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第九章 降って湧いた婚約者
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それから数週間、みさをはなかなか平森と話す決心がつかず、仕事が忙しいと理由をつけて、ずるずると会うのを先延ばしにしていた。卑怯だとは思いつつ、朝のジョギングもやめてしまった。
普通、プロポーズの返事というのは、どれくらい待ってもらえるものなのだろう。あまり遅いと指輪を貰って逃げたのではないかと、それこそ結婚詐欺の疑いをかけられるかもしれない。平森から「そろそろ返事が欲しい」と電話がかかってくるのを、日々怖れながら過ごしていた。
そんなある日、一本の内線電話が波乱の一日の幕開けを告げた。
「社長がお呼びです。至急社長室まで来てください」かけてきたのは社長秘書の女性だった。
なんだろう? 急に呼び出されるなんて、あまりいい話ではなさそうだ。
「瀧くん」
みさをが呼びかけると、瀧が「はいっ」とやけに元気良く答えた。
「あらら」と心の中で呟く。瀧がこういう返事をする時は、大抵仕事以外のことをしている時なのだ。どうせサボってゲームでもしていたのだろう。
「最近ローンチしたもので、何かトラブルとか起きてない?」
ローンチとは新サービスを開始したという意味だ。開始直後はやはりトラブルが多い。部下から上がってくる報告書には全て目を通しているが、念のために聞いてみる。
「いやー、特にないっすね」瀧はポリポリと頭をかいた。
「そう」
他の部下にも同様の質問をしたが、何も問題はなさそうだ。
ということは、新規の案件だろうか。例のプロジェクトに進展があったとか?
みさをはそう当たりをつけて社長室に向かった。
社長室は秘書や社長付きの数人の社員のデスクが手前にあり、奥に社長の個室というつくりになっている。
「あれ?」
みさをが声を上げたのは、そこに弓削の姿がなかったからだ。そういえば、スーツを買った後にお礼を言って以来、弓削に会っていなかった。
代わりに弓削の席に座っていたのは、小野瀬という古参の社員だった。たしか関西の方に勤務していたはずだが、異動になったのか。
「あの、弓削さんは?」
みさをは小野瀬に近づいていって尋ねた。
「ああ、弓削さんはお辞めになりましたよ」
「辞めた? なんで急に」
「私は詳しくは知りませんが、元々短期の契約だったようですよ。彼は社員ではなく社長に直接雇われていたので」
小野瀬はみさをの知らなかった事実を淡々と告げた。
それにしても、これまで一緒に働いてきたのに挨拶もなしとは。みさをはなんだか裏切られたような気持ちになった。
普通、プロポーズの返事というのは、どれくらい待ってもらえるものなのだろう。あまり遅いと指輪を貰って逃げたのではないかと、それこそ結婚詐欺の疑いをかけられるかもしれない。平森から「そろそろ返事が欲しい」と電話がかかってくるのを、日々怖れながら過ごしていた。
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なんだろう? 急に呼び出されるなんて、あまりいい話ではなさそうだ。
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「あらら」と心の中で呟く。瀧がこういう返事をする時は、大抵仕事以外のことをしている時なのだ。どうせサボってゲームでもしていたのだろう。
「最近ローンチしたもので、何かトラブルとか起きてない?」
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「いやー、特にないっすね」瀧はポリポリと頭をかいた。
「そう」
他の部下にも同様の質問をしたが、何も問題はなさそうだ。
ということは、新規の案件だろうか。例のプロジェクトに進展があったとか?
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代わりに弓削の席に座っていたのは、小野瀬という古参の社員だった。たしか関西の方に勤務していたはずだが、異動になったのか。
「あの、弓削さんは?」
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「ああ、弓削さんはお辞めになりましたよ」
「辞めた? なんで急に」
「私は詳しくは知りませんが、元々短期の契約だったようですよ。彼は社員ではなく社長に直接雇われていたので」
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