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第七層 キンジトカスミ 編

【界体進初】を検証する。前編

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『魔食材の吸収を確認。

①既存スキルの強化。  
②内界の拡張。
③内界の充実。

以上から強化先を選んで下さい。』

 選択肢が追加されていた。

 というか、

「…おいおい、今後は魔食材を【吸収】すれば、スキルを強化出来る…そーゆーことなのか?それって凄すぎないか?」
『何を今さら…』
 
 ああそういえば、そうだつたな。

 界命体になったショックが大きすぎて忘れそうになるけど、【界命体質】はゴブリンのキ○タマを【吸収】して取得したんじゃないか?とか、無垢朗太が言ってたわ。

 
「…ホント色んな意味でとんどもねーな、このスキル。いやともかく」


 これは見過ごせないと俺は、①の『既存スキルの強化』を迷わず選択──


「あれ?反応ないぞなんでだ?おーい、選択しましたよー?」


『……約束の、拡張は?』

「う、そうだった…」

 コイツの同意がなきゃ、選択出来ないんだった。

「んー!」

 なんだよくそー、すげーしてーよスキルの強化ー。でも約束は約束かー。

「ああもう!ホントっ、面倒な仕様だなコレ!」

 く、いや、冷静になれ俺。キン○マはまだあるっ。

「でもなー!く…っ、か、かく、拡ちょ…くそっ!言いたくねぇー」


『個体名平均次と無垢朗太、両名の希望が一致した事を確認。『②内界の拡張』を実行します。』


『ぬっふっふっ、口では何だかんだ抗っても魂は正直であったなぁ、ええ?相棒よ?』

「く、やめろ!その昭和のエロ劇画でありそうなオッサン口調!──で?どうなったんだよ、お前の部屋は?」

『うむ、残念ながら部屋は増えなんだな。いや、元々あった部屋は広くなったようだが。』

「そうか。広くなって何よりだ……俺の武器庫が」

『いやここは我の部屋ぞ…ってオヌシ謀ったなぁっ!?』

「いやそんなおふざけで逃げようったってそうはいかねぇから。ほら次の魔食材を切り取れよ相棒」

『ぐううう…もう嫌ああああ』

 と泣きべそかきながらだったが無垢朗太はゴブリンハードコアジェネラルの死骸を取り出してアレを切り取ってくれた。

 どうせやらなきゃならないならと、ジェネラルの中で一番重い死骸を先にやっつけたのだろうが…さすが相棒。察しがいいな。

 だってまだまだあるからな。切るべき玉は。


『魔食材の吸収を確認。

①既存スキルの強化。  
②内界の拡張。
③内界の充実。

以上から強化先を選んで下さい。』


 ここで選ぶのは今度こそ、①の『既存スキルの強化』で、俺は早速ステータスを確認した…んだけど、

 あれ?

「どのスキルもレベルが上がってないぞ?なんでだ?」

 ステータスには何の変化もなかった。いや、もしかしたらこれは…

 
「無垢朗太…もうひと玉切り取っ…」

『あーもう分かっておったわ!言われずとも切り取っておる!次いでに我の心も一部切り取られたような気がしてならんがッ【吸収】!これでよいかッ?』

 う、うん、さすがは相棒。


『魔食材の吸収を確認。

①既存スキルの強化。  
②内界の拡張。
③内界の充実。

 以上から強化先を選んで下さい。』
 

 俺はすかさず放心状態の無垢朗太を丸め込むようにして①を選択。そしてステータスを確認すると…


「おおお、【界命体質】が、LV2に…」


 これは、複数の魔食材を吸収した事で『成長するための水準にやっと達した』…そういう事か?

 つまり、さっきはその水準に達しなかった。だからスキルレベルが上がらなかった。そういう事なのだろうか。

 でも、数あるスキルの中でこのスキルが選ばれたのは…いや、それについては察しがつくな。

 つまり、こういう事なのだろう。

 前回の選択肢に『既存スキルの強化』がなかったのは、『界命力』を使って発動するスキル(※今後は界命スキルと呼ぶ)を、あの時点の俺が所持していなかったからだ。

 でも今は『新たなステータス値の獲得』によって界命力が使えるようになり、その派生で界命スキルである【界命体質】も取得している。

 だから『既存スキルの強化』って項目に変わった…いや、正確には『既存の界命スキルの強化』か。

 それに、あの時は下位もしくは中位の進化種とはいえ、吸収した魔食材もそれなりに高級だった。しかも大量に【吸収】した。

「それであまり余って【界命体質】も獲得出来た、って事なら…」

 今後も強い魔食材を、それも大量に【吸収】すれば?

