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閑話:弟の初めての発情期
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颯真は潤と引き離されて茗子に自宅の外まで連れ出される。真夜中にシャツ一枚では寒い季節だが、その冷気が却って颯真に正気を取り戻させてくれた。
茗子が真夜中にも関わらず天野医院に連絡を入れ、そのまま潤はみなとみらいにある誠心医科大学横浜病院に入院することになった。あそこにはまだ珍しい、アルファ・オメガ科に特別室があると聞いている。
幸運にも空いていて、天野の紹介で入れたのだろうと思った。
潤の搬送が済んでから、颯真は天野医院に連れていかれて、天野の診察を受けた。
検査も受けたが、すでにそのときは体内の数値は正常に戻っており、ヒートの症状もみられず、夜明け前に帰宅を許可された。
昼過ぎになって父和真が出張の予定を切り上げて帰ってきた。予定外のフライトで、茗子が羽田まで迎えに行き、そのまま二人で入院している潤の様子を見てくると言っていた。
颯真は、天野医院から帰ってきてから、ずっと自宅の自室で待機するように言いつけられていた。言われずとも、昨日からヒート抑制剤を飲み過ぎていたためだろう、頭痛が酷くて半分ベッドの上にいたようなものだった。
目を閉じるとあの潤の姿が浮かぶ。
とろりとした視線、軽く口を開けたときのなまめかしさ、ぷくんと腫れたように紅く色づく乳首、きゅんと上を向く、可愛らしくもなまめかしさを秘めた性器。脚をひらき、欲望に忠実なままに、啼き、喘ぎ、高みに上るその様子……。
すべてが瞼に焼き付いてしまった。
少なくとも発情期における自分と潤の間では、アルファとオメガという関係性の前に、兄弟という関係性は吹っ飛ぶということを颯真は実感した。
兄弟のアルファとオメガでフェロモンに引っ張られたという話はほとんど聞いたことがない。しかし、確実に互いの香りに惹かれていた。
しかも、香りに惹かれていたのはアルファの自分だけではなく潤にも言えた。潤は颯真の香りを特別なものとして認識していたように見えたのだ。それはすなわち本能でふたりは番という確証を得たようにも思える。
颯真はそのようなことを悶々と考えていた。
父和真と母茗子が帰宅したのは、その日の夕方だった。階下が騒がしくなったので自室にいた颯真も察した。
出迎えはしなかったのだが、そのすぐ後に、父の書斎に呼び出された。
森生家において、和真の書斎と両親の寝室は、子供たちにとっては不可侵の場所とされていて、颯真もこれまでほとんど立ち入ったことはなかった。
木製の扉をノックして開けると、室内にはチェアに腰をかける父和真と、窓際に立つ茗子がいた。二人とも帰宅したままの格好だろう。母などはスーツ姿という昨日の服装のままだ。
書斎には大きな木製のデスクが鎮座しており、それを挟んで、颯真は両親と向かい合った。
いつも国内外とパワフルに動き回っている両親にしては冴えない表情だ。
「……潤は、どうだった?」
颯真がそう切り出すと、おそらく実際に様子を確認したのであろう茗子が重い口を開いた。
「……辛そうね。ずっと颯真のことを呼んでるみたい」
「………」
「颯真の香りは、潤にとって落ち着くものなのね」
茗子の言葉に、颯真は何も返せず俯いた。
自分があの時、潤の面倒を見ると言ったにも関わらず、ヒート抑制剤で自分をコントロールすることができなかったから、潤に発情期における番の香りを覚えさせてしまったのかもしれない。
そう反論したかったが、言い返せる雰囲気でもなかった。
室内は重苦しい空気が流れている。
しばらく室内には物音もしない沈黙の時間が流れた。
颯真は両親を前にして考える。
もう父和真にも事の顛末は知られているのだろう。両親にとって双子のアルファの兄が、発情期の弟を襲おうとしている場面に遭遇するのは衝撃だろう。
あの行為に対しての弁解を求められるのだろうが……。
あの時は颯真も自分を押さえることができなかった。茗子が飛び込んできて、とっさに助かったと思った。アルファとオメガが互いに惹きつけ合う香りは予想以上だった。
しかし、今更ながら思うが、どうしてあそこで我慢がきかなかったのか。ずっとひた隠しにしてきたのに、抗えなかった。
