推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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1章

すぐ赤くなる医者

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片喰はアスクに潰されまいと押しのけながら聞き返した。

「あんなって?別に普通じゃねえか?」

「いや、片喰さんは知らない時だよ。手術前の様子もおかしかったしぃ…普段は僕の力なんか借りないのに、傷も残したくないからっていつも以上に丁寧にさぁ…それでドクターも数日寝込んでたんだ」

「そうだったのか。アスクも手伝ってくれたんだな。ありがとう」

押しのける手は緩めずに礼を言う片喰にアスクはまた愉快な気持ちが爆発しているようだった。
どんどんという地響きの原因は部屋の入り口にある尾の先が床を叩く音だ。
愛らしい動作だがそのあたりの愛玩動物とは規模が違う。床が抜けてしまうのではないかと変なところが心配になった。

「ふふん、いいんだよ。それも変だけど、なによりさぁ!手術が終わった後に、かたばみがドクターのこと呼んだらさぁ~!ドクター、泣い…」

「アスク」

ご機嫌にというよりは面白がって話すアスクを氷のように冷たい牽制が貫く。
固まったアスクを退けて手を伸ばし、カーテンを開けて声の方を見る。
湯気の立った小鍋をお盆に乗せたルイが部屋の入り口に寄りかかるようにして立っていた。

「何話してるの?アスク・ラピア」

「ヒッ…」

アスクは見てわかるほど怯えて片喰の後ろに巨体を隠そうとまわりこむ。
到底隠れきれるはずもなく、部屋に入ってきたルイに尾を掴まれ引きずり出された。

「あぁぁぁドクターごめんってぇ!そんな照れなくても」

「この部屋から出るんだ、アスク・ラピア」

「は、はい……」

ルイの目に睨まれた蛇は蛙のように縮こまって大人しく部屋から出て行った。
ルイとアスクは、ガチャで当たる属獣や使い魔といった魔力や契約で従える属従ペットの関係性には見えなかったが、実際のところはわからない。今のはどう考えてもルイが主人だ。
ルイのあまりに冷たい声に呆気にとられていた片喰は、怒りながらベッドサイドまで来てカーテンを閉め、粥をサイドテーブルに置いたルイの顔を恐る恐る覗き込んだ。

「ルイ…」

「もう、アスクはいらないところまで全部喋るから困ってるんだ」

鬼の形相で怒っているのかと思いきやルイはその白い陶器の肌を真っ赤に染めていた。
沈んでいく夕日では誤魔化せないほどの赤さに片喰までつられて赤くなりそうだった。
ルイはベッドの横にある元々座っていた丸椅子を引き寄せて腰を下ろすと粥をお盆ごと自分の膝に乗せる。
出汁の匂いが小鍋やルイ自身から立ち込めて片喰の腹の虫が急に空腹を思い出して喚く。

「さ、忘れて。数日寝てたから、とりあえず優しいものからゆっくり口にしよう。力入る?」

「あぁ、大丈夫だ」

「はい、口開けて。あー」

ルイは手早く手袋を付け替えるとスプーンで粥を掬ってしばらく空中で冷まし、口を開けるように促す。
片喰は何の違和感もなく口を開けて粥を運んでもらい軽く咀嚼してゆっくり嚥下した。
見届けたルイが味の感想を聞いたところで今の状況に急に恥ずかしさがこみ上げ赤面した。
ルイは医療行為の一環としてやっているのかもしれない。片喰からすれば親が子、新妻が夫、恋人が恋人にするような甘い行為である。
うれしいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら、情けなさと照れで器に手を伸ばすもルイは気付かずにまたスプーンで粥を掬い上げる。

「ルイ…」

「ん?熱かった?ふーふー冷ませなくてごめんね」

「い、いや、そうではなくて…自分で食べられる、から…」

消え入るように主張するとルイは一瞬きょとんと目を丸め、そして再びじわっと赤くなった。
春の名残雪に埋もれた梅が開花するように頬から目尻が染まり語彙は全て吹き飛んでただ綺麗だという感想しか頭に浮かばない。
自分の羞恥心すら吸い取られて露と消えた。

「…ルイは色が白いせいかすぐ赤くなるな」

考える力まで雪と共に溶かされて脊髄反射の言葉が口から零れる。
ルイはますます赤くなって睨むように見返し意固地になってスプーンを片喰に突き付けた。
まだ熱い粥が少し垂れたが、全ての仕草が可愛く愛おしい。

「うーん、しばらく寝ていたからかルイが余計可愛い気がするな」

しばらく寝ていたからかルイが余計可愛い気がするな、と片喰は思った。
思っただけではなくそのままそっくり言葉になっていたがルイはこれ以上赤くなることができない。
スプーンを持つ手が小刻みに震える。
可愛いと言われることはルイの中で地雷だった。
いわゆる童顔で綺麗な面立ちをしているという自覚は幼い頃から嫌というほどわからされてきた。
庇護欲をそそる見た目、その外見に集る虫。
そこから中身を知って恐れ手酷く離れていく蝿どもの数は数えきれない。
いっそ汚い蛆のような見た目であれば初めから傷つくことはなかったと何度外見を恨んだかもわからない。
そのようなことは口にもしないが、可愛いと言われるたびにルイの心は少し欠けていく心地がしていた。
しかし、本人すら口にしたと気付いていない片喰の可愛いという呟きにルイの心は誤作動を起こしていた。

「片喰さんは…たらしだよ」

「え?はっ?た、たらし?いや、ルイ誤解だ。俺はお前だから…お前のオタクだからこうなのであって…誰でもそんな、可愛いと思ったりは…え?いやいや何言って、悪い…」

「そういうとこだよ…」

焦る片喰にルイはため息に緊張や恥ずかしさを乗せて吐き出す。
自分で食べるようにと粥をお盆ごと片喰に押し付け、立ち去ろうかと一瞬の逡巡の後にもう一度ため息をついて片喰に背を向けるようにベッドに腰かけた。
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