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4.「婚約破棄されて終わりでは?」
しおりを挟むもとから、少し自分とは違う常識で生きているような気はしていた。だからシュテファニは、フーゴの言うことが理解出来ない、という場面に多々出くわしたことがある。
とくに使用人に対しての振る舞いがよくなく、フーゴに何人か付けた侍従からは何度も交代を求める嘆願が届いていたりした。
ほかにも、何故か買い物の支払いがシュテファニのところに来るのだ。婚約して同居はしているが、今はまだバーデン家に籍があるフーゴ。何故アイブリンガー家に請求書が届くようになっているのか不思議で、フーゴに確認してみたことはあるのだが「当たり前だ。」しか言わないのだ。
いろいろ聞いても結局意味がわからず、バーデン家に回しておきますねと言って処理していた。
今回もまた、理解出来ないことをつらつらと喋るので、シュテファニは困惑していた。
「侯爵は、私ですが。」
「? 何を言っている。」
「いえ、あの、え? な、何を言っていらっしゃいますの?」
「はあ?」
お互いがお互いにわけわからない状態になってしまっている。このままでは話が進まないだろうと執事が通訳を買って出た。
「口を挟んで申し訳ございません。しかしこのままでは話が進まないと思われますので、私が通訳させていただきます。」
「ぶっ……通訳って…イーヴォさん、ふふっ……」
「ザビ。笑わない。」
「ユジルだって笑いこらえてんじゃねぇか。」
「うるさい。」
話が通じないのだから、客観的に見て何とか理解出来たという執事が取り成すのはいいとして、それを通訳と称したのがツボにハマったか、同じ言語を話しているのに通訳って! と、ザビは笑いを堪えるのが大変だった。ユジルも真顔で肩を震わせている。
「シュテファニ様。フーゴ様は自分がアイブリンガー家の当主、アイブリンガー侯爵だと勘違いなさっているようですね。」
「まあ。ご自分が侯爵だと??」
「勘違いなどしていない! 失礼なヤツだな! お前はクビだ!!」
「いえ、あのフーゴさ――」
「シュテファニ、お前の父親は五年前に死んだだろう! それから侯爵位は空位のはずだ! 私が婚約したことで正式に侯爵になったんだ!!」
執事の言葉を遮って自論を並べるフーゴ。
前アイブリンガー侯爵が亡くなった時、国王からはそのままひとり娘であるシュテファニが侯爵位を継ぐことを認められたため、現アイブリンガー侯爵はシュテファニということになる。しかし学が足りなかったフーゴは、女性が爵位を継げるなんて思ってもいなかったのだ。
6年前に法改正があり、それまでは無かった女性の爵位継承が認めらることになった。
今でも通常であれば継ぐのは男児という家が大多数だ。新しい法案なので、知らない人がいてもおかしくないことはない。
それこそ、引退して田舎の領地に引っ込んだ貴族連中には関係のないことなのだから。
法改正後は、何か問題があった場合のみ、女性の継承権が認められるようになった。
しかしフーゴはその頃学園に在籍していたはずだ。大きく変わった法なので、改正前から話題には上っていたし、授業でもきっちり教わったのだが、どうやら聞いていなかった様子。
「シュテファニ! アイブリンガー家には女児しか居ないのだから、婿である俺が継承者だろう!」
「法改正前までは、そうでした。」
「法改正?! 知らないぞそんなもの!」
「そんなに大声でご自分の無知をご公表いただかなくてもよろしいですわ。それに、法改正前だとしても、フーゴ様はまだ婿ではないのですから、婚約者が浮気したと私が訴えたら婚約破棄されて終わりではないでしょうか?」
「なにっ?!」
ここでやっと、自分の失態に気づいたフーゴ。
女児しかいない家の浮いた爵位を継ぐのは、その女児と結婚した者。
すでに婚約し同居していたことから自分が侯爵を継いだのだと思っていたが、考えてみればそうだ。 失念していた!
やはり今日情事を見られたことは失敗だった……。
と、フーゴは頭を抱えるのだった。
その思考回路の片隅にでも、シュテファニがすでに侯爵を継いでいることが理解出来ていれば、今後の失態は少しはマシなものになったのではないかと思う。
しかし、いったい何を聞いていたのか何も聞いていなかったのか、フーゴの頭の中のアイブリンガーの侯爵位は、未だ空位のままで、シュテファニと結婚すれば自分が侯爵になれると信じて疑わなかった。
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