推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

文字の大きさ
21 / 101
1章

片喰の気持ち

しおりを挟む

小さな背中が片喰の左腕にもたれかかる。
食事の世話よりも心臓が疾走する事態に片喰はルイの意図するところをはかりかねてただ体を強張らせた。

「…目を覚ましてよかったよ。血液が足りなかったから」

やましい気持ちが膨れ上がっていた片喰はルイの真面目なしみじみとした声で我に返ってそっと粥をテーブルに置いた。
ルイの星屑が散らばった銀髪がスカーフの結び目を押し上げている。後頭部しか見えずどのような表情をしているかはわからない。

「アスクから、エクリプサーのことと、お前の…双子の兄のことも聞いた。それから手術のことも」

ルイの身体がぴくりと反応する。

「傷も残さないように丁寧にしてくれたって…ルイも寝込んでたんだろ」

「あれは…大掛かりな手術だったから。別に片喰さんがどうとかじゃないから気にしないでいいよ」

棘のあるような言い方のルイにアスクの茶化したような言い方が被る。
目の前の柔らかな銀髪を注視しながら片喰は愛おしさと同時に意地悪な気持ちが湧いてきて抑えることができなかった。

「でも、泣いてくれたんだろ?」

「だってあの時はぁ、…うっ…」

否定ではなく言い訳をしようと振り返ったルイがバツの悪い顔をする。これでは肯定になる。
自分のために推しが泣いてくれるなどこれほど感激なことはない。
片喰のオタクな側面が心の中でペンライトを必死に振る。一方でその顔を見て、光栄だという以上の気持ちを強烈に抱いた側面の片喰が体を支配し衝動的にルイを抱きしめた。

「え、あ、片喰さん、こらっ!」

小さく本気を出せば折ってしまいそうなほど細いが、確かに男の体だ。
柔らかい温かさに薬品が混じったルイの匂いが耳の裏からふわっと香る。
死にも生にも実感がなかった片喰はようやく、死にかけて、一命を取り留めたという安堵を感じた。
窓から差し込んでいた夕陽はとっくに暮れてしまい枕元の間接照明だけがぼんやりと明るいようで薄暗い。
腕の中のルイは確実に男で、美しい、可愛いと普段のようにそうは見えなかった。
それでも愛おしい。
ただ一人の人間としてその腕に抱いていたいと思った。

「ルイ、ありがとう。本当に」

「い、いや、医者として当然のことだよ。気にしないで。それより離し…」

なるべく顔を離そうと身を捩って暴れるルイを力一杯抱きしめる。
片喰自身も驚くことではあるが、急に好きだという気持ちが溢れてきて仕方がなかった。
好きだというのは今まであったようでなかった感情だ。
片喰はルイにガチ恋はしていたもののどうこうなりたいというものではなかった。ただルイに焦がれてルイを愛していただけだ。
敬愛であり我が子のような愛であり、無償の愛で、神聖的なものに抱く憧れでもあった。それでいて慰みにしたり性的な目で見たりとそういう側面もあり、恋だと思ったことが全くなかったわけではない。
ルイのために死んでもいいと思った。ルイに殺されるなら本望だとも思った。でも、恋愛ではない。
ルイにどう思われたいという見返りを求める気持ちはなかったのだ。
矛盾していて、複雑で、ガチ恋で、それでも推しは推しだった。
愛してはいても好きだと安直で陳腐で俗な感情が燃え上がることなどなかった。
しかし、今ルイを抱きしめながら片喰の身体を燻っているのは好きというシンプルで熱烈な想いだった。

「ちょっと…か、片喰さ…、え…」

視界が歪む。ルイの慌てた声で片喰は自分が涙を流していることに気が付いた。

「ど、どうしたの?どこか痛む?苦しいところは…」

腕を振り解き首にかかった聴診器を掴みながら片喰を心配するルイを呆然と見つめる。
孤独だった片喰の唯一の拠り所。命の恩人。
いつから好きだったのだろうか。いつから救われていたのだろうか。

「ルイ…」

「ここにいるよ。大丈夫?落ち着ける?」

急に取り乱した片喰に優しく声をかけながら背をさするルイは女神でもなんでもない。ただの一人の人間で、それが愛おしかった。
片喰はくしゃりと顔を歪めてルイの頬に手を伸ばし口元のスカーフを下ろした。

「あっ…!」

「ルイ」

「!!!」

口元があらわになって驚くルイの胸ぐらを掴み引き寄せ、逃げようとするのを押さえて強引に口付ける。
ただ触れるだけの口付けをして、すぐに片喰は固まってしまったルイを解放した。

「ルイ」

ルイは放心し、その場で動けない。ピンクの聴診器が地面に落ちてからからと音を立てた。

「寂しいからとか、お前の全てを救いたいとか、そんな複雑なんじゃなくて…俺、お前が好きだ」

片喰は迷子の幼子のような顔で困ったように微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...