68 / 104
2章 一人のアルファで一人の兄で
(34)
しおりを挟む
一ヶ月前の賀詞交換会で交わされた片桐との会話が思い浮かぶ。
森生社長は誠心医科大学が治験を進めている「ペア・ボンド療法」をご存じですか? そう聞かれて、潤がいえ、ととぼけると、片桐からはあからさまにがっかりされた。
「森生社長のお兄さんが誠心医大のドクターだとちらりと伺ったので、ペア・ボンド療法についてご存じかと期待したのですが……」
片桐は、潤の身内である颯真が、誠心医大のドクターであるという情報をキャッチしていた。大々的に話したことはないが、おそらく片桐のように多くの取材対象に接触していれば得られる情報であろうと思う。
一方、潤自身は長谷川から詳細を聞くまでペア・ボンド療法の最終目的を知らなかったとはいえ、兄の颯真が治験の中心的な役割を果たしており、さらに友人で秘書の江上とその番の尚紀がペア・ボンド療法に絡んでいることはすべて承知で、片桐の質問をかわしたのだ。
それは、部外者である自分の口からマスコミに漏らすべきではないと判断したからだ。
あのとき片桐は、潤だけでなく、メルト製薬社長の長谷川にも突撃を掛け、かわされたと話していた。だからあの対応は間違っていなかったと考えている。
あれから一ヶ月。片桐は地道な取材を続けて、ペア・ボンド療法の中心的な医師、そして、そこから潤への関係性に辿り着いたのだろうと思う。
「そのお話ですか。片桐さんから連絡をいただくとは思いませんでした。いつお知りになったんですか?」
潤がそう受け止めると、片桐は、先日です、と応じた。
ある人から話を聞いていて、その中に何度か出てきたのです、「森生先生」という言葉が。その人物を突っ込んで聞いたところ「森生颯真医師」であると……。驚きました。それって森生社長のお兄さんってことですか、と。ようやく繋がりましたよ……と片桐は語って聞かせた。
その興奮した口調からかなり想定外の展開だったのだろうと潤は理解した。
「そうでしたか……。驚かせてしまいましたね」
片桐は話が続く。
「ペア・ボンド療法は、誠心医科大学の若い先生が中心になっているそうですね。横浜病院では森生先生、本院では和泉暁先生や高城裕哉先生……」
そういえば先日、藤堂がアルファ・オメガ領域の現在について片桐の取材を受けたと聞いて、潤は何が知りたかったのか気になり、取材に同席していた広報スタッフの報告書を挙げてもらいチェックした。その内容からも片桐の本気具合が伝わってきた。彼はその情熱を持って、本気でペア・ボンド療法を調べ上げたのだろう。
これからはかわしたり惚けるよりも、言えない部分ははっきり言った方が双方で誤解が少ないだろう。
片桐さん、と潤は呼びかける。
「……先日もお話ししましたが、私が薬屋なので兄とは突っ込んだ話はしないのです」
兄の専門が「アルファ・オメガ領域」で、弟の会社の重点開発領域と被っている。それは、お互いに気軽に話しても機密情報に触れかねないので……、と潤が弁明する。
「……はっ。そうですよね。そう仰っていましたよね」
片桐はもともと人が良いのだろう。すみません、思わず情報が繋がって興奮してご連絡をしてしまいました、と謝罪までされた。
一応、予防線は張れたかなと思う。
「それにしても、よくご存じですね。
私も詳しいことは承知していませんが、聞けばまだアカデミアのマガジンにも載っていないという話ですよね」
潤がそう水を向けると、片桐は「僕はマスコミの人間なので、取材元の秘匿は義務です。でも、話せるところは話してさらに情報を広げていくのが仕事ですから、ちょっと気になっていることもあって、社長にお話しておこうと思った次第です」
その、片桐の少しまどろっこしい前置きからどのような話が広がるのか、潤には全く想像つかない。
「どのようなことでしょう」
しかし、片桐の話は、まさかの思わぬ方向に広がっていくことになった。
「この情報、実はとある団体に接触のある人物から教えてもらったのです」
「団体?」
「ええ。『オルム』という団体、社長はご存じですか?」
オルム?
