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2章
悪夢の再来
しおりを挟む未だに正体不明な生物の鳴き声で片喰の意識は引っ張り上げられ浮上する。
布団を剥いで身を起こしリビングまで行くとルイはもう家を出た後だった。
「あ、かたばみおはよ~、よく寝ていたねぇ」
「アスク…もう昼前か?どうも自然には起きられねえ…」
リビングでとぐろを巻いて洗濯物を器用に畳んでいたアスクが片喰を見て微笑む。
最近アスクは休診日には昼頃にルイの自宅に入り浸っていた。
片喰が家事はやると言っているが患者も来ないのに病院で寝ているのも暇なようだ。
正体不明な生物は鶏のように朝鳴くと決まっているわけではなく、その生物が起きた瞬間に鳴いているらしい。
つまり、生物が寝坊の日は片喰も寝坊決定である。
「やらせて悪いな。あの生き物の声じゃないと起きれなくてな」
「全然いいよぉ。目覚まし使えないんでしょ。練習しないとね」
この世界に目覚ましというものはなく、時計も壁掛けや腕時計はない。
ルイが持っている金のアクセサリーは懐中時計のように見えるが真偽は定かではない。
体内時計と気合いでなんとかしているのかと尋ねたところ目覚ましの魔法のようなものがあるということでもちろん片喰には使えなかった。
「朝飯…いやもう昼なら昼飯か。もう食ったか?」
「うぅん。かたばみと一緒がいいなと思って」
「またそうやって俺を喜ばせる…」
アスクは初対面の頃の気の合わなさが嘘のように片喰に懐いていた。
片喰もアスクのことを可愛い弟のように思っている。
森にある美しい湖の水面に張り合って虹色に輝く白い鱗と鮮血よりも赤い瞳を携えた巨大な蛇を可愛い弟だと感じられるようになるとは思ってもいなかった。
片喰は手早く服を寝巻きから部屋着に着替えると庭に出て井戸で顔を洗う。
この世界には水道もガスも電気もなく全てが魔力や魔導具依存だった。
ルイがいる間は水もお湯も一人暮らしとは思えないほど大きな猫脚の湯船に目一杯出してくれるが、魔力が後付けでまだひと月と少ししか練習していない片喰には家の電気をつけたり消したりすることすらできない。
属性外の魔力消費は難しいとのことだ。
幸いにもルイは日が暮れる前には帰宅することが殆どで普段は隣の病院にいる。
また、庭の井戸の水は魔力がなくても自然に湧いていてここだけは使用できた。
「アスクー、お前ニコの実食うか?」
「うん」
庭からアスクに声をかけると迷いのない返事が飛んできた。
蛇のくせに卵や小動物以外も食うのかよと初めのうちは奇妙な目で見ていたがアスクはアスクという生き物なのだと最近は納得している。
片喰は庭で育てているエンドウや茄子をいくつか収穫して水で洗うと腕に苺の苗を生やしながらキッチンへと戻った。
「じゃあ悪いが少しだけ頼む」
「わかったぁ」
キッチンで一通りの下拵えを終えた片喰は洗濯も終わって暇そうについて歩くアスクに声をかける。
アスクはルビーよりも赤い瞳を煌めかせて片喰の持つフライパンに息を吹きかけた。
乗せていた野菜がパチパチと音を立てて焼けていく。
自分の属性以外を操れない片喰はルイがいないと料理をすることもままならない。
キッチンにはコンロのようなものはなく、フライパンや鍋を吊るす華奢な装飾があるだけだ。
調理器具が魔導具でできており魔力を伝導させることで調理器具自体が熱を持ったり水を得たりする。
火属性なら炭火で焼くこともできるけどそういうお店じゃないとわざわざは食べないね、と笑ったルイの後ろでぶくぶくと無から水を出す鍋に引いたことをぼんやりと思い出す。
ゲームではちゃんと焚き火を起こしていたが、確かにどうやって火をつけていたかはわからない。
焚き火を起こすというコマンドだけで火が出ていた。
そういった矛盾が実際の生活に落とし込む上で最適化されたのだろうと感心する一方で、リアリティに欠ける仕事だという評価を下された気分だった。
「よし。大丈夫か?」
「うん。これくらい平気だよ。ドクターだもん」
アスクは片喰と同様に魔力を使うことはできず、属性も存在しない。
ただ、ルイの眷属のようなものでルイの力を使う媒体にはなれるということだった。
仕組みを聞いてから片喰はあまりたくさん使うとルイが疲れてしまうだろうとなるべく節約している。
「さぁ食べよう。はい、これアスクの分な」
「僕の分?やったー!」
塩で味を整えて皿に二人分を盛る。
いそいそと席についたアスクを傍目に片喰は再度手を洗いに庭に出た。
井戸で水を汲んで桶で手を洗う。
少し風は強いが清々しく胸の奥まで見透かす晴れ渡った青空だ。
桶の水に映る青色を掻き混ぜるように掬っているとその水面にふと見慣れない影が浮かんだ。
「…?」
顔を上げて振り返ると、塀に目が眩むほど派手な人影が座っていた。
「…どちら様で…」
逆光を遮るために上げた手から雫が落ちる。
「ルイはどこにいる?」
「は?」
聞き覚えのある耳に心地良い優しい声だが、聞いた瞬間体の奥が気持ち悪く震えを訴えた。
腹の底が警鐘を鳴らしている。
網膜が焼かれたトラウマで染みるように痛んだ。
眩しいほどの影は派手な山吹色の着物を捌いて足を組み替える。
慣れてきた目に映ったのはあのオッドアイだった。
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