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2章 一人のアルファで一人の兄で
(33)
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颯真の運転は、相変わらず丁寧で、隣に乗っていても安心できる。というか、潤自身は運転する習慣がないので所作の流れが綺麗なのだろうと思う。
久しぶりに颯真の車の助手席に乗り込んだせいか、潤は思わずその運転に見とれていた。
「なんだ、そんなに見てて楽しいか?」
颯真の流し目に、潤は少し焦る。
「……っ、いや。あの……」
颯真の流し目なんていつものことだし、これまでのように流せばいいのに、それができないのは意識しすぎている自分のせいか、と潤はこれまで場数を踏んでこなかった自分自身の経験値の低さに溜息を吐きたくなる。
いや。だって、平常心なんて無理だろう。先程、社長室でふたりきりで、あんなことをされていたのだから。
社長室でふたりで何をしていたか。
右耳にたっぷり愛撫を受けて、腰が立たなくなってしまった潤は、しばらくソファの上で休んで冷却時間を置くしかなかった。なにしろ顔が真っ赤で、身体が敏感になりすぎて、人前に出られないほどだったのだ。
大きく呼吸を繰り返して、身体の熱を外に放出する。颯真は、そんな潤の姿をドクターバッグを片付けながら嬉しそうに楽しそうに眺めていた。最初は介抱されかけたのだが、さらに心拍数が上がり、顔が煮えたぎりそうで、全力で遠慮した。
ソファで三十分以上、気持ちと身体を整えて社長室を出ると、すでに役員フロアは人気がなく、秘書課で残業していたスタッフもすべて引き上げていた。ただ、江上がただひとり残っていた。
そして、秘書は涼しい顔をしてこう言ったのだ。
「申し訳ありません。本日は手違いで社用車をすでに返してしまいました。幸い颯真さんがいらっしゃったので、社長は颯真さんの車に同乗してお帰りください。わたしはまだ仕事が残っていますので」
手違いも幸いもなにもない。完全に確信犯だ。
潤は江上に言いたいこともあったが、江上の言葉にうまい具合に便乗した颯真が、帰るか、と誘ってくる。仕方ないので、明日は同じ車で出社するように言いつけ、潤はエレベーターホールで一礼して見送る江上と別れ、颯真と一緒に帰宅の途に就いたのだった。
おそらく、颯真と江上の間では、潤を自宅まで送るところまで話が付いていたのだろう。
ハンドルを握る颯真の左手首には、一昨年のクリスマスにプレゼントしたオメガの腕時計が着けられている。もとは愛用の腕時計を修理に出して不便になったと聞いたのでピンチヒッターとして使ってくれればと贈ったのだが、その腕時計の修理は無事に完了した後も、颯真は潤が贈った腕時計をずっと使ってくれている。
ネクタイといい、腕時計といい、颯真も自分が選んだものを好んで着けてくれているということに、どこか変わらない部分を見つけて安堵感がこみ上げる。
颯真は、今や完全に自分をオメガとして扱っていることもあって、戸惑いを覚えることもある。しかし、基本的に颯真と一緒にいると安心するし、気も話題も合うから、楽なのだ。変わっていないところを見つけて嬉しいとも思う。
「潤?」
運転席の颯真が視線を投げてよこした。
「あ……うん。颯真の運転は見てて楽しいよ。無駄がないっていうのかな……丁寧で、流れるような動きで」
よくよく考えてみると、社用車でもタクシーでも乗車するのは後部座席で、助手席はあまりない。颯真の隣で運転をこうやって見られるのは楽しい。
「そうか。そうやって潤が眺めてくれるのは嬉しいな」
努めて平静を装っているのに、颯真は潤を見て笑みを浮かべ、そんな言葉を吐く。
自宅マンション前で颯真は車を停める。部屋までは送ってやれないけど、気をつけろよ、と念を押した。
潤は苦笑する。
「やだな。もう目の前はオートロックのエントランスだよ?」
「分かってる、でも、心配だからさ」
颯真はこれから横浜の実家に戻るらしい。
そろそろ、こちらに帰ってきてもいいんじゃない? そう誘うことを、潤はこの短い道のりで何度も考えた。しかし、最後までその一言をどうしても口に出すことができなかった。本当に言っていいのか、思い切れなかったのだ。
「おやすみ」
運転席から窓を開けて挨拶する颯真に、潤も頷いた。
「颯真。今日はありがとう」
「また十日後な」
「うん」
颯真は潤が正面玄関エントランスのオートロックを通過するまで、運転席から見送ってくれた。潤が無事に正面玄関の中に入ると、手を振って、車を発進させたのだった。
自宅まで上がってきて、部屋の灯りをつける。
ジャケットから取り出したスマホが、メッセージの着信を伝えてきた。
計二件。
何も考えずに、スマホを開くと、まず一番上に表示されていたのは尚紀のメッセージ。
今日もお仕事お疲れ様です!