まったく音も字面も心当たりがない。
潤の困惑した反応に、片桐もそうですよねえ、と頷いた。
「アルファベットでは『ORM』と書きます。『オメガ権利擁護運動(Omega's Rights Movement)』。略して『ORM』です」
潤は首を傾げる。
今、権利擁護と言ったか。仕事柄、患者団体とは会社として付き合いもあるが、まさかそんなワードに触れるとは、まったく想像していなかった。
「いったい、どういう団体なのですか?」
「もともとは、医学とはまったく関係のない自然回帰運動から派生した団体のようです。
ただ、ここしばらくですかね。オメガの人権や権利を主張する……ある種先鋭的な思想を持った団体に成長したようです」
先鋭的、という言葉を片桐が使ったことに潤は引っかかりを感じた。この団体に対する印象が、片桐から見てもあまり良さそうではない感じだった。
彼によると、オルムの主張は、現在のオメガのフェロモン治療に疑念を投げかけるものだという。
オメガはアルファやベータが作り上げた社会に適応するため、あえて化学的な薬剤でフェロモンを管理し、身体を酷使しているという問題意識が根底にあるとのこと。
その化学的な薬剤というのは、無論フェロモン抑制剤やフェロモン誘発剤を指す。オメガを取り巻く利権者どもがオメガを食い物にしているという思想で、それは抑制剤を保険適用にした政治家や、医学界、そして薬剤を開発販売する製薬企業も含まれているという。それらの利害関係者からオメガの人権を守り、彼らを解放しようという運動らしい。
とにかくオメガは昔のように、三ヶ月に一度の発情期を受け入れるような生活が本来の自然な営みで、アルファに望まれるまま抱かれ、子をなすのが幸せと主張したいらしい。
随分勝手なことを主張する団体だなと潤は思う。
そして、この団体の主張に異を唱えたくなるのは当然かと思い直した。十代の頃から抑制剤で厳格にフェロモン管理を行い、発情期など十年以上も起こしたことはないくらい、毎日抑制剤に頼る生活をして、職業はフェロモン抑制剤を製造販売する製薬企業の社長なんていう立場の自分は、この団体の主張に照らし合わせると、到底受け入れられないような種類だろうから。
自然回帰運動に限ればよくあるものだ。それがまた、どうしてオメガをターゲットにした、このような先鋭的な思想になったのか。
「なんでそんな偏った思想になったのですか」
潤の疑問に、片桐もそこが疑問なんです、と頷く。
「おそらくなんですが、現在の運営事務局のメンバーが問題なんですよね……」
どうも何か裏があるらしい。
「今、理事会や事務局にいる名前が、オメガレイシストとしてネットで有名な人が多いんです」
「だって、オメガの人権を守る組織でしょう?」
団体名との矛盾を指摘すると、片桐も頷く。
「そうなんですが、ほら、いきなり極端な思想をするようになった人の裏に、それを煽るような思想の人物がいたりするじゃないですか。それと同じです」
片桐によると、もともとオルムの前身は、オメガだけでなくアルファに対しても自然回帰を促す運動を展開する団体だったという。それがなぜ、オメガをターゲットにした先鋭的な思想をもつ団体に変化したのか。オメガを蔑視する思想の人々のエッセンスが注入されたのだという。
ああ、なるほどと潤も合点した。
おそらく資金不足などで困っていたら、手を貸してくれた人々に乗っ取られてしまった、とかそういう話だろう。
しかし、そんな極端な思想を主張しても、現実を知るオメガには受け入れられないだろう。
「だからオルムが主張する方向は、主にオメガではないのですよ」
それがこの団体のやっかいなところです、と片桐が言う。
「これを、ベータの主に一般大衆に訴えているのです。曰く、権力者の利権によって食い物にされているのはオメガの人々。彼らを解放しよう」
「……なにそれ」
