借りてきたカレ

しじましろ

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第十一章 魔性の女とレンタル彼氏

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「ねえ、みさをさん。平森と別れたのなら、なんで俺のところに戻ってきてくれなかったの?」

 キキは今日始めて真剣な顔を見せた。

「それは、キキの足枷あしかせになりたくなかったから」

 こうなったらみさをも本音で話すしかない。

「足枷ってなんだよ。意味わかんねー」

 キキはそう吐き捨てた。

「だって、キキの人生は何もかもこれからでしょ。社会人になって、いくらでも素敵な人と出会えるんだよ。そんな時に無職のおばさんが側にいたら邪魔じゃない。お金を借りたからって、私に縛られる必要なんてない。キキには本当に幸せになって欲しいの」

 みさをは極めて常識的なことを言ったつもりだったが、口に出してみるとなんだか空々しいと自分でも気づいてしまう。

「だったら、なんでまた会いに来たんだよ」

「それは、元気でやっているか心配だったから……」

 身勝手なみさをの言い訳に、キキは深いため息をついた。
 キキの悲しみと怒りを孕んだ重苦しい沈黙が部屋を支配する。

「あのさ、勝手に俺の幸せを決めないでもらえる? それに素敵な人なら、もうとっくに出会ってると思うんだけど……」

 キキは落ち着いた声で再び喋り出した。

「あんな親に育てられたから、俺は自分が結婚したり親になるなんて絶対ありえないと思ってた。でも変わったんだ。みさをさんとならずっと一緒にいたい、みさをさんの子なら育ててみてもいいかなって……。そんな風に思える人が、この先現れるとは思えない」

 そう言ってまっすぐに見つめてくるキキの視線が、痛くてたまらない。

「みさをさんってIT企業のトップが取り合うほど頭がいいのかもしれないけど、けっこう馬鹿だよね。本当に俺の幸せを願っているなら、俺と一緒に居てよ」

 みさをはキキの真情を知り、心臓が破裂しそうだった。涙腺が壊れてしまったのかと思うほど涙がとめどなく流れ、立っていられずついにしゃがみ込んだ。

 本当にキキの言う通りだ。自分は馬鹿で臆病だった。

 女として全く自信がないみさをは、唯一誇れる仕事を失って、キキとの将来などとても思い描けなかった。
 あの日好きだと言ってくれたキキの言葉を信じなかったわけではないが、すぐに飽きて捨てられることが容易に想像できた。そんな悲しい思いをするくらいなら、キキのことを恨んだり心の隅にも置けなくなってしまうくらいなら、美しい思い出として永久に保存しておきたいと思ってしまったのだ。
 結局、傷つくのが怖くてただ逃げただけだ。
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