決して油断していたわけではないと思う。自分は潤に発情期が訪れるのを待ちわびていたのだ。可能な限りの万全の体制で臨んだと思う。それでもこうなったのは、自分は発情期の潤の香りには逆らえないのだ。
番のオメガにはアルファでも敵わないことを、颯真は実感していた。番のオメガがフェロモンを漂わせていれば、アルファはそれに呑まれるだけ。容易に支配される。
しかし、両親が今颯真に求めている弁解は、そのようなものではないのだろう。
「母さんから事情は聞いた。お前が知っていること、気がついていることをすべて話せ」
父の指示は簡潔だった。母から聞いたことがすべてではないと分かっている様子だった。
とうとう両親に打ち明けなければならない。
せめて簡潔に、躊躇いなく言いたい。
「潤は俺の番だ」
父和真も母茗子も想像していたのだろう。それは衝撃ではなく、静かな沈黙をもって受け止められたような気が、颯真にはした。
両親の反応を、颯真は待つ。
「それで? お前は潤をどうしようと思っている」
「番にする」
父の問いかけに、即答した。
和真は、チェアの背もたれに体重をかけ、脚を組む。茗子も窓を見上げて溜息を吐いた。
「お前達は兄弟だ」
分かっていないはずはないだろう、と当たり前のことを諭される。
そんなこと、颯真だって百も承知だ。これまで何度も何十回も何百回も、自分に問うてきた。
「わかっている、そんなことは。でも、潤は俺のオメガだと、俺の本能はずっと言ってるんだ!」
冷静に話さなければと思うのに、どうしても感情が先行してしまう。それはこれまで胸の内に秘めていた思いが溢れすぎて、勢いをもってなだれ込み、自分で調整できなくなったような感覚で、言葉を、情感を、颯真は自分でコントロールすることができなくなりつつあった。
対して、父は冷静そのものだ。
いつもは家族を優しく見つめる父の目が、今の颯真には冷たくて怖かった。
「独りよがりはみっともない。やめろ」
颯真は息を詰めた。独りよがりという父の言葉に衝撃を受ける。
そんなふうに見えるのかと思うと同時に、どうしても理解してもらえない壁を感じた。
「……父さん!」
颯真はデスクを挟み、父に向き合う。しかし、その目は冷たいままだ。
「母さんにSOSを出したことは褒めてやる。お前はよくやった、颯真」
颯真はねぎらいの言葉を素直に受け取れない。
たまたまだったんだ、と和真が言う。
「お前は潤のフェロモンに当てられたんだ。おそらくヒート抑制剤の飲み合わせの問題だろう?」
父の言葉が、医学的にはなんら根拠がない都合の良い解釈であるというのは、まだ学生で医学的な知識が浅い颯真でも分かった。
そんな薄い言葉で、本能の繋がりを否定するのかと逆に怒りがこみ上げてくる。
「違うんだ、父さん! あいつは俺のだ。だって、潤も俺も惹かれ合ったんだから」
どうしたら理解してもらえるのか。颯真には言葉を尽くすしか手立てがないように思えた。
言葉を尽くし、誠意を見せたら、父は理解してくれるか?
和真はデスクから立ち上がり、颯真の正面に立つ。アルファの父は、威容で颯真を圧倒していた。
「颯真。よく考えろ。兄弟同士でどうする。番うのか? 潤は今初めての発情期だ。目の前にアルファがいたら訳がわからなくなったんだろう。お前はよくやった。兄として弟の貞操を守ったんだから」
颯真は、父に腕を掴まれた。
「諦めろ」
和真は諭すように言った。
父に掴まれている腕が痛い。その力の入れ具合に強い意志を感じた。
颯真も察する。
多分、父は分かっている。父母だってアルファとオメガの番だ。番は否が応でも、理由もなく惹かれ合うものと。
今、何がどうしてこうなったのか分からないが、息子達がその関係を結びたがっている。本能の繋がりだと言ってはいるが、血の繋がりを絶つことは叶わない。だから、気のせいだと、理性を優先させて諦めろと言っているのだ。
「……どうしたら……認めてもらえるんだ」
颯真が、父の手の上に自分の手を添える。
「どうしたらも何もない。お前達は、たまたま、惹かれ合ったのだから、それが何かに繋がるわけではないだろう?」
それに、と和真は颯真を見据える。
「潤の身になって考えてみろ。いきなりお前に番だと言われてどう思うか」
たしかにその通りだった。発情期を終えた潤はどう思うだろう。そして、正気でない時に実兄に項を噛まれ、無理矢理、番契約を交わされたと知ったら。
いや、颯真は否定する。もちろん潤の了解は前提にあるべきだ。項を噛めば分かり合えるというものでもないだろう。
颯真は和真の言葉に追い打ちをかけられる。
