借りてきたカレ

しじましろ

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第十一章 魔性の女とレンタル彼氏

(3)

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「萩野さん、待ってください」

 平森と別れた後、出口に向かい、迷路のようなアンギスのオフィスの中を移動して、一階のロビーまで来たところで誰かに呼び止められた。
 キョロキョロと声の主を探すと、斜め後ろから早足で近づいてきたのは、なんと弓削だった。

「平森さんの申し出を断ったって、正気ですか?」

 弓削は挨拶もなく、いきなり非難するような口調で言った。

 平森の話を聞いてと思ってはいたが、こんなところに現れたということは、もう間違いない。

「あなたがアンギスのスパイだったのね」

 みさをは質問には答えず、恨みを込めた視線を送った。

「スパイだなんて人聞きが悪いな。アメリカから帰国する飛行機で横に乗り合わせた私を雇いたいと言ってきたのは勝俣さんの方ですよ。社員には頼めない仕事をして欲しいってね」

 弓削はひるむことなく喋り続ける。
 勝俣のように高圧的ではないが、理路整然とした冷静な語り口で自分のペースに持ち込んでいく。それが弓削の常套手段だと分かっていながら、みさをはまんまと乗せられてしまう。

「社員には頼めない仕事?」

「そう、なんだと思います? 萩野さん、あなたの監視ですよ」

「なんで社長が私の監視を?」

「それは萩野さんの才能を独占するためですよ」

 弓削はそう言って眉をひそめた。

「まったく、ひどい話ですよね。Win-tecが短期間であそこまで大きくなれたのは、勝俣さんだけの力じゃない。萩野さんがいたからこそだ。それなのに萩野さんに野心がないのをいいことに、安い給料でこき使って手柄は全部自分のもの。勝俣さんが裏であなたのことをなんて呼んでいたと思います?」

 弓削は一拍置いてから、「ラプンツェルですよ。あなたを塔に閉じ込め、一生こき使うつもりだったんだ」と衝撃的な言葉を吐いた。

 ラプンツェルって、アニメ映画にもなっている童話か。たしか魔法使いに高い塔に閉じ込められたお姫様が、長い髪を垂らして王子を部屋に招き入れるって話だっけ。

 勝俣は見た目は怖いが、優れた慧眼を持っていて、経営者としての能力は確かだ。
 まだ新人だった頃、社内懸賞に応募したみさをの企画を高く評価し、すぐに大きな予算をつけてリーダーに引き上げてくれた。みさをがここまでやってこれたのは、勝俣のおかげだと感謝していたのに……。

 その勝俣が影でそんなことをしていたなんて信じたくはない。しかし言われてみれば心当たりはいくつもあった。
 自分の家に住まわせたのも、みさをのことをプライベートまで監視するためだったのか。
 怒りよりも失望が先に立った。宝石だと信じていたものが、ただの石ころだと分かったように、急速に心が冷え切っていくのを感じた。
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