聞けば聞くほどに違和感しかない。
「今は、オメガは自然に帰れと言っても同意は得られないでしょう。だからこそ周りを悪役に仕立て、オメガはその被害を受けているという構図にするのです。
しかし、その団体の中心にいるのは、オメガを差別する人々で、意図なんて明確で、考えるだけで吐き気がするような主張です」
片桐の言葉に潤も、そうですね、と頷く。
「片桐さんはその団体を調べて、どうしようと考えているのですか」
潤の率直な質問に、片桐は今は様子見の段階です、と応じた。なるほど。
「じゃあ、どうして私に?」
「ああいう団体ですから、御社やメルト製薬といったアルファ・オメガ領域の薬剤を販売する企業や、誠心医科大学病院なども、眼をつけられれば面倒ですから」
「……心配して下さったということですか」
「ええ。私は個人的に森生社長や長谷川社長と親しくさせて頂いていますし、その信念や生き様みたいなのも垣間見せて頂きました。だから、忠告というか、注意喚起です」
潤は素直に礼を言う。
「ありがとうございます」
おそらく、製薬業界にどっぷりの自分では、到底キャッチしにくい情報だ。このようなことは知っていると知らないとでは大きな差がある。
「気づかれない程度に、こちらでも調べてみたいと思います。何かわかれば片桐さんにお知らせしますね」
潤がそう言うと、片桐も助かりますと応じ、ふたりで礼を言い合って、通話を終了させた。
スマホをデスクに置くと、潤はさっそく内線で江上を呼び出す。同じフロアで仕事を始めていた彼は、すぐにやってきた。
「急ぎで調べてほしいことがある」
潤はさっそく、先程片桐から得た話を江上に聞かせた。
オルムという名前の団体は彼も初めて聞いたらしく、まさか自分の上司からそのような話を聞くとは思っていなかったようで、少し驚いていた。
「まあ僕なんて格好のターゲットになりそうだけどね」
と笑うと、江上は少し眉をひそめる。少し趣味の悪い冗談だったかもしれない。
「社長」
「ごめん。でも大丈夫。べつにどうこうというわけではない。で、頼みたいことはこの団体の真偽を調べて欲しいってことなんだ。べつに片桐氏の言葉を信じていないわけじゃないんだけど、彼が言っていたような団体ならば気をつけねばならないし」
以前、江上は潤を誘拐しかけた人間の素性を洗ってきたことがある。自分には見せていないツテがあるのだろうと思ったのだ。
「尚紀が表舞台に復帰するってことは……、いや論文化されることと関係もあるけど、ペア・ボンド療法がそれほど遠くない未来に、世間に周知されるようになるってことだと思う」
そのときのためにも情報は集めておいたほうがいいと思うんだ、と潤が言うと、江上は頷いた。
「社長、あの長谷川社長からのお誘いは?」
潤の腹は決まっていた。
「もちろん乗る。もう決めてる」
それについては大西も飯田も藤堂も承知している。今更気持ちを変えるつもりはない。
「でも、こういう団体が台頭してきているとなると、リスクも考えないといけません」
江上が慎重な見方を示す。
「そんなリスク、乗っても乗らなくても一緒だ。僕が言わなくても分かってると思うけど、お前が心配するのは尚紀のことだ」
「社長……」
「大丈夫。この件は近く長谷川社長に会わないとね。だから、早急に調べてほしい。あと……」
「何ですか」
「気になることがもう一つあって。
佐賀氏の現在を調べてほしい」
江上が驚いたような表情を見せる。
「佐賀……元取締役管理部長ですか」
そう言いかけて江上も気がついた様子。
「もしかして」
潤は頷いた。オメガレイシストと聞いて、真っ先に頭に浮かんでしまった。
「……彼がこんな団体と関係してなければいいんだけどね」
江上は、短く一言、承知しました、と一礼した。
