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1章
片喰の耐性
しおりを挟む呆然と反応のないルイを見て片喰は静かに身を引いた。例え唾液の付いていない唇であっても一般的な毒くらいの効能はあるだろう。
「忘れてくれ」
ルイの毒が即効性ではなかったことに少しだけ安堵しながら片喰はベッドの中に戻った。毒消しの花を出す気にもならない。片喰とて混乱していた。
自分勝手な行動をとったことも、ルイへの気持ちも、他人に初めて抱いた強烈な気持ちも、片喰自身が一番どうすればいいか知りたかった。
ベッドに潜る片喰を見てルイはようやく我に返り見てわかるほどに青ざめた。
「…っ、アスク!33棚5段目と52棚5段目だ!!」
大声でアスクを呼びつける。
巨体とは思えない程の速度で駆けつけたアスクは粉末や液体のようなものが入った小瓶を口に咥えていた。
「え、何?誰もきてないよ。まさか急変?でもこの薬…」
「僕の唾液毒に触れたんだ、頼む!」
「えぇ!?」
アスクは片喰のそばにすっ飛んできて様子を伺う。
ルイはアスクに頼むとすぐにどこかへ走っていってしまった。
どこか他人事のような思いで目線だけルイの去った方向に向ける。すぐに視界はアスクでいっぱいになった。
「どこが苦しい?呼吸?爛れたところは?痛みはある?ていうか唾液毒…よく今生きてるね…」
アスクは咥えていた籠を置いて片喰の首元に頭を押しつける。脈を測っているようだった。
「どこも大丈夫だ。ルイの毒は遅効性なんだな」
「何言ってんのぉ、ドクターの毒は即効性だよ。もう死んでて普通だ。余程少なかったかな?飛沫とか?ドクターがそんなヘマするわけないと思うんだけど」
どこにも異常がない片喰にアスクは不思議がりながら持ってきた薬を飲むように促す。
片喰は素直に起き上がって二種類の粉と液の薬を飲んだ。どちらも様々な色に発光しており怪しい薬だが味はほとんどない。
「……ルイに、俺が…キスしたんだ」
薬を飲み干してしまうと片喰は懺悔するようにそうぽつりと溢した。
「き…す?」
「あぁ。触れるだけで口内まで触ったわけじゃないからだと思うが」
アスクは一瞬何かを言いかけて口をつぐみ、しばらく逡巡した後ふたりの拗れた様子を見て呆れたようにため息をついた。
「かたばみはドクターの毒をなめすぎだ。唇なんか飛沫飛び放題だよぉ。それに唾液毒は粘膜中でも毒素が強いし、触れるだけで死んで当然だ」
「でも、それじゃあ…」
バタバタと廊下を走る音が近づいてくる。スリッパの音ではない。
ルイ以外の誰かかと思ったが現れたのはルイだった。スリッパも履いていない、スカーフも巻き直していないところで随分焦った様子が見てとれた。
「アスク、応急処置は間に合ったか…!?」
「あ、あーうん。それがねドクター…」
ルイはアスク越しに片喰が起き上がっているのを見て心底安心したように入り口にもたれかかり、呼吸を整えた。
手にはルイの家のリビングに飾ってあったツキノシズクを握りしめている。
ルイの毒を唯一解毒できる幻の花だ。
「間に合ったなら良かった…!アスク油断するな、その解毒剤じゃ数分も持たない、もう呼吸が止まる。僕はツキノシズクを煎じるからアスクはーーー」
スカーフを巻き直して今度は病院の奥へ走り去ろうとするルイをアスクが胴で阻止する。
「!?やめろアスク、一刻を争うんだ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてドクター。ドクターの毒に触れた奴はもう助かる見込みないから、看取るんでしょ!?」
「そんなことできないよ!」
ルイの声が上擦って濁る。
アスクの鱗を剥ぎ取る勢いで暴れていたルイはその場に崩れ落ちて地面に手をついた。
握られて潰されたツキノシズクがくしゃりと散る。
「僕の毒で…もう死んでほしくないよ…わかるだろ、アスク…」
「うん、わかるよドクター」
「もう失えないよ…もう…見られないよ…」
「ドクター、聞いてくれ。あのね…」
ルイの声は尻すぼみになり弱々しく震える。アスクの声も耳に入らずといった様子でただツキノシズクを握りしめている。
自分のしたことでルイを深く傷つけた片喰は軽々しく謝ることもできず、かける声もなく、ベッドから降りて入り口でへたり込むルイの側へ寄った。
毒がどのくらい回っているのかわからない。貧血でふわふわとした浮遊感はあるものの特に痛みや苦しさはない。せめてそれだけでも伝えたいと思った。
「ルイ、悪かった」
ルイは顔を上げて片喰を見る。薄い紫の瞳には溢すまいとたっぷりの涙が浮かんでより一層薄く滲んでいる。
「片喰さん…な、なんで歩け…」
「どこも苦しくない。大丈夫だ。落ち着いてくれ。傷付けて悪かった」
ルイの反応を見ると余程軽傷のようだ。
「ドクター、聞いてくれる?片喰さん、応急処置の薬を飲む前からなんともなかったんだ。一応飲んでもらったけど、毒の反応は何もないよ。耐性持ちかもしれない。とりあえず今のところ異常はないんだ」
アスクの言葉がルイの体に浸透する。
ようやく落ち着きを取り戻したルイはゆっくりと立ち上がり片喰に触れて触診した。
整った脈、呼吸音。平熱で炎症もない。爛れた箇所も痛みがある様子もない。
ルイは自分で診察して正常だと判断した自分の技術や知識を今ほど疑ったことはなかった。
「ね?平気でしょ?」
「まさか…確かにアレルギー同様耐性も検査しないとわからないものだけど、僕の毒は同じ毒ですら食うのに耐性なんかじゃ…」
ルイは近くにあった観葉植物を毟り取って口に含む。
自分の毒が弱体化や遅効性と化している可能性も視野に入れてだが、植物はじゅうじゅうと音を立てすぐに枯れて跡形もなく砕け散った。
「どういうこと?」
「とりあえず検査だよドクター、片喰さん」
混乱するルイと気まずそうに立ちすくむ片喰を交互に見てアスクはふたりを検査室の方へ押しやりながら心の中で頭を抱えていた。
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