 界命スキルが強化されるだけじゃない。

 新たな界命スキルを取得出来るかもしれない。

「謎が多いスキルだと思ってたけど…なんか…凄まじいな【界体進初】──いや」

 俺は、言いかけた言葉を飲み込んだ。そのまま思考も止めようとした。なのに──


『うむ…言いたい事なら分かるぞ』


 無垢朗太が許してくれなかった。少しは空気読めよ相棒…。


『ここまでで分かった事は…人間だったお前が、我だけに留まらずいまや、一つの世界を存在の内にしてしまった事と、その世界は拡張が可能である事。
 もしスキルまで創造しうるとなればこのスキル…凄まじいにも程がある…なるほど…【界体進初】というスキル名は…言い得て妙よ』

「それってどういう──」

 よせ。聞き返すな俺。

『おそらくこのスキル名は…世界を己が内としてしまったオヌシにしか辿れぬ進化、それを言い表しておるのではないか?』

「俺だけの進化──」

『つまり、どんな存在も辿った事のない進化を拓き続けるというスキル──我は、そう思えてならぬ。そしてそれは当然として、人の身には畏れ多い事……だから人を辞め、界命体という種族になる必要があったのだろう』

 ──やっぱ聞くんじゃなかった。聞いた瞬間、何かが俺を蝕んでゆく様を連想してしてしまった。その連想に俺は……ブルルと震えて、


「おいおい…こええな…」

 なんて強がっても、これを言うのが精一杯。


『うむ。恐ろしい…だが、そう考えるとオヌシと我が出会った事も、それがオヌシと我が、前世で不本意な邂逅をした事も、オヌシが回帰した事も、我がオヌシに倒されながらオヌシを助けようとした事も、そのためにダンジョンコアまで使い、そんな数奇なる因果を経てオヌシが『界命体』へ種族を変える必要に迫られた事も…。…全て、納得出来るのだ』


 だから、やめろ、もう。


「どういう事だ?お前、何に気付い──」

 だから、聞くな──



『…これは、まさしくの運命であった』



「運命──」



 ──聞いちまった……何より思い当たりたくなかった言葉を。


『そう…運命だ。もはや逃れられぬ。受け入れるしかない』


 やめろ、もういいからやめろ、


『そしてこれからも。受け止め続けるしかない』


 やめろってっ!


『それは心に心してやっと、という道よ』


 …分かってる。こいつに悪気はない。真に俺を慮って言っている。

 それが分かっていて、それでも憎くすら思えてくる。

 そんな気持ちを誤魔化すように、

「は…は、さすが、『二周目知識チート』…予測不能もここまで極まるとマジ、大したもんだぜくそったれ…」

 言えたのはこれだけ。中でも一番言いたかったのは『くそったれ』の部分だ。だって、


(俺は…やっと……大家さんと…)



 思いながら。

 魔食によって苦しむ大家さんの寝顔を見つめた。

 それは慈しむではなく、すがるように。

 この人こそ、どんな苦難も一緒に乗り越えてくれる。そう約束してくれた初めての恋人。

 でも、何より…それこそ世界なんかより。大事なこの人を俺は…『とんでもない何か』に巻き込もうとしている──その重大さを今さらになって再認識してしまった。

 だからへし折れそうになってる。どっかへいなくなろうって、また思い始めてる。だから、


 握ってみた。
 彼女の手を。


 こんな俺を繋ぎとめて欲しい、そんな懇願を、情けなくも込めて。

 すると大家さんは眠りの中でうなされながら、それでも。

 


 強く、握り返してくれた。




 なんか大袈裟だけどな。出そうになったわ。涙が。まぁ出さなかったけど。

 何故ならそんな段階ではなくなってるからな。

 俺はコミュ障で、湿っぽくなる時はいつも独りを選んできた。だからこういう時にどうすればいいかが分からない。

 だから、気が済むまで悩んで落ち込む。それぐらいしかやってこなかった。

 そのはずなのに……この人と一緒だと、違うようだ。


 湿っぽいのも、重苦しいのも、逃げたしたいのも吹っ飛んで、

 『どんとコイ』って気持ちになる。

「どこから湧いてんだこの勇気…でも…そうだな」


 ──どんと、コイ──


『…すまぬ。脅すつもりではなかった』


 思い詰めた心が遅れて伝わったのか。今頃になって謝ってくる無垢朗太。


『だが、今、ここで。一刻も早く心に刻み、今まで以上の理解をもって…進まねば。どんなものに足をすくわれるか…いや、どこを食らわれるかどこで飲み込まれるか、分かったものではない…我の本能がそう告げておるのだ』


 ああ。こんな俺だが、お前に悪気がない事くらいは分かってるさ。なんせ魂を共有してんだからな。…でも、


「だから?」


 そうだ。だからなんだってんだ。


『え?…いや…だから、すまぬと…』

「違くて。怒ってんじゃなくて。何を怯んでんだって言ってんだ。俺の相棒とあろうもんが」

 俺は捻り出すぞ?

 涙とは裏腹の言葉を。

 『どんとコイ』

「よし、こうなったらとことん検証すっぞ。心配すんな。確かに恐ろしいけど所詮のスキル風情だ」

 そうだ、どんとコイだ。

「心配すんな。コイツはちゃんと飼い慣らす。今まで通りだ。お前と一緒にのうのうと生きてやる」

 無理でも何でも関係ない。このまま飲まれるよりずっとマシだ。


『…ふ…オヌシはやはり、面白いな』

 ああ、そうだろ?

「訳分かんないよな。だから無理矢理でいい。お前もこうなれ。俺の内界専属マスターだろ?」

『うむ分かった。どんとコイである!しかし…』

「なんだ?」

『香澄と言ったか…その娘…オヌシはまこと…良い伴侶を得たな。何度感動させれば気が済むのか…いい加減にして欲しいものである』

 いや、いきなり…ずいぶんなことぶっ込んでくんなコイツも…でも今この瞬間は『どんとコイ』だ。

「だろっ?」

 …なんて。

 臆面もなく言った自分を、後で恥ずく思い出すんだろうけど。

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