「あいつはまだオメガという性にも戸惑っているし、受け入れられていない。
お前は、それに追い打ちをかけるつもりか」
本当に痛いところを突かれた。
颯真は自分の拙速を少し後悔していた。確かにこんなふうに認めてもらっても、潤が納得するとは思えない。いや、でも、あの発情期で互いを求め合った事実はある。あれは抑制剤のせいでも、初めての発情期であるためでもない。
自分達は、紛うことなく番なのだ。
「わかった……」
颯真はそう答えるしかなかった。
「わかってくれたか」
父の言葉に颯真は頷いた。
「今、認めてもらうのは、潤にとってもいいことじゃない」
「颯真……」
「どうして俺と潤は昨晩惹かれ合ったのか。アルファの俺だけじゃない。潤が、抑制剤を飲んでいた俺の香りを拾っていたんだ。番は惹かれ合うものだっ……」
「分かっている!」
父の強い声が響いた。強い力で腕を握り込まれた。
「俺だって、お前の感覚を軽く見ているわけではない。お前を信じていないわけでもない。
でも、アルファはオメガの人生をいとも簡単に変えてしまえるんだ。
それをお前は肝に銘じろ」
それは、どういう意味だろうか。
「お前はアルファだ。耐えろ」
父の命令は簡潔だった。
「潤の発情期が終わって、あいつが自分の性を受け止められるようになれば、おのずと番関係の真相も分かる。お前の言うように、お前達が番なのか、それともお前の独りよがりだったのか」
「……それは潤に選ばせるということ?」
そうだ、と和真は頷いた。
「いいか、これに関しお前に選択権は一切ない。
潤がお前を選んだのであれば、考えてやらないことはない。
でも、潤がお前を選ぶ前に、お前が潤を番にしたら、俺は問答無用でお前と潤を引き離す」
引き離す……。
番になっても引き離すと言ったのか。
颯真は息を飲んだ。
「番であっても……?」
思わず確認すると、和真は冷徹な目を湛えて頷いた。
「そうだ。番であってもだ。
その重さを、お前は肝に銘じろ」
茗子が真夜中にも関わらず天野医院に連絡を入れ、そのまま潤はみなとみらいにある誠心医科大学横浜病院に入院することになった。あそこにはまだ珍しい、アルファ・オメガ科に特別室があると聞いている。
幸運にも空いていて、天野の紹介で入れたのだろうと思った。
潤の搬送が済んでから、颯真は天野医院に連れていかれて、天野の診察を受けた。
検査も受けたが、すでにそのときは体内の数値は正常に戻っており、ヒートの症状もみられず、夜明け前に帰宅を許可された。
昼過ぎになって父和真が出張の予定を切り上げて帰ってきた。予定外のフライトで、茗子が羽田まで迎えに行き、そのまま二人で入院している潤の様子を見てくると言っていた。
颯真は、天野医院から帰ってきてから、ずっと自宅の自室で待機するように言いつけられていた。言われずとも、昨日からヒート抑制剤を飲み過ぎていたためだろう、頭痛が酷くて半分ベッドの上にいたようなものだった。
目を閉じるとあの潤の姿が浮かぶ。
とろりとした視線、軽く口を開けたときのなまめかしさ、ぷくんと腫れたように紅く色づく乳首、きゅんと上を向く、可愛らしくもなまめかしさを秘めた性器。脚をひらき、欲望に忠実なままに、啼き、喘ぎ、高みに上るその様子……。
すべてが瞼に焼き付いてしまった。
少なくとも発情期における自分と潤の間では、アルファとオメガという関係性の前に、兄弟という関係性は吹っ飛ぶということを颯真は実感した。
兄弟のアルファとオメガでフェロモンに引っ張られたという話はほとんど聞いたことがない。しかし、確実に互いの香りに惹かれていた。
しかも、香りに惹かれていたのはアルファの自分だけではなく潤にも言えた。潤は颯真の香りを特別なものとして認識していたように見えたのだ。それはすなわち本能でふたりは番という確証を得たようにも思える。
颯真はそのようなことを悶々と考えていた。
父和真と母茗子が帰宅したのは、その日の夕方だった。階下が騒がしくなったので自室にいた颯真も察した。
出迎えはしなかったのだが、そのすぐ後に、父の書斎に呼び出された。
森生家において、和真の書斎と両親の寝室は、子供たちにとっては不可侵の場所とされていて、颯真もこれまでほとんど立ち入ったことはなかった。
木製の扉をノックして開けると、室内にはチェアに腰をかける父和真と、窓際に立つ茗子がいた。二人とも帰宅したままの格好だろう。母などはスーツ姿という昨日の服装のままだ。