森生社長は誠心医科大学が治験を進めている「ペア・ボンド療法」をご存じですか? そう聞かれて、潤がいえ、ととぼけると、片桐からはあからさまにがっかりされた。
「森生社長のお兄さんが誠心医大のドクターだとちらりと伺ったので、ペア・ボンド療法についてご存じかと期待したのですが……」
片桐は、潤の身内である颯真が、誠心医大のドクターであるという情報をキャッチしていた。大々的に話したことはないが、おそらく片桐のように多くの取材対象に接触していれば得られる情報であろうと思う。
一方、潤自身は長谷川から詳細を聞くまでペア・ボンド療法の最終目的を知らなかったとはいえ、兄の颯真が治験の中心的な役割を果たしており、さらに友人で秘書の江上とその番の尚紀がペア・ボンド療法に絡んでいることはすべて承知で、片桐の質問をかわしたのだ。
それは、部外者である自分の口からマスコミに漏らすべきではないと判断したからだ。
あのとき片桐は、潤だけでなく、メルト製薬社長の長谷川にも突撃を掛け、かわされたと話していた。だからあの対応は間違っていなかったと考えている。
あれから一ヶ月。片桐は地道な取材を続けて、ペア・ボンド療法の中心的な医師、そして、そこから潤への関係性に辿り着いたのだろうと思う。
「そのお話ですか。片桐さんから連絡をいただくとは思いませんでした。いつお知りになったんですか?」
潤がそう受け止めると、片桐は、先日です、と応じた。
ある人から話を聞いていて、その中に何度か出てきたのです、「森生先生」という言葉が。その人物を突っ込んで聞いたところ「森生颯真医師」であると……。驚きました。それって森生社長のお兄さんってことですか、と。ようやく繋がりましたよ……と片桐は語って聞かせた。
その興奮した口調からかなり想定外の展開だったのだろうと潤は理解した。
「そうでしたか……。驚かせてしまいましたね」
片桐は話が続く。
「ペア・ボンド療法は、誠心医科大学の若い先生が中心になっているそうですね。横浜病院では森生先生、本院では和泉暁先生や高城裕哉先生……」
そういえば先日、藤堂がアルファ・オメガ領域の現在について片桐の取材を受けたと聞いて、潤は何が知りたかったのか気になり、取材に同席していた広報スタッフの報告書を挙げてもらいチェックした。その内容からも片桐の本気具合が伝わってきた。彼はその情熱を持って、本気でペア・ボンド療法を調べ上げたのだろう。
これからはかわしたり惚けるよりも、言えない部分ははっきり言った方が双方で誤解が少ないだろう。
片桐さん、と潤は呼びかける。
「……先日もお話ししましたが、私が薬屋なので兄とは突っ込んだ話はしないのです」
兄の専門が「アルファ・オメガ領域」で、弟の会社の重点開発領域と被っている。それは、お互いに気軽に話しても機密情報に触れかねないので……、と潤が弁明する。
「……はっ。そうですよね。そう仰っていましたよね」
片桐はもともと人が良いのだろう。すみません、思わず情報が繋がって興奮してご連絡をしてしまいました、と謝罪までされた。
一応、予防線は張れたかなと思う。
「それにしても、よくご存じですね。
私も詳しいことは承知していませんが、聞けばまだアカデミアのマガジンにも載っていないという話ですよね」
潤がそう水を向けると、片桐は「僕はマスコミの人間なので、取材元の秘匿は義務です。でも、話せるところは話してさらに情報を広げていくのが仕事ですから、ちょっと気になっていることもあって、社長にお話しておこうと思った次第です」
その、片桐の少しまどろっこしい前置きからどのような話が広がるのか、潤には全く想像つかない。
「どのようなことでしょう」
しかし、片桐の話は、まさかの思わぬ方向に広がっていくことになった。
「この情報、実はとある団体に接触のある人物から教えてもらったのです」
「団体?」
「ええ。『オルム』という団体、社長はご存じですか?」
オルム?
