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戦争編〜第四章〜
第185話 紛い物の王子サマ
しおりを挟むヴォルペールは砦を落とすと決めて3つの手を打った。
ひとつ、トリアングロ陣営の戦闘非戦闘員問わずの拷問。恐怖を伝染させるため、一人一人丁寧に、命は取らずに返した。分からないということは恐怖だ。
ふたつ、部隊の温存。砦の目の前に居ながらクアドラード連合は守りに徹した。ローク・ファルシュでさえ破れない砦。攻めても成果が得られないのならいっその事と守りに転じた。
みっつめ、内部調査。トリアングロ国内では魔法が使えない。故にその足で情報を集めなければならない。戦闘に紛れて一人また一人と砦の中へ伏兵を送り込んでいる。恐怖で混乱している最中では、見知らぬ人間など気にもとめない。錯乱した様子を見せれば疑われることもあるまい。
リィンとのリンク魔法が切られてすぐに国内に進軍した為魔法により城の状況を伺うことは不可能だ。最も牢屋の中でめちゃくちゃ寛いでるとは想像もしてない。
パッと見現状維持の姿勢を取るクアドラード。
それに痺れを切らすのは誰であろうか。
クアドラードの騎士達? いいや、国の方針は『時間稼ぎ』だ。ヴォルペールの現状維持策は国の方針に沿っていると言っても過言ではない。
トリアングロが派遣したスパイ幹部からの情報により、クアドラードが『国内改修政策の為に負け戦前提で時間稼ぎをしている』ということは知らされていた。
つまり、時間をかければかけるだけ、戦争が終息した後に支配しづらくなるのは……トリアングロなのである。
「お坊ちゃん、時間稼ぎするならクアドラードでやる方が賢いやり方だったわねん」
そしてヴォルペールは、幹部を引き摺り出す事に成功したのだった。
「………………。チェンジで」
「そういう制度はないわよん」
まさかこんな化け物は来るとは思っても見なかった。すっっごい後悔をしている。
「噂の第4王子がどんな坊ちゃんか興味もあった事だし……アタシがわざわざ来たってのに……」
ジャキリ。
当然ながら近衛が近付く事を許さない。各々が幹部ヴァッカに剣を向けて居た。
「随分な歓迎じゃなぁ~い?」
大男だ。見下ろすその姿にはプレッシャーしか感じ取れない。
いや嘘だプレッシャー意外にもちょっと言葉にするには複雑すぎる感情が溢れてくる。なんだこれ。なんだこれ。
「……青の副団長じゃあるまいに…………」
「おいやめろ」
近衛がボソリと呟いた。
ヴォルペール(とヴァッカ)は現青の騎士団副団長のレイジ・コシュマールを思い浮かべたがその発言の真意は読み取れなかった。
元青の騎士団副団長のクアドラード産化け物の事を知ってる近衛は普通に複雑な心境だった。
そんなそれぞれが複雑すぎる気持ちを抱えている中、ヴァッカがひとつ質問を問いかけた。
「んねぇ王子サマ?」
「あ、は? ……なんでしょうか」
王子の仮面を被り直してヴォルペールが返事をする。
「……。やだ王子サマ、もしかして敬語キャラ? 典型的な王子サマってロークと被るからやめて欲しいわねん」
なるほど。
つまりローク・ファルシュは仮面の姿である、と。
嫌なことを知ってしまったな。あんな化け物と同じ穴のムジナか、と。
「申し訳ありませんが、これが素ですので」
困ったように笑いかけるとヴァッカは嫌そうな顔をした。十年以上も仮面を被り続けていれば本当にもなる。別に嘘の姿ではないし、素でもある。事実だ。
「んでぇ? 王子サマがアタシの可愛い~子達に、酷い目遭わせた犯人かしら?」
その問いかけにヴォルペールは返答を迷った。ただの冒険者の仕業にしてもいいけれど、と。……だがまぁ、ただのCランク冒険者でしかないペインには肩の荷が重い。
「──それが、何か?」
「うん、よろしい。死ぬ覚悟は出来ているようねん」
ヴァッカのハルバードが命を簡単に削った。
ヴォルペールは棒立ちのまま、近衛が庇い攻撃を受けたのだった。
「なんで避けないのかしら?」
「護衛対象の私がここで動くと近衛の邪魔になるから、ですね」
「はんっ、それで命が潰えるのを呑気に見学してるってわけ」
「呑気なわけがあるか」
ヴォルペールはヴァッカを睨んだ。
「腸が煮えくり返るくらい腹が立ってるさ。紛い物の王子なんかを護ってくれる騎士達を」
『俺が必ず護ってみせる。殿下、あんたはここで死ぬ男じゃない』
「情けなく見送る事しか出来ない俺にさぁ!」
ヴォルペールは剣を握りしめて攻撃を仕掛けた。
「殿下!?」
近衛が驚きの声を上げる。
王子であるヴォルペールが動くには理由が必要だった。近衛の1人が戦線離脱し、自ら動く方が良いという判断をする理由が。
ヴォルペールは自分が近衛より弱い事くらい知っている。
……だけど。
「(頼んだぜ、ラウト!)」
──ガンッ!!!!
特攻したヴォルペールに狙いを定めたヴァッカの攻撃は簡単に予想が出来た。ハルバードとヴォルペールの間に、Cランク冒険者のラウトが滑り込む。
「礼を言う、冒険者!」
「王子のお役に立てるのなら、本望です、よっ!」
ペインの最初の仲間は、ラウトだった。
幼い頃抜け出した王都の冒険者ギルドで同じ新米同士だからとコンビを組んだのが最初だった。
ペインは交渉を、ラウトは戦闘を。次第に実力は並んできて、絆も深めあって、サーチと再会しトリオになって、リーヴルと出会いチームになって、依頼も増えて。クライシスの一件で王子とバラした時も、驚きはしたものの受け入れた。
お互いの動きは目をつぶっても読める。
下手に近衛と共に攻撃を仕掛けるよりは、2人で。
「(さぁ、しばらく俺を見ていろ、幹部!)」
お前達は個だろうが、こっちは全だ。
「………………いやねぇ、王子サマのその目。まるで自分が正義だと思っているような目だわん」
眉間に皺を寄せて、ヴァッカが呟く。
「お若い王子サマ。……あんた、いつか命を抱えすぎて重圧に押し潰されるわよ」
「……。」
「アタシ達は軍を率いているから重さに馴れてるけど、戦争を経験したことがない平和に馴れたお子様が、抱えていけるの?」
心配なのか馬鹿にしているのか。
ヴォルペールは獰猛に笑った。
「──仲間が、民が、重圧であってたまるか」
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