覚えがないんだけど。


「こんにちはノッテ商会の皆様方」

 全員が声の方向を見る。
 そこには骸骨よりはまぁちょっとマシかな、程度の男性が居た。ただし片腕が無い。

「……っ!」

 カナエさんが小さく息を飲んで顔を逸らした。

「私はこの集落のリーダーをさせてもらっています、スダンと申します」
「そっか! フダンさんよろしくな!」
「お前頼むから黙ってろ」

 今回は惜しかった。
 リックさんを下がらせたグレンさんが視線で私に語りかけてきた。『ごめん、こいつは抑えとくから後は任せた』って。馬鹿野郎、言語不自由を全面に立たせるな。

 最近カナエさんにあって堕天使による転生のバグというか災厄がこの言語能力なのではないかと気付いてしまった。

「こんにちはスダンさん。すみません、急に立ち寄らせて頂いて」

 エリアさんが語り始めた事て、あっ、そういえば交渉出来る人居るわ、ということを認識した。
 今までは常識なしなまえばか常識なししりょうつかい常識なしいせかいじん常識なしエルフって胃痛パーティーだったから常識なしの中でもまぁまだアドリブ出来る私が全面に出ていたけど。

 いやー、でもこのエリア・エルドラード男爵。エルドラードなんだよね。信じられねぇー。どこまで出来てどこまで利用していいのか。
 ……クロロスだったら良かったけど。

「いえ、ノッテ商会の皆様にはお世話になっていますから。こうして立ち寄ってくださった際に食事の提供も……」

 …………ん?

「エル、ストップ」
「……! は、はい」

 私はエリアさんに屈むように指示するとその耳元で声をかけた。

「その男、恐らく兵士です」
「…………気付きませんでした」
「負傷兵だとは思うですけど、傷口ぞよく観察すて。火傷跡もあるです。決して綺麗ではなきですし、ここ近年に付けるされた怪我かと」

 スダンという男はまず、こちらに向かう際気配を消していた。気配が消せるのはそれなりに足の運ばせ方を学ばないとできない。声をかけられるまで、私ならともかく男達が気付かなかったんだから。

 そして視線は武器に。その後、背後の人間まで確実に観察した。

 怪我は先程あげた様に、日常生活では付きにくい。指だけならともかく、二の腕から先がないのだから。火傷跡もあり、右手が無くなるほどのもの。

 恐らく、原因は爆発。地雷やら銃やら火薬による物だろう。しかも何年も経ったというわけでは無く比較的新しめ。長くても1年だろう。

「……つまり彼は」
「はい、ピエロです」

 ここから推測出来ること。彼は本当のリーダーではなく、偽物だ。集落の人間が彼を見ている……というより見守っている所から考えて公認だろう。
 めちゃくちゃ警戒されているのか、事情があるのか、どちらかだな。ろくなことは無い。

「あの……如何しましたか?」

 口調が丁寧であることも含め、確信に近い。
 私とエリアさんは体勢を戻して笑顔を返した。

「すみません、この子が旅路で疲れたようで」
「あ、これは気も利かず……」

 スダンはペコペコと頭を下げ始めた。
 すると私を補足して膝を曲げ、視線を合わせた。

「こんにちは僕。お姉さんのお手伝いかな」

 頭の髪色に視線を向けた後、カナエさんを向いた。……まぁ妥当っちゃ妥当だな。
 他は異世界人特有の雰囲気と個性ある顔立ちって言うか、そもそも髪色って言うか。

 私は人見知りする子供のフリをして頷いた。

「……ノッテ商会さん。お早めに、この地を去ることをオススメします」
「それは一体…………」

「スダン!! クフの奴が兎を採ったらしいぞ! 今夜は皆で鍋だ!」
「すぐ行く! ……っと、こちらも呼ばれてしまいましたので失礼します」

 話を誤魔化すようにスダンは呼ばれた方向に向かっていった。
 やせ細っているけど、誰よりも顔色は良さそうだ。


「……これは、確定ですね」

 先程の忠告。
 この集落が危ないということ。

「それって、リィンの予想の盗賊の拠点ってやつが?」
「……でなければ、ここまでやせ細りはせぬでしょう」

 正直、この集落の人間が立って歩いていること自体驚いているのだ。食事は少量を2日に1回とか、その程度だろう。兎が取れる環境下なのにこの飢餓状態だ。


 2週間食事をとれなかった人間の体を見たことがあるだろうか。
 立つ気力もなくベッドに倒れており、子宮などのかたい内臓が皮膚の上から見えるのだ。
 骸骨より何かが多い違和感を気付いた時の恐怖を、感じたことがあるだろうか。

 ……私はある。母がそうだった。

 生まれたばかり……いや、翌日だろう。あやふやな視界と記憶の中パパ上に抱き上げられた時に昼寝をするようにベッドで永眠していた姿を。私は見た。
 息を引き取ってすぐの表情は、死後硬直もなく口が開いていて。

『後は……お…願い……たし……は』

 生まれてすぐ聞こえきた懐かしい声は……。

『この子を……守って……約束よ、絶対だから』

 あの時は母が死ぬなんて思ってなかったから曖昧にしか覚えていない。黒い髪がサラリと落ちてきたのを覚えている。すぐに眠気が来たから。

『…………あなたの名前は……』

 そして母は名前を呼んで……。

「──リィン?」

 ハッと顔を上げる。
 心配そうに顔を覗き込んでいるカナエさんが居た。

「あ……、ごめんです」
「すごい考え事してたからちょっと心配になっちゃって。大丈夫? あっ、もしかしてあたし邪魔しちゃった!?」
「……カナエさんって何故こうして力が抜けるのか」
「おっとぉ? これは、褒められた?」

 微妙だな、なんてウンウン唸っている。
 推定でしか無いけど、前世が同じだからカナエさんの雰囲気は記憶の奥底にある懐かしさを蘇らせてくれる。日本人のこのほのぼののほほんとした感じ。クアドラードとトリアングロも殺伐としているからさ。

「ていうかさ、見張り以外って何する? なんかすること無いよな?」

 リックさんが後頭部で頭を組みながらそう言った。

「──盗賊退治、しないか?」
「下手に注目集めたらこれまでの努力がパーになるだろ。却下!」

 これでもクランリーダーなんだぜ。あいつ。

「それよりも私、憧れのあの方のお話をリィンさんから聞きたいのですけど」
「おしゃべりってこと? いいねー! やることないし楽しい話でもしようよ」



 ……はー、緊張感無くすなぁ、このパーティー。胃痛がしてきた。胃痛で死にそう。
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