書斎には大きな木製のデスクが鎮座しており、それを挟んで、颯真は両親と向かい合った。
いつも国内外とパワフルに動き回っている両親にしては冴えない表情だ。
「……潤は、どうだった?」
颯真がそう切り出すと、おそらく実際に様子を確認したのであろう茗子が重い口を開いた。
「……辛そうね。ずっと颯真のことを呼んでるみたい」
「………」
「颯真の香りは、潤にとって落ち着くものなのね」
茗子の言葉に、颯真は何も返せず俯いた。
自分があの時、潤の面倒を見ると言ったにも関わらず、ヒート抑制剤で自分をコントロールすることができなかったから、潤に発情期における番の香りを覚えさせてしまったのかもしれない。
そう反論したかったが、言い返せる雰囲気でもなかった。
室内は重苦しい空気が流れている。
しばらく室内には物音もしない沈黙の時間が流れた。
颯真は両親を前にして考える。
もう父和真にも事の顛末は知られているのだろう。両親にとって双子のアルファの兄が、発情期の弟を襲おうとしている場面に遭遇するのは衝撃だろう。
あの行為に対しての弁解を求められるのだろうが……。
あの時は颯真も自分を押さえることができなかった。茗子が飛び込んできて、とっさに助かったと思った。アルファとオメガが互いに惹きつけ合う香りは予想以上だった。
しかし、今更ながら思うが、どうしてあそこで我慢がきかなかったのか。ずっとひた隠しにしてきたのに、抗えなかった。
決して油断していたわけではないと思う。自分は潤に発情期が訪れるのを待ちわびていたのだ。可能な限りの万全の体制で臨んだと思う。それでもこうなったのは、自分は発情期の潤の香りには逆らえないのだ。
番のオメガにはアルファでも敵わないことを、颯真は実感していた。番のオメガがフェロモンを漂わせていれば、アルファはそれに呑まれるだけ。容易に支配される。
しかし、両親が今颯真に求めている弁解は、そのようなものではないのだろう。
「母さんから事情は聞いた。お前が知っていること、気がついていることをすべて話せ」
父の指示は簡潔だった。母から聞いたことがすべてではないと分かっている様子だった。
とうとう両親に打ち明けなければならない。
せめて簡潔に、躊躇いなく言いたい。
「潤は俺の番だ」
父和真も母茗子も想像していたのだろう。それは衝撃ではなく、静かな沈黙をもって受け止められたような気が、颯真にはした。
両親の反応を、颯真は待つ。
「それで? お前は潤をどうしようと思っている」
「番にする」
父の問いかけに、即答した。
和真は、チェアの背もたれに体重をかけ、脚を組む。茗子も窓を見上げて溜息を吐いた。
「お前達は兄弟だ」
分かっていないはずはないだろう、と当たり前のことを諭される。
そんなこと、颯真だって百も承知だ。これまで何度も何十回も何百回も、自分に問うてきた。
「わかっている、そんなことは。でも、潤は俺のオメガだと、俺の本能はずっと言ってるんだ!」
冷静に話さなければと思うのに、どうしても感情が先行してしまう。それはこれまで胸の内に秘めていた思いが溢れすぎて、勢いをもってなだれ込み、自分で調整できなくなったような感覚で、言葉を、情感を、颯真は自分でコントロールすることができなくなりつつあった。
対して、父は冷静そのものだ。
いつもは家族を優しく見つめる父の目が、今の颯真には冷たくて怖かった。
「独りよがりはみっともない。やめろ」
颯真は息を詰めた。独りよがりという父の言葉に衝撃を受ける。
そんなふうに見えるのかと思うと同時に、どうしても理解してもらえない壁を感じた。
「……父さん!」
颯真はデスクを挟み、父に向き合う。しかし、その目は冷たいままだ。
「母さんにSOSを出したことは褒めてやる。お前はよくやった、颯真」
颯真はねぎらいの言葉を素直に受け取れない。
たまたまだったんだ、と和真が言う。
「お前は潤のフェロモンに当てられたんだ。おそらくヒート抑制剤の飲み合わせの問題だろう?」
父の言葉が、医学的にはなんら根拠がない都合の良い解釈であるというのは、まだ学生で医学的な知識が浅い颯真でも分かった。
そんな薄い言葉で、本能の繋がりを否定するのかと逆に怒りがこみ上げてくる。
「違うんだ、父さん! あいつは俺のだ。だって、潤も俺も惹かれ合ったんだから」
どうしたら理解してもらえるのか。颯真には言葉を尽くすしか手立てがないように思えた。
言葉を尽くし、誠意を見せたら、父は理解してくれるか?