ねぎらいの挨拶から入ったそれは、依頼というか誘いに近いメッセージだった。
潤はそのメッセージを見て、驚いた。
というのも、モデルに本格復帰する最初の撮影を見学に来て欲しいというものだったのだ。
日時は、今週土曜日の昼。場所は神谷町にある撮影スタジオとのこと。
潤さんには、僕の弱いところばかり見られてしまって恥ずかしいのですが、ご都合が合えば僕の門出を是非見に来てほしいんです……。
弱いところばかり見られたのはこちらも同じだ。弟のように可愛い尚紀の再出発に立ち会えるとあれば、なによりも優先して駆け付けたい。
潤が誘いのメッセージの礼とともに、そのように返信すると、再び尚紀からは喜びに満ちたメッセージが届く。是非是非! と彼にしては前のめりの内容だった。
その誠実な人柄が溢れるやりとりに、潤は胸が温かくなる。これまで過酷な人生を送り、そのなかでも希望を失わずに江上という番を得た尚紀の、新たな出発には、是非とも立ち会いたかった。
そしてもう一通、先程とは打って変わって緊張感を持って開く。送信元は松也だった。
これも誘いのメッセージだった。
「明日の夜ですが、お時間ありますか? 仕事が終わる頃に品川に車で迎えに行きますので、ご飯でもいかがでしょう? デートの計画も立てたいし」
相変わらず人の都合を聞いているようで聞いていない誘いだなと潤は苦笑する。
これがこの人なのだと思えば、腹も立たないのだが。ずっと一緒に居ることを考えればストレスにもなる。
潤はわずかに逡巡した。
そして、メッセージに返信した。
「承知しました。明日大丈夫です。松也さんのご都合のよい時間はどのくらいでしょうか。僕は十八時以降であれば問題ありません」
すると、松也からはすぐに既読が付き、十八時半に品川駅の港南口で待ちあわせをしましょうといった返信がきたので、潤も了解した。
潤は内心で尚紀のメッセージを最初に見ておいてよかったと思った。尚紀と土曜日に会えると思えるからこそ、明日松也と会ってはっきり断ろうという勇気が湧いてくるのだ。
翌朝。潤が出社する社用車の中に、久しぶりに江上の姿があった。潤の指示である。
年が明けてからは尚紀という番ができたこともあって、自分に付き合って早朝から一緒に出社することは不要だと言ってきたためだ。
レクサスの後部座席に並んで座ると、江上は早速今日のスケジュールについて話し始める。
それがひととおり済むと、潤は口を開いた。
「尚紀がモデルに復帰するって聞いてさ」
江上は頷く。
「ええ。彼が社長にも是非と言っています」
「それはもちろん喜んで見学させてもらう。で、仕事が終わったあとに、尚紀は予定があるのかな」
江上は首を傾げた。
「いえ? とくに聞いていませんが……」
「ならば、快気祝いをしたいと思って」
撮影スタジオが神谷町というので、問題がなければ東麻布の一軒家のイタリアンレストランを予約したいと話すと、江上が頷いた。
「ありがとうございます。尚紀も喜ぶと思います」
「……だといいなあ」
江上の言葉に潤は自然と笑みが浮かんだ。
「……わたしが今朝この車に同乗するよう命じられたのはこの件のみですか?」
江上のふとした質問を、潤は容赦なく否定する。
「なわけないじゃん」
「……ですよね」
「今日は、やってほしいことがたくさんあるんだよね」
潤は脚を組んで、一息で指示を出す。
「来週の頭に予定されている営業会議と開発会議で使う資料を至急まとめておいてほしいのと、来月の相模原研究所への出張の件、早急に向こうの開発部長と話を詰めておいてほしい。組織改正の発表があって揺れてるだろうから、まずはそこに手を打ちたい。あと、昨日のうちに確認のために来ていたゲラをチェックしたから先方に返してほしいのと、今週末までって話していた、レジュメの件を西田さんと早急に詰めたいからそれも急いでほしい。そうそう、今度全社員向けに発信するメッセージも併せてよろしく」
これを全て今日中で、と言うと、さすがに江上が微妙な表情を浮かべた。