まったく音も字面も心当たりがない。
潤の困惑した反応に、片桐もそうですよねえ、と頷いた。
「アルファベットでは『ORM』と書きます。『オメガ権利擁護運動(Omega's Rights Movement)』。略して『ORM』です」
潤は首を傾げる。
今、権利擁護と言ったか。仕事柄、患者団体とは会社として付き合いもあるが、まさかそんなワードに触れるとは、まったく想像していなかった。
「いったい、どういう団体なのですか?」
「もともとは、医学とはまったく関係のない自然回帰運動から派生した団体のようです。
ただ、ここしばらくですかね。オメガの人権や権利を主張する……ある種先鋭的な思想を持った団体に成長したようです」
先鋭的、という言葉を片桐が使ったことに潤は引っかかりを感じた。この団体に対する印象が、片桐から見てもあまり良さそうではない感じだった。
彼によると、オルムの主張は、現在のオメガのフェロモン治療に疑念を投げかけるものだという。
オメガはアルファやベータが作り上げた社会に適応するため、あえて化学的な薬剤でフェロモンを管理し、身体を酷使しているという問題意識が根底にあるとのこと。
その化学的な薬剤というのは、無論フェロモン抑制剤やフェロモン誘発剤を指す。オメガを取り巻く利権者どもがオメガを食い物にしているという思想で、それは抑制剤を保険適用にした政治家や、医学界、そして薬剤を開発販売する製薬企業も含まれているという。それらの利害関係者からオメガの人権を守り、彼らを解放しようという運動らしい。
とにかくオメガは昔のように、三ヶ月に一度の発情期を受け入れるような生活が本来の自然な営みで、アルファに望まれるまま抱かれ、子をなすのが幸せと主張したいらしい。
随分勝手なことを主張する団体だなと潤は思う。
そして、この団体の主張に異を唱えたくなるのは当然かと思い直した。十代の頃から抑制剤で厳格にフェロモン管理を行い、発情期など十年以上も起こしたことはないくらい、毎日抑制剤に頼る生活をして、職業はフェロモン抑制剤を製造販売する製薬企業の社長なんていう立場の自分は、この団体の主張に照らし合わせると、到底受け入れられないような種類だろうから。
自然回帰運動に限ればよくあるものだ。それがまた、どうしてオメガをターゲットにした、このような先鋭的な思想になったのか。
「なんでそんな偏った思想になったのですか」
潤の疑問に、片桐もそこが疑問なんです、と頷く。
「おそらくなんですが、現在の運営事務局のメンバーが問題なんですよね……」
どうも何か裏があるらしい。
「今、理事会や事務局にいる名前が、オメガレイシストとしてネットで有名な人が多いんです」
「だって、オメガの人権を守る組織でしょう?」
団体名との矛盾を指摘すると、片桐も頷く。
「そうなんですが、ほら、いきなり極端な思想をするようになった人の裏に、それを煽るような思想の人物がいたりするじゃないですか。それと同じです」
片桐によると、もともとオルムの前身は、オメガだけでなくアルファに対しても自然回帰を促す運動を展開する団体だったという。それがなぜ、オメガをターゲットにした先鋭的な思想をもつ団体に変化したのか。オメガを蔑視する思想の人々のエッセンスが注入されたのだという。
ああ、なるほどと潤も合点した。
おそらく資金不足などで困っていたら、手を貸してくれた人々に乗っ取られてしまった、とかそういう話だろう。
しかし、そんな極端な思想を主張しても、現実を知るオメガには受け入れられないだろう。
「だからオルムが主張する方向は、主にオメガではないのですよ」
それがこの団体のやっかいなところです、と片桐が言う。
「これを、ベータの主に一般大衆に訴えているのです。曰く、権力者の利権によって食い物にされているのはオメガの人々。彼らを解放しよう」
「……なにそれ」
聞けば聞くほどに違和感しかない。