和真はデスクから立ち上がり、颯真の正面に立つ。アルファの父は、威容で颯真を圧倒していた。
「颯真。よく考えろ。兄弟同士でどうする。番うのか? 潤は今初めての発情期だ。目の前にアルファがいたら訳がわからなくなったんだろう。お前はよくやった。兄として弟の貞操を守ったんだから」
颯真は、父に腕を掴まれた。
「諦めろ」
和真は諭すように言った。
父に掴まれている腕が痛い。その力の入れ具合に強い意志を感じた。
颯真も察する。
多分、父は分かっている。父母だってアルファとオメガの番だ。番は否が応でも、理由もなく惹かれ合うものと。
今、何がどうしてこうなったのか分からないが、息子達がその関係を結びたがっている。本能の繋がりだと言ってはいるが、血の繋がりを絶つことは叶わない。だから、気のせいだと、理性を優先させて諦めろと言っているのだ。
「……どうしたら……認めてもらえるんだ」
颯真が、父の手の上に自分の手を添える。
「どうしたらも何もない。お前達は、たまたま、惹かれ合ったのだから、それが何かに繋がるわけではないだろう?」
それに、と和真は颯真を見据える。
「潤の身になって考えてみろ。いきなりお前に番だと言われてどう思うか」
たしかにその通りだった。発情期を終えた潤はどう思うだろう。そして、正気でない時に実兄に項を噛まれ、無理矢理、番契約を交わされたと知ったら。
いや、颯真は否定する。もちろん潤の了解は前提にあるべきだ。項を噛めば分かり合えるというものでもないだろう。
颯真は和真の言葉に追い打ちをかけられる。
「あいつはまだオメガという性にも戸惑っているし、受け入れられていない。
お前は、それに追い打ちをかけるつもりか」
本当に痛いところを突かれた。
颯真は自分の拙速を少し後悔していた。確かにこんなふうに認めてもらっても、潤が納得するとは思えない。いや、でも、あの発情期で互いを求め合った事実はある。あれは抑制剤のせいでも、初めての発情期であるためでもない。
自分達は、紛うことなく番なのだ。
「わかった……」
颯真はそう答えるしかなかった。
「わかってくれたか」
父の言葉に颯真は頷いた。
「今、認めてもらうのは、潤にとってもいいことじゃない」
「颯真……」
「どうして俺と潤は昨晩惹かれ合ったのか。アルファの俺だけじゃない。潤が、抑制剤を飲んでいた俺の香りを拾っていたんだ。番は惹かれ合うものだっ……」
「分かっている!」
父の強い声が響いた。強い力で腕を握り込まれた。
「俺だって、お前の感覚を軽く見ているわけではない。お前を信じていないわけでもない。
でも、アルファはオメガの人生をいとも簡単に変えてしまえるんだ。
それをお前は肝に銘じろ」
それは、どういう意味だろうか。
「お前はアルファだ。耐えろ」
父の命令は簡潔だった。
「潤の発情期が終わって、あいつが自分の性を受け止められるようになれば、おのずと番関係の真相も分かる。お前の言うように、お前達が番なのか、それともお前の独りよがりだったのか」
「……それは潤に選ばせるということ?」
そうだ、と和真は頷いた。
「いいか、これに関しお前に選択権は一切ない。
潤がお前を選んだのであれば、考えてやらないことはない。
でも、潤がお前を選ぶ前に、お前が潤を番にしたら、俺は問答無用でお前と潤を引き離す」
引き離す……。
番になっても引き離すと言ったのか。
颯真は息を飲んだ。
「番であっても……?」
思わず確認すると、和真は冷徹な目を湛えて頷いた。
「そうだ。番であってもだ。
その重さを、お前は肝に銘じろ」
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