通常業務のスケジュール管理や会議資料の作成、関係各所への伝達事項の共有などの日常業務に加えての追加の業務だ。
しかも中には、もともと急がない案件と指示していたものも含まれており、それさえ急ぎでと指示するのは潤の嫌がらせだと察したような様子。
「まあこれくらいにしておくよ」
量はいくらかあるが、一つ一つは彼にとってさほどに手間がかからないものだろう。昨日、独断で颯真を呼び出したことに対するちょっとした仕返しだ。
潤が静かにそう言うと、江上は承知しました、と一礼した。
いつもの通りに社長室に入ったところで、スリーピースのジャケットの内ポケットに入れていたスマホが揺れていることに気が付いた。メッセージではなく、着信だ。
着信元を見ると、意外な人物。
「はい。森生です」
電話の向こうからは元気な声が聞こえてきた。
「あ、森生社長! おはようございます! 片桐です」
年末に潤の密着取材を行い、年明け早々の賀詞交換会で再会した、メトロポリタンテレビの片桐要だった。人が良さそうな容貌を、潤は思い起こす。
そういえば、片桐とは先月の賀詞交換会で個人的に連絡先を交換したのだった。メルト製薬社長の長谷川の信頼を得ている彼を見て、潤が考えた方を改めたのだ。
早いですね、と潤が応じると、だって社長は早朝でないと捕まりそうにないですから、と切り返され、潤は苦笑した。間違ってない。
「今、大丈夫ですか」
ええ、と応じると、もーと片桐が唸った。
「聞きました! もう、お人が悪いですよ!」
潤には状況が掴めない。
「はい?」
「誠心医科大学病院で行われているペア・ボンド療法の治験です」
片桐の言葉は意外な方に向かった。
「あれ、森生社長のお兄さんが絡んでいるそうじゃないですか」
とうとう颯真のことがマスコミに捕捉されたみたいだった。
久しぶりに颯真の車の助手席に乗り込んだせいか、潤は思わずその運転に見とれていた。
「なんだ、そんなに見てて楽しいか?」
颯真の流し目に、潤は少し焦る。
「……っ、いや。あの……」
颯真の流し目なんていつものことだし、これまでのように流せばいいのに、それができないのは意識しすぎている自分のせいか、と潤はこれまで場数を踏んでこなかった自分自身の経験値の低さに溜息を吐きたくなる。
いや。だって、平常心なんて無理だろう。先程、社長室でふたりきりで、あんなことをされていたのだから。
社長室でふたりで何をしていたか。
右耳にたっぷり愛撫を受けて、腰が立たなくなってしまった潤は、しばらくソファの上で休んで冷却時間を置くしかなかった。なにしろ顔が真っ赤で、身体が敏感になりすぎて、人前に出られないほどだったのだ。
大きく呼吸を繰り返して、身体の熱を外に放出する。颯真は、そんな潤の姿をドクターバッグを片付けながら嬉しそうに楽しそうに眺めていた。最初は介抱されかけたのだが、さらに心拍数が上がり、顔が煮えたぎりそうで、全力で遠慮した。
ソファで三十分以上、気持ちと身体を整えて社長室を出ると、すでに役員フロアは人気がなく、秘書課で残業していたスタッフもすべて引き上げていた。ただ、江上がただひとり残っていた。
そして、秘書は涼しい顔をしてこう言ったのだ。
「申し訳ありません。本日は手違いで社用車をすでに返してしまいました。幸い颯真さんがいらっしゃったので、社長は颯真さんの車に同乗してお帰りください。わたしはまだ仕事が残っていますので」
手違いも幸いもなにもない。完全に確信犯だ。
潤は江上に言いたいこともあったが、江上の言葉にうまい具合に便乗した颯真が、帰るか、と誘ってくる。仕方ないので、明日は同じ車で出社するように言いつけ、潤はエレベーターホールで一礼して見送る江上と別れ、颯真と一緒に帰宅の途に就いたのだった。
おそらく、颯真と江上の間では、潤を自宅まで送るところまで話が付いていたのだろう。
ハンドルを握る颯真の左手首には、一昨年のクリスマスにプレゼントしたオメガの腕時計が着けられている。もとは愛用の腕時計を修理に出して不便になったと聞いたのでピンチヒッターとして使ってくれればと贈ったのだが、その腕時計の修理は無事に完了した後も、颯真は潤が贈った腕時計をずっと使ってくれている。
ネクタイといい、腕時計といい、颯真も自分が選んだものを好んで着けてくれているということに、どこか変わらない部分を見つけて安堵感がこみ上げる。
颯真は、今や完全に自分をオメガとして扱っていることもあって、戸惑いを覚えることもある。しかし、基本的に颯真と一緒にいると安心するし、気も話題も合うから、楽なのだ。変わっていないところを見つけて嬉しいとも思う。
「潤?」
運転席の颯真が視線を投げてよこした。
「あ……うん。颯真の運転は見てて楽しいよ。無駄がないっていうのかな……丁寧で、流れるような動きで」
よくよく考えてみると、社用車でもタクシーでも乗車するのは後部座席で、助手席はあまりない。颯真の隣で運転をこうやって見られるのは楽しい。
「そうか。そうやって潤が眺めてくれるのは嬉しいな」
努めて平静を装っているのに、颯真は潤を見て笑みを浮かべ、そんな言葉を吐く。
自宅マンション前で颯真は車を停める。部屋までは送ってやれないけど、気をつけろよ、と念を押した。
潤は苦笑する。
「やだな。もう目の前はオートロックのエントランスだよ?」
「分かってる、でも、心配だからさ」
颯真はこれから横浜の実家に戻るらしい。
そろそろ、こちらに帰ってきてもいいんじゃない? そう誘うことを、潤はこの短い道のりで何度も考えた。しかし、最後までその一言をどうしても口に出すことができなかった。本当に言っていいのか、思い切れなかったのだ。
「おやすみ」
運転席から窓を開けて挨拶する颯真に、潤も頷いた。
「颯真。今日はありがとう」
「また十日後な」
「うん」
颯真は潤が正面玄関エントランスのオートロックを通過するまで、運転席から見送ってくれた。潤が無事に正面玄関の中に入ると、手を振って、車を発進させたのだった。
自宅まで上がってきて、部屋の灯りをつける。
ジャケットから取り出したスマホが、メッセージの着信を伝えてきた。
計二件。
何も考えずに、スマホを開くと、まず一番上に表示されていたのは尚紀のメッセージ。
今日もお仕事お疲れ様です!
ねぎらいの挨拶から入ったそれは、依頼というか誘いに近いメッセージだった。
潤はそのメッセージを見て、驚いた。
というのも、モデルに本格復帰する最初の撮影を見学に来て欲しいというものだったのだ。
日時は、今週土曜日の昼。場所は神谷町にある撮影スタジオとのこと。
潤さんには、僕の弱いところばかり見られてしまって恥ずかしいのですが、ご都合が合えば僕の門出を是非見に来てほしいんです……。
弱いところばかり見られたのはこちらも同じだ。弟のように可愛い尚紀の再出発に立ち会えるとあれば、なによりも優先して駆け付けたい。
潤が誘いのメッセージの礼とともに、そのように返信すると、再び尚紀からは喜びに満ちたメッセージが届く。是非是非! と彼にしては前のめりの内容だった。
その誠実な人柄が溢れるやりとりに、潤は胸が温かくなる。これまで過酷な人生を送り、そのなかでも希望を失わずに江上という番を得た尚紀の、新たな出発には、是非とも立ち会いたかった。
そしてもう一通、先程とは打って変わって緊張感を持って開く。送信元は松也だった。
これも誘いのメッセージだった。
「明日の夜ですが、お時間ありますか? 仕事が終わる頃に品川に車で迎えに行きますので、ご飯でもいかがでしょう? デートの計画も立てたいし」
相変わらず人の都合を聞いているようで聞いていない誘いだなと潤は苦笑する。
これがこの人なのだと思えば、腹も立たないのだが。ずっと一緒に居ることを考えればストレスにもなる。
潤はわずかに逡巡した。
そして、メッセージに返信した。
「承知しました。明日大丈夫です。松也さんのご都合のよい時間はどのくらいでしょうか。僕は十八時以降であれば問題ありません」
すると、松也からはすぐに既読が付き、十八時半に品川駅の港南口で待ちあわせをしましょうといった返信がきたので、潤も了解した。
潤は内心で尚紀のメッセージを最初に見ておいてよかったと思った。尚紀と土曜日に会えると思えるからこそ、明日松也と会ってはっきり断ろうという勇気が湧いてくるのだ。
翌朝。潤が出社する社用車の中に、久しぶりに江上の姿があった。潤の指示である。
年が明けてからは尚紀という番ができたこともあって、自分に付き合って早朝から一緒に出社することは不要だと言ってきたためだ。
レクサスの後部座席に並んで座ると、江上は早速今日のスケジュールについて話し始める。
それがひととおり済むと、潤は口を開いた。
「尚紀がモデルに復帰するって聞いてさ」
江上は頷く。
「ええ。彼が社長にも是非と言っています」
「それはもちろん喜んで見学させてもらう。で、仕事が終わったあとに、尚紀は予定があるのかな」
江上は首を傾げた。
「いえ? とくに聞いていませんが……」
「ならば、快気祝いをしたいと思って」
撮影スタジオが神谷町というので、問題がなければ東麻布の一軒家のイタリアンレストランを予約したいと話すと、江上が頷いた。
「ありがとうございます。尚紀も喜ぶと思います」
「……だといいなあ」
江上の言葉に潤は自然と笑みが浮かんだ。
「……わたしが今朝この車に同乗するよう命じられたのはこの件のみですか?」
江上のふとした質問を、潤は容赦なく否定する。
「なわけないじゃん」
「……ですよね」
「今日は、やってほしいことがたくさんあるんだよね」
潤は脚を組んで、一息で指示を出す。
「来週の頭に予定されている営業会議と開発会議で使う資料を至急まとめておいてほしいのと、来月の相模原研究所への出張の件、早急に向こうの開発部長と話を詰めておいてほしい。組織改正の発表があって揺れてるだろうから、まずはそこに手を打ちたい。あと、昨日のうちに確認のために来ていたゲラをチェックしたから先方に返してほしいのと、今週末までって話していた、レジュメの件を西田さんと早急に詰めたいからそれも急いでほしい。そうそう、今度全社員向けに発信するメッセージも併せてよろしく」
これを全て今日中で、と言うと、さすがに江上が微妙な表情を浮かべた。
通常業務のスケジュール管理や会議資料の作成、関係各所への伝達事項の共有などの日常業務に加えての追加の業務だ。
しかも中には、もともと急がない案件と指示していたものも含まれており、それさえ急ぎでと指示するのは潤の嫌がらせだと察したような様子。
「まあこれくらいにしておくよ」
量はいくらかあるが、一つ一つは彼にとってさほどに手間がかからないものだろう。昨日、独断で颯真を呼び出したことに対するちょっとした仕返しだ。
潤が静かにそう言うと、江上は承知しました、と一礼した。
いつもの通りに社長室に入ったところで、スリーピースのジャケットの内ポケットに入れていたスマホが揺れていることに気が付いた。メッセージではなく、着信だ。
着信元を見ると、意外な人物。
「はい。森生です」
電話の向こうからは元気な声が聞こえてきた。
「あ、森生社長! おはようございます! 片桐です」
年末に潤の密着取材を行い、年明け早々の賀詞交換会で再会した、メトロポリタンテレビの片桐要だった。人が良さそうな容貌を、潤は思い起こす。
そういえば、片桐とは先月の賀詞交換会で個人的に連絡先を交換したのだった。メルト製薬社長の長谷川の信頼を得ている彼を見て、潤が考えた方を改めたのだ。
早いですね、と潤が応じると、だって社長は早朝でないと捕まりそうにないですから、と切り返され、潤は苦笑した。間違ってない。
「今、大丈夫ですか」
ええ、と応じると、もーと片桐が唸った。
「聞きました! もう、お人が悪いですよ!」
潤には状況が掴めない。
「はい?」
「誠心医科大学病院で行われているペア・ボンド療法の治験です」
片桐の言葉は意外な方に向かった。
「あれ、森生社長のお兄さんが絡んでいるそうじゃないですか」
とうとう颯真のことがマスコミに捕捉されたみたいだった。
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