「今は、オメガは自然に帰れと言っても同意は得られないでしょう。だからこそ周りを悪役に仕立て、オメガはその被害を受けているという構図にするのです。
しかし、その団体の中心にいるのは、オメガを差別する人々で、意図なんて明確で、考えるだけで吐き気がするような主張です」
片桐の言葉に潤も、そうですね、と頷く。
「片桐さんはその団体を調べて、どうしようと考えているのですか」
潤の率直な質問に、片桐は今は様子見の段階です、と応じた。なるほど。
「じゃあ、どうして私に?」
「ああいう団体ですから、御社やメルト製薬といったアルファ・オメガ領域の薬剤を販売する企業や、誠心医科大学病院なども、眼をつけられれば面倒ですから」
「……心配して下さったということですか」
「ええ。私は個人的に森生社長や長谷川社長と親しくさせて頂いていますし、その信念や生き様みたいなのも垣間見せて頂きました。だから、忠告というか、注意喚起です」
潤は素直に礼を言う。
「ありがとうございます」
おそらく、製薬業界にどっぷりの自分では、到底キャッチしにくい情報だ。このようなことは知っていると知らないとでは大きな差がある。
「気づかれない程度に、こちらでも調べてみたいと思います。何かわかれば片桐さんにお知らせしますね」
潤がそう言うと、片桐も助かりますと応じ、ふたりで礼を言い合って、通話を終了させた。
スマホをデスクに置くと、潤はさっそく内線で江上を呼び出す。同じフロアで仕事を始めていた彼は、すぐにやってきた。
「急ぎで調べてほしいことがある」
潤はさっそく、先程片桐から得た話を江上に聞かせた。
オルムという名前の団体は彼も初めて聞いたらしく、まさか自分の上司からそのような話を聞くとは思っていなかったようで、少し驚いていた。
「まあ僕なんて格好のターゲットになりそうだけどね」
と笑うと、江上は少し眉をひそめる。少し趣味の悪い冗談だったかもしれない。
「社長」
「ごめん。でも大丈夫。べつにどうこうというわけではない。で、頼みたいことはこの団体の真偽を調べて欲しいってことなんだ。べつに片桐氏の言葉を信じていないわけじゃないんだけど、彼が言っていたような団体ならば気をつけねばならないし」
以前、江上は潤を誘拐しかけた人間の素性を洗ってきたことがある。自分には見せていないツテがあるのだろうと思ったのだ。
「尚紀が表舞台に復帰するってことは……、いや論文化されることと関係もあるけど、ペア・ボンド療法がそれほど遠くない未来に、世間に周知されるようになるってことだと思う」
そのときのためにも情報は集めておいたほうがいいと思うんだ、と潤が言うと、江上は頷いた。
「社長、あの長谷川社長からのお誘いは?」
潤の腹は決まっていた。
「もちろん乗る。もう決めてる」
それについては大西も飯田も藤堂も承知している。今更気持ちを変えるつもりはない。
「でも、こういう団体が台頭してきているとなると、リスクも考えないといけません」
江上が慎重な見方を示す。
「そんなリスク、乗っても乗らなくても一緒だ。僕が言わなくても分かってると思うけど、お前が心配するのは尚紀のことだ」
「社長……」
「大丈夫。この件は近く長谷川社長に会わないとね。だから、早急に調べてほしい。あと……」
「何ですか」
「気になることがもう一つあって。
佐賀氏の現在を調べてほしい」
江上が驚いたような表情を見せる。
「佐賀……元取締役管理部長ですか」
そう言いかけて江上も気がついた様子。
「もしかして」
潤は頷いた。オメガレイシストと聞いて、真っ先に頭に浮かんでしまった。
「……彼がこんな団体と関係してなければいいんだけどね」
江上は、短く一言、承知しました、と一礼した。
32
あなたにおすすめの小説
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
月弥総